ライラックについて
科・属名: モクセイ科ハシドイ属
学名: Syringa vulgaris
白いライラックの花言葉
「青春の喜び」「無邪気」
西洋での花言葉
「youthful innocence(若者の純潔)」
一.
人の気配も無く明かりさえ無い、ただ外から入る月の光のみが照らすただただ静かな木製の廊下。
普通の生徒が入ることはまず間違いなく無いであろう旧校舎、しかしそこでは一人のミリタリー装備の狙撃手と白い影が向かい合っていた。
「やはりここに私を連れてきたのはお前か、何のために私を連れてきた?何のためにハルマゲドンを引き起こした?」
両手で主武装のスナイパーライフルを持ち目の前の白い影=『蓮柄円』の頭部へ銃口を向けるのは五士オルガ、非魔人でありながら魔人の殺し合いに巻き込まれた少女である。
一度この空間から生還し再びこの空間へ戻ってきた彼女の目的はただ一つ、『蓮柄円』を討伐し戦友の敵を討ち妃芽薗学園に平和を取り戻す事のみ。
「……」
だが『蓮柄円』はただ無言でいつの間にか足元に置かれた写真とメモを指差し、そのままどこかへと去っていく。
転がっていくアキカンへオルガが放った銃弾もただ床に穴を開けカラコロと音を立てアキカンは闇へと消えていった。
「むう……またなのか……」
わざわざ手紙を開けなくても薄々気づいている、ここに連れてこられたという事はやる事は決まっている――
「橋土居紫、風紀委員だったか……「転校生になれ」だって?あのアキカンは蠱毒を作っていたのか?」
転校生を倒す〈後始末〉は転校生を生むための〈延長戦〉へ、アキカンによって再び旧校舎での戦闘が始まる。
「五士オルガさん……清掃委員の方でしたでしょうか、私達とは一時的に同盟関係を結んでいたのにいえまさかこのような形で戦うことになるとは……」
ベンチで仮眠をとっていた筈がいつの間にか旧校舎の教室内、手元の手紙を見れば「転校生になるために殺し合え」と物騒な文章がこの異常な状況の理由を説明している。
「困りました……同じ平和を守ろうとする清掃委員の方とは私としてはあまり戦いたくありません」
首を傾げ十数秒悩んだ末に白いライラックのカチューシャを付けた美しい少女、橋土居紫はこの物騒な事態を解決する一つの策を導き出した。
「簡単な話でした、お友達になって仲良くこの世界から脱出する手段を考えればいいのです!」
こうして暗い旧校舎内においても輝きを失わない白いライラックの少女は友達作りのために廊下へと歩を進めた。
ニ.
ボルトアクション式スナイパーライフルの傑作L96A1、そのマグナム弾対応モデルのAWMはより遠距離の目標の狙撃を可能にするべく開発された。
遠距離の目標でも狙撃できるという事は当然近距離の目標に対しては命中すれば相手が死ぬどころか貫通して後ろの目標まで撃ち抜く程のオーバーキルな火力を与える事になる。
AWMを以ってしても防御力の高い魔物や魔人に対しては0距離接射しようがかすり傷しか負わせられないが、そんな要塞のような相手に対しては戦術兵器級の攻撃力を持った魔人が対応するためオルガがその火力を近距離で行使することはほぼ無かった。
だが今オルガの目の前にはその火力を存分に振るっていい悪霊がいた、いやそれどころではない振るわなければどう考えても待っているのは悪霊の仲間入りだ。
幸い移動が遅い上に接近行動からの近接攻撃しかしない相手故に魔物退治に慣れたオルガにとって難敵ではない。
「左微調整……後方移動で誘導……右微調整……照準セット……Fire!」
集団で襲ってくる悪霊をマグナム弾を貫通させて一気に消滅させていく、しかし悪霊は倒せど倒せど迫ってくる。そして悪霊との戦いに手間取るということはそれだけ橋土と不利な状況で遭遇する確率が高くなる。
(これは面倒だな……相手の能力もわからないままに一方的に消耗させられていく、それともこの悪霊そのものが橋土居紫の能力なのか?)
