すすめ、すすめ、兵隊さん。
恐れずに、運命に立ち向かって。
……その果てに待っているものを知ったら、あなたは歩みを止めたかしら?
◆ ◆ ◆
風月すず VS 三国屋碧沙
◆ ◆ ◆
「ごきげんよう、異邦からのお客様。まあ、私もそうなのですけど」
美貌の少女の姿をしたすずはゆっくりと一礼。
眼前に立つ、とんがり帽子の彼女に語りかける。
「ええ。ごきげんよう、風月すずさん。可哀想な貴女」
とんがり帽子に黒マント、寓話の魔女の姿をした碧沙は目礼。
眼前に立つ、美貌の少女の姿に話しかける。
「あら、可哀想だなんて。可哀想という方が可愛いのですよ。……あら、間違えたかしら」
くすくすと笑うすずを前に、碧沙は無言で手を振る。
すると、どこからか黒表紙のノートが鳥のように舞い降りた。一羽、二羽、たくさん。
増えに増えて22羽、22冊。これが彼女の武器、ビブリオヘキサ。正確にはその『物理的』武器としての側面。
「あなたの能力は把握した。しゃんとした兵隊さん、あなたの旅路ももう終わり」
「あら、あら」
微笑するすずに、碧沙は手を下す。
その手足たるビブリオヘキサが、猛禽のようにすずに群がり、そのページで切り裂いていく。
「ああ……痛い、痛い、痛い」
彼女の全身が切り裂かれる。
彼女の血が流れる。彼女の命が傷つく。彼女の美が損なわれる。
これで彼女はおしまい? いいえ、いいえ。
「……っ、浅いかっ……!」
碧沙がうめく。すずの一番大事なところ、左の胸に群がったビブリオヘキサが、鈍い音を立てて弾き返される。
そう、そこがすずの核。一番大事な、すずの心臓。
鉄葉の心臓。
「ああ……私、私、傷ついてしまいました」
すずがうめく。
「私、綺麗な女の子ではなくなってしまいました」
だったら
綺麗な物で埋めましょう。
「が……っ!?」
碧沙の叫び声、うめき声、悲鳴。
どれでもあってどれとも違う。
仮初の転校生としての力を振う碧沙であっても防げない。
生命の蝕み。綺麗な物を奪う力。
「ほうら、ほうら、ふふふ、元通り」
きれいなすずと、綺麗でなくなった碧沙。
『あちこち』が欠けた碧沙を前に、五体満足なすずが歩み寄る。
「知っていますよ。碧沙さん。三国屋碧沙さん」
「……」
「熱月(テルミドール)さんから聞きました。不思議な力の女の子が、探偵部に力を貸していると」
「……ぁ」
「その子はとても強くて、とても綺麗で。とても」
欠けた部分に足を乗せる。
欠けた部分を踏みにじる。
碧沙の喉から音声が迸る。
「とても、いけ好かないと」
「~~ぁ、ぎ」
「達観していて、超越していて、逸脱していて、私たちをゴミのような目で見ていると」
「が、ぅ、あ」
「何か言いたいんですか? もう少し我慢してください。あなたの綺麗なところを、ほら、もう少し」
「~~~~~~~~~っ!」
「こうすれば、あなたも私たちと変わりませんね? いいえ、私たち以下ですね?」
からからと笑う。
その様はまるで寓話の女王様。
魔女を狩ってご満悦。
「……ぃ、う……」
「あら、まだ何か言いたいんですか?」
「……ぃ……」
「どうぞ。今の貴女が言えるかどうか分かりませんけどね?」
「……」
一拍の沈黙ののち、碧沙の喉から叫びが漏れ出た。
「……ビブリオヘキサ・セカンドリード」
すずがひるむ。
いや、大丈夫だ。何ができるわけもない。
彼女の能力はいけ好かない模倣能力。すずが単体でいる以上、使える能力も……。
……。
まさか?
「……『鉄葉の心臓』!!」
複製したのは、すずの能力。
きれいでないかぎり、きれいな物を喰って生きながらえる、適者生存能力。
それが。
綺麗になったすずに。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
すずの叫び。傷ついたことは幾度もあっても、完全に同質の能力で喰らわれるのは初めて。
きれいでなくなる。きれいでなくなる。
だったら、きれいな物で埋めなくては。
「「~~~~っ!!」」
際限ない悲鳴。
きれいでない物が、きれいな物を喰らってきれいに。
そのきれいになった物が、またきれいでない物に喰らわれてきれいでないように。
「「……あ、あ、あ」」
これではまるで喰らい合う蛇だ。
きれいでない物ときれいでない物が、互いをきれいにするために喰らいあう。
永遠に続くと思われた輪はしかし、思わぬところで途切れる。
◆ ◆ ◆
(……そうか)
三国屋碧沙の思考の底。
初め、忌むべき物としてすずの能力を使わなかった彼女が、それでも勝つためにすずと同質になった結果。
碧沙は、自身の存在を客観的にとらえる、もう一人の自分を見た。
(……彼女は、『しゃんとしたスズの兵隊』であるだけではなくて)
愛する者と炎にまかれて、鉛の心臓となった兵隊さんなだけではなくて。
(……)
もう一つの物語の結末をしれば。
すずの結末も自明であろう。
「……彼女がどんな気持ちだったかは、書いてないものね」
「……え?」
「なんでもないわ」
きれいでないものは、きれいでないものを抱き寄せて。
最後に、幸せな口づけをしました。
◆ ◆ ◆
「やあやあやあ! 勝利おめでとう!」
喧しい乱入者。
無論、案内人が無為にそんなものを許すはずもなく。
それは、結末が訪れた証。
「みんなのアイドル熱月雉鵠(てるみどーる・じかん)さんだよ! 絶対目指すぞ三千点!
さておき、勝利おめでとう、可愛らしい君!」
そう呼ばれた彼女は、とんがり帽子を目深にかぶりなおして、二つの何かを差し出した。
「……。ああ、そうだね? 僕は二つの物を回収する役回りだった!
そう、この世で最も尊きもの二つをね!」
そう言って彼女は、二つの金属塊を受け取った。
それは、瓜二つな形をした二つ。
中心からひび割れた、鉛の心臓。
◆ ◆ ◆
そして、王子とツバメは楽園で永遠に幸福になった。
……そうね、ツバメの代わりに鳥みたいに飛ぶ本でも、いいんじゃない?
(勝者:三国屋碧沙)