それぞれの明日

闇に飲み込まれるように意識が混濁していく中……誰もが自分の帰るべき世界を想った。
その想いが道標となり、足下から光の軌跡が伸びる。
すると失いつつあった五感が戻り、光によって照らされた事で仲間の姿を確認する事ができた。
光の道は、それぞれ違う方向に伸び……数メートルもしないうちに闇に飲まれている。
けれどその先に、とても懐かしい気配を感じた。

「その光をたどれば、元の世界に帰れるはずじゃ。自分が帰りたい場所、時間を強く想いなさい。
現実の時間はすでに半年以上流れているが、この世界に呼び出された時間に近い時間に帰る事も可能じゃろう。
ここにいる何人かは、同じ世界の違う時間に生きているのだから……不可能ではないはず」

ゼニスの言葉は、彼等が待ち望んでいた『帰還』を示す言葉。
そして、この世界で共に闘った仲間達との『別れ』の言葉。


エアリスはみんなの顔を見渡して、優しく微笑んだ。
「みんな……お別れだね。ティーダ君。色々ありがとう」
「こっちこそありがとうッス。エアリスのおかげで生き残る事ができたッスよ」
「うふふ。そう言ってもらえると嬉しいな。それじゃ、彼女と仲良くね」
エアリスが光の道を歩き出すと、数歩も歩かないうちに彼女の背中は闇の中へ消えてしまった。


バッツさん、エーコ、アニー、クーパー……! 色々ありがとう。みんなの事、忘れない」
とんぬらの癒しの力が働いたのだろうか。そう微笑むリディアの姿は、初めて会った時の年齢に戻っていた。
「リディア……」
「元気でね」
すっかり年上になったリディアは、クーパーの頬に軽く口づけをして、光の道を歩き出した。
クーパーは頬を真っ赤にしながら、リディアを見送る。


「色々辛い事があったけど……みんなに会えてよかったよ」
デッシュエドガーに向かって手を差し出した。エドガーはその手を力強く握る。
「エドガー。元の世界に戻っても、俺の事忘れないでおいてくれよ」
「レディの名前なら絶対に忘れないが……キミの名前も決して忘れないだろう」
「ありがとう、じゃあな」
デッシュも光の道を歩き出す。やはり数歩も歩かないうちにその姿は消えてしまった。


「バッツさん……。レナお姉ちゃんの分まで、生きてね」
バーバラは寂しそうな顔で、バッツに言った。
「ああ……もちろんだ。バーバラも、レナの分まで生きてくれよ。それが。俺達がレナのためにしてやれる事だ」
「……うん!」
寂しい顔が、あっという間に元気な顔に早変わり。
バーバラはミニスカートをひるがえらせ、みんなに背を向けて走り出した。


「……アニー。元の世界に帰っちゃっても、私達はずっと友達だからね!」
エーコは瞳いっぱいに涙を浮かべて、アニーの手を握った。アニーもぐっと握り返す
「うん……。ずっと友達だよ」
そしてエーコは、今度はバッツへと向き直る。
「バッツさん……私はやっぱり、ジタンを殺したあなたの事……許せない」
「……すまない」
「でも……あなたは悪くない。あなたは悪くないと思う」
「…………ごめんな」
「…………バイバイ」
涙が瞳から溢れるよりも先に、エーコはバッツから顔をそらして光の道と共に消えた。


「みんな、世話になったでござる」
ライアンは腰を折って、みんなに深くおじぎをした。
「クーパー殿。天空の勇者として、とんぬら殿の息子として、恥じる事の無い生き方をなされよ」
「……うん!」
「それではさらばでござる!」
こうしてライアンは走り出した。彼の背中が闇に飲まれると同時に、光の道も消える。


「やはり帰り道が同じだと、道も同じらしいな」
エドガーとティナの足下から伸びる光の道は、途中でつながり同じ方向へと伸びていた。
ティナは、特に思い入れの深い2人の仲間に声をかける。
アルス、ティーダ。……ありがとう」
「ティナさん、今までありがとうございました。お元気で」
「ちょっぴり寂しいけど……ティナに会えてよかったッス!」
ティナは彼等との友情を噛み締めながら、ゆっくりと歩き出した。
「それでは麗しきレディ達、ごきげんよう」
キザったらしい台詞を口にして、エドガーも後に続く。


「さて、俺達も帰るとしますか!」
「早くユウナんに会いたいんでしょ~」
「フッ……若いな」
リュックアーロンにからかわれるティーダを、みんな微笑ましく見守る。
一番の大所帯だろう彼等との別れも、もう少しだ。
「ティーダ、元気でね……って、キミならどこへ行っても元気かな」
「アルスまで俺をからかうッスか~?」
「アハハ。暗くなるよりはいいだろ?」
「それもそっか。それじゃ、アルスも元気でやるッスよ!」
こうしてティーダ達も歩き出す。自分達の世界へ向かって。
ティーダもリュックも、帰ったらアレをしようコレをしようとお喋りしながら。
そんな中……アーロンだけは黙ったままだった。けれど、そんな2人の姿を嬉しそうに見ていた。


