【エロトラップダンジョン】SS その2

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【エロトラップダンジョン】SSその2


 滝沢ユリカが細木綾乃と出会い、あの公園に通うようになってから、はや半年が過ぎた。

 綾乃は、毎日記憶を失っているらしい。最初のうちは、ユリカのことも忘れてしまっていた。それが、足繁く通ううち、綾乃は段々とユリカのことを思い出せるようになっていったのだ。

 初めて、綾乃が私の事を覚えていた日のことは、今でもはっきりと思い出せる。

 公園に立っていた綾乃が、視線をこちらに向ける。いつもはただ微笑み、私を見つめているだけだった綾乃。それが、たっとユリカの方に駆け寄って来たのだ。

「貴女のことは、知ってるわ。滝沢ユリカ……私のお友達。それで、私は?わたしの名前。あなたには、わかるでしょう?」

 自分の名前は覚えていないのに、友達の名前は覚えてるなんて。変だけど、すこし綾乃らしいなんて思ったっけ。

 それから、綾乃のお母さんにも会うことが出来た。

 横浜中華街まで遠征に出て、夜遅くまで遊び呆けた後。公園に綾乃を送り届けると、そこに綾乃のお母さんがいたのだ。

「あ、どうもはじめまして。滝沢ユリカさん……ね?いつもうちの子がお世話になって……なんとお礼を申したらいいか……」

「いえ!こちらこそ綾乃さんをお借りしちゃって!今日もこんな遅くまで……。心配されましたよね。すみません!」

「あの、ユリカ……話が見えないのだけど……この人は?うちの子、って……どういう……?」

 お母さんの顔は、綾乃の能力で「知っていた」。お母さんの方も、ユリカのことは「知っていた」のだろう。唯一、記憶を持たない綾乃だけが置いてけぼりになっていた。

「ええー!?それじゃあ、綾乃の記憶を毎日消してるのは、お母さんたちだったんですか!?」

 それから数分後。ユリカはあれよあれよという間に綾乃の家に招かれていた。綾乃の家は、特に変わったところはない、普通の家に見えた。ただ、壁や棚には昔綾乃が取った賞状やメダルがずらりと並んでいる。

 そこで、ユリカのまだ知らない、綾乃について話をお母さんから聞くことになった。

「ええ。この子が『自分が何者かを自分で決めたくないから、毎晩記憶消去装置で記憶を消してほしい』って言うもんだから、ついね……。毎朝毎晩、公園まで送り迎えしてるのも、お弁当を作ってるのも、同じ真っ白のワンピースを用意してるのも私なんですよ」

「あ、あのお弁当、お母さんが作ってくれてたんだ。いつもなんかあるなーって不思議だったんだよね」

「綾乃、それは気づこうよ……!ていうかお母さんも、毎晩記憶を消すって普通じゃないですよ!というか記憶消去装置って……!なんでそんな物持ってるんですか!?」

「そりゃ、本当は色々言いたいわよ。でも、この子の人生だから、協力してあげようと思ってね。装置も少し奮発して、ジャパネットで買っちゃったわ」

「奮発しただけで買えるんだ、記憶消去装置……。ジャパネット怖いな……」

「ユリカ、その話って本当……?自分が何者かわからないのが、私の悩みなのに……。その原因が自分だなんて……」

信じられない、という顔で綾乃が言う。でも、お母さんの話に嘘はないと、私は「知っていた」。

「……うん。綾乃の記憶によると、ほんとの話みたい。全部、綾乃が言い出したことだって。あ、でも、綾乃はジャパネットよりアマゾン使いたがってたらしいけど」

「アマゾンはどうでもいいよ、ユリカ。でもなんで、私はそんな事を……?」

「なんでも出来すぎるせいで、むしろ何者に成ればいいのか、自分が何者なのかわからなくて……疲れちゃったって、綾乃は言ってたわ。それも……最近は少し変わってきてね。貴女のお陰よ、ユリカさん」

「え?私のお陰、ですか?」

「ええ。前は全部の記憶を消すって言っても、ただ頷いてただけだった綾乃がね。ユリカのことだけは忘れたくないって言い出して……。綾乃が記憶を失ってから10年経つけど、こんなことは初めてよ。私それが、本当に嬉しくって……。ありがとうねえ、ユリカさん」

