【刀林処地獄】SSその1

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【刀林処地獄】STAGE 試合SSその1『その赤は夕日の色に似ている』


◆ ◆ ◆

地獄、地獄と申しましても。
そりゃあ地獄も広う御座いますな。

大焦熱、焦熱、大叫喚、叫喚、衆合、黒縄、統括、阿鼻。
八つ合わせて八熱地獄。
その付属の小地獄を合わせりゃ百三十六地獄なんて数になってくる。
更に細かく分けちまうと六万四千地獄とか言い出しちまうからキリがない。

大焦熱と焦熱の差は何なんだって言われりゃあ、働いてるアタシも良く解らないもんですが。
この地獄はあっちの地獄より10倍苦しいとか言ったりするんですから、いい加減なもんですな。

地獄と言えば血の池地獄に針の山なんてぇのが一般的に思われがちですが。
厳密に言うと、血の池や針の山なんてのは地獄の彼方此方の何処にでもある訳でして。
地獄の風景の一部みたいに思って頂ければ御理解が早いと思います。

刀林処というのもその一つでありまして。
要するにコレ、葉っぱが刀の樹木が乱立する林の事でありますな。
読んで字のごとく刀の林、通り抜けるだけで体はズタズタに斬り裂かれちまう恐ろしい場所で御座います。

とは言え地獄においては一般的な風景に他ないわけで。
一応「刀輪処」なんていう刀林処だけの面白みも無い地獄もありますが。
それじゃあ地獄の風情が無いってんで大概は何やら面白い仕掛けを施してしまう所が地獄流の遊び心ってヤツで御座いましょうな。

さて、その刀林処を使った中でもタチの悪いのが衆合地獄。
立派な八代地獄の一角にして愛欲色欲の罪を司る場所で御座います。

さてこれがどんな地獄かと申しますれば。

刀の林の樹の上から美男美女が「おいでおいで」と誘ってくる。
色ボケした亡者はたまらず体を斬り裂かれながら樹を登るわけですが。
登れば美男美女は消えてなくなり、今度は地上の方から色っぽい仕草で誘ってくる。
そうすると亡者どもは必死に樹を降りるわけですが、満身創痍で降りてくれば幻は雲散霧消。

ま、これの繰り返しってやつで、永劫届かぬ愛欲の幻影に引きずり回されて苦しみ続けると言う寸法。
いやー、本当に性格が悪い。
鬼のアタシが言うんだから間違いない。

ま、と言いましても地獄にも笑い話の一つもあるわけで。

地獄に落とされた軽業芸人が生前鍛え上げた堅い足裏の皮膚を活かして
針の山だろうが、刃の上だろうが楽々と歩いて閻魔大王を呆れさせたという噺もありますな。

ほら彼方を御覧なさい。

軽々と刃の中を歩く「肌の力を最大限に引き出す」モヒカン頭の巨漢のように。
刀の雨を物ともせず「魔法の力」で空を飛ぶ鎧姿の騎士の様に。

刀の林も空から降り注ぐ刀の雨も効いちゃいやしない。
これを苦にしない相手には流石の地獄の刀も当にカタナシと言うワケですなぁ。

しかしながら、この地獄の本当の恐ろしさは果たして刃の雨でも林でもなく…。

おっと、ここから先は未来のお話。

さてさて、どうなる事になりますやら。
地獄八景魔人の戯れ。

己の欲望の為に仮にも地獄を通るってんですから、その通行料は安くはありませんな。

ダンゲロスSSダンジョン『刀林処地獄』の戦い。
ぜひご覧くださいませ。

◆ ◆ ◆

世界の色が霞んじまったのは何時の頃からだったか。
薄汚れたモノクロームの世界は放っておけば真っ黒に塗り潰されちまう。

俺の記憶は黒く塗り潰され、灰になって崩れ去っていく。

俺様が黒と灰色の中で唯一区別できるのは赤だ。
だが欲しいのは只の赤じゃねえ。

モノクロの世界を照らす本物の赤だ。
世界が赤に照らされれば、俺は、俺は。

きっと少しだけ、世界の色を思い出す。
本当の赤が見つかれば、俺は何かを思い出せるだろうという確信だけがある。

だが、そんな赤は見つかりゃしねえ。
人から流れ出る血が、多分それに近いって事だけが解る。

だから俺は殺す。
俺に歯向かう奴を殺す。
俺が気に入らねえ奴を殺す。
強く美しい者を殺す。

(△△△!)

