プロローグ(柏木エリ)
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プロローグ(柏木エリ)
東京都は某市。雑居ビル。
その5階、ある一室にて、拳銃が火花を散らした。
硝煙を辿る。部屋の最奥、豪奢な事務机に座る男。虎のスカジャンにパンチパーマとは、今時古風な、そうーーヤクザもいたものだ。
であれば、銃口の向く入口側にもやはり男がいる。羽織る灰色のトレンチコートに上下のスーツ。黒のシャツには、些か威圧的な印象を受ける。
その5階、ある一室にて、拳銃が火花を散らした。
硝煙を辿る。部屋の最奥、豪奢な事務机に座る男。虎のスカジャンにパンチパーマとは、今時古風な、そうーーヤクザもいたものだ。
であれば、銃口の向く入口側にもやはり男がいる。羽織る灰色のトレンチコートに上下のスーツ。黒のシャツには、些か威圧的な印象を受ける。
銃を向けられたその男は、堂々たる仁王立ちを決めていた。
「し、島津ぅ……! てめえ、生きて帰れると思うなよ!」
パンチパーマの虚勢にも似た怒号を合図に、構成員が一斉に拳銃を構える。
トレンチコートの男ーー名を島津というらしいーーは、吐き捨てるように呟いた。
トレンチコートの男ーー名を島津というらしいーーは、吐き捨てるように呟いた。
「うぜえな」
弾丸が発射される刹那、島津は猛然と駆けた。
銃弾の雪崩を意にも介さず、息を呑む間にパンチパーマの眼前へ迫る。
銃弾の雪崩を意にも介さず、息を呑む間にパンチパーマの眼前へ迫る。
「くそがぁ!」
銃口が島津の頭を狙う。撃鉄が降りる。
島津は、銃口を左手で覆う。弾丸はその手を貫通し、そのまま壁にめり込んだ。
しかしそれは意に介さない。残る右手でパンチパーマの髪を握り掴む。
島津は、銃口を左手で覆う。弾丸はその手を貫通し、そのまま壁にめり込んだ。
しかしそれは意に介さない。残る右手でパンチパーマの髪を握り掴む。
「あばよ」
そのまま、窓に向かって投げ飛ばした。
パンチパーマの男は投げられるままに窓ガラスを突き破り、為す術無くこの場から消え失せた。
パンチパーマの男は投げられるままに窓ガラスを突き破り、為す術無くこの場から消え失せた。
取り巻く誰もが茫然としていた。ハチの巣と言う他ない弾幕の中、全くひるむ様子を見せなかった島津は、あまりにも埒外だった。
それは、襲撃を受けた構成員だけでは無く。島津の後ろに控えていた兵隊にとっても、また同様であった。
島津は、窓の向こうを一瞥した後、時間が止まったかのような室内を見渡した。
それは、襲撃を受けた構成員だけでは無く。島津の後ろに控えていた兵隊にとっても、また同様であった。
島津は、窓の向こうを一瞥した後、時間が止まったかのような室内を見渡した。
「……どうした。静かだな」
島津徹矢。
誰が呼び始めたのだったかーーついた異名を、『死不 の島津』といった。
誰が呼び始めたのだったかーーついた異名を、『
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わたしはこないだ、6さいになりました。
6さいになったから、一人でもおでかけができるんです。
わたしは、すっごくすっごくいきたかったところにいきます。
なぜなら、おるがんの音が、すっごくきれいだからです。
きょうかいでは、おるがんをきかせてくれます。
わたしは、それがすっごく楽しみです。
6さいになったから、一人でもおでかけができるんです。
わたしは、すっごくすっごくいきたかったところにいきます。
なぜなら、おるがんの音が、すっごくきれいだからです。
きょうかいでは、おるがんをきかせてくれます。
わたしは、それがすっごく楽しみです。
きょうかいの前には、こんじょーおじちゃんがいました。
おじちゃんは、友だちです。いっぱいお話したので!
おじちゃんは、わるいことをしちゃったから、教会にきてるって言ってました。
でも、おじちゃんは中には入りません。
なんでってきいたら、「きんえんだから」って言ってました。
きんえんってなんですか?
おじちゃんは、友だちです。いっぱいお話したので!
おじちゃんは、わるいことをしちゃったから、教会にきてるって言ってました。
でも、おじちゃんは中には入りません。
なんでってきいたら、「きんえんだから」って言ってました。
きんえんってなんですか?
