【刀林処地獄】SSその2
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【刀林処地獄】STAGE 試合SSその2
パーシリヴァルには秘密がある。
ばしゃり。ばしゃり。あの日は刺すように冷たい雨が降っていた。“傷跡の送り手” などと賞賛される無詠唱魔法の使い手たるパーシリヴァル。だが彼女の心の奥底は、幼きころのあの日に囚われたままだ。
父と馬鹿話をしても、学園で元気いっぱいに過ごしても、胸の底にジクジクうずき、ふとした時に痛みを掘り起こす傷。祖父が死んだあの日の記憶は、まだ太い釘として刺さったままなのだ。どうしてこうなってしまったのだろう。何故ああなってしまったのだろう。もしそれが運命なんてもので片付けられてしまう事象ならば。
随分と、クソったれな 運命もあるものだ。
【物語はシリアスに】
刀林処地獄。十六小地獄の一つであり、刀を用いた殺傷を行った者の墜ちる地獄と言われている。勿論ダンジョン内の刀林処地獄が本当に死後の世界というわけではない。
ただ、定期的に文字通り雨あられと降り注ぐ刀、槍。地には枝葉が剣となった植物たち。おおよそ生物の生存を拒む空間は、地獄と言って差支えがなかった。
そんな地獄をものともせずに突き進む影が一つ。
「ヒャッハー!!俺様にボロ雑巾にされるやつはどこだぁ~!?」
卑劣!キングモヒカンが乗り込んでいるのは最新鋭の魔導アーマーだ!雨あられと降りしきる刃も、触れるもの傷つける鋼鉄の草花も、現代英知と魔法のハイブリッドの前にはそよ風の如し。勝つために何でもするなら、このくらい持ち込むのは至極当然である!
願いを叶えるダンジョン踏破という崇高な機会のために使われるのであれば、製作者の間桐博士も感謝にむせび泣いているだろう!今は何者かに襲われ、病院のベッドの上だが、なに、感謝しているに決まっている!
キングが刀林処地獄を易々と攻略しているとき、対戦相手であるパーシリヴァルも悠然と地獄を飛んでいた。無詠唱で行われる【浮遊】 。地に生える鋼鉄の草花など、空を美しく駆ける女騎士には無いも同然だ。
雨あられと降り注ぐ刃も、不思議とパーシリヴァルを避ける。クイっと天に向けられた尻。魔光門から放たれる瘴気が分厚い保護層を作りあげる。【境界】 。ほんの少し軌道をずらすだけだが、意志なき攻撃から身を守るにはこれ以上適切な技はないだろう。
(う~!なんなのよこのステージ…!恥ずかしいからあまりオ…オナ…魔法!魔法なんて使いたくないのにー!)
用心のために着込んだ魔法騎士の鎧をガチャガチャいわせながら索敵をする。
「そこかぁああ~!?」
先に敵を発見したのはキングモヒカン!魔導アーマー標準装備の機関銃を、容赦なくぶっ放す!
「くたばりゃぁぁぁあああああ!!」
情け容赦ない弾丸が迫りくるが、パーシリヴァルは優雅に躱す。ブリタニヤ序列3位の肩書は伊達ではない。【浮遊】 を使いこなし超速で飛び回るパーシリヴァルを機関銃は捉えきれない。
「ちょこまか動いてんじゃね~ぞ!お嬢ちゃん!!」
(飛行系の能力?翼はない。超常の力で飛んでいるか、何らかを噴出して飛んでいるか。ただ、切り返しには慣性の法則がかなり働いているから、何かを噴出している可能性が高いかぁ?サイコキネシスの類いではなさそ~だなぁ?)
「オラオラオラオラ!逃げてばかりじゃ話になんね~ぞぉ!?」
(見える範囲は紛れもなく生身の肉体!サイボーグじゃねえ!遠隔操作の義体じゃねえ!上半身の重装備に比較して軽装な下半身、やたら激しくたなびくスカート…何らかのエネルギーを放出する装置を下半身に仕込んでいるのかぁ!?)
「弾丸があたらねえならコイツでご挨拶だぜ!くたばれ!火炎放射だ~!」
(うぉ…火炎をはじいた?ただ、直接炎に干渉して吹き飛ばした感じだなぁ~!概念操作系の能力じゃねえ!)