俺の名前を呼ぶ奴がいる。
ああ、誰だったか忘れちまったが。
その声は覚えている。

名前?
そもそも、俺の名前とは何だったか。
俺は「名無し」だ。

何も憶えちゃいない。
ただ俺の名を呼ぶ奴を殺した時に、あの美しい赤を見たような気がする。

◆ ◆ ◆

「……ちィ」

また白昼夢だ。

がちゃがちゃと煩い雨の音がする。
普通に考えて雨はがちゃがちゃ音をたてねえ。

刀の生えた樹が生い茂る冗談みてえな風景に冗談みてえな刀の雨が降る。
金属がぶつかり合って煩い。

宝を求めて迷宮に潜った筈だが。
どうやらバビロンまではまだ遠いらしい。

「用心深いってのは俺様の最たる美徳の一つだよなァ」

降り注ぐ刀は俺に傷一つ付けられやしねえ。
日頃から肌の力を硬化にデフォルトで振っているのが幸いしたな。
鉄の如き硬度を誇る皮膚は不意打ちや狙撃なんぞという姑息な攻撃を受け付けねえ。

「くひゃひゃ、俺の魔人能力の…、あー能力名はなんだったか。まあ、それの力のおかげって事だな」

ぐるりと周囲を見渡すが視界の悪い事この上ない。
面白え事に地面に落ちた刀は水みたいに地面に沁み込んで消えていく。

「芸の細けえ事だ、刀の雨って訳かよ」

たしか迷宮に潜る他の挑戦者をぶち殺して行けば良いんだったか?

「ツう事はよ。このアホみてえな場所には、もう一人誰か居るって事かァ?この刀の雨の中を?」
「ギャハハハ、そいつもう死んでるんじゃねえの?」

わざと大きな声を出してみたが反応はなさそうだ。
用心深い相手か、近くには居ないか。

まあ、そんなに簡単に済んじまうんなら苦労はねえわな。
謙虚な気持ちってやつさ。

よぉぉぉく耳を澄ませて音の変化を感じ取る。
鉄臭い風の臭いを大きく吸い込む。

馬鹿みてえな雨のせいで視覚は微妙にあてにならん。
触覚は肌の力を硬化に振っているせいで敏感にできねえ。
それじゃあ聴覚と嗅覚がモノをいう。

煩くて敵わねえがちゃがちゃ音だが、異物が混じれば違う音が聞こえる。
生き物である以上鉄の臭いに紛れるには限界がある。

戦いは情報がモノをいう。
戦士の誇りだのなんだの言ってる奴はそれを疎かにしがちだ。
策略だのなんだの言ってる奴は事前の情報は集めても現場にしか無いものを見やしねえ。

事前に相手の事が解らねえなら。
今ある情報をありったけ集める、ククク。

「なんだこりゃあ?微妙に臭え!屁か?それも上空だ。金属の反射音からしてこの雨の中を飛行してやがるのかぁ?」
「はッ!ご苦労なこった、俺が消耗してくたばるのを待つつもりっていうなら」