次々と去っていく仲間達……。また1人、また1人と元の世界へと帰っていく。

「ゲーム中はほとんど呪われてたからあまり記憶が無いけど、みんなが大事な仲間だって事は忘れないよ」
アイラは足下に落ちていた死者の指輪の欠片を拾い上げながら言った。
その指輪を見て、いったい誰の事を思い出しているのだろうか?
「クーパー。お父さんの分まで、妹や仲間をしっかり護るんだよ」
「……うん。アイラさん、お父さんを護ってくれてありがとう」
「でも結局、ここにいるみんなが……あなたのお父さんに救われたのよね。それを誇りに思いなさい」
「はい!」
こうしてアイラもまた、闇の中へと消えていった。


「さて……そろそろボク達も行くとしよう」
アルスは光の行く末をしっかりと見定めた。
すぐにでも歩き出してしまいそうなアルスに、クーパーは咄嗟に声をかける。
「あの……アルスさん、ありがとうございました」
「こちらこそありがとう。キミは幼いのに、ボク以上の素晴らしい勇者だ」
「そんな事ありません……」
「キミはキミが思っている以上に強い。これからも勇者として、正義と平和を愛する心を忘れずに……」
こうして、勇者アルスもまた姿を消した。
彼の後をゼニスもついていったけど、それに触れる人物はいなかった。


「さて……俺達で最後だ。クーパー、アニー、元気でな」
「バッツお兄ちゃん……」
「そんな顔するなよ。やっと終わったんだから……」
「……うん」
別れを惜しむクーパーが寂しそうで、バッツはぎゅっと彼を抱き締めた。
「……俺は、親父の背中を追って大きくなった。親父に誇れる生き方をしてきたと思う。
お前の前には、とんぬらさんという大きな背中がある。その背中を忘れない限り、お前はどんな苦難にも負けはしない」
「……お父さんの背中だけじゃないよ。ボク……バッツさんの背中も絶対忘れないよ」
「俺はそんな、立派な人間じゃないさ」
「そんな事ない……そんな事ないよ」
「クーパー……」
別れたくない気持ちは、バッツも同じだ。レナとファリスを失った今、バッツの心の中でこの少年はとても大きなウェイトをしめている。
けれど別れなければならない。バッツはクーパーの肩をぐっと押し、身体を離した。

「クーパーとパパスさんは、道が同じみたいだな」
バッツの何気ない言葉に、パパスはゆっくりと首を振る。
「いや……確かに私達は同じ世界の住人だが、生きている時間は違う。恐らく途中までしか一緒に行けまい……」
「……そうか」
両親を失ったクーパーとアニーの側に、せめてパパスがいてやれれば……と思っていたのだが。
バッツは落胆に肩を落とす。
そして、さっきから黙り込んでいたアニーが、不安げに口を開く。
「……おじいちゃん。元の世界に帰ったら、やっぱり死んじゃうの?」
バッツもクーパーもハッと顔を上げ、パパスを見た。
「死ぬと分かっていてわざわざ死にに行くのは……な。それに私が死ねば、やはりとんぬらとヘンリー王子に辛い思いをさせてしまう」
自分がどんなに重い枷を作り出してしまったか……。とんぬらの死を見て、パパスは強く深く痛感していた。
「それじゃあ……おじいちゃんはヘンリー王子の誘拐を防いで、お父さんも奴隷にならずにすむのね!?」

「ああ。もしかしたら……お前達の時間に影響を与え、とんぬらを生き返らせられるかもしれん」


その言葉に、双子はパッと顔を輝かせる。
だがその希望に裏切られた時に絶望しないよう、パパスは念を押した。
「だが、もし私がとんぬらを救ったとしても……お前達の時間には何の影響も無いかもしれぬ。
とんぬらも私も死んだまま……という事を覚悟しておきなさい」
「そんな……」
泣きそうな顔になりながらも、双子は……そのわずかな希望を願わずにはいられなかった。

バッツは2人に何か言ってやろうと思うが……確証の無い希望を肯定しても仕方が無い。
駄目だった時に、2人の傷を大きくするだけだ。
だから……。
「クーパー! お父さんが生き返らなかったとしても……それで絶望しちゃいけない!
とんぬらさんも言っていただろう? お前は1人じゃない……。両親がいない今、アニーを護るのはお前の役目なんだぞ!」
「バッツお兄ちゃん……」

「クーパー……。辛かったり疲れたりしたら、立ち止まって泣いてもいいんだ。でも、そのまま終わっちゃいけない。
しっかり休んだら……また歩き出すんだぞ。男の約束だ、誓えるな?」
バッツの問いに、クーパーは勇者らしく凛と背筋を伸ばし、力強く答えた。
「はい!」

そして彼等は帰っていく。
自分達の世界に。

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最終更新:2010年03月10日 03:37
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