私は完全に辺りが暗くなるのを待ってから、動き出した。
森の中でかまくらを作り一夜を過ごす手はあった。木は豊富にあるし、火炎の呪文を使えば
湿気を含んだ木材であろうが関係なく、体を温めることができたはずだ。
だが、そうはしなかった。体温を確実に奪う吹雪の中を昼間と同じように歩き出した。
強く、動きたい衝動に駆られていた。
自分は今まで恵まれ過ぎたのかもしれない。苛烈な戦闘が行われてきたこのゲームのなかで、のんびりと
一人だけ観光するような気分でいたかもしれない。
その気持ちが呪文のように頭の中で反芻され、足を動かす強制力となる。
両手はすっかり冷えていた。ところどころあかぎれが出来て痛みが刺す。
息を吹きかけると、また傷んだ。
改めて自分の手を細々と見つめると、おぼろげに、後悔の念が浮かんでくる。
私の進んだ道は誤りではなかったか、と。
練度は最大に上がっている。魔法戦士としての修行を続け、自分というものを練り上げてきた。
魔法剣を、敵を消し去る呪文を、力を倍増する呪文を使うことができる。
火球の最強呪文、メラゾーマを難なく放つことができる。
連続で唱えても魔法力が尽きることは、ない
―――
魔法使い、僧侶、賢者、何にしても自分は
バーバラ程の魔術の素質はないと理解していた。
ならばオールマイティーに……。自分の選択は間違っていないと信じたかった。
だが結局魔法戦士という職は、無難な選択の一つでしかなかった。
極めたのはいいがそこから先への見通しが立たなかった。
自分は何を目指すのか、肝心なことを考えずに成り行きまかせだった。
はっきりとしていることがある。魔法戦士を極めて勇者への道はむしろ遠ざかった。
実は器用貧乏でしかないのではという予感が、
ミレーユの脳裏に突き刺さった。
自分は逃げていた。才能の限界を見るのが怖くてスペシャリストの道を避けてしまった。
私は幼い頃から勇者になることを夢見ていたはずだ……
どれだけの時間を費やしただろう。これだけの事を思い出すのにどれ程の努力を払ってきただろう。
最後に習得したこのメラゾーマ、魔法戦士を極めた証である呪文。
長い月日をかけて手に入れたこの呪文が、今は何とも頼りなく思えてならない……
いつの間にか握りこぶしを作って立ち尽くしていた。
生きる道、自分の選択、これまでの軌跡、全てに不満があった。
このゲームにおいても同じく。
そう、今の今まで戦闘に巻き込まれず生き延びてきたことに疚しさを感じていた。
皆が殺し合いをしている時に呑気にチェスをしていた。雨上がりの晴れ空を見上げて陽気でいた。
雪景色が綺麗だと、一人色めき立っていた。
何処までも本気になれずにいた……。
もう有耶無耶しさなど放り出して全力で行きたい。
今から私は変わるんだ。
最終更新:2011年07月18日 07:17