プロローグ(牝垣パルフェ)

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プロローグ(牝垣パルフェ)


「……ウワァーーッ!!」

 絶叫とともに男が宙を舞う。
 長野県某所にポッカリと空いた、巨大な空洞。
 そこから放物線を描いて吐き出されてきたのは、このダンジョンの『脱落者』だった。

「バカな……俺が負けるとは」

 正体不明の大空洞『SuperSpaceダンジョン』。
 ダンジョンに挑んだ者同士での戦いに4度勝利すれば、どのような願いでも叶うという。
 その餌に惹かれ多くの腕自慢が集い、そして夢破れていく。

「クソっ……俺のこの願いは、叶わないのかッ……!!」

 地面に這いつくばったまま、男はわなわなと震える。
 筋骨隆々の肉体からは、このダンジョンに至るまでに壮絶な鍛錬を積んできたことを窺えた。
 ストイックに道を究めてきたのだろう。果たしてどんな崇高な願いを抱いていたのか――

「ちょっと」

 その頭上に声が降った。
 幼さを色濃く滲ませた、キンと甲高い声。

「邪魔よ。邪魔。デカい図体で転がってないで、」

 みしり、と尻に固い感触がしたかと思えば。

「どきなさい」

 軽く蹴り出された、と男が思った時には、しかし凄まじい勢いで大空洞の脇へと吹き飛ばされていた。

「ッ……なっ」

 埃を巻き上げながら、男は困惑した。
 反転した視界に映るのは、どう見ても少女。小学校の、おそらくは5年生。
 体重100kgにも及ぶ自分の身体を、いとも簡単に蹴り飛ばせるはずがない。

 ――普通の人間には。

「……待て。おまえ、なにをするつもりだ」
「は? なにアンタ。こんな穴見に散歩に来たとでも思ってんの? バカなの?」

 蔑むような言葉にも、男はむしろ、クツクツと笑みを見せた。

「なに笑ってんのよ、気持ち悪い」
「そりゃあ笑いたくもなるさ……俺がダンジョンに懸けた願いは、『妹が欲しい』。まさかダンジョンで破れてなお、叶う可能性が出てくるとはなァ」

 男がにじり寄る。
 それを、少女は侮蔑の眼差しで見ている。
 明らかな事案行為の先触れにも、防犯ブザーを出そうともしない。

「欲を言えば、『普段は生意気な態度をとるが実は俺にメロメロで夜は自分から誘』――」
「あっそ」

 男が発した崇高な願いは、眼前に迫った蹴り足に遮られた。
 ほっそりとした脛から伸びる、足の裏を向けた独特の蹴り方。
 一瞬のうちに、至近距離に迫っている。

「どうでもいいわ!」
「チッ」

 男は上体をのけぞらせ、辛くもこれを避けた。
 先ほど己を吹き飛ばした蹴りを、ことさらに警戒している。

(――この妹(予定)も、十中八九、魔人。見た目とフィジカルが一致していないケースもあり得る……!)

 冷静に分析する。男は性癖こそアレだったが、戦闘経験は豊富だった。
 いつかきっと妹を抱え込んでナニするために鍛え上げた肉体も、その強度はしかし本物。
 少女の華奢な肉体では、一撃さえ当てれば、なすすべもなく詰むだろう。

(一撃、当てさえすれば――!)
「ふっ」

 水平に近い視界の果てで、少女が小馬鹿にしたように嗤った。
 少女の蹴りは空を切り、男の背後にあった街灯に当たる。
 ヒールの低いパンプスが街灯をぎゅっと踏みしめ、反動で跳び離れながら、少女は命じる。

「折れなさい」

 その言葉をきっかけに、街灯は打撃点から不自然なまでにすんなりと折れた。
 グラリと重力に惹かれた先で、差し出すように上体をのけぞらせた男の後頭部を強かに打ち据える。
 男はくぐもった声を漏らし、再び地面に這いつくばった。

「……クソっ。肉体ではなく、能力の方……かッ」
「そのまま聞きなさい」

 上げかけた面を、少女の足が踏みしめる。
 グリグリ――と何らかの摂理を教え込むかのような屈辱的な踏み方に、男は抗えなかった。
 素晴らしいシチュエーションをもう少し味わっていたいお気持ち以上に、もっと超越的なエネルギーによって、離れることを許されなかった。

「アンタ。負けたって言ってたけど。何戦目で負けたの?」
「に……2戦目、だ」
「こんなやつで1回勝てるの? なーんだ、案外チョロいのね」

 酷薄な笑みまでもが、男にゾクゾクとした快感をもたらす。

(な……なんなのだ? 俺の性癖は、むしろ屈服させる側のはず……!)

 ビクビクと腰が震える。こんなの初めてだった。

(性癖開拓すらも、こいつの能力だというのか!?)

 違います。

「アンタ、妹が欲しいんだっけ? それはマジで無理だけど、『ご主人様』になら、なってあげてもいいかもよ?」
「ぐっ……お、俺がそんな甘言に屈するとでも……!?」
「ほぉら、素直になりなさい。アンタにとって、あたしは何?」

 一際強く、小さな足が踏みしめる。
 男は自分の中で、理性という名の最後の砦が崩れていくのを感じた。
 熱い吐息とともに、男の口から言葉が零れた。

「ごっ……ごしゅじ」
「アハッ! やっぱキモっ! 無理すぎるから息止めて!」

 ピタ、と言葉は止まり、男の口が固く噤まれる。
 命令に忠実に、栓をしたように鼻も閉じられ、男の顔がみるみる赤く染まっていく。
 その様子を、少女は見てすらいなかった。既に踵を返し、大空洞へと歩き出している。

「ま、ちょっと安心したわ。あんなのばっかなら、あたしの野望も楽勝ね」

 今まで、欲しいものはなんでも手に入れてきた。
 親も、同級生も、上級生も下級生も、教師に至るまで。
 自分に屈せぬ人間はいない。きっと、世界中のどこにも。

 それでも、少女――牝垣パルフェはまだまだ子どもで。
 自分の足でいける世界には限界があることは明らかだった。

 かといって、それを甘んじて受け入れるような人間ではなかった。
 遠き目標へと至る、近道を征く。この足なら、それができる。

「世界をこの手に――じゃない。世界を、この足に」

 覇道を突き進む一歩を踏み出し、少女は大空洞へと落ちていった。


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