【溶岩地帯】SSその1

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【溶岩地帯】STAGE 試合SSその1


自分の能力がひどく残酷なものであると思うようになったのはいつからだろう。
温かったおじちゃんの手が冷たくなってしまっていることに気づいた時か。
一緒に寝ているはずのおじちゃんが、本当は眠れていないことに気づいた時か。
おじちゃんの血が、いくら傷ついても流れることがないほどに、枯れてしまっていることを知った時か。
何がきっかけでそう思うようになったのかはわからない。
けど、私はおじちゃんに無理をさせているんだという罪悪感は日増しに強くなって。
だから、いつからか、こう願うようになった。
おじちゃんが、ゆっくり休めるときが来ますように。
おじちゃんに、安らかな死が訪れますように。
そう、願うようになった。



転送が終わり、島津の眼下に映ったのは大地が燃えている光景だった。
いわゆる溶岩とか、マグマというやつだろう。
漫画やテレビで何度か見たことがあるが実際に見るの初めてだった。
別に火がついているわけではない。岩やら、なんやら溶けたものが赤く光っているだけだ。
だから、燃えているという表現は適切ではないのかもしれない。
だが、この熱。
肌を焦がすような、体を内側から溶かしていくようなこの熱を感じると、燃えているという言葉が最もふさわしいと思えてならない。

「根性おじちゃん、こっち。」

少女の声で、島津の思考が止まった。
「あっちのほうに、大きな岩場がある。とりあえず、あそこに行こう。」
「わかったが、おい、大丈夫か、ヘビがマグマに浸かってるぞ」
「あ、ごめんなさいにょろにょろさん!でも根性あるから大丈夫だよね!」

溶岩の上には、様々な形の岩が点在していた。それぞれの岩に普通の人間が跳躍すれば届く位置にある岩が、一つはある。
その配置がこの場所が自然にできたものではなく、戦うために作られた闘技場であることを思わせる。
柏木エリが金色の髪をなびかせながら、岩の上を軽やかに跳ねていく。
島津もそれに続いた。岩は、案外に硬い。マグマの上を飛び跳ねる戦いになったとしてもなんとかなるだろう。

「対戦相手は、もう来ているのかな。」
「そのはずだ。どこかに必ずいる。油断するな」

柏木エリには、わかりきったことを島津に確認する癖があった。
そんな時、島津はただエリの言うことを肯定することにしている。
そうすれば、エリは落ち着くし、多少なりとも自信が持てる。

「だね。魔人なら、マグマの中に潜れる人もいるかもしれないし。」

二人で、交互に跳躍をしながらマグマの海を進んでいく。跳躍中に攻撃が来たらどちらかがどちらかを庇うためだったが、特に敵に襲われることもなく大きな岩場に着いた。

「おお、二人もいるのか。」

瞬間、思わず手がナイフへと走った。
遅れて、怖気が背筋を駆ける。
澄んだ声。マグマの煮えたぎる音が響くこの空間の中でも、不思議とよく通る。

「一体一の決闘が行われると聞いていたが、こういうこともあるのだな。」

声の主は、少年だった。見た目にはまだ無邪気さの残る年頃に見える。
だが、感じる圧力は少年のそれではない。

「お前は、なんだ。」
「俺を知らないのか?」
「子役かなにかか?あいにく芸能には疎くてな。」
「なるほど。お前は俺の領民ではないのだな」

少年が楽しそうに笑った。

「異世界の者に我が領国が礼を知らぬ蛮族の集まりと思われてはかなわぬ故な。まずは名乗らせていただこう。」

ダンジョンに入った者は、同じくダンジョンを探索するものと戦うこととなる。少なくとも島津と柏木はそう聞いていた。向こうも同じ情報は得ているはずだろう。
だが目の前の少年は、敵を前にしたと思えないほどに涼やかだった。
それが、恐ろしい。

「俺は、十三代目武田信玄。まあ、お前たちのいる場所とは異なる世界に住まう王と思ってくれ」
「そんな突拍子のない話を信じろと?」
「好きにすればいい。俺は、礼に従っただけだ。それをどう受け取るかはそちらの自由だ」

戯言だ。そう一笑に付すことはできなかった。それだけの圧力が、この少年にはある。

「俺たちの名乗らなくていいのか?」
「構わぬ。魔人同士の決闘だ。名前を知られることが致命傷に繋がることもあるだろう。」

自分には関係のないことだが、と暗に言っているに島津には聞こえた。
「それで、俺と戦うのはどちらだ。それとも、三つ巴か。別に二人掛かりででもかまわんぞ。」

その言葉に応じるようにエリが前に出た。

「柏木エリです。貴方の相手は私がします。」



じりじりと、十三代目武田信玄との距離を詰めていく。
頬を伝う汗は溶岩の熱のせいだけではないことがわかる。
距離を詰めるほどに、自分が死に近づいている実感がある。
技量では、自分が遥かに劣る。そのことを柏木ははっきりと認識していた。
だが、その程度のことは柏木にはあきらめる理由にならない。