「ちょっと待って、10年?ユリカの話だとたしか高校は卒業してるらしいから、私アラ……サー……?下手すればオーバー……?え……?嘘……?嘘だよね、ユリカ……?」

 呆然とした様子で尋ねる綾乃。それを無視して、ユリカはお母さんとの会話を進めた。

「私は大したことしてないっていうか……。ただ綾乃と居るのが楽しくて、一緒に遊んでるだけですよ」

「ねえユリカ、なんで無視するの?や、やっぱり本当なんだ……。う、うわー!30過ぎの不思議系美少女……!い、痛いよお……心が痛いよお……」

「お、落ち着いて綾乃……。私は年の差なんて気にしないし、ギリギリ30には届いてないから……」

「お母さん……今すぐ記憶を消して……今日の記憶……今すぐ全部……!」

「最近、装置を使うのも体が辛くなってきたし。今日はいいんじゃないかしら。それよりご飯にしましょ!綾乃が初めて友だちを連れて来たんだもの。今日は腕によりをかけてつくるわ!綾乃が」

 あの日食べたご飯は、今まで食べたどんなものよりも美味しかった。

 かつては皇室に料理人として仕えていた綾乃が作った料理、というのもあっただろうけど……何より、綾乃が私の事を大事に思っていることが知れて、とても嬉しかった。

 他にも、色々なことがあった。全国チェーン店の圧力に屈して店を畳もうとしていた寿司屋を、二人で救ったり。漂流した旅行客たちと一週間、無人島でサバイバルしたり。吹雪で外と連絡のつかなくなった洋館の中で起きた殺人事件を解決したり……。

 綾乃と居る日々は毎日が刺激的で、半年があっという間に過ぎてしまった。

 だから……私はすっかり忘れていたのだ。最初に出会った日に、綾乃が記憶の中で言っていた、 綾乃が、命をかけた戦いに身を投じるというあの言葉のことを。

 私が原因で、綾乃が命がけの戦いをすることになるなんて……。欠片も想像していなかったのだ。


 ここはデスゲーム付属病院!デスゲーム関係者の治療を行ったり、参加者に核爆弾や毒物を仕込んだり……副業として一般人の治療をしたりもする、由緒正しき病院だ!

 滝沢ユリカは今……交通事故にあい、この病院に収容されていた!

「まさかユリカが事故で入院するなんて。ごめんね、私がそばにいればユリカを守ってあげられたのに」

「なんで綾乃が謝るの。トラックを避けきれなかったのは私の不注意が原因なんだから、綾乃が気に病むことなんてないって」

「そういうものかな?それはそうと、なんでユリカはデスゲーム附属病院なんかに?病院なら事故現場のすぐにもあったのに。なんで態々離れたデスゲーム病院に入院になってるの?」

「う、流石元警視庁捜査一課も頼りにした凄腕探偵……。鋭いね……。まあ、それにはちょっと理由があるんだけど……綾乃には、言いにくいっていうか……その……」

「ふ……ならばその理由!我々の口から説明させていただこう!」

「あ、貴方達は……!」

 ババン!逡巡するユリカに割って入ったのは、白衣を着た二人組の男!

 一人は医者!もうひとりは採点ボードを手にした、病弱妹審査員にしてデスゲーム運営員を務める邪悪な男だ!

「お医者さんは判るけど……なんでデスゲーム運営員なんかがユリカの病室に……?はっ!もしかしてユリカ、貴女……!」

「そのまさかです!ユリカさんはこの半年……貴女に隠れて、密かにデスゲームに参加していたのですよ!」

「……っ!」

「ユリカが……デスゲームにですって!?どういうことなの、ユリカ……!どうしてデスゲームなんかに……!」

 綾乃が問いただすと、ユリカはうつむいたまま、ぽつりぽつりと参加した経緯を話し始めた。

「……黙っててごめんなさい、綾乃……。私も綾乃みたいに……何か一つでも取り柄が欲しくて……」

 綾乃と出会った半年前、ユリカは何者かに成りたくて悩んでいた。
 綾乃が自分のことを友人だと言ってくれて、一時は救われた気がしていた。

 しかし日が経つにつれ次第に、数々の肩書を持つ綾乃の隣に、一般人の……『ただの人』であるユリカがいていいのかという疑問が……自分も『何者か』にならなくてはという思いが、再び強くなっていった。