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教会の前の小さな公園で、島津は今日も一人煙草を吹かす。
島津は、クリスチャンではない。そもそも、懺悔をして許されたいわけでもない。
暴力でしか生きられない自分のような男には、無残で救われない最期が相応しい。
それでも教会を訪れるのは、この荘厳な雰囲気が、死人の顔を思い出すのに丁度良かったからだ。
島津は、クリスチャンではない。そもそも、懺悔をして許されたいわけでもない。
暴力でしか生きられない自分のような男には、無残で救われない最期が相応しい。
それでも教会を訪れるのは、この荘厳な雰囲気が、死人の顔を思い出すのに丁度良かったからだ。
カチコミの後、部下がこんなことを聞いてきた。
「島津さん、なんでそんな強えンスか」
答えは決まっていた。
「根性キメてるからだ」
所詮知覚は、強靭な意志には勝てない。
どんな痛みも、どんな苦しみも、覚悟という名の根性をキメれば、耐えられないことなどない。
限りある命に、揺るがざる仁義。
ただ二つの火を絶やさないだけで、誰よりも速く、誰よりも深く根性をキメる事ができる。
どんな痛みも、どんな苦しみも、覚悟という名の根性をキメれば、耐えられないことなどない。
限りある命に、揺るがざる仁義。
ただ二つの火を絶やさないだけで、誰よりも速く、誰よりも深く根性をキメる事ができる。
島津は、先刻のカチコミで殺した相手の命を、自分の魂に刻み付けたいだけだ。
感傷に浸るわけではないが、せめて彼らの顔を覚えていることが、自分をただの殺戮機械ではなく人間に繋ぎ止めているのだと。そう考えていた。
だから、島津にとって、カチコミ後に教会前で一服すると言う行為は、自分という存在を人間に保つ、重要なルーティンだった。
感傷に浸るわけではないが、せめて彼らの顔を覚えていることが、自分をただの殺戮機械ではなく人間に繋ぎ止めているのだと。そう考えていた。
だから、島津にとって、カチコミ後に教会前で一服すると言う行為は、自分という存在を人間に保つ、重要なルーティンだった。
「あ、こんじょーおじちゃんだ!」
だが。最近はそのルーティンに、異物が紛れ込むことがある。
長く艷やかな金髪をカチューシャでまとめた、碧眼の少女。一見してたおやかな印象を与えるが、その実活発に動き回り、手には大きな蛇のぬいぐるみを掴んでいた。
聞かれてもいないのに勝手に柏木エリと名乗ったこの少女は、明らかに一般人ではない島津にも、動じることなく話しかけてくる。
聞かれてもいないのに勝手に柏木エリと名乗ったこの少女は、明らかに一般人ではない島津にも、動じることなく話しかけてくる。
「おじちゃんおじちゃん、そろそろおなまえ教えてください!」
「……お前、またヘビ引き摺ってるぞ」
「あれ!? ごめんなさい、にょろにょろさん……あ、そうだ! あのね、こんじょーおじちゃん。こないだね、悲しいことがあったの」
「あぁ……?」
子供の話題はころころ変わる。
「あのね、わたし、ブロッコリーがきらいなの。草の味がするの。でもね、せんせーたちは、ブロッコリー食べないと大きくなれないっていうの。……わたし、大きくなれないと悲しいなぁ」
「ブロッコリー、食いてえのか」
「うん。でも、きらいなの」
「だったら、話は簡単だ」
答えは決まっていた。
「根性キメな」
味は、所詮知覚だ。強靭な意志には勝てやしない。
根性キメて口に突っ込み、根性キメて噛みまくって、根性キメて飲んでしまえば、食べられないものなどあろうはずもない。
エリは、ニパッと笑った。
根性キメて口に突っ込み、根性キメて噛みまくって、根性キメて飲んでしまえば、食べられないものなどあろうはずもない。
エリは、ニパッと笑った。
「いつもおじちゃん、こんじょーばっかり」
「俺はそれしか知らねぇ」
「うん。わたし、がんばってみる。こんじょーきめて、ブロッコリー食べる。こんじょーおじちゃん、今日もありがとうございました。また、おはなししてね」
エリは、島津に手を振りながら、教会の中に消えていった。
島津が咥えた煙草は、とうに灰になっていた。
島津が咥えた煙草は、とうに灰になっていた。
「……引き摺ってるっつうの」
島津は、懐の携帯灰皿に、意味を無くした煙草をぐりぐりと差し込んだ。
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こんじょーおじちゃんとは、たくさんお話をします。
ブロッコリーのお話をしたときは、こんじょーきめろと言われました。
こんじょーきめて食べたら、ものすごくにがくてもうむりだったけど、かんでかんでよくかんであじわいまくったら、うーんこれは草よりうまし。かちました!