「がんばれ、私」

技量が劣るのならば、それ以外のところで差を縮める。

「がんばれ、私」

それでもなお差があるならば、頑張る。届くまで、背伸びする

「根性、きめろ」

根性おじちゃんのためなら、自分はそれができることを知っていた。

「エリ、根性見せてやれ。」

その声に押されるように、足が前に出た。

「うん、頑張れ!私!」

『花まる金メダル』
自分で自分に声援を送る。
己を鼓舞しながらにょろにょろを解き放つ。

「がんばれ!にょろにょろさん!」
「ッシャーーーーー!!!!」

にょろにょろは成長した。あの日、ワンちゃんに噛まれたまま何もできなかった自分を恥じ、深く根性をきめることができるようになった。
今のにょろにょろは10M級の大蛇だ。主人の意思を汲み敵に噛みつく、意思を持ったぬいぐるみだ。
にょろにょろが十三代目武田信玄の右足を狙う。
それを読んでいたかのように、十三代目武田信玄はその頭を踏みつけた。
にょろにょろが、かすかにうめき声をあげる。

最初から、初撃で決められるとは思っていない。
根性を決めたにょろにょろは、頭をつぶされた程度では追撃の手を緩めない。
ぱん、と空気が爆ぜる音がした。にょろにょろの尻尾が、音速を超えた音。
合わせて、蹴りを繰り出した。その瞬間腹部が焼けるように熱くなった。
十三代目武田信玄の拳が、腹に刺さっている。
内臓が、無理やり持ち上げられているような感覚があった。
その内臓におされ、肺の中の空気が押し出される。
陸で、溺れている。
肺が空気を求めているのに、入ってこない。
かすれるような声で、自分に声援を送る。根性を決め、無理やり息を吸い、痛みに耐える。
信玄が、一歩引いた。同時に、空気の爆ぜる音がし、さっきまで信玄の頭があった位置をにょろにょろに尻尾が走り抜けた。

「やるなお前ら」
「がんばれ!私」

己を鼓舞し、前蹴りを放つ。その出足に合わせ膝の皿に踵が落とされた。

「まだ、まだ!!」

痛みは耐えられる。空気の爆ぜる音が響く。それに続くはずの、尻尾が肉を叩く音は聞こえない。
根性で、膝の皿の痛みに耐えながら走り回る。走り、馳せ違う。
交差するたびに拳を、蹴りを入れる。だが、こちらの攻撃は届かず、信玄の拳は柏木の体に痛みを重ねさせていた。
にょろにょろの噛みつきに合わせ、信玄がにょろにょろの頭に拳を叩きつけた。
そのまま、舞踊でも舞うかのことごとく足が跳ね上がってくる。
軌跡は、見えている。それなのに体が動かない。
ガッ、という音と共に首から上が吹き飛んだかのような衝撃が来た。

「負けるな、私!」

その痛みにも根性で耐える。痛みにはいくらでも耐えることができる。
ただ、攻撃が当たらない。
動きが、読まれている。それも洞察や予測といった類ではない。
もっと別な、確実なもので見切られている。
一旦、距離を取り、呼吸を整える。
追撃は、来ない。

「あの男にも手伝ってもらったほうがいいんじゃないか。」
「それは、ダメ。」
「先に備えて、余力を残したいということか?」
「違う。」

深く、息を吸う。がんばれ、負けるな、私、根性、決めろ、静かに呟く。

「私は、あの人をこれ以上頑張らせないためにここに来てるから。」

頑張れ、私。あの人を、救うんだ。
あの人に、安らかな死を

「だから」

頑張れ

「にょろにょろ!」

いくら、根性を決めても、痛みは消えない。
なら、痛みを支えにして、意識を保つ。
頑張れ、負けるな、根性決めろ!
呪文のように、唱え続ける。にょろにょろと柏木の体を強化し続ける。
それでも、拳は届かない。拳を振るおうとした瞬間、先に蹴りを当てられる。
蹴りも潰される。膝も潰される。頭突きを入れようとしても拳が鼻に突き刺さる。
血の味がする。血が、器官を塞いでいる。それを吐き出し、視界を奪おうとする。
空気の爆ぜる音。にょろにょろの尻尾が信玄を襲う。だが、その尻尾が、柏木の血による攻撃を防いだ。
連携をしているはずが、逆に信玄の防御に利用されている。それが出来るほどに、自分たちの動きは信玄に読まれている。
ならば