 そんな時だった。彼女にデスゲームの招待が届いたのは。

 ユリカは悩んだ末、その誘いを受けた。綾乃の記憶には、人を殺したという物は一つもなかったからだ。

 自分が綾乃と並ぶ人間になるには……それしかない……!そんな軽い気持ちで、ユリカはデスゲームに参加することを決めたのだった。

「私、こう見えても結構才能があったみたいでね。もう七人も魔人を殺してて……。あと一人殺せば、デスゲーム王に成れるんだ。でも、事故にあっちゃって、それもダメになっちゃったみたい」

「ユリカ、何勝手に諦めてるの!駄目だよ……折角友だちになれたのに、事故にあったくらいで勝負を投げ出しちゃ駄目……!それに後1戦なんでしょ?怪我なんて治してまた頑張ろうよ、ユリカ!」

「私だって、そうしたいよ……!でも、明日なんだ……」

「え?あ、明日……!?」

「そう、デスゲーム最後の一戦は明日なんだ……!どれだけ頑張ったって間に合うはずない……!私はもう、ここで核爆発するしかないんだよ、綾乃……!」

「そんな……!なんとかならないんですか、デスゲームの人……!日程を組み替えたりする柔軟な対応はないんですか!」

 顔を覆い泣き出すユリカを見て、綾乃はデスゲームマンに訴える。しかし、返事はあんまり良くないやつだった。

「日程は数週間前から決められているものですからな。相手の都合も視聴者の都合もありますし、そればかりはどうにも」

「そこをどうにか……お願いします!」

「我々も核爆発に巻き込まれたくはないので、なんとかしたいのは山々なんですがね……。なにか代わりの妙案があればと、一晩中考えてみたのですが……いやはや、医者として力になれず申し訳ない限りです」

「代わり……代わりの……!?そ、そうか!それですよ先生!」

 その時、綾乃に電流が走った!突然立ち上がり、医者の手を掴む綾乃!

「ユリカが戦えないなら、代わりに私がそのデスゲームに出ればいいんですよ!これなら日程の問題はカバーできます!」

「何を馬鹿な……!ユリカさんは”一切鏖殺"の異名を持つ、七回戦突破のベテランだ。それがこんな儚げな少女を代役になんて……上が納得するわけがありませんよ!」

 否定するデス医者。しかし意外にも、デス委員の返答は肯定的だった。

「いえ、そうとも限りませんよ先生。細木綾乃……彼女なら可能性はある」

「で、デス委員!お前まで何を!核爆発が怖くて気でも狂ったのか!?」

「私は正気です。先生も聞いたことがあるでしょう。病弱な妹ランキング絶体不動の一位でありながら、突如病を治し行方を眩ませた、伝説の妹のことを!」

「確かに聞いたことはあるが、それと今なんの関係が……ま、まさか!」

「そのまさかです!伝説の病弱妹……!その名も”兄なし"の細木!この細木綾乃こそが、その伝説の妹その人なのですよ!」

「確かに伝説の妹なら、十分滝沢さんの代わりになる……!これは面白くなってきたぞ……!」

「私が病弱の妹……?よくわからないけど、替え玉デスゲームを認めてくれるってことでいいんですね!」

 デスゲーム委員の言葉を聞き、細木の顔がぱぁっと晴れる。一方で、ユリカの顔は暗い。自分のせいで親友がデスゲームに身を投じる事になったのだ。無理も無いことだろう。

「ごめんね綾乃……!私のために人を殺すことになっちゃって……なんてお礼を言ったらいいか……」

「そんな事気にしないで。ほら、覚えてる?半年前、私達が出会った日のこと」

「……うん。あの時も、綾乃、私の事を守ってくれたよね。特別な人だって言って……」

「あの時にしたことと、今からすることに、大した差はないって思わない?