ブロッコリーのお話をしたときは、こんじょーきめろと言われました。
こんじょーきめて食べたら、ものすごくにがくてもうむりだったけど、かんでかんでよくかんであじわいまくったら、うーんこれは草よりうまし。かちました!
にょろにょろさんをごきんじょのワンちゃんにとられちゃったときも、こんじょーきめろと言われました。
にょろにょろさん! こんじょーきめろ! ……でもにょろにょろさんはなんじゃくだったので、わたしがこんじょーきめてがんばってとりかえしました。にょろにょろさんはつぎからじぶんでこんじょーをきめてね。
にょろにょろさん! こんじょーきめろ! ……でもにょろにょろさんはなんじゃくだったので、わたしがこんじょーきめてがんばってとりかえしました。にょろにょろさんはつぎからじぶんでこんじょーをきめてね。
けんばんハーモニカをうまくふけないときだって、こんじょーきめろと言われました。
こんじょーきめてふいたら、ほんもののロックがうまれました。えんちょうせんせーが「じょうずにふけたね」と言って、金のおりがみで金メダルをつくってくれました。
こんじょーきめてふいたら、ほんもののロックがうまれました。えんちょうせんせーが「じょうずにふけたね」と言って、金のおりがみで金メダルをつくってくれました。
あしたはこれをこんじょーおじちゃんに見せびらかすのです!
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埠頭の倉庫で最初に島津の目に入ったのは、己に機関銃を向ける無数の組員ではなく。椅子に縛り付けられ、眠らされていたエリの姿だった。
全身の血が泡立つ。脳の血管は破裂するだろうか。目眩すら感じた。
それでも島津は、表面上平静を保ち、絞り出すように声を出した。
全身の血が泡立つ。脳の血管は破裂するだろうか。目眩すら感じた。
それでも島津は、表面上平静を保ち、絞り出すように声を出した。
「……カタギのもん巻き込むとは、仁義の欠片もねえな。カシラ」
白スーツに身を包んだ若頭が、緩慢な動作で拳銃を島津に向ける。
「こんな状況で気になるのは、カタギを巻き込んだことか。やっぱ、惜しいな」
「アンタがどういうつもりとかは、どうでもいい。莫迦な俺には分からん世界の話があるんだろう。だが、ガキは離せ。関係がねえ」
「そういうとこなんだよね。バカで真っ正直で、目立ちすぎる」
まるで動じない島津の態度に溜息を吐き、拳銃を降ろす。手の中で弄ぶ。
組員の機関銃は、依然として島津を睨めつけている。
組員の機関銃は、依然として島津を睨めつけている。
「お前さぁ、随分と慕われてるんだよ。そのくせ仁義仁義とうるさくて、上としては扱いづらいのね。無茶を押し付けてみても、結局帰ってきちゃうしさ……」
「なあ、カシラ。御託はいいんだ」
根性は、とっくにキマっている。
暴力でしか生きられない自分のような男には、無残で救われない最期が相応しい。
だからこそ、通すべき仁義がある。
暴力でしか生きられない自分のような男には、無残で救われない最期が相応しい。
だからこそ、通すべき仁義がある。
「約束してくれ。俺は一歩も動かない。だから、そのガキは無傷で解放しろ。そうでなければ、俺は一人でも多く、仲間を道連れにしなきゃあならない」
組員に動揺が広がる。『死不』と呼ばれた男の恐ろしさは、同門が誰よりも知っている。
だからこそ、若頭も人質と言う戦術を取ったのだ。
だからこそ、若頭も人質と言う戦術を取ったのだ。
「やだなあ。殺したくねえなあ。お前、ほんとに格好いいよ」
若頭は黙って右手を上げた。それが振り下ろされる時、全ての機関銃の弾が放たれるだろう。
だが、島津は動かない。
若頭はエリを殺さない。
互いに、どういう人間かは理解している。だからこそ、この場はこうして幕を落とせる。
だが、島津は動かない。
若頭はエリを殺さない。
互いに、どういう人間かは理解している。だからこそ、この場はこうして幕を落とせる。
だから、ただ。
根性を、キメた。
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あれ、いつのまにねむっちゃったんだろう。
目をさましたら、そこはしらないばしょで、くらくて、こわくて、なみだが出そうになったけど、なんとかがまんしたの。金メダルだから。
そしたらね、ちょっとずつ見えるようになって……あっ、こんじょーおじちゃんだ!