「根性を決めろ!!」

信玄の読みの裏を書くことは出来ない。なら、読まれた直後に動く。カウンターに根性で耐えて、すぐに反撃をする。
空気の爆ぜる音が響き渡る。音速の尻尾の連打。そして噛みつき。そこからの締付け。
全てが通用していない。涼しい顔をしてさばき続けている。

「根性、きめろ!私!」

にょろにょろの攻撃に巻き込まれても良い。その覚悟で左の拳を打ち込もうとする。
腰を回し、右足を踏む出す、その瞬間を狙い打たれた。足の甲を踏まれ、続けて拳が打ち込まれる。
狙い通り。それなのに体が動かない。動けば、届く。それなのに

「エリ!」

自分の声じゃない。いつも聞いている。大好きな人の声。

「根性、見せてみろ!」

その言葉に弾かれたように、体が動いた。
右の拳。レールに乗せられたように真っ直ぐ伸びていく。
信玄の顔に、届く。そう思ったのに
息が止まっていた。喉元に貫手が刺さっている。
視界が揺れている。
前に出ようとしているのに、信玄にの姿が、少しずつ遠くなる。
戦わなくちゃいけないのに、勝って、根性おじちゃんを助けなきゃいけないのに
膝が崩れそうになる。一度倒れたもう立ち上がれない気がした。
だから、必死に踏ん張っているのに
体が言うことを聞かない。一人じゃ、自分の体も支えられない
その体を、おじちゃんが支えてくれた。

「よくやったな、エリ」

大好きな手、大好きな声、いつも支えてくれて、いつも守ってくれた人。

「ここからは俺も戦わせてくれ。」

でも、だからこそ、おじちゃんには戦わせたくない。死ぬまで頑張って、死んでからも頑張ってくれている人に、これ以上無理をさせたくない。

「根性おじちゃんは、いっぱい頑張ってくれたもん。」
「ああ、そうだな。」
「私のせいで、私のせいで、おじちゃんは頑張らないといけなくなったんだもん。だから、私が」
せめてこの戦いだけは、私が頑張らないといけないんだ。
「それは、違う。お前のせいじゃない。お前のためだから、頑張れた。」
「違うよ。違うの。おじさんは、頑張らなくてもよかったのに、もう根性きめなくてもよかったのに。」
「お前は、お前の力を誤解している。」
「え?」
「お前の力は、人を頑張らせる能力じゃない。頑張りたいと思っている奴に、頑張れるきっかけを与える力だ。」
「お前は、俺がお前を応援したとき、それを重荷に思ったか。」
「そんなわけ、ない。」

うれしかった。その声だけで、力をもらえた気がした。

「俺も、同じだ。」
「根性おじちゃんも、うれしかったの?」
「ああ。」
「私のせいで、死ねなくなったのに?」
「お前のおかげで、生きていられる。」
「辛く、ないの?」

おじちゃんの言葉が、心に沁み込んでいく

「お前といて、そんな風に思ったことはない。」

沁み込んだ言葉に押されるように、涙が出てくる。

「お前の力は、優しい力だよ。」

おじちゃんの手が、瞼に触れた。冷たいけど、大好きな手。

「もし、俺が死にたいと思うことがあるとしたら。それは、お前が死んだときだけだ。」

おじちゃんの顔に胸を押し当てる。
涙も悔しさも全部ぶつける。
笑顔で、おじちゃんと向き合うために

「じゃあ、私も根性キメて、生きる。」

「だから、根性おじちゃんも一緒に生きて」
あの時にみたいに

「根性キメて!」





十三代目武田信玄と向き合う。
それだけで、ヒシヒシと重圧が伝わってくる。

「一つ聞いていいか。」
「なんだ。」
「お前、なんで、俺とエリが話してる間何もしなかった。」
島津の問いに、信玄が涼しげに答えた。
「異世界の者に、我が領国が色恋も解せぬ野暮天の集まりだと思われてはかなわぬ故な」
「あっはっは、気ぃ使ってくれたことか。」
「気にするな、どうせ俺が勝つ。」
「そうかい。ありがとよ。おかげで容赦なくぶっ飛ばす気になれた。」

拳を構える。

「おじちゃん、頑張れ!」
『花まる金メダル』
その効果の度合いは、エリの関心や対象自身の想いの強さに比例する。だから、エリ自身に使うよりも、島津に使った場合のほうが、はるかに効果が大きい。
「任せろ。」

蹴り上げる。動作の前に、信玄が動いている。エリとの戦いを見てわかった。こいつは、未来が見えている。こいつに攻撃をぶち当てるには読まれたうえでもかわせないスピードと威力で殴り続けるしかない。

「エリ!もっとだ!」
「がんばれ!」

右。がんばれ!左。がんばれ!右。左。がんばれ!右。左。右。がんばれ!左。右。左。右。がんばれ!左。右。左。右。左がんばれ!右。左。右。左。右。左。がんばれ!右。左。右。左。右。左。右。がんばれ!右。がんばれ!左。右。左。右。左。右。左。右。がんばれ!
声援を受けるたび、動きが鋭くなっていく。まだ、届かない。だが、信玄の反撃も来ない。このまま殴り続ければいつかはぶち当たる!