「綾乃……」

「ユリカ。私は貴女の友達。私はその友達を守る。守れる力があるって、証明する。だから、応援して?」

「……わかったよ。綾乃。私もあなたの友達。だから、応援する。待ってる。いつもの公園で、私待ってるから……!だから絶対、帰ってきて!」

 あの時は、なんとなく雰囲気で言ってしまった友達だという言葉。同じ言葉でも、今はもっともっと大事な意味を持っている気がした。


 持ち込んだスピリタスを一口あおる。純度の高いアルコールが粘膜から吸収され、灼けるような熱さがサイクロプスの喉を突き抜けた。

「ふーっ!正に目が覚めるような味わいって奴だな。好き好んで飲む奴の気がしれねえよ。良薬口に苦しとは言うが、これは毒にしかならねえ訳だし……。つってもまあ、今の俺に取っちゃこの苦さが百薬にも勝る妙薬なんだが」

 そう言ってサイクロプスは、周囲を見渡した。サイクロプス自身も異様な身なりだったが、戦場はそれより遥かに異常だった。

 周囲を覆い尽くすのは一面ピンクの肉壁。それが洞窟のように広がり、空間を作っている。見ると、本道の他に、いくつかの横道もあるようだ。

 能力により『目を覚まし』ても、視界に変化はない。つまりこれは幻覚ではなく、現実……。

 エロトラップダンジョン……!此度のデスゲーム会場はエロトラップダンジョンだ!サイクロプスは酒を嚥下してから数秒も経たぬうちにそれを理解した。

 そして今!サイクロプスは触手やスライム、サキュバスオークを始めとするスケベモンスターたちに囲まれていた!

 襲われている……?いや、サイクロプスの手に握られている一枚の紙……あれは、エロトラップダンジョン営業規則!

 サイクロプスは今、その怪物のような見た目からエロトラップダンジョンの新モンスターと間違えられ、新人教育を受けているのだ!

「男を放り込んでも面白くもなんともない戦場だろうに。相当の好き者か、或いは相手が好かれ者か。何方にしろ、何方にとっても災難には変わりねえな」

「あの、新人さん。誰と話してるんですか……?もしかして、説明わかりづらかった、とか……」

 サイクロプスにおずおずと話しかけるのは、このダンジョンの長、しわしわになった老スライムだ。

「説明がわかりづらかったりしたら、あの、素直に言ってくれればもう一回するので……遠慮なく言ってくださいね……へへ……」

「いや、これでダンジョンの構造は把握できた。十分助かったぜ」

「そうですか……あの、ところで……本当にこのダンジョンに就職を……?貴方はお強そうですし、態々こんなオンボロエロトラップダンジョンに来なくとも……魔王城や隠しダンジョン……いくらでも就職先はあるような気が……」

「俺も色々あってね。っつーかここオンボロなんだな……。見たところそんな悪いところでもなさそうだけど。肉壁もほら、えーっと……ピンク色だし」

「もう20年にもなりますからな……。設備は一昔前の物が多く……エロトラップを力尽くで壊す野蛮な女騎士も増えてきて……。その修繕も間に合わず……」

「まあそりゃ態々罠にかかってやる義理もないだろうしな……。あっちも純潔とか誇りとかかかってるわけだし……」

「何より困っているのが、最近出来た大手のエロトラップダンジョンチェーンです。あちらはトラップを大量生産しているから、罠を壊されても安く買い換えられる。宣伝広告も多く、わしら老舗は客は取られるばかりで……」

「エロトラップダンジョンに老舗やチェーンの概念があったとは……俺の知らない世界が世の中にはあるんだな……」

 サイクロプスはふと従業員に目を向けた。頭に包帯を巻いているも触手、杖を付きながらも地面を這うスライム……。皆がどこかしらに怪我を負っている。

 恐らく、野蛮な女騎士たちに付けられたものだろう。それでも、彼等の目は燃えるように輝いていた。エロトラップダンジョンへの強烈な熱意が、彼等を突き動かしているのだ。

「熱意や技量は大手に負けない自信があるんですが……時代というやつなんですかね……。
今日なんて、このダンジョンがデスゲームの会場になるんですよ。
死の危険があるエロトラップダンジョンなんて、エロトラップダンジョンではない……
そう思ってはいるのですが、借金の返済のためにはこれしか道はなく……。
従業員たちは、それでもエロがある限りここはエロトラップダンジョンだと言ってくれます。
しかし、私にはもう、エロトラップダンジョンを続けていく理由が……見えなくなって来てしまって……」