実力の解らねえ相手に出し惜しみは無しだ。
イメージしろ、最適で最強の姿を。

「残念だったな、無駄な努力でよォ!ご苦労さん!」

俺の皮膚は鱗に覆われる。
腕から脇腹にかけて皮膜が広がり蝙蝠の様な翼を形成する。

「カハッ!ガ、ガアァ!」

皮膚の力を最大限に引き出す能力。
名前は忘れちまったがそういう力が俺様には備わっている。

「なあ、おい!馬鹿みてえな事を考えたよな、昔の俺よ!なんでこんなこと考えたか俺は忘れちまったがな!」

頭部の皮膚が硬化して角の様に伸びる。
薄い透明の皮膜が眼球を保護するように覆う。
爪ってのは皮膚の一部だったか、元々は鱗だった物の名残だったか?
どっちにしても俺の皮膚である以上、俺の思うがままだ。
鋭い刃の様な爪を形成する。

「ギャハ!ギャハハハハハハーッ!」

気分が良い。
腕を動かし皮膜をはばたかせると体が浮かぶ。
空を飛ぶっつうのは気分が良いからよ。
気分が良い時は人間は笑うもんだぜ。

「空を飛びたきゃよォ!ヘリでも飛行機でも使やあ良いんだがよォ!」

モヒカンをたなびかせて悪魔の如き姿で空を飛ぶ。
これは空で戦う事を想定した姿。
空の敵とは戦えねえってのは雑魚の言い訳さ。
あらゆる事態を想定し、あるべくして鍛え上げてこその最強。

「こんな場所じゃヘリは飛べやしねえわな!こういう状況があるからよォ!」

刀の雨を弾き飛ばしながら俺は一気に飛び上がる。

「正しい努力ってェのは本当に大事だな!ギャハ!ギャハハハハーッ!俺は!キングデビルモヒカンドラゴンだァ!!」

◆ ◆ ◆

空から刀が降ってくる。
バカじゃないの!?

こんな場所迂闊に踏み込んだだけで即死じゃない。
願いを叶える前に死んだらどうすんだ。
でも騎士甲冑のおかげで何とか耐えられたので騎士甲冑マジでスゴイ、騎士甲冑に感謝って感じね。

対戦相手が勝手にリタイアしないかなという希望は早速打ち砕かれた。
何者かが刀の雨を跳ね除けて高速で近づいてくる。
この状況でこちらを目指して真っ直ぐに突き進んでくる相手は敵しかいない。

このスピードは良くない。
熟練の魔法騎士レベルの空中高速機動は巻き込まれただけで致命的になりかねない。
これは、そのレベルの相手。

魔法式を滞空型の【浮遊(フライ)】から高速移動型の【疾風(ウィンド)】に切り替え。
体内の魔力路が回転し魔素を形成する。
魔光門(ケアスゲイト)からの魔力放出(ブースト)は通常の魔法騎士であればジェット噴射の下品な轟音を鳴り響かせる所だが、私は違う。
無詠唱は乙女の恥じらいが生んだ私の隠密戦闘術だ。

