これまでのあらすじ
ハルマゲドンで殺害された北内花火の敵討ちのために旧校舎に潜入した清掃委員五士オルガ。
目指す転校生『アキカン・贅沢エスプレッソ』の討伐を目指すオルガだったが、恐るべき木造校舎の前に消耗していった。
人類種の限界の域にある反射神経、動体視力、持久力等と 彼女自身の特訓と実戦経験から来るスナイパー技能を用いて、待ち受ける罠を突破していった彼女を体育館で待ち受けていたのは、風紀委員の橋土居紫だった。
「ふふふ、もうボロボロではありませんか」
橋土居紫は五士オルガの姿を見て微笑んだ。
オルガの自慢のフルアーマーの防具は見るからにボロボロだ。
さらにここまでの戦闘で相当に疲弊している。
肩で息をしている様な状態だ常人であれば立っているのもやっとだろう。
「ああ申し遅れました。私、風紀委員会の橋土居紫というものです。五士オルガ様」
挨拶は大事だとばかりに紫がオルガに軽く会釈をする。
「流石に己の力量は弁えておりますとも。正面から戦えば、私は貴女に勝てません」
紫も戦闘に自信がない方ではないが、銃で武装した兵士と戦う術など流石に持ち合わせていない。
魔人とて一部の例外を除けば、銃で撃たれれば死ぬ。
なら、オルガといきなり正面から戦うのは間違いだ。
「ですから、代わりに戦っていただきました。この学校に」
紫の魔人能力『愛及屋烏』の能力対象は人間に限らない。動物も無機物すらも紫の虜にしてしまう。
つまり、橋土居紫はこの校舎に恋愛感情を植え付け、彼女の敵である五士オルガと戦わせたのだ。
結果"Dragon Lore"の弾は既に尽きた。ナイフも刃こぼれが見受けられる。
オルガの非魔人としては圧倒的に高い身体能力は依然脅威だが、ここまで来るのに疲労困憊のオルガとなら互角以上に戦えるだろう。
「……なぜだ」
オルガは今回の作戦にあたって風紀委員の目を掻い潜って行動していたが、それは風紀委員に見つかれば危険地帯に潜入したことを咎められるからだ。
別に風紀委員とは敵対していない。
彼女に襲われる理由などない。
「それは説明があったはず……ああ、貴女はここに何故か迷い込んできたのでしたね」
紫がオルガに憐憫の眼差しを向ける。
「指示されたのですよ。ここに現れたものと戦うように。そうすれば転校生となってここを脱出できると。つまりその相手がオルガ様、貴女というわけです」
「……脱出?ここは旧校舎だろう」
「旧校舎?違いますよ。ここはかつて取り壊された木造校舎。異世界にあるあらゆる空間から隔離された地である円様は仰られてました」
「円?」
「ふふふ、本当に何も知らないのですね。貴方が探している敵でしょうに不愍な方ですこと」
オルガの反応に紫が軽蔑と嘲笑の入り混じった表情を浮かべる。
「ああ、貴方は認識していないのでしたね。アキカンは彼女に付き添っていただけで、本当に花火様を殺したのは円様だというのに」
それを聞いたオルガの表情が変わる。
「敵討ちなどどうでもよいではありませんか。達成したからといって花火様が生き返るわけではないでしょう」
「……そういうわけにはいかない」
オルガがナイフを構えた
「……そいつの居場所を教えろ」
「では私に勝てましたら」
「……約束だ」
その言葉を合図に戦闘が始まった。
最初は互角だったが、徐々にオルガが押されていった。
ここまで戦い続けた疲労の差は大きかったのだ。
オルガがナイフを振るった。紫はそれを回避するとオルガの腕をつかんで投げ飛ばした。
「万全な状態ならきっと私が負けていたのでしょう」
「……まきちゃん……みんな……すまない」
仰向けになったオルガが呻いた。
このままでは北内花火の敵を撃てそうにないにない。無念だ。
「そんなにお仲間が大事ですか?」
「……決まっているだろう」
ただの仲間ではない。4人で一緒に鬼退治をしたのだ。
まきちゃんが大鬼を退治したことは誰も知らない。
けれど、あの旅はオルガを変えた。
その仲間を殺されて平然としていられるわけがない。
「ライラックの花言葉、ご存知ですか?」
「何……」
オルガの頭を踏み付けたまま紫が問いかける。
何の話だ。オルガが問いかけの意図がわからず疑問を浮かべる。
「白や紫と色によって違いますが友情、思い出、純潔、初恋。私はとてもこれを気に入っています。
私の魔人能力は恋愛に関わるものですので」
「……何が言いたい」
いうことが回りくどい。
「貴方を愛の虜にして差し上げたいと思いまして」
「……やめろ」
逃走しようと抵抗するが、ゆかりが腹を踏み付ける。
「心配なさらないでください、オルガ様。まき様や仲間の皆様のことを忘れたりするわけではありませんから」
記憶を差し替えたりもしない。只々愛情の対象として紫を素晴らしいと思わせるそれだけの能力だ。
過剰な恋愛感情を植え付ける。
一度発動してしまえば無敵の能力にも思えるが、そうでもない。
例えば、恋愛感情のあまり相手を殺そうとする人間には無力だし、
紫のことしか考えられないような過剰な恋愛感情を与えてなお別のことを優先する人間には無意味だ。
「貴女はどうなるのでしょうね」
その時の反応がとても楽しみだ。
紫が氷のような酷薄な笑みを浮かべた。