 老スライムはしおしお……と、気落ちしてよりしわしわになってしまった。かわいそうに……。しかも戦い如何によっては、このエロトラップダンジョンは核爆発で消滅するのだ。
何という悲劇だろう。

「ま、そう落ち込むなよ爺さん。今後のことはわからねえが、今日のところは俺が全部解決してやるからよ。そのデスゲーム参加者ってのは俺に任せとけ。お前らが安心してスケベ出来るように、俺がとっちめてやるからよ!」

「おお、なんと頼もしい……!ありがとうございます、サイクロプス殿……!」

 サイクロプスにとって、最も大事なのは妹だ。対戦相手を始末するのも、そのため……だがそのついでに助けられるものがあるなら、助けてやりたいとも思う。

 それがサイクロプスという男なのだ。しかも今回は、モンスターたちも勘違いして協力してくれている……この勝負負けるわけにはイカねえ!

 サイクロプスは結構、朱に交わるとすぐ染まってしまう性格なのだ。サイクロプスの目にも、従業員としての炎が燃え盛り始めていた……!


細木綾乃【探索中】……椅子に座ると突然両足拘束され、開脚させられ、開脚したお股にハケBTATATATATATATATA!

 エロトラップダンジョン内部!細木に襲いかかろうとした椅子に向かって、殺人用マシンガンが火を吹いた!エロトラップ失敗!42万円のスケベイスが粉々のゴミクズに変わり、宙を舞った!

「今の椅子は結構勢いが良かったわね……。ユリカが私の記憶にあった、ロシアからの武器密輸ルートを教えてくれてなければ、危なかったかも知れない……ありがとう、ユリカ……」

 マガジンを取り替えながら綾乃は息をつく。今の綾乃は全身にプロテクターを装着し、目にはゴーグル、頭にヘルメットを被り、機関銃を手に持った完全武装の状態だ。

 ユリカの話によると、デスゲームの敵は一筋縄ではいかない。そのため一日で出来る限りの準備をしてきたのだ。

「しかし……さっきから襲いかかってくるのはエロトラップばかり……これが対戦相手の能力だとしたらかなり悪趣味だけど……大したことはなさそうね」

 戦闘開始から二十分くらい。既に彼女は六つのエロトラップを破壊していた。その被害総額は500万近く。このまま行けば借金の返済どころか、経営の存続すら危ういだろう。

 エロトラップダンジョンは、儚げな美少女によってその未来を閉ざされようとしていた。

 そうとも知らず、綾乃は次の部屋へ進む。

 次のトラップはなにか……全身の神経を巡らせて、トラップの動きを待つ。

 その綾乃の研ぎ澄まされた感覚が、何かを捉えた。部屋の隅。空気がゆらりとと歪んだ次の瞬間。ダンジョンから放たれた殺人光線が、綾乃の体に直撃した!

 プロテクターが黒焦げになり、然る後灰となって地面にこぼれ落ちた。一段脱衣!スケベ成功!

「な……!?これは、エロトラップじゃ……ない!?」

 その下にある純白のワンピースは、綾乃の強靭な肉体により光線が弾かれたことによって無傷!

 しかし綾乃の受けた衝撃は大きかった。攻撃の出処は掴んでいたはず……にもかかわらず躱すことが出来なかったのだ。そして何よりその光線に込められた殺意と威力!

 もしも綾乃ではなくユリカが戦場に立っていれば、今の一撃で為す術もなく一撃死していただろう。今度のトラップは、今までのものとは次元が違う……!

 二発目を受けるのは不味い!このデスゲームは全国放送されているのだ。もしも受ければ、ワンピースの下に身に着けた下着姿が中継されてしまう。それに体もちょっと痛い。

 綾乃はすぐさま発射点に向かってマシンガン掃射を行うものの、トラップ破壊の手応えなし!二撃目の殺人光線が放たれ、たった今使用したマシンガンを貫く!

