プロローグ(名無し)
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プロローグ(名無し)
風が吹く。痛いほどに乾いた熱風が、荒野を駆ける。その熱風の中を、男が一人歩んでいた。美青年と言って過言でない整った顔立ちであったが、血を求める獣じみた瞳は隠し切れない。ボロボロのコートで身を包むが、鍛え抜かれた肢体は隠し切れない。
男は熱風などないかのように真っすぐ歩く。そうして、とある町にたどり着いた。赤錆の似合う、疲れ果てた町だ。この町には不釣り合いな生気に満ちた青年に、老婆が話しかける。
「もし…旅のお人…なんのご用かね?」
おずおずと話しかける老婆の方をちらりとも見ず男は返す。
「この街を根城にした武装集団があると聞いた…それを潰しに来た。案内してもらおう。」
物騒なことをさも当然という風に紡ぐ。老婆はヒュっと息を飲み、首をぶんぶんと横に振る。
「駄目じゃ!なんねえ!あいつらに、モヒカン軍団に手を出しちゃなんねえ!殺されちまうだ!」
怯える老婆は、裏山の方角に視線を飛ばしていた。
「…向こうか。」
裏山の廃工場に男は足を向ける。駄目じゃ駄目じゃとすがる老婆を振り切り、男は死地に向かう。
◆◆◆
荒れ果てた廃工場。そこにモヒカン共はたむろしていた。錆び切った扉を造作もなく押し開き、男が踏み入った。
「ヒャッハ~!調子に乗ったあんちゃんが来たみたいじゃねえかァ~!」
「ヒャア!可愛いツラしてるじゃねえか!稼げるぜ兄ちゃんよォ~!」
「ここがどこか、俺たちが誰か知らないなんて言わさねえぜェ~!?ここは地獄の三丁目。俺たちゃ泣く子も黙る『モヒカン軍団』よォ!」
「やっちまおうぜェ~!あんちゃんに現実ってもんを教えてやろうぜェ~!」
「ヒャア!可愛いツラしてるじゃねえか!稼げるぜ兄ちゃんよォ~!」
「ここがどこか、俺たちが誰か知らないなんて言わさねえぜェ~!?ここは地獄の三丁目。俺たちゃ泣く子も黙る『モヒカン軍団』よォ!」
「やっちまおうぜェ~!あんちゃんに現実ってもんを教えてやろうぜェ~!」
凶悪な言葉を並べ立てるモヒカン軍団。それらの雑言を欠片も気にせぬ涼やかな姿勢で男が答える。
「…雑魚に用はない。親玉のところに案内しろ。」
言うが早いか、神速の拳がモヒカンたちの頭蓋に叩きこまれる。瞬間、熟れた果実を潰すかのように、グジュっという不快な音を立てて脳漿がぶちまけられた。一呼吸で三連打。殺されたモヒカンは何をされたか理解しなかっただろう。
「ヒ、ヒィ~!案内します!ボスのところに案内します!」
先ほどまでの強気はどこへやら。大量のモヒカンたちは男に道を譲る。腐ってもモヒカン。勝てぬ相手を見抜く能力には長けているようだ。
廃工場奥。筋骨隆々、他のモヒカンより二回りは大きいモヒカンが待ち構えていた。周囲にきわどい衣装を着た女を侍らせ、先ほど道を譲ったモヒカンとは比べ物にならない戦闘力を有する幹部モヒカンもそばに置いていた。
天に向かいギラギラ輝く金髪、返り血で赤黒く染まったトゲ付きの肩パッド、ごつい鼻ピアスにレザージャケット。身長は2メートルほどだろうか。一般人なら睨みつけられるだけでも失禁しそうな相手である。
「ヒャッハ~~!!な~んだてめえはァ~?俺様がキングモヒカンと知って喧嘩売りに来てるのかァ~!?」
そんなキングモヒカンからの殺気交じりの視線を受けても男は動じない。
「…そうだと言ったらどうする?」
放たれる殺気に、周囲のモヒカンたちがヒッと黙る。数刻、痛いほどの沈黙の後、キングが先に仕掛けた。
「ヒャオウ!」
鉄板を仕込んだブーツで足元のがれきを榴散弾のように蹴り上げる。
「む…!」
一発一発が一般人なら致命傷足りえる威力。その暴威を男は回し受けで捌く。しかしそのがれきは囮。キングの本命は!
