恋の横槍 エピローグ


恋の横槍

おしまい その1

いつものように良く晴れた青空、いつものように静かな昼休み。
いつもと違うのはこの学園の「ある場所」で魔人達の戦いが繰り広げられているということ。
しかしそれを知らされていない生徒達にとっては普段と変わらない学園生活の一日だった。

「なんだ、行かないのか?」

背の高い生徒が昼食を食べ終え、丸くなり眠り始めた小さな生徒に話しかける。
少しすると寝息が返答として聞きこえてきた。

「んだよ、人がせっかく話しつけてきたってのに」

大柄な生徒が隣で大の字に寝転びながらぼやく。
不満を口にしながらも戦いに巻き込まれなくてよかったという安堵感もあるようだ。
いつもの屋上でいつものような談笑、彼らの普段の日常生活。
だが今日は珍しい来客があった。トントンと壁を叩く音が聞こえる。

「昼休みに突然すまない。きみが……犬槍君だね?」

寝転がっていた二人もその声に気づき声の方向へ振り向く。
コツコツと靴を鳴らしながら三人に近づきゆっくりと話しかける。

「きみに頼みがある」

おしまい その2

スーツ姿の痩せた男性、一目で生徒ではないのが分かる。
誰だ?大柄な生徒が小声で質問する。生活指導の長谷部先生だ、背の高い生徒が答える。
数学も教えているが一年生の担当ではないから知らなくても当然だなと笑顔を見せながら手短に自己紹介をする長谷部。
そして今「ある場所」で争いが起こっていること、その争いが一人の魔人によって引き起こされたことを話す。
「山乃端一人」、彼女の能力を抑制できればこの争いもすぐに静まるのでは、ということらしい。

「……つまり、彼の能力で山乃端さんの能力を抑えよう、と」

背の高い生徒が聞き返す、それに対し長谷部はそうだと頷く。
だが問題点も多い、彼、犬槍の能力はすでに発動してしまった能力には効果が無い。
無自覚でいつ発動するかも分からない能力を抑えようとなれば常に使い続ける必要がある。
時間・肉体・精神的にも負担が大きすぎる方法だ。

「それじゃまるで監視だな、わんこの方もへばっちまう」

大柄な生徒の放った言葉は長谷部にとっては痛い一言だ、しかし何か対策を打たなければ同じことが何度も起こりうる。
無理は承知で頼んでいる、争いごとの無い希望崎学園にするために。深々と頭を下げて懇願する。
少しの間、その場が静まり返る。どこかで戦闘が行われているとは思えないほどの静けさだった。
その静けさを破ったのはやはり小さな彼、犬槍だった。

「いやだ」

べーと舌を出すと長谷部の横をすり抜けて階段のほうへ走っていってしまった。
想定していたとはいえ、あまりにあっさりとした拒否に落胆する長谷部。
背の高い生徒が友人の無礼を謝罪をしている中、大柄な生徒が視線に気づく。
そして無言のまま指で数字を表すジェスチャーをするとニカッと笑いながら親指を立てた。

おしまい その3

ぱたぱたと廊下を走り教室へ向かう。周りには目もくれず真っ直ぐに走り続ける。
ある教室の前で止まると深呼吸をし、手を開いて握るを数度繰り返した後、勢い良くドアを開ける。
ドアの前に立つ小さな姿に視線が集まる、昼休みでなければつまみ出されていただろう。
そんな視線も気にせず近くの生徒に尋ねる。尋ねられた生徒はスッと指を刺した。
その先にいた女生徒に向かって走りよるとすばやく手を握った。

「一人ねーちゃん捕まえた」

突然入ってきた下級生の行動に一斉に教室がざわつき始めた。
大きな騒動にはなっていないがラブレターなどが届くたびに彼女のいる教室では小競り合いが起こっていたのだ。
口論や陰口、殴り合い、時として思い出したくも無い惨事も……幾度と無く見てきた光景がまた目の前で起きてしまう。
(もう私を巻き込まないで、私に関わるのはやめて……私を取り合うのは……)

      • ドクンッ---

突如、体に違和感が走る。痛みは無い、ただ今までに感じたことのない何か。
いや、むしろ今まで感じていた何かが無くなったように思えた。
彼女自身に何が起こったのか、それを理解する前に周囲の反応が今までと違うことに気が付く。
皆、驚いた様子でこちらを見ているがそれを悪く言うような生徒は誰もいなかった。
態度を荒らげる者、不満の表情をする者、拳を振り上げる者、いつもならそんな生徒で溢れかえっているところだ。
(何かが違う、今まで感じたことのない何かがこの子にはある。)
しっかりと小さな両手で自分の手を握っている突然の来訪者に視線を降ろす。

「きみの……名前は?」

恐る恐るというように静かに問いかける。

「犬槍。犬槍ピルム」

元気良く、はっきりと。満面の笑顔で彼は答えた。

おしまい その4

あれから数日が経った。ミス・ダンゲロスに告白した男子がいる、その噂はあっという間に広がった。
だが今はもう騒動が起こるようなことはなかった。
彼女の手を引く小さな彼を見ても皆が微笑ましく思えるようになっていた。
それは確かに彼の能力のおかげなのかもしれない。しかしそれだけではないだろう。
二人の男性に両手を取り合われるより一人の、この小さな手を握っていたい。
彼女のそんな気持ちが自身の能力に影響を与えたのかもしれない。

いつものように昼食を校舎の屋上で食べる。
いつもと違うのはそこにいる生徒が四人になったということ。
これからはその姿が普段通りになるのだろう。

希望崎学園、魔人と呼ばれる多くの異能力者が通う場所。

そこで始まる小さな恋物語。

きっかけは、手のひらサイズの無邪気な横槍。


「恋の横槍」 終

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最終更新:2014年12月14日 20:57