「ヒャーハハハハ!見つけたぜ!」

下卑た笑い声を撒き散らしながら敵がやってくる。
そして、私はそいつを認識した。

ああ、私はこいつを知っている。
体は堅い鱗で覆われ。
頭には角が生え。
皮膜の翼を操り空を飛ぶ悪魔か竜かといった異形。

だが、如何に下卑た言葉を発しても聞き間違えるはずのない声。
如何に人外に成り果てても見間違う事のない顔。

私は、こいつを殺さねばならないのだ。

「私の名は!『 ‟傷跡の送り手“(スカーシッぺー)パーシリヴァル』!お前を打ち倒す者だ!」

◆ ◆ ◆

「シャウオラァッ!」
「くッ!」

騎士の名乗りを無視して名無しが空気を斬り裂くような蹴りを繰り出す。
体を捻るように回避したパーシリヴァルは敵に背を見せる形になる。

「ケツを見せて誘ってんのかァ!?」

名無しは降り注ぐ刀の一つを掴みとり即座に投擲する。

「こんな事ァ言いたかねえが、後ろがガラ空きだぜ!」

パーシリヴァルの尻がぷりんと動くと圧縮された空気が渦を巻く。
瞬時に爆発が起こり降り注ぐ刀の雨を巻き込み投げた刀をも飲み込んで名無しに向かって押し寄せた。

「おおッ!?」

名無しは両掌を前に向け円を描くように回転させ迫りくる刀の波を受け流す。

「ひゅーッ!危ねえ危なえ!」

全く危なげのない口調で喚きながら名無しは空を飛ぶ。

「知ってるぞ!ブリ、ブリブリなんとかの魔法使いだな!」

名無しは喋りながらも素早く前蹴りを繰り出し刀をパーシリヴァルに撃ち込んでいく。

「私も知っているわ、外道に堕ちた男。自分の名前も忘れたらしいけど」

尻から魔法を繰り出すブリタニヤの魔法騎士パーシリヴァルは【疾風(ウィンド)】を飛行制御と防御に使いながら【爆裂(エクスプロージョン)】を織り交ぜて反撃する。

「ヒヒ、忘れっぽくていけねえや!お前誰だっけ?会ったことある?俺が殺した誰かの家族?それなら悪かったなぁ!ヒャハハ!記憶が保たなくってねぇ!」

指先でこめかみをグリグリと弄りながら名無しは空中で起きる爆発を回避し相手との距離を測っている。

「謝るぜ!ちゃあんと後腐れなく殺しておかなかった事をよォ!」

名無しの背中が盛り上がり硬質化した皮膚を骨組みとした皮膜の羽が広がる。

「ヒヒ、腕が自由でないと調子が出ねえからさ!」

腕の下から脇腹にかけての皮膜が体に収納される。
飛行動作から自由になった左右の腕でシュッシュと交互に正拳突きを繰り出す。

「調子は上々!お前は声からして女か?いいね、顔を隠してるのが残念!だが!」

皮膜の羽が震えたかと思うと名無しが一気に加速する。

「セエイ!」

繰り出された突きがパーシリヴァルの甲冑の肩を抉る。

「おおっ!避けたな!大したもんだ!」
「くうっ!」

身を捻りながらパーシリヴァルは腕を自分の背後で交差させる。

「おおっと。知ってるぜ!ブリブリの魔法使い!お前、ケツから魔法出すんだろ?普通は背後をとられるのが致命的だがよ。お前らは背中を見せた時が本気ってわけだ。背中さえ見なきゃあよ!」

パーシリヴァルが拳を繰り出す。

「大したことねえな!悪くねえパンチだが、鍛錬が足りないね」

名無しは軽く受け流し反撃を…。

「爆ぜろ!」

パーシリヴァルが握りしめた拳を開くと【爆裂(エクスプロージョン)】の魔法が炸裂する。

「うごァッ!?お前、手に魔力を握りこんでやがったな!」
「……!」

突然の爆発に名無しがよろめく。
間髪入れずに無言で繰り出されるパーシリヴァルの拳が名無しの顔面で爆裂する。

「ぐぉお!?」

のけ反る名無しを見ながらパーシリヴァルは再度拳を尻の後ろで交差し魔力を握り込む。
この魔法拳もパーシリヴァルが編み出した技の一つ。
たたみ掛ける様にパーシリヴァルの拳を打ち込む為に構えをとる。

しかしその瞬間に銃声が鳴り響いた。

「うぐ…貴様」
「へへ、悪ィな」

のけ反った上半身をゆっくりと戻しながら名無しが嗤う。
手には黒い大型拳銃が握られている。
パーシリヴァルの甲冑の腹部には弾丸が貫通した痕が僅かな煙を上げていた。

◆ ◆ ◆

甲冑の穴からは赤い血が流れ出る

「戦う前に危険物チェックが必要だったかなぁ?まあ、別に武器が禁止されてるワケでもねえから油断したお前が悪いんだけどな!俺様の準備が良いと思っておいてくれ!」

パーシリヴァルから流れる血を見て興奮するように名無しは喋る。
血を、赤い血を見る事で饒舌になる、名無しに残った記憶の残滓が彼を興奮させるのだ。

「そう言えば知ってるかい?パラベラム弾ってあるだろ?世界で一番使われてる弾丸さ。あれの名前はラテン語の諺でさ『 Si Vis Pacem, Para Bellum(平和を望むなら戦いに備えよ)』って由来らしいぜ。正に備えあれば憂いな…」