そしたらね、ちょっとずつ見えるようになって……あっ、こんじょーおじちゃんだ!
おじちゃん、こんにちは。くらいからこんばんはですか?
どうしたの。元気ないのかな。
くらくてこわいかもだけど、わたしがいるからもうだいじょうぶです。
どうしたの。元気ないのかな。
くらくてこわいかもだけど、わたしがいるからもうだいじょうぶです。
ねえ、ねえ。
おじちゃん、なんだか、けがしてない?
立てないのかな。
ちが、いっぱい出てない?
おじちゃん、なんだか、けがしてない?
立てないのかな。
ちが、いっぱい出てない?
おじちゃん。ねえ。ねえ。こわいよ。おじちゃん。
ねえ。へんじしてよ。
おじちゃん。
ねえ。へんじしてよ。
おじちゃん。
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(泣くんじゃねえよ)
エリが、泣きながら俺を揺さぶる。頭を撫でてやりてえが、指一本も動かない。
(巻き込んで、悪かったよ)
お前は何も悪くない。悪いのは、俺なんだ。
(俺は送ってやれないから、気を付けて帰れよ)
伝えたいが、もはや口も動かない。
体から、決定的な何かが抜けていくのを感じる。
体から、決定的な何かが抜けていくのを感じる。
(もう……)
「……わたし、金メダル、もらったよ」
声が、聞こえた。
震える声が。
震える声が。
「こんじょーきめたら、もらえたんだよ。おじちゃんが、こんじょーきめればなんでもできるって言ったんだよ」
そうだ。確かにそう言った。
エリがブロッコリーを食べられないと言ったとき。ヘンなぬいぐるみを犬に取られて泣き出したとき。俺は、根性をキメろと言って、エリは根性をキメた。だから、なんだってできた。
エリがブロッコリーを食べられないと言ったとき。ヘンなぬいぐるみを犬に取られて泣き出したとき。俺は、根性をキメろと言って、エリは根性をキメた。だから、なんだってできた。
「だから、こんじょー、きめてよ……」
今俺が立たなかったら、全てが嘘になっちまう。
脈動はない。血はもはや出尽くした。
それでもなお。それでも、なお。
脈動はない。血はもはや出尽くした。
それでもなお。それでも、なお。
熱い風が、吹いた。
体を起こす。
目の前には、目を見開いたエリの姿。
涙も流れるままに呆然と座り込むその小さな手には、金色の折り紙で作られた金メダルが握られていた。
ハ、くしゃくしゃじゃねえか。
自然と、笑いが零れた。
目の前には、目を見開いたエリの姿。
涙も流れるままに呆然と座り込むその小さな手には、金色の折り紙で作られた金メダルが握られていた。
ハ、くしゃくしゃじゃねえか。
自然と、笑いが零れた。
「それ……俺にくれよ。金メダル」
エリは、弾丸みたいな速度で、俺の首に抱き着いてきた。
正直、機関銃より効いたかもしれない。
正直、機関銃より効いたかもしれない。
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長野県某市に、突如として巨大な空洞が出現した。
ある者は言った。このダンジョンの中を勝ち進んでいくと、願いを叶えることができると。
ある者は言った。このダンジョンの中を勝ち進んでいくと、願いを叶えることができると。
ダンジョンの前には、腰まで伸びた金髪をたなびかせる、碧眼の少女がいた。その手には、額の擦れた蛇のぬいぐるみがぶらりと下がる。
そして、少女に付き従うように立つ、スーツにトレンチコートの大男がいた。窺える肌は土気色だが、その眼差しには熱が宿る。
そして、少女に付き従うように立つ、スーツにトレンチコートの大男がいた。窺える肌は土気色だが、その眼差しには熱が宿る。
少女は靴紐を締め直し、ダンジョンに向かって、パンパンと柏手を叩いた。
「どうか、根性おじちゃんを助けてください」
「いや、神社じゃねえから」
「よっし、行こう。根性おじちゃん」
「……はいよ」
少女は、男を助けるために。
男は、少女を守るために。
男は、少女を守るために。
戦いが、幕を開ける。