「隙ありゃあぁぁ!」
キングの口から濃紺の霧が吹きかけられる。男の視界が奪われた。
「とどめじゃあ!」
何たる卑劣!視界を失った相手に対し、釘バットを振り下ろす!しかし男の鍛錬は暗闇の中でも十全に働いた!釘バットを超反応でたたき割る!
「うお!?」
その瞬間、一条の光が毒霧を貫いた。
毒霧を切り裂いたのは、正拳突き。鍛え上げられた拳、鍛錬に鍛錬を積み重ねた剛腕。
男の腹部に 【キングの拳が】 深く突き刺さっていた。
「ヒャッハ!鍛錬が足りてねえぞぉ~!」
カウンターによる衝撃に男は目を白黒させる。
「ヒュー!決まった~!キングの正拳突きだァ~!」
「ヒャハハハ!キングの正拳突きは鉄骨をへし折るんだぜ~!」
「ヒャハハハ!キングの正拳突きは鉄骨をへし折るんだぜ~!」
どす黒い血が口から巻き散らされる。それでも男はなんとか気力を振り絞り、キングモヒカンに向けて蹴りを見舞う。
「そいつは悪手だぜ坊ちゃん!」
蹴りがキングに届くより先に、腹部に密着した拳から衝撃が放たれ、男の体が派手に吹き飛んだ。
「うぉ~!出たァ~!発勁だァ!内臓ぐちゃぐちゃだぜ!」
取り巻きのモヒカンたちが口々に叫ぶ中をキングが悠々と歩き、男にとどめを刺しに向かう。
「外功だけにとらわれ過ぎだぜェ?内功の練りが甘いから単純な発勁に対処できねえのよ!」
お手本のような美しい軌道のローキックが何とか立ち上がろうとした男の足をへし折る。
「下半身も作り上げが甘えな~!」
空気を切り裂く音とともに、掌底が下顎に叩きこまれ男の脳髄を揺らす。
「この程度で意識が飛んじまうのか~!?体幹と丹田の軸がぶれているからだぜェ~!」
そこからは一方的な虐待であった。立ち上がろうとする男を取り巻きが殴り、蹴り、いたぶり、キングが角材で打ちのめした。
血だまりの中で男がうめく。
「どうして…それだけの腕がありながら…卑怯な真似を…」
瞬間、静寂が廃工場に満ちた。
「卑怯だぁ~?馬ぁ鹿かてめえはぁ!雑魚でも手段を選ばず戦えば強者にも食らいつける!…だったら!強者が手段を選ばなければ!最強じゃあねえか!」
ぐしゃりと、倒れる男の頭をキングが踏みつぶす。
「鍛錬を誰よりも積み!好きなことを好きな時にやってストレスを一切溜めず!勝つための手段は選ばない!これぞ最強!偉そうに言ってもそこで無様に転がる弱者の言葉など!耳クソほどの価値もないわ!!」
「キング!」 「キング!」 「キング!」
取り巻きのモヒカンたちは口々にボスの今の名を叫ぶ。
「お前らあ!最強は誰だァ~?」
「キング!」 「キング!」 「キング!」
「願いを叶えるのにふさわしいのは誰だァ~?」
「キング!」 「キング!」 「キング!」
「その通りだ~!待ってろよダンジョン!俺様が願いをかなえてやるぜ~!ヒャッハーーーーー!!」
史上最強の格闘家と称賛された男がいた。清廉潔白、真摯なる求道者。―――今は、キングモヒカンと名乗っている。