パーシリヴァルの拳が開き【爆裂(エクスプロージョン)】の魔法が放たれる。
刀の雨が砕け散り散弾となって名無しに降り注ぐ。

「うおっっと!元気じゃねえか、どてっぱらを徹甲弾でブチ抜かれたわりにはな。俺はその程度の攻撃は効かねえがな」

パーシリヴァルは【火炎(バースト)】の魔法で傷口を焼き塞ぐ。

「おほッ!根性あるねぇ!痛そうだァ!なあ、俺を侮って貰っちゃ面白くないんで言っとくが」

名無しはぷらぷらと銃を振って見せる。

「俺は殴ったり蹴ったりした方が強い。が、銃だって使うさ。理由は簡単、楽だからさ」

空いた片手をパンツに突っ込むともう一つの拳銃を取り出す。

「楽って言っても銃に頼り切る訳じゃねえよ?雑魚はその辺勘違いしがちだよな。格闘が通じない相手に銃を使ったりする。おい、痛みは大丈夫か?ちゃんと止血できた?出血多量でくたばってくれると嬉しいんだが、まだ大丈夫?あ、そう」

名無しがベラベラと喋りながら両手の銃を撃つ。
パーシリヴァルは名無しを睨みながら間合いをとりつつ避ける。
刀の雨は間断なく降り注ぎ、空中での姿勢を制御するだけでも体力を消耗していく。
放たれる銃弾を避けるならなおさらだ。

「疲れてないなら話を続けようか?剣とか槍とかさ、上手に使うヤツが居るだろ?そういうヤツは達人って褒められるわけ。でもそいつが銃を使うと卑怯だなんだのという馬鹿が居るよなあ。同じ武器なのにな」

弾丸を撃ち尽くした銃を興味なさそうに放り投げると名無しは再びパンツに手を突っ込み新しい黒い銃を取り出す。

「あらゆる武術を極めるって事はよ。あらゆる武器を使いこなすって事だと俺は思うんだが、どうかな?武器は拳だけじゃできない事が簡単にできる、つまり楽する為にある」
「……」
「楽した分をどうするか。その分、手数を増やすのに使っても良い。防御に力を配分しても良い。そういう武術として扱うから強いのさ」
「……」
「つまり格闘の技術体系に射撃を組み込まないから雑魚は弱いんだ」
「その銃…を作り出したのね。魔法で」

名無しの語りを無視したパーシリヴァルの指摘を受けて名無しは笑う。

「おお、正解。備えあれば憂いなしってのは嘘だったよ。悪いな、その場の状況に応じて武器も用意できるんだ。俺の凄さって事で許してくれや」

まったく悪びれずに名無しが嬉しそうに答える。

「あと当然だが魔法が技術体系として存在するなら俺はそれも使う。どうやってこの魔法を身に着けたかさっぱり覚えてねえのが悲しい所だな。その辺のどうでも良い記憶がバラバラと崩れ落ちちまうんだ。俺って可哀想だろ?」

名無しは銃を撃ちながらワザとらしく悲しそうな顔をして見せる。

「それはブリタニヤの魔法技術よ」
「そうなのか?どうりでケツから出ると思ったぜ。じゃあお前も使えるかもしれねえって事かよ」
「使えない。それは暗黒に堕ちた者が使う【暗黒物質(ダークマター)】」