「……!」

 綾乃は銃を手放し、ゴーグルを付け直した。三度目の殺人光線!しかし綾乃は身を捻って躱し……いや、それだけではない!そのままダンジョンを駆け抜け、まるで発射点を予期していたかのように拳を振り抜いた!

「ぐああー!?」

 スケベ失敗!拳の直撃を受け、異彩迷彩で姿を隠していたサイクロプス染谷が露わになる、

「……!暗視ゴーグルか……!油断した。銃より先にそっちを壊すべきだった。逃した魚が大きくなければいいんだが」

 サイクロプスは受け身を取り、涼しい顔で直ぐ様立ち上がり構えを取る。追撃を許さぬ構え!

「魚じゃない。細木綾乃。私の拳を耐えたのは、貴方が初めてだわ。……貴方のこと、教えてくれる?」

「サイクロプス。いい口上だね、それ。俺も真似したいところだが……どうやらその必要はなさそうだ」

 そう言いながら、サイクロプスは距離を取る。5m。それが細木の能力の範囲だと、「知っている」からだ。

 それをそのまま信じる気はないが……先程の一撃。普段のサイクロプスなら、避けられない一撃ではなかった。それが、多量の記憶流入により一瞬の隙が出来てしまったのだ。

 どのような記憶が流れ込むかも定かではない……そう、例えば、相手に情をかけてしまうような……悲痛な過去があったとして。サイクロプス自身が迷わない保証など何処にもないのだ。

 能力影響を避けつつ、速やかに眼の前の敵を始末する……それが最善!

 サイクロプスは目を光らせ、殺人光線を飛ばす!銃を失った綾乃は彼我の距離を詰めるべく、光線をかいくぐりながらサイクロプスへと接敵!

「見た目に違って随分じゃじゃ馬なお嬢さんだ!とは言え俺も、足には自信があるがね!」

 もはや迷彩は無意味と悟ったサイクロプスは牽制の光線を交えつつ後退!

 その動きは、トラックを正面から受け止める膂力と殺人光線を弾き返す肉体を持つ綾乃にすら、勝るとも劣らない……!

「な、はや……!?そんな、ユリカいわく、私はかつてインターハイ陸上一位の記録を取ったはずなのに……!なぜ……!」

「可愛い妹のことを思い浮かべれば、疲れも吹っ飛んじまうのさ。兄貴ってのはいつだってなあ!」

 その秘密はサイクロプスの能力『換用躯』にある!彼はデスゲーム参加後の数ヶ月、一日たりとも欠かさず鍛錬を続けてきた!それも、限界を迎えては今のように、疲れをふっとばし、また疲れてはふっとばし……

 妹を思う一身で、常人では不可能なペースで、その肉体を鍛え上げてきたのだ。綾乃には他人と比べるべくもない、濃密な過去がある。だがそれは……サイクロプスとて同じ!

 距離は変わらず5m……!綾乃の拳は届かない!だが、一方でサイクロプスの殺人光線も、綾乃を倒すほどの威力はない。

両者互角!……否!戦場には限られた戦闘スペースがある!逃げる場所に限りがある以上、サイクロプスが追いつかれるのは必然……。

だが!余裕の笑みを浮かべるのは、綾乃ではなくサイクロプスの方だ!

「ふっ。必死に追いかけてくるのはいいが……忘れちゃいねえか?ここはエロトラップダンジョン!あんたは既に……次のフロアに入ってるんだぜ!」

 その瞬間、綾乃の背に冷たいものが走った。比喩ではない!あれは……媚薬スライム!天井から降り注いだ媚薬スライムが、綾乃の背に取り付いているのだ!

「……!しまった……!こ、これは……!あっ、待って、だめ!そんなことしたら、服が……!」

 スケベ成功!張り付いたスライムが白ワンピースに浸透し、同じく白い綾乃の下着が下から透ける!このままでは下着まで透けて、ちょっとここに書いてはいけないものまで見えてしまう!