「おじちゃん!!」

エリの必死の声が聞こえる。その声が呼吸の苦しさを消してくれる。あいつの声が聞こえるなら、どこまでも速くなれる。
一歩、さらに踏み込む。雄叫びを上げながら、拳をふるう。
さらに、一歩近づく。信玄の拳が、迫ってくる。あれを食らえば、死ぬことがわかる。
それが、どうした。
やばい時こそ、根性をキメろ。死にそうな時こそ、前に出ろ。
それが、”死不の島津”だ。

「おおおおおお!!」

拳にスピードが乗り切る前に額をぶつける。視界が赤く染まる。初めて、信玄の血が噴いた。
拳を、振り上げる。信玄のどてっぱらに拳が突き刺さり、その小さな体が、浮いた。

「今だ!エリ!!」

『花まる金メダル』
エリが声援を送ることで、対象がちょっと背伸びするがんばることができる能力。
その能力を、エリはマグマに対して使った。マグマに使えばどうなるか。そりゃあ、噴火するに決まってる。だってマグマだもん。噴火こそマグマの華だもん。機会があれば、気力があれば、噴火したいと思ってるに決まってますよ、あいつら。

「がんばって、噴き出せ!マグマさん!!!」

マグマの噴火が岩盤ごと信玄と島津たちの体を持ち上げていく。
最初から浮き上がっていた分、信玄のほうが先に場外へ打ち上げられる。
十三代目武田信玄がどれだけ強かったとしても、地球の生み出すエネルギーには勝てはしない!





マグマが噴火する予知をみた瞬間、十三代目武田信玄が感じたのは二人への敬意だった。
噴火に巻き込まれれば二人もただで済むはずもない。それを覚悟した上でなお、自分に勝利するための一手を躊躇わず撃ってきた。
どれほどの力の差があろうとも決して闘志を失わない姿は十三代目武田信玄にとっても好ましいものだった。
だが、どれほど好ましい者であったとしても。敵として相対したならば必ず勝利せねばならないのが武田信玄の宿命である。
『寵愛を受けし者』
タケダネットによる演算で柏木エリの能力を解析しコピーする。
確かに、如何な十三代目武田信玄といえども、噴火という地球のエネルギーに敵わない。
しかし

「頑張れ、重力」

同じく地球のエネルギーである重力ならば!

「どいつもこいつも!引っ張ってしまえ!!」

噴火のエネルギーにも負けはしない!

吹き上がった溶岩の柱が静止している。
小さなマグマが玉となり無数に浮いている。
噴火の揚力と強化された重力がつり合い、わずかな間世界が止まった。
ほのかに紅いマグマの光が、十三代目武田信玄たちを照らしている。

「全空」

紅い光に照らされた少年がそうつぶやいた。
瞬間、世界が両断された。
八代目武田信玄が十四代目武田信玄に伝え、そして十四代目武田信玄から十三代目武田信玄が盗んだ奥義
どんなに巨大なものもどんなに硬いものも世界そのものも異世界すらも両断する剣技の到達点。
その秘奥が、エリたちを切り裂き、均衡の崩れたマグマに十三代目武田信玄が呑まれていった。





「負けちゃったね」
柏木エリが呟いた。負けたはずなのに、思ったよりも悔しくはない。
「みたいだな。」
「惜しかったねえ。」
「ああ、惜しかった。」
大好きな人に話しかければ、大好きな声が返ってくる。いつものことなのに、そのことがなぜかとてもうれしかった。
「負けちゃったけど。」
空を見上げる。太陽がさんさんと輝いてて、めっちゃ暑い。けど、溶岩地帯の暑さに比べると心地よい気がする。だって青い空が広がってる。
「でも、私が死ぬまで、ずっとそばにいてくれるんだよね。」
「お前が、望む間はな」
「じゃあ、ずっとだ。」
そういいながら、柏木エリは笑った。魔人になって、初めて心から笑えた気がした。
「せっかく長野に来たんだ。そばでも食ってくか。」
「うん、そうしよう。いこうにょろにょろさん!根性おじちゃんがそばおごってくれるって!」
「いいけど、お前またぬいぐるみ引きずってるぞ」
「ああ、ごめんなさいにょろにょろさん!」

終わり

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