暗黒物質(ダークマター)】は魔光門(ケアスゲイト)から漏れる魔力が限界を超えた時に溢れ出る。
いかようにも形を変え硬度をも変化させる闇の魔力の塊
魔光門(ケアスゲイト)の制御を失った者に現れると言う運命の刻限の星。
運刻星をその身に宿した者が得る力だ。

「ハァ~ン?外道だの何だのは聞き飽きたさ。悪しか使えない魔法があるなら悪の方が優秀って事だ。ただそれだけさ」

銃声は途切れない。
弾丸を撃ち尽くすと銃を捨て名無しは新しい銃をパンツから取り出す。
パンツの中では【暗黒物質(ダークマター)】が銃へと変換されているのだ。
銃を構えた名無しに対してパーシリヴァルが真っ直ぐに構える。

「そうね。だから少しは思い出したかしら」
「何をだ?」
「自分の名前よ」
「はッ!思い出さねえな!それとも俺が闇に堕ちた騎士様だとでもいうのか?」

銃を撃つ構えから一気に間合いを詰めた名無しが斬り裂くような蹴りを繰り出す。
僅かな差でパーシリヴァルは攻撃を避ける。
しかし蹴りがパーシリヴァルの顔を覆う甲冑の仮面を斬り裂いた。
仮面が半分地上へと落下していく。

「その顔をもっと斬り裂ければ最高だったが。いやいや中々悪くないじゃねえか。命乞いするなら犯してやっても良いぜぇ?」

軽く溜息をついてパーシリヴァルが答えた。

「正解だ」
「はぁ?命乞いする事がか?ヒャハハ!」
「違う」

眉間にしわを寄せた20代後半ほどの若い女の顔。
うっすらとついた切り傷から一筋の赤い血が流れ落ちる。

「闇に堕ちた騎士モレルドレッド、それが貴方の名前よ」

◆ ◆ ◆

10年ほど前、私は願いを叶えるダンジョンに潜らなかった。

クラスメイトの男の子に告白され付き合う事になったからだ。
最初こそ父さんは反対したけれど、直ぐに認めてくれた。
相手が同じ魔法騎士だったからだ。

高校卒業までの数年は幸せな日が続いた。
しかし、その幸せは唐突に終わった。

魔法騎士としての実力は私が彼よりも上だったことが不幸の始まりだったのかもしれない。

私は。

その事に気付かなかった。
彼の焦りに気付かなかった。

私は魔法騎士として殆ど活動していない。
世間的には彼の方が高い名声を得ていた。

しかし私も彼ひとりでは困難な任務には一緒に出る事はあった。
それが彼と父さんの助けになると信じて。

それがどれ程彼を追い詰めていたのかも知らずに。
彼が力を求めて壊れていく事に気付かずにいた。

力を求め闇に堕ち。

絶望のあまり壊れてしまった。

それがかつての魔法騎士モレルドレッド。
盛瑠堂(モレルドウ)レッド。

今は名無しとなった男のかつての名だ。

◆ ◆ ◆

赤い夕陽を覚えている。

そうだ、あの赤は。
倒れる女の胸から流れる血の赤さは。

俺の記憶は。
嘘に塗れている。

誰が道場破りの恨みを買った?
嘘だ!

両親を殺したのは誰だ?
嘘だ!

婚約者を殺したのは誰だ?
嘘だ!

俺の記憶に本当は無い。
崩れてい消えゆく真実と。
塗りたくられて崩れていく嘘と。

俺だった者の名誉を守る為の嘘をばら撒いて何を守りたかった?
外道に堕ちるならそんな事をする必要はなかったのではないのか?