 更に、スライムに気を取られた綾乃の隙をつき、サイクロプスの殺人光線が最大威力で綾乃に放たれようとしていた……!

 細木綾乃……!万事休すか!


一方そのころ!サイクロプスの妹、染谷真白の病室!

普段であれば、デス医者、デス委員、そして真白の三人がサッカーや野球の中継を見てボールやサイン色紙を磨いている個室だが……

「えっ……病室の移動があるとは聞きましたけど……ここ、一人用の個室ですよね……?なんで私がベットごと運ばれて来ているんですか……?」

「あらあらまぁ~綾乃が病室に居た頃を思い出すわぁ~」

 今日は真白に咥えてさらに2人!綾乃の母と、綾乃の友人、滝沢ユリカが運び込まれ、病室を圧迫していた!

「けほっ……それは……呼吸をするだけでも少し……いや大分しんどいんですけれど私のためにデスゲームで賞金を稼ぎ自身の身体が異形のものになっていくことに悲しみを感じているお兄ちゃんの身を案じて病室のTVからお兄ちゃんを見守る献身的な妹の私が説明します……けほっ!けほっ!」

「真白ちゃん……もういい!喋りすぎは体に障るぞ!説明はこちらでするから!」


 真白の体を気遣うのは、ご存じデスゲーム関係医者!

「おっ、無理をおしてお兄ちゃんのことを案じている姿……絵になりますねェ~」


 そして顎に手を当てて真白を眺めるのは、デスゲーム委員兼病弱妹審査員の男!

 ユリカと細木の母はその二人から、なぜ彼女らが真白の病室に運ばれているのか、その説明を受けることになる。


 それは、要約するとだいたいこんな感じのことだった。

 細木の対戦相手、サイクロプス染谷がデスゲームで妹のために賞金を稼いでいること、


その妹というのがこの病室の主、真白であるということ、


対戦相手が元病弱な妹ランキング一位であると聞いたら十二位の真白がその人たちに会って
みたいと希望したので今病室がみっちりしていること……

 兎に角そういう経緯があったのだ!ということを!

「そっか……私が鏖殺するはずの人に、こんな妹さんがいたんだ……しかも病弱な妹ランキング12位だなんて……結構な何者かも!」

 自分よりも幼いながら、実績を持ち、今現在確かに何者かである真白を、ユリカは羨ましそうに見つめた。

「けほっ……いえ……私なんて病弱な妹ランキング全日本12位というだけで……デスゲームで人を殺したりなんて出来ない何者でもない子ですから……12位っていうだけで!けほーっ!12位けほーっ!」

左のデス委員、右のユリカを交互に見ながら咳き込む。その白く細い首は今にも折れてしまいそうだ……

「あー、いや……必死そうなのはいいんですけどねェー、動きがちょっと間抜けかなぁ……」

デス委員が残念そうにボードに何かを書き込み、あれ!?と真白はびっくりし、うなだれる。

「……うぅ……お兄ちゃん……お兄ちゃんは今もエッチだけど頑張ってるから……私も頑張らないといけないのに……ごめん……ごめんね……けほっ」

しょんぼり、とスピリタスに手を回す真白。

「あらあら……あの子も今お兄ちゃんと一緒に戦ってるのね……ふふっ、一度、娘にアドバイスってしてみたかったのよね……お母さん、真白ちゃんにちょっとお節介焼いちゃおうかしら♪」

綾乃の母が、懸命にランキングを上げようと頑張る真白に声をかける。

「そうねぇ。病弱な娘を持つ母親のアドバイスだけど……ただ病弱なだけなら、どれだけ頑張っても10位止まりなの」

「えぇっ!?だって私血とかブー……一杯!出るのに……」

「うちの綾乃にはね、『病弱な妹』にしか出来ないあれがあったの……ふふっ、記憶は消しても体は覚えてるものなのよね……」

細木の母が困ったように、しかし嬉しそうにTVを指さすと、一同が一斉に目を向ける。

そこには、媚薬スライムを引き剥がすどころか……逆に自ら体を突っ込みスライムに身を委ねる、綾乃の姿が!