5発撃ち尽くしたAWMを安全にリロードするべくダッシュで廊下を駆ける、できれば悪霊が橋土居紫の方へ向かってくれればそれがいい。
しかしオルガは既に追われる側になっている、それを実感させる存在が階段を登り駆け込んだ教室の中に立っていた。
「ようやくお会い出来ました、五士オルガさん」
瞬間、窮地を認識した脳がこの状況を解決する策を導き出すべく回転する。
(むう……こちらの位置がバレていたか、銃声から位置を特定されたか?AWMは使えない、ナイフでは勝てるかどうか怪しい、ならばスモークグレネードを投げて逃げ……)
目の前の橋土居紫が写真そのままの白い輝きを纏い微笑む、その瞬間認識が書き換えられる。
(……なんで逃げる必要があるんだ?目の前には目標がいるじゃないか。私は愛しのお姉様を守るために来たのだろう?)
「さあ、一緒に私達でこの世界から出る方法を考えましょう」
「わかりましたお姉様、この五士オルガ全身全霊お姉様をお守りいたします」
「そんなかしこまら無くても……」
「あっいえっすいません!」
魔人能力とは認識を世界に押し付ける能力、この瞬間五士オルガのここが蠱毒だという認識は愛するお姉様との逢瀬の場だという認識へと書き換えられた。
三.
開始時とは変わらず月の光のみが中を照らす暗い旧校舎、しかし今そこで白い輝きとマズルフラッシュが踊るように廊下を進んでいた。
白い輝きが短刀を振るい悪霊を次々と斬り掻き消して行く、マズルフラッシュから飛び出していくマグナム弾が悪霊を纏めて貫き消していく。
「お姉様!リロードします!」
「わかりましたオルガさん!」
マズルフラッシュのダンスが一時停止しリロードの構えに入り、そしてその隙をカバーするように白い輝きが傍に立ち短刀を投げ近寄る悪霊を消していく。
「リロードが終わりました!」
「ではまた行きましょう!」
そして再びマズルフラッシュと白い輝きのペアダンスが始まる。いわゆる初めての共同作業だった、将来馴れ初めを聞かれたらこのペアダンスが馴れ初めだと言う事になるだろう。
四.
「申し訳ありません、このままではどちらかと言えば守られているのは私ではないですか」
「大丈夫ですよオルガさん、貴方の銃のおかげで道を一気に切り開いて行けるのだから」
「お姉様……」
旧校舎から脱出した2人は一時の休息として武道場の中で休息を取っていた、身も蓋も無い話をすればこうやって仲良しこよしに進んでいる限り絶対に脱出できることは無いのだが既に能力支配下にあるオルガは勿論橋土も相手を倒そうという発想には中々至らなかった。
[無邪気][青春][純潔]といった花言葉を持った少女は疑うということを知らない、規律を守れと言われればそれを守るべく冷酷に規律を守り仲良くするべきだと考えれば相手とどう仲良くなるか仲良くしてどうするかを考え続ける。
染まりやすい清潔な白は未だ白いままこの闇夜に対抗するかのように輝き続けていた。
しかし既に様々な色が混ざったパレットにどれだけ白を入れても清潔な白にはならないのもまた事実だった。
(……そういえばここには一度来たことがあるぞ)
頭の中が「お姉様 ああお姉様 お姉様」状態だったオルガに不意に記憶が自らに対して何かを突き付ける。
(あれは……XXXXが終わった後だったっけか)
武道場、4人での剣の修行、元から剣使いの2人、パワーポイント資料での近接立ち回り、ふと気づけば近接斬撃攻撃を持っていないのは自分だけだった。
(いや、そうだ、私は敵を討つためにここに来た。誰の?)
救世主の剣、斬馬刀、鋼鉄のプレゼンファイル、ナイフ、普段使ってないのであっさり弾かれるナイフ。
(そうだ、私は北内の敵を討つためにここに来た、そしてまたサバゲー部、清掃委員、佐藤とまきちゃんの所へ帰らなければ!)