「まだまだお代わりはあるぜぇ~!!」
(炎を吹き飛ばすとき、視界の不利を考慮せずに一瞬後ろを向いてやがる…。結論!なんらかの装置もしくは能力体を下半身背面に仕込み、風か空気を操っている!炎を吹き飛ばした以上、非可燃性のガス!おそらくは刀の雨を防いでいるのもそのガス能力!だったら取るべき手段は一つだよなあ!)
キングは瞬時に魔導アーマーを駆り、パーシリヴァルの風上に移動する。
(何かを放出してるってこたあ、能力は有限!飛翔、刀の雨からの防御、火炎放射への対処を同時におこなって、どれだけ能力が持つか試してみようじゃねえかお嬢ちゃん!)
キングの名は伊達ではない。あっという間にパーシリヴァルの能力に推察をつけ、火炎放射で体力を削りにかかる。
―――ただ一つの計算違いは。可燃、非可燃を瞬時に切り替える、ブリタニヤ魔法騎士の異質であった。
「そんなに火炎振りまいていいの?――【爆 裂】 !!」
キングの視界が白に染まる。魔導アーマーの前で火炎放射による引火が発生。轟音と共にコクピット部分が吹き飛んだ。飛び散る破片と共に天高く跳ぶ影が一つ。
キングモヒカンだ!
「やってくれたな~!お嬢ちゃん!地獄を見る覚悟は出来ているんだろうなぁ~!!」
ざあざあ、ざあざあと。魔導アーマーから脱出し裸一貫となったキングに対し刀の雨が降り注ぐ。
「しゃらくせえ!『表皮一体』!!」
キングは肌をアフリカクロサイの肌に切り替えた。『表皮一体』は肌の持つ力を最大限に引き出す能力。アフリカクロサイは、動物の中でもっとも硬い肌を持ち、小口径の銃の弾丸ならば弾くほどだという。その硬質性を最大まで引き上げた防御はまさに鉄壁!
「ヒャッハッハッハ!こんな!なまくら刀で!俺様は止まらねぇ~!」
常人ならばとっくにズタボロになっているであろう破壊の嵐の中で、キングは豪快に笑う。笑いながら、降り注ぐ刃を無造作に鷲摑みした。
「シャララララァァ!」
雄たけびとともに掴んだ刃を次々と射出する!
「ヒャッハー!これぞ!天地神明流投擲術!受け流せるものならやってみなぁ!!」
「クッ!――【爆 裂】 !」
今までに経験したことのない、紛れもない強敵との対峙。死というリアルがそばにあるせいか、それともざあざあと降り注ぐ鉄の雨のせいか。パーシリヴァルの脳裏には、胸の奥の釘が、あの日の記憶がよぎっていた。
* * * *
ブリタニヤ魔法は由来をケルトに持つ。おおよそ全ての魔法の基礎となる四大元素、
ご先祖様の一族は、このうちの【風】 に特化していたらしいけれど、暗黒物質が体内にできやすい血統で、それを抑えるのに精いっぱい。お世辞にも強いとは言えない弱小軍団だったと聞く。
そこに革命を起こしたのが祖父だ。暗黒物質を抑えるのではなく活かす方法を選んだのだ。【光】 (solas)ではなく、【月】 (ni)の力を取り入れたその手法は、「暗黒物質と魔光門に頼る邪法」「ブリタニヤの日陰者」などと陰口の対象であったが、祖父は根気強く磨き上げ、有用性を示し続けた。
その過程で汚れ仕事にも手を染めた。【正伝】 (lipeus)とは程遠い【魔伝】 (lipper)のやり口と言われたが、それでも一族のため、魔法能力の可能性のために。どれだけ過酷な道だったのだろう。邪法と呼ばれた忌み技を、クーサー王に認められ大手を振るって使えるようになるまで。
その過去を欠片も見せず、いつもニコニコ笑っている祖父が好きだった。尊敬していた。
そんな祖父の墓の前で幼き日の私はずぶぬれになりながら立ち尽くしていた。
「ルル・・・。風邪を引くぞ。もう戻るんだ。」
父に促されても、体がまるでいう事を聞かない。動かない。墓前に供えられた大きな傷跡の付いた仮面は、私のせいで傷が付いた仮面は、持ち主の死を涙しているようにも見えた。
「そして…そして、その仮面を手に取るのだ、ルルよ。お前には才能がある。お祖父ちゃんの後を継いでこそ、いや、継がなくてはルルのした罪を拭うことは出来ない…」
嗚呼―――分かっているよお父さん。だからこそ無音魔法の開発もした、乙女心と戦いながらも技術を全て会得した。
日常では軽口をたたきながらも、私は己の罪と過去に囚われている。
* * * *
首を一度振り、過去の幻影を打ち払う。そんなことに思いをはせている暇はない。目の前の難敵の対処を考えなくてはいけない。
抜け目ないのか偶然か、モヒカン頭の巨漢は風上に立ち続けている。【毒】 や【窒息】 は効果が薄い。【爆 裂】 は既に見せてしまっているので、背を向け発動させるまでの暇を与えてはくれないだろう。
そうなると、【疾駆】 による加速を用いての直接打撃、ダメージを与えてから相手の隙をついて近接の【毒】 !なんにせよ素早く動かなくては再び刃が飛んでくる!そう何度も躱しきれるとは思えない!
