セリスは東の雪原に来ていた。
あの時、死亡者を告げる放送を聞いてから、自分は明らかにおかしくなった。
自覚はあったのだ。だが、止められない。気が付いたら、病人を置いて飛び出していた。
凍てつく山地を抜ける間も、ずっと自分を駆り立てるものは何か、考えていた。
そして、一つの名前に行き着いた。理由はわからない。だが、その名前を口するだけで胸の奥がシクシクと痛む。
それが、今の彼女をかきたてる全てだった。
ミレーユは、キャンプ地点で放送を聞いた。
特に定まった目的地があったわけでもないし、下手に動くよりは
旅の扉の場所を確認してからでも良い、そう思ったからだ。
放送後、地図で一番近い場所を確認する。北の湖か、南の洞窟か。
そして、どちらかと言えば近い南の洞窟に向かう事にした。
途中、彼女は雪原を歩く女性の姿を発見したのだった。
その女性の様子は何となくおかしかった。
一見して武術を嗜んでいるようなのに、ほとんど警戒する様子がないのだ。
よほど自身があるのか、それとも……
ミレーユは少し考えた後、声をかけてみることにした。
普段なら関らないところだが、それでは何も変わらない。まず、自分が動かないといけない。
「おはよう。はじめまして、かな」
「………誰」
やはり、その女性の様子は変わらず無防備だ。
どこか線が細く儚げで、女性の自分から見ても掛け値なし美人だと思う。
まあ、そう思ってるミレーユ自身もそんな表現が似合うタイプの美人なのだが。
「私は、ミレーユ。
占い師の見習をやっているわ」
「そう。何か用?」
冷たい、というよりは素っ気無さ過ぎる態度だった。
自分も言い寄ってくる男にはこんな態度を取るので、ミレーユは苦笑した。
「用というか、あなたが一人でいるようだから声をかけたのだけれど。
見ての通り、私も一人だし、もし良かったら一緒に行動できないかしら」
女性は興味なさそうにミレーユから視線を逸らした。そしてこんな事を呟く。
「……
ロック」
「え?」
「彼を探している。何故かはよくわからないけれど……会わなきゃいけない」
ロック、その名前は自分にとって少なからず意味を持っていた。
占いで知って、会おうとして……そしてつい先程、失望を味わった。何故なら彼は……
「その人……前回の放送で亡くなったと」
「死んでいない」
その女性は射殺すような視線をミレーユに向けた。
「彼は死なない。殺しても死ぬような人じゃない。生きてる。絶対生きてる」
ミレーユは息を飲む。女性の瞳は純粋なものだ。純粋で、それでいて……
意思の色が見えなかった。現実を否定するあまりに盲目になっている、そんな感じ。
関ってしまった事を僅かに後悔しながら、ミレーユは口を開いた。
言葉を選んで、慎重に語りかける。
「あなたが言うのならそうなんでしょうね。もしも……いえ、彼は旅の扉に向かっていると思うわ。
もうじきこの世界は崩壊するから」
「……そう」
「ここから南にある洞窟に旅の扉は出現したわ。行きましょう?」
微かに肯く女性。
今は見守るしかない。彼女が現実を受け入れるまで。
ミレーユはそう思う事にした。それから、一つ、聞いておく事に気付いた。
「あなたの名前は?」
「セリス」
「そう。よろしくね?」
最終更新:2011年07月18日 07:18