解らない。
俺はそれを思い出せないし、思い出す気も起きない。

ただ、赤い色だけを。

覚えている。

◆ ◆ ◆

「へ、ハハハハ!知らねえな!憶えちゃいねえよ、そんな名前はよォ!」
「そうか」

パーシリヴァルの瞳が悲しそうに揺れる。

「だが一つだけ、思い出したぜ。赤だ!お前のその血の赤を、俺にもっと見せろ!」

裂帛の気合いと共に名無しが拳を突き出す。
パーシリヴァルは拳に握り込んだ魔力を開放する。
疾風(ウィンド)】そして【(ポイズン)

「シャアラッ!」

竜巻の如き蹴りが吹き荒れる風を斬り裂き毒を散らす。

「毒かよ、だがその程度は効かねえな!」

体内に廻る気は魔力と似ている。
内功による気の充実と魔力循環を組み合わせる事が。
名無しの格闘家としての強さを示している。

けして勝てなかった相手に追いつく為に磨いた武の術理。
高みを目指し魔法と武は鍛錬によって磨かれた力。
そしてそれに呼応するように目覚めた皮膚の力を操る『魔人能力』。

これらが噛み合う事で。

最強たる男が完成しているのだ。

対するは史上最高と呼ばれた魔法騎士。
その手は天に向かって掲げられている。

「時間をかけて相手を観察する。後手をとって相手を倒す。君の昔からの戦い方。変わってないね」
「覚えてねえが。それは良い事だぜ。相手の長所を潰し弱点を責めるサイコーの戦い方だ」
「だから、君は死ぬ」

パーシリヴァルの手から炎が天に向かってほとばしる。
火炎(バースト)】は炎の魔法。
鎧に仕込まれた発火装置で魔力に火をつける。

「お前ッ!上空に魔力を!時間をかけて貯めてやがったな!」
「魔力?ただの空気より軽い可燃性ガスよ」

刀の雨を降らす曇天が赤い炎に包まれ、凄まじい爆熱が周囲を薙ぎ払った。

◆ ◆ ◆

女が地面に倒れている。

俺も倒れているのか。
体中が痛む。
女の方は自分からも風を生み出す魔法を使って攻撃を相殺したのだろうが、無傷では済まなかったようだ。

硬化した鱗が焦げて剥がれ落ちるがその場で再生していく。
そうだ『表皮一体』とかいう名前を付けたんだったな。
魔法ではない魔人の能力。

能力は鍛えるもんだ。
鍛えた肉体と技術と能力。
これがあるかぎり俺は負けはしない。

視界が黒く塗り潰されようとしている。
流石にヤバかった。

女を殺し。
赤を得るとしよう。

「ヒヒ、ヒャハ…ハ?」

何だ?
立ち上がれない。
どういう事だ。
頭が揺れる。
視界がどんどん黒に染まっていく。

嫌だ!嫌だァ!

俺は。
俺はもっと!

何かを。

ああ、目の前で女が微笑んでいる。
誰だったか。

そうだ。
俺は、彼女を抱きしめたくて。

視界が黒く塗り潰されて。
ズブリと体を何かが貫いた気がした。

◆ ◆ ◆

炎は何故燃えるのか。
可燃物と酸素があるからだ。

火炎(バースト)】は着火の手段に過ぎない。
苛烈な爆発も手段に過ぎない。

「そう、炎では君を殺せない」

痛みに耐えながら私は自分の周囲の『空気』を吸った。
魔法騎士が扱う魔法の中で最も陰惨なのが【窒息(チョーク)】だ。

魔法騎士たちは臭いガスで相手の呼吸を妨げ気絶させる。
でも私は違う。

広域の爆裂火炎で周囲の酸素を燃焼させて奪う事で相手を窒息死させるのだ。
これは普通に考えれば自分も巻き込む。
だから魔法騎士たちはこの手段を捨て身以外では使わない。
だが私は違う。