白に染まりかけていた脳内を再び自らの迷彩色へ染める、お姉様――橋土居紫を倒して元の世界へ帰る!
「どうしたんですか?顔が緊張していますよ?」
……どうやって?このこちらの顔を心配したような顔で覗き込む近接戦闘も強い精神操作能力者をどう倒す?
五.
まず戦力差を整理する、戦闘において重要なのは味方と敵の戦力を把握することだ。
こちらの武器はAWP、ナイフ、スモークグレネード1個、閃光弾2個。敵の武器は短刀が……複数本、何本持っているのか外からでは全くわからない。
近接戦闘スキルでは考えるまでも無くこちらが劣っている、不意討ちも効かないだろう。AWPを使い撃ち抜けるか?まず距離を離すことができない、こちらが全速力でダッシュしようが向こうは魔人脚力で追いつけるだろう。
(むう……これは、無理じゃないのか?そもそも狙撃手が単独で近接戦闘する局面に立っている時点でおかしいんだ、私の距離じゃない)
発案、検証、棄却、いくら思考を巡らせても出てくる結論は「不可能」のみ。これが最適解なのか?
「そろそろ出発しましょう、特別教室棟になら何かあるかもしれません」
「あっ……あわっ……はい!お姉様!」
そもそもこの敬愛するお姉様――違う!橋土居紫をここで殺すのはこの精神操作を含めても気が引ける。こちらに一切敵意を見せずそれどころか心配してくれる存在を不意討ちして殺すほど氷の心は持っていない。
つまり、この目の前の橋土居紫という白いライラックの少女をお姉様と慕いながら一緒に脱出する道を探すのが最適解だった。
「特別教室棟には悪霊はいないようです」
「わかりました、しかし念のため私が前、貴方が後ろをカバーする形で行きましょう」
「了解ですお姉様」
ダンスするかのように突破していた旧校舎での大立ち回りとは正反対に慎重な足取りで特別教室棟を進む2人、先のオルガによる気配探知には何も引っかからなかったが警戒するに越したことはない。
「……っ!」
「どうしました!?」
「『何か』が突然近くに現れました!悪霊とは比べ物にならないぐらい危険な存在です!」
そう、警戒するに越したことはない。転校生とはハルマゲドンが中々進まない時に現れる存在であり2人はとっくにその条件を満たしていたのだから。
この〈延長戦〉は『蓮柄円』が引き起こしたもの、無論ペナルティとして現れるのも『蓮柄円』だった。
六.
2人が位置するのは特別教室棟の1階廊下、対する『蓮柄 円 with アキカン・贅沢エスプレッソ』の出現位置は不明。2人に与えられたのはただ"出現した"という情報とカランコロンと響くアキカンの音のみ。
「この音は……あのアキカンか!」
「貴方は何が来ているのか知っているんですか!?」
「この音を忘れたことはありません、私はこの音の主を倒しにここに来たのですから」
嘘偽りの無い言葉、輝きを失わない白を裏切る一言、しかしその返答は白き純潔のままだった。
「貴方にもここに来た理由がある、それならば私も風紀委員として……いえ、貴方の友達として貴方に協力しましょう」
「お姉様……」
あまりにも白く輝く答えに思わず精神的な隙が生まれてまた脳内お姉様満タン状態になる所だった、というかお姉様は能力を垂れ流しにしているのだろうか、無自覚という訳では無いと思いたいが。
そうして脳内からお姉様分を適度に掃除している間に顔のすぐ横を短刀が高速で何本か通過していく。
「えっ!?」
「"あれ"がその貴方の倒すべき存在なのですね」
銃を構え背後へ振り向くとそこにはアキカンとその背後に浮かぶ白い影が見えた。
「も~~規模が小さいとはいえハルマゲドン中なのに仲良しこよしやってちゃダメメカよ~~~~」
これこそが全ての元凶、ハルマゲドンを引き起こし、戦友を殺し、沢山の人間が死ぬことになった許してはおけない悪。
「何か対策はありますか?」橋土居紫が服の中から短刀を取り出し構える。
「九野一花という少女がいました」五士オルガがスコープを覗きアキカンへと照準を合わせる。「彼女は言いました、「決して狙ったからといって当たる存在じゃない、決して。当てるにはただ一つ、手数が必要」」
「じゃあ円ちゃんどっちを攻撃するメカ?」旧校舎でのハルマゲドンで受けた攻撃により既に2個の凹みがあるアキカンが背後の少女へ質問する。
戦いの中捨てられない因縁を背負った少女によるアンコールを求めた後の戦い、延長戦が幕を開ける!