パーシリヴァルは瞬時に決断をし、一気に懐めがけて飛び込んでいく。
(あの鎧のような肌は気になるけど、鎧で【毒】 は防げない!それに硬く重くなったなら素早さは落ちているはず!一気に攻め切る!!)
「お嬢ちゃんよぉ!まさか俺様が鈍くなったとか考えているんじゃねえだろうなぁ!?」
豪と、猛烈な拳がパーシリヴァルの頬をかすめる!一打、二打、目にもとまらぬ速さで拳が繰り出され超スピードのパーシリヴァルを叩き落としにかかる。
「ヒャッハー!能力発動しても速度が落ちないように!鍛錬を積むのは当然だろうがぁ~!考えが浅いぜェ!!」
(…【毒】 を出す隙がない!これだけ素早く動きながら風上を保ち続けるし!なんなのこのモヒカン!…だけど!)
打ち合いを続ける中で気が付いた。確かにモヒカンの攻撃はとんでもない速さだが、動きが直線的すぎるのだ。皮膚を肥大化させ防御力が高まった結果、関節周りの動きに不自由があるのだろう。
勿論それでも尋常ならざる正拳突きではあるのだが、“傷跡の送り手” をそれだけで仕留めるには足りなかった。パーシリヴァルは繰り返される攻防の中で攻撃の流れを把握していく。
(分かる…!タイミングが完璧に!次の正拳突きに合わせてカウンター!そこからの【毒】 か【爆 裂】 !)
そう考え、突き出されたパーシリヴァルの拳に、ぬらり、と嫌な感覚が走る。比喩ではない!本当になんかぬめっとした!
瞬間、パーシリヴァルは見た!あれだけ肥大化していた皮膚が消えうせ、ぬめりを放つ何かに変わっているのを!直線的だった動きが、上方から振り下ろす鎌の動きに変わっているのを!正拳が、蛇の頭のような握りに変わっているのを!
「蛇ァ!!」
繰り出したのは蛇形拳。身にまとったのはヌタウナギの皮膚。直線的な動きに慣れさせたのは、全てこの一撃のため!