「あれは……なんなんですかお母さん?スライムに自ら襲われるなんて……綾乃にはそんなお茶の間に出せないような性癖は無かったはず……」

「いや……あれはただエロトラップに引っかかったのではありませんよォ!!れがァ!あれこそがァ!!彼女が不動の一位たる理由なのです!」

 エリカの疑問を遮り、デス委員が立ち上がる。その目にはうっすらと涙が浮かび、横で慌てて必死に吐血をする真白の姿は届かない。


 一瞬後。綾乃はスライムから脱出し、なんとか殺人光線を避けた。

 しかし、無事とは言い難い。目は虚ろ、体はふらふらと揺れ……静脈の青が透けるような白い肌が、上気し赤くなっている。明らかな危険発情状態!

だが……TV越しのそのオーラから、一同は幻視した。


恐るべき怪物の姿を……

自分もろとも相手を刈り取らんとする、背後の死神を……。

あれは……そう、あれこそが綾乃を一位らしめていた動き!

「……そっか……あの今にも死にそうな姿……記憶に合った通り……あれが……」
「病弱妹ランキングの歴史を塗り替えた!」
「医学的に見ても最強の!」
「綾乃が築き上げた必殺の拳!」
「私が……超えなくちゃいけない……!」


あれこそが、中国四千年の歴史を受け継いだ、究極の拳法!

「「「「病弱妹体調不良酔拳!!」」」」

 病室にいる全員が、その力を一斉に察知した!


「な、一体、何が……起きたってんだ……媚薬を受けて……動きは鈍るはず……なのになんで、俺のほうが追い詰められてんだ……!?」

 綾乃が発情スライムを受けてから。状況は一気に動いた。

 それまで直線的だった綾乃の動きは、確かな技術に裏打ちされた、洗練された物に変わった。数多くのトラップも殺人光線も通じず!やがて綾乃の攻撃は一打二打とサイクロプスの体を捉えるように成り……今、必殺のふらふら鉄山靠を受け、サイクロプスは立ち上がることすら出来なくなっていた。

「頭じゃない……体が覚えてる……!今の一撃を受けて、立ってられる人間はいない……!はぁ……はぁ……やった……!私勝ったよ、ユリカ……!」


 勝利を確信し、とどめを刺すためにサイクロプスへ近づくユリカ。しかし!そのユリカを遮るものが一人!

「待ちなされ、そこのお嬢!この男を倒したくば……まずは私をたおしてみせよ!」

「あ、あんたは……店長の老スライム!やめるんだ……!こいつはあんたの手に負えるやつじゃない……!戦いを見てたあんたなら判るだろ……!ここはもうすぐ核爆発する!早く皆をつれて逃げるんだ!それに……それに俺は、あんたに嘘を……!」

「お、俺……!本当は新人なんかじゃないんだ……!あいつと同じ……デスゲーム参加者なんだよ……!あんたたちを騙した、最低のクズなんだ……だから守る必要なんてない……!早く消えてくれ、老スライム」

「ふぉふぉふぉ……それくらい、見抜いとりましたよ。エロトラップ歴80年のこのわしを舐めるでない、若造!」

「な……!なら、どうして……!」

「どうでも良いんじゃよ、あんたが何者かなんて……。ただあんたはこのダンジョンを……俺等の働きを見て、守ると言ってくれた。ならば!わしもあんたを守るのは当然じゃ!たとえ力及ばなくとも……それが人の正しき道というもの!

さあ覚悟せよ若いお嬢さん!その発情した体でわしの攻めを受けて耐えられうぎゃー!」

「じ、じいさーん!」

 哀れ!爺さんは綾乃の病弱妹親権を受けて瀕死!あえなくトラップを突破してしまった。

「よし、じゃあ変な邪魔も入ったけど……ごめんね。そろそろ私公園に帰らなくちゃ行けないから……とどめ、刺すね。安心して。貴方のことは忘れない……。結構いい男だったし。妹さんの面倒も……できれば、見てあげる。だから、安心して……」

「……いや。俺は死なねえ」

「……?何を強がって……口にしたことを現実にするって言っても、そこまででたらめな効果はないはず……」

「わからないのか?」
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