闇の中、
デスピサロが立っている。
ピサロではなく、デスピサロ。そして
ゾーマでもある存在。
いつぞやに砕け散ったはずの鎌の刃が魔力でかりそめの形を成していた。
魔法と言う朧にて実体を作り出すのは難しい。
火炎やイカヅチと言った無形の物、水や氷と言った周辺の元素を流用できる物ならばまだしも、魔法力そのものだけで
形や重さを持った“物体”を作り出す事は容易ではない。
鎌の刃は、後数回ほど何かを斬れば消えてしまうだろう。そんな不安定な存在。
だが、そんな不安定な存在でも、作り出せると言うだけでもう桁違いだ。とんでもない。
そんなとんでもない存在は、まだ動かない。
サマンサをたたき斬ったっきり、立ったまま動かない。
エーコと
エアリス、それに
アルスはサマンサにすぐさま駆け寄った。
上下の区別もなさそうな空間だというのに、あっさりと駆け寄る事ができる。
「サマンサ…!」
サマンサをかばう形で、残りのメンバーがピサロと向かい合う。
リディアは
ゼニスが確保して後ろに下がっていた。いつの間にか。
アルスは彼らに背中を預け、彼女を助けるための呪文を唱え出す。
「アルス…私は、ピサロ卿がおかしくなる寸前まで、話を…」
ごぼりと、サマンサの口から血の塊が溢れる。言葉が途中で絶たれる。
「喋らないで…!」
エアリスがぴしゃりと言い放つが、サマンサは聞かない。
「武器を壊したのがあの城なら…あの城も一種の仮想…空間で、
……ゾーマ、一度死んで…崩れて、ゴホッ…ここは、たぶん
仮想空間の外」
サマンサはしゃべり続ける。
「マジャスティスを最初に…ぐっ…使った時と同じです。
もしかしたらルーラが……そうすれば誰かの世界に退避できる…かも」
それを聞きながら回復魔法を使っていたエーコは、奇妙な事に気がついた。
傷が、思ったよりも浅い。
むろん瀕死の重傷には違いないが…覚悟していたような、致命傷ではない。
放っておけばすぐ死ぬが、すぐに治療をすれば生かす事も可能なレベルの…。
とりあえずもう一度回復を、とサマンサの、あの忌まわしい鎌で咲かれた腹部に触れたエーコの手に、奇妙な感覚があった。
毛皮の、ふさふさとした、柔らかい感触。
ためらいつつも引っ張り出すと、その正体はすぐにしれた。
キツネとリスを会わせたような生き物の、死体。
胸のあたりで真っ二つに切り裂かれた、死体。この動物のおかげで、紙一重で致命傷を免れたのだろうか?
サマンサはそれを見て一瞬悲しそうな顔をし、エーコに その子をお願いします と言った。
「私がピサロ卿の気を引きます。
みんなで集まってルーラを使って、それで終わりです」
「ち、ちょ…!」
サマンサの言葉をエアリスが遮る。
気を引いて自分達が逃げて…それでサマンサはどうなる?
あの時、自分は「みんなで生き延びて…」と言ったのだ。そんな事、できるはずが…。
「私はあの人の家臣です。
あの人を助けます。駄目ならば止めます。
貴方に信念が在るように…私にも、在ります」
半死人とは思えぬ…いや、半死人だからこその凄絶な視線が、エアリスを射抜く。
エアリスは反論しようと口を開く、が、その前に。
「だったら、俺も引けないな」
背中越しに、
バッツがこちらに口を挟んだ。
「こんなのほっといたら、後からどんな事しでかすか分かったモンじゃない」
「それに、仲間なればこのような状態のピサロ殿を放ってはおけないでござるよ」
バッツと、それに答える
ライアンとの台詞に、全員が頷き、もしくは返事を返した。
「エアリスさん、サマンサをゼニスさんの所に。
サマンサ…僕たちがあの人を止める。いざというときは…ルーラを頼む」
アルスはそう言うと、ピサロの方に向き直った。
最終更新:2010年05月29日 23:36