致命傷とならぬよう身をよじり躱したが、魔法騎士の鎧の右半分が肩口から無残に砕かれた。そして、祖父の形見である仮面が粉々になり中空に散っていく。
「ヒャッ!こっちのパターンをちゃーんと見ているお利口さんでやりやすかったぜ!」
モヒカンが何かを言っている。しかし。私は。パーシリヴァルは。ざあざあと自身に降り注ぐ仮面だったものに心を奪われた。
同じだ。あの日と同じ景色だ。あの日もこんなふうに…
* * * *
ざあざあざあざあ雨が降る。
聞こえるのは雨音と、びちゃびちゃという濁った足音と、ドクンドクンという自分の心臓の音。
今にして振り返っても、何故あそこまでの言い争いになったか思い出せない。思い出さないようにしているのかどうかすら、自分ではよく分からない。
あるのは事実だけ。ざあざあと雨が降る夜に、私が祖父と喧嘩をして家を飛び出たという事。初めての反抗期だったのか、乙女心が芽生え始めていて魔光門頼りの魔法に嫌悪感を覚え始めたのか。
本当に、本当に分からない。感情と想い出と実感がぐちゃぐちゃになり、思い返すだけで息が荒くなり、内臓を内側から撫でられているかのような気持ち悪さが襲ってくる。
雨が降って、夢中で街を駆けだして。どっかに行きたくなって走って走って。
そうしているうちに、どこを走っているかも分からなくなった。
あの時はまだ10歳?11歳?極力振り返らないようにしていたら、そんなことすら曖昧になってしまって。なんにせよ、小学生の女の子にとって雨に包まれた見知らぬ通りというのは、パニックを引き起こすには十分すぎる材料だった。
そうだ。そうして私はまた駆けた。目的も理由も何もなく。
雨を吸って重くなったお気に入りのワンピース。
脱げかけた靴。
周りの大人たちはみんな悪い人にしか見えなくて。
飛び出した。どこに?
くらくらする視界。急に眼に入ってきた爆走する光。
体中を襲うとんでもない衝撃。
「隙ありぃぃぃぃゃあああああ!!!」
本当に襲ってきていた!
卑劣!極悪!モヒカンは躊躇わない!迷わない!モヒカンの眼前で回想シーンに入る方が悪いのだ!!どうせ車からかばうだとか、胸元から遅くなった誕生日プレゼントがこぼれ出るとかだろう!
猛烈な右フック!パーシリヴァルは吹っ飛んだ!甲冑の左半分も吹き飛んだ!
「な~にを黄昏ているか知らねえがァ?殴り合い!何でもありの場において!下らねえ感傷だとか想い出だとか!余計な悩みだとか!無駄無意味無価値ィ!その場でやれることをすべてやるだけよ!すかした態度!屁っ放り腰!やる気あんのかぁ!?」
モヒカンの価値に当てはめればそうなのだろう。しかし!年頃の乙女にとって強烈すぎる呪いと、過去のトラウマを全く忘れて進めというのは酷…というより無責任というものだ。
「黙って言わせておけば…!人の事情も、呪いのことも知らず好き勝手…!本当に!好き勝手!」
ここに来て初めてパーシリヴァルはモヒカンに初めて明確な敵意を抱いた。先ほどまでは願いの成就の前に立ちはだかる障害であり、「倒さなくてはいけない」存在であった。しかし自身の深刻な悩みを聞く前から切って捨てられたことで、「ぶっ飛ばしてやりたい」存在へと昇華あるいは堕落をした。
パーシリヴァルは決意した。道義的に問題があると考え封印してきた【魔伝】 の技に手を染めることを。決めたならば一直線。鎧がなくなった分、先ほどより素早く動ける。全身全霊の【疾駆】 !モヒカンの眼前に瞬時に移動した。選んだ技は中指一本拳による諸手突き。
キングは迫る諸手突きに内心疑問符を浮かべる。自分と小娘、筋肉量及び破壊力の差は明白。生半可な攻撃ではキングの防御を撃ち抜くことはできない。だからこそ先ほどまで加速をつけ全体重を乗せた突進技を急所に向けて放っていたのではなかったのか?
だというのにこの諸手突きは何だ?しかも中指一本拳?諸手突きは体重をそのまま乗せる技であり主に力士が好んで使う技だ。先ほどまでの攻防から考えても、この諸手突きに自分を害するだけの威力があるとは思えない。
ならば、とキングは瞬時に判断。諸手突きは敢えて受け、隙を晒したところを渾身の一撃で仕留めることに決めた。ぽすんという軽い音とともに、キングの胸にパーシリヴァルの両拳がぶつかるが、予想通りなんのダメージにもならない。
――ならないはずであるのに、パーシリヴァルは渾身の笑みを浮かべる。その笑みに何か致命的なミスをしたことをキングは感じ取った。その一瞬の間を突きパーシリヴァルは【疾駆】 でキングから距離を置く。
「モヒカンのおじさん、あなた、もうおしまいよ」
にやりと、蠱惑的な笑みを浮かべる。パーシリヴァルの一族は代々暗黒物質ができやすい血統だった。魔法によりその働きを弱めるのではなく利用する、そんな道を選ぶことで今の地位があるわけだが、代償として暗黒物質の暴発、魔光門の崩壊、能力の硬直遺伝が起きた。それはもはや地位と引き換えの呪い。
その呪いの解除のため、先代のパーシリヴァル、父は様々な手を尽くしたが結局のところ無駄に終わった。だがその過程で様々な技術も生まれた。
今モヒカンにぶつけたのはその技術の中でもひときわ危険で封印されていた邪法!暗黒物質を抑えるのではなく、強制的に暴走させるツボ!その名も苦相出相 !キングの腹の中で、暗黒物質が渦巻いた!