〈ダンゲロス流血少女 : Diabolic Flowers 延長戦〉風紀委員 対 転校生
七.
勝利条件は極限までに簡略化されたただ一つのみ、先に攻撃を当てた方が勝つ。
風紀委員側が選んだ手段はごく単純、一瞬の飽和攻撃を以って制圧する。
橋土居紫が左手に持った短刀を投擲、五士オルガが回避を読んでの偏差射撃を放つ、そして橋土居紫が残った右手の短刀を投擲。
『蓮柄円』との相談が終わった『アキカン・贅沢エスプレッソ』に突き刺さったのは意外にも最初に放たれた短刀、
不吉の象徴と言われる白いライラック、その不運の予兆を受け取ったのは自らの幸運で探偵部も風紀委員も弄び続けたアキカンだった。
『アキカン・贅沢エスプレッソ』は破壊され『蓮柄円』の影が濃くなる。
相棒のアキカンが破壊され殺気が強くなった『蓮柄円』の攻撃が事前に決めた標的――橋土居紫へ迫る!
しかしその手に投擲されたナイフが刺さり再び『蓮柄円』の影が薄くなっていく。
「お姉様の真似をしてみましたが……案外これも使えるみたいです」
五士オルガが腰からナイフを"抜き撃ち"した体勢のまま呟いた。
〈ダンゲロス流血少女 : Diabolic Flowers 延長戦〉勝者:風紀委員(相手陣営全滅)
〈ダンゲロス流血少女 -Summon of Sedna- 延長戦第2試合〉勝者:五士オルガ(DP2獲得による判定勝利)
八.
狙撃手が目を覚ますとそこは旧校舎付近の雑草が生え放題の野外、清掃委員的に言えば旧校舎外Aポイントと呼ぶべき場所だった。
五士オルガは腰に装備していたはずのナイフが無いことを確認しつつ放心したような表情で旧校舎跡を見る。
AWPは再度撃つまでに時間がかかるからとナイフを投擲して当たったので凄く格好つけた所で記憶が途切れている。どう考えてもそのお姉様にも聞こえていたので恥ずかしさを隠すべく一刻も早く寮に帰って寝たい。
「ここで何をしているのでしょうか?」
気配察知もどうやら健在であり体は健康であることはわかった。なんという事だ。
「旧校舎付近で転校生らしき存在の目撃情報があったため自主清掃を行いました」
テンプレートを使い照れを隠す、もうどうにでもなれの精神だ。
「はい、風紀委員もその自主清掃に協力したという記録があります」
笑顔で白いライラックの少女がこちらを見ている、諦めて私も敬愛するお姉様の方へ向き直る。
「お姉様、一つ質問があります」
「何でしょうか?」
「お姉様は自らの能力を一体何に使っているのですか?」
「私はただ素敵なお友達を作りたいだけです、それを邪魔する方々に対しては容赦無く退場してもらうだけですが」
本当に聞かれて答えるのか、一体どこまで無邪気なお方なんだ。
「……では、これからもこの五士オルガの友達でいられるのですか?」
「言ったでしょう?そんなかしこまら無くてもいいですよ」
「……はい!」
たとえ全ての事件が解決しなくとも、大いなる謎が残されようとも、今確かにミニマムな世界は救われ後に残せるものが残った。
これにて延長戦も終了、本当にこの物語の幕を閉じよう。