ブリタニヤの魔法騎士とは違う。

魔法騎士たちは魔力を練り上げ魔法を行使する。
軍縮の呪いによって尻からしか魔法は使えないが。
それは正しく神秘の行使。

もしかすると誰か大昔の魔人が生み出した魔人能力が世界の法則を捻じ曲げただけかもしれない。

だとしても、魔法は技術としてあり。
尻から出すという以外においては。
才能の差こそあれ誰でも使える現象として現在に定着している。

でも私は違う。

私は、これをオナラだと認識した。
自分の体内で無制限に様々なオナラを生成して生み出す事だと認識した。

だから、私の魔人能力『 The magic comes from the ass(ザ・マジック・カムズ・フロム・ジ・アス)』はオナラを操る能力なのだ。

行われる現象はほぼ変わらない。
でも私は魔法騎士たちからみれば無制限の魔力を持っているように思えるだろう。

大量の可燃性ガスを上空に滞空させ爆破しても。
爆風をオナラの風圧で防いでも。
私のオナラは尽きる事が無い。

そして、周囲に酸素が無くなったとしても。
私は無制限にオナラを出す事が出来る。
オナラの主成分は結局のところ空気だ。
空気があれば、私は生き延びられる。

オナラを吸って生き延びるなんて格好悪いけど。
これしか勝ち方が思いつかないんだから。

名前を忘れた魔法騎士モレルドレッドが崩れ落ちていく。

「さよなら、盛瑠堂(モレルドウ)レッドくん」
「君、昔は格好良かったんだけどな」

◆ ◆ ◆

結局、何が起こったのか。
僕にはわからない。

目の前には彼女が微笑んでいて。
夕日がとても綺麗だ

僕は思い出す。
僕の名前は盛瑠堂(モレルドウ)レッド。

そうだ、もうすぐ僕達は結婚するんだ。
彼女に相応しい男に僕はなれただろうか。

僕はゆっくりと歩いていく。

あの時、抱きしめる事が出来なかった。
彼女を傷つける事しかできなかった。

あの時っていつだっけ?
でも、あの時と同じように彼女は。
走場 流々(パシリバ ルル)は目の前で微笑んでいる。

そうだ、あれはきっと悪い夢に違いない。
夢は起きれば忘れてしまう。

そして僕は彼女をしっかりと抱きしめた

あの夕日の赤はとても美しかった。

◆ ◆ ◆

男の体に無数の刀が突き立っている。
そりゃあ、そうでしょう。

ここはそういう地獄ですから。

ああ、何とも恐ろしい事でしょうねえ。
そうです、お忘れかもしれやせんが、ここは恐ろしい八大地獄。
愛欲に囚われた亡者が堕ちる衆合地獄。

場所を貸したんですから、死んだあとの亡者の始末はこちらにお任せあれ。
ああ、嫉妬に狂い愛した女を殺そうとし、その後も殺戮と暴虐を尽くしたんですから。

ま、この男はこの地獄にぴったりと言う事で、流石の閻魔様もスピード結審と相成りました。

ほら、御覧なさい。
また幻に誘われて剣の樹を抱きしめていますよ。

因果応報ってやつですねえ。
外道には外道の堕ちる先ってのがあるわけで。

まあ、この試合をご覧になった方はせいぜいお気を付けください。

ま、これもアタシの鬼としてのお仕事ですので。
お嬢さんもあまり自分を責めない方が良い。

彼を助ける手段はあるでしょう?
この迷宮の奥には願いを叶える方法がある、さあ向かいなさいな。
全てを無かった事にして、幸せを掴むために。

◆ ◆ ◆

パタパタと折り畳むようにして刀林処地獄が閉じられていく。

「ああ、そうね。願いを叶える為に私はここに来たんだったわ」

彼を止めるという一つの願いは叶った。
もう一つは、魔法騎士なんていう呪いがなかった世界にする事。

空間が閉じると岩肌を露出させた洞窟の通路の中に私は立っていた。

願いを叶える為に私は進まなければならない。

地面には赤い血だまりが出来ていた。

ああ、この赤はあの時の。
彼が私に告白した時の夕日の色に少しだけ似ていた。

◆ ◆ ◆

『その赤は夕日の色に似ている』 了

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