* * * *
ざあざあざあと刀の雨が降る。
ゴロゴロゴロゴロと、雷のような音が響き渡る。…キングの腹の中からだ。
「ふ!ぐっ!はうわ!たわば!」
キングがもがき苦しむ。体内の暗黒物質が暴走をし、運刻星の闇に全身が飲み込まれようとしている!運光が魔光門から放出されるのも時間の問題だろう。
巻き添えは御免とばかりにパーシリヴァルはさらに距離を取る。
「どう?私の辛さが少しでも分かったかしら?…願いは私がつかみ取って見せるから、あんたはそこではじけ飛びなさい。」
ふうふうと呼吸を整え、キングは視線を一か所に定める。読者諸兄も経験したことがあるだろう!腹部に鈍痛が走った時!魔光門が決壊しかけた時!本能的に虚空の一点に視点を集中した経験が!
キングのしていることはそれの強化版。視界を固定し呼吸を整え、普段の自分を喚起する解毒法。その名も聖露眼!そして、暗黒物質の流出を防ぐため!括約筋を締め上げる!ギリギリと!音が響くほどに締め上げる!
「ふんぬぅぅぅぅ!だっしゃ!」
すぐにでもはじけ飛ぶと思っていた。ところが予想以上に粘る。それどころか、顔色がどんどんと良くなってきている。
「そんな!?そんな嘘よ!暗黒物質の暴走を筋肉なんかで止められるはずがない!」
もしそんなもので解決できるならば。今までやってきたことは何だったのか。祖父からの悲願はそんなものだったのか。
「ヒヒヒ!お嬢ちゃんよぉ…止められるはずがないって言ったけどよ!試したのか!?筋肉・薬・催眠・民間療法・科学・魔人能力!すべて試したのかよぉ!!」
「それは…お父さんが色々やって…それでも駄目だったって…!
「ヒャッハッハッハ!笑止!俺だったら自分でやれることはすべてやる!どんなに汚かろうと!醜かろうと!出来ることやれることは全てやる!そうしてこなかった時点でなあ!お嬢ちゃんは~!俺の敵じゃねえぜ!」
ごはあ!とキングの口からガスが飛び出た!魔光門から繰り出される予定だった暗黒エネルギーを、強靭な括約筋により口に押し戻したのだ!
* * * *
不思議と、戦場は静まり返っていた。奥義である苦相出相 を破られたことにより、パーシリヴァルのモヒカンへの敵意は、殺意に登りつめた。
血統が違うとはいえ、自身と一族が苦しめられ続けていた呪いを筋肉のみで打ち破ったモヒカンが憎い。どこまでも、どこまでも目障りだ。
切り札を出すしかないと判断しパーシリヴァルは【境界】 を解除する。もはや防御なんざ考えない。最大の一撃でモヒカンを叩き潰す!
「うおあああああぁぁぁぁ!!」
理屈だとか想い出だとかはどうでもいい!ただモヒカンを打ち破る槍になれればいい!
「【疾駆】 !」
暗黒物質との戦いで疲弊したモヒカンに最大の一撃が叩きこまれる!
「喰らえ!【月 風 魔 伝】 !」
能力を最大に込めたアッパーカットは、サイの防御を貫き、顎を撃ち抜いた。
「ぐお!てめえ!この程度で俺様がやられるなんて思ってねえだろうなあ!」
当然思っていない。だからこそ!油断も手加減も一切しない!
パーシリヴァルは握りこんでいた瘴気を開放する。【月 風 魔 伝 爆裂】 !
