前半戦第三試合SSその2

SS題名『ゐくよの!狙撃!大作戦!!!』


駅構内に置かれているのは、巨大な純白のパンダ像。
そう。ここは上野駅。東北と東京都心を結ぶターミナル駅である。
少女は、上野駅のホームで、荷物の到着を待っていた。
快活な印象を与える、すらりとした体型。
あまり長くない髪を高い位置で二つにくくり、健康的なワンピース姿が可愛らしい。

ぷいいいうーん。
ホームに入ってきた列車が、回生ブレーキのVVVF音を響かせながら速度を減じ、停まった。
車内に待望のものを見つけた少女の表情が、ぱあっと明るくなる。

ぷしゅう。
扉が開き、二つ折りにされた巨大な金属製の筒が車内から運び出された。
運搬に当たっているのは、作業服を着た男たち十余名。
台車とジャッキを用いて、搬出作業は滞りなく終了した。
少女は、キラキラと眼を輝かせて作業を見守った。

現場指揮を行っていた作業主任の男が、少女に話し掛ける。
作業着の胸には『Shikakui Ethnic』と刺繍されている。

「ゐくえ様より御依頼の680㎜カノン砲、確かにお届けいたしました」

「うん!!!ありがと~!!」

少女は笑顔でそう答え、ぴょこんと御辞儀をした。
そして、台車の上に置かれた巨大な物体をよいしょ、と持ち上げて肩紐に腕を通し、リュックサックのように背負う。
妃芽薗学園に没収されて以来、およそ二ヶ月ぶりで肩に感じる巨大質量の重みは心地よかった。

「では、受取書にサインを御願いします」

作業主任の男が差し出した「送り主:銃々ゐくえ」と書かれた書類の受領確認欄に、少女は自分の名前を書いた。
「銃々ゐくよ・ハーン!」と。

そう、彼女こそがこの物語の主人公、銃々ゐくよ・ハーン!である!
奪われし愛用武器680㎜カノン砲の予備を、送り届けてもらったのだ。
ゐくよの母である銃々ゐくえは、SE社で開発局長を務めているが娘にはすこぶる甘く、突貫で巨大砲を製造してくれたのであった。
母親に反発して家を飛び出してたこともあるけど、やっぱりお母さんって優しいな、大好き!とゐくよは思った。

「さーて!!臨海学校に向かって出発ーっ!!!レーッツ暗殺っ!!」

愛用武器を背に背負い御機嫌のゐくよは元気に叫んで、臨海学校方面のホームへと足取りも軽く歩いていった。
暗殺対象は、ハーン!家の……ええと、とにかくハーン!家の誰かだ!
臨海学校を利用して、必殺武器を改めて持込むアイディアを思いついただけでも褒めてあげてください!



ドッグワッゴガァァアアァーン!!!

大 爆 発 !!

探偵部が潜伏している特別教室棟の三分の一が、たった一発の砲弾で消し飛んだ。
大破壊を行ったのは、680㎜カノン砲。
銃々ゐくよ・ハーン!の愛用武器による狙撃である。
戦艦大和の主砲ですら口径46cmであり、そのおよそ1.5倍なのだから驚異的と言う他ない。

臨海学校に到着して早々、いきなりハルマゲドン空間に巻き込まれたゐくよだったが、その理解は冷静であった。

「全員やっつければいいってことかな~!?」

暗殺者のたしなみとして陣営名簿はシュレッダーしたので、自分が探偵部陣営なのか風紀委員会陣営なのかもイマイチ解ってない。
しかし、名簿に自分以外のハーン!家の者の名が記されていることには賢明にも気付いた。
もし暗殺対象がこの空間にいるなら、そいつがターゲットだ――名前は忘れたが。
密かに全員を狙撃により暗殺すれば、任務達成である。

「つまり――全員やっつければいいってわけだ!!」

現在のところ探偵部に大きな被害は出ていない。
だが、次の砲撃が来たら二分の一の確率ですごくヤバイことになるだろう――新幹線派探偵の港河真為香は明晰な頭脳でそう推理した。

(私が……行くしかないっ!)

校庭のグラウンドど真ん中で次弾装填している敵のところまで届く遠距離攻撃能力者は、現在、この拠点から出払っている。
真為香が、合気道で砲弾を防ぎながら接近する以外の道はない。

「近付いて――投げる!!」

半壊した特別教室棟から、港河真為香が現れ、駆け出した。
邪魔な右腕の義手は取り外し、武器は左の隻腕のみ!
六本の三つ編みを揺らしながら、狙撃手・銃々ゐくよの元へと走る!

「来たな~!!返り討ちにしてやるよ~っ!」

ゐくよは肩に背負った680㎜カノン砲の狙いを真為香に定め、砲撃を行う!
ズドン!
大きな砲撃音が轟き、砲弾が硝煙の尾を引きながら真為香めがけて飛ぶ。

(彼我合一……砲弾に心を合わせる……)

砲弾の速さは、新幹線よりも遥かに速い。
だが、砲弾は心を持たず物理法則に従って動くだけの単なるオブジェクトである。
ゆえに、合気は比較的容易!
真為香は左腕を前に伸ばし、高速で飛来する砲弾を捕らえ、軌道を逸らそうとした。

カチリ。
砲弾に触れた真為香の掌に、嫌な感触が伝わった。
それは、信管の作動スイッチ。
砲弾は、単なる運動エネルギー弾ではなく巨大な榴弾であった!

ドッグワァァアアァーン!!!

真為香を中心に、大爆発が起こった。
天を焦がさんばかりの焔の柱が立ち昇る!
ああ、港河真為香の命運もこれまでか……!?

「よっしゃ~!やったか!?」

ガッツポーズを決めるゐくよ。
しかし、爆煙が晴れた時、ゐくよが見たものは――ボロボロになりながらも、しっかりとした足取りでこちらに向かって来る隻腕少女の姿であった。

「危なかった……砲弾に、あんな『悪意』が込められてるとはね!」

間一髪、爆発に気付いた真為香は、螺旋の動きで爆発エネルギーを逸らし致命傷を避けたのだ。
だが、860mm榴弾の直撃を受けたダメージは大きい。
駅員の制服めいたスーツは引き裂け、帽子は吹き飛ばされ、全身に火傷と無数の傷を負っている。
真為香は、脱臼してあらぬ向きに曲がっていた左手の薬指と小指を口に咥え、強引に嵌め込み直した。
その視線は、ゐくよを逸らさず見つめている。

「じっ、次弾装填っ!ゐくよっ!!ファイヤ~~~~っ!!!」

ゐくよは慌ててガゴンと排莢して次の弾を込め、第三射を砲撃する。
ズドン!
マズルフラッシュを瞬かせ、再び危険な榴弾が真為香めがけて射出される。
もう一度喰らったら、おそらく命はない……!

「その悪意……既に合一しました!」

真為香は心のVVVFコンバータを調整、精神を榴弾に完全同期させる。
左手を伸ばす。左手が榴弾に触れる。
信管を作動させぬよう榴弾の弾速に合わせ、後方に跳びながら手のひらを弾丸の側面に滑らせる。

「ぜぇりゃあーっ!!」

空中でくるりと水平にターン。
左手で掴んだ弾丸の向きを新幹線級の合気でねじ曲げる。
砲弾