「うぎゃあああああ!!」
キングの顎が爆ぜた。その証拠に、ざあざあと赤い雨が降る。太い血管でも傷つけたのか。キングの全身が朱色に染まる。
しかし!キングは一切動きを止めずパーシリヴァルに襲い掛かる!卑劣!吹き出ていたのは血ではなかった!カバは体温調節のため血のように赤い汗をかく!それを最大限に生かし、自身が血まみれに見えるように細工したのだ!!
繰り出される豪拳!迎え撃つパーシリヴァル!互いが限界まで振り絞る乱打戦!意識が何度も飛びそうになる中、パーシリヴァルは見た!モヒカンの拳が蛇の形を作るのを!直線的攻撃から上方からの奇襲に変わる兆しを見た!
「うああああああ!!」
最後の力をかき集め、振り下ろしに対してカウンターを取る。何もかも投げ出し、最後に胸の中に残った、勝ちたいという強い想いがモヒカンを討つ!
――嗚呼。そうであればどれほど美しかっただろう。
ぞぶり。下方からの蛇形拳が、パーシリヴァルの喉に突き刺さっていた。最初に繰り出したのは鎌首をもたげる蛇を模した七星蛇形拳!今繰り出されたのは、地を這う蛇を模した崑崙派蛇形拳…!
「形兵之極、至於無形。其戦勝不復、而応形於無窮!戦いは形のないのが究極!成功した戦術でさえ繰り返さず無限に変化させよ!『孫子』くらい読んでおけい!」
ぐらり。崩れ落ちるパーシリヴァルに追撃が迫る。
「最後の技は良かったが…全然練られてなかったぜぇ~?実戦で使ったことはあるのか?どれくらい繰り返したぁ?いついかなる時でも繰り出せる鍛錬は積んだかぁ?…呪いだか何だか知らねえが!」
拳に力がこもる。ボコリと二の腕の筋肉が膨らむ。
「己自身の!能力に!引け目を感じているような奴が!俺様に勝とうなんざ!百!万!年!早いわ~~!!!!」
渾身の正拳突きが、パーシリヴァルの頭蓋と意識を丸ごと吹き飛ばした。
* * * *
気が付いたらダンジョンの外に放り出されていた。空は馬鹿みたいに真っ青で、ちっぽけな私の悩みなんて関係なく世界が回っているようでうんざりした。
「負けちゃった、か~。…でもまあ、あんな変態マッチョマンにさ、言われっぱなしってのは違うよね」
半年後
「フンフンフンフンフンフンフン!フンヌ!」
そこにはただ一心不乱に括約筋を苛め抜くパーシリヴァルの姿が!スクワット!キックバック!ランジ!ブルガリアンスクワット!ヒップスラスト!どこまでも苛酷に、どこまでもストイックに、臀筋、括約筋を鍛え上げている!
ハムケツ切れてるよ!仕上がってる!もっと歌って大臀筋!土台が違う!そこまで絞るには眠れない夜もあっただろ!
「なあ…ルルや…これは…私もやらなくてはいけないのか…?」
「何言ってるのお父さん!魔光門の閉じる力が弱まっているって言ってたのはお父さんじゃない!簡単な話よ!弱まったなら!鍛え直せばいい!」
尻だけ鍛えてもアンバランスな体形になってしまうので、パーシリヴァルは腹筋背筋上腕二頭筋も苛め抜いていた。セパレーション、多すぎて数えきれない!
「絶対!絶対!呪いなんかに負けない!モヒカンなんかに!舐めたままにさせないんだから!」
二年後。口から魔法を繰り出す筋肉魔法騎士の高名がブリタニヤ全土に鳴り響くこととなるが、それはまた別のお話。
ただこれだけは断言できる!尻の明日は明るい!
【物語はシリアスに】
Rec5-1:【刀林処地獄】STAGE
名無し 対 "傷跡の送り手“パーシリヴァル
名無し 対 "傷跡の送り手“パーシリヴァル
勝者:名無し
* * * *
「嗚呼、畜生。あのお嬢ちゃんもハズレだったか…。あいつはどこにいる?やはりダンジョンに願いを捧げるしか方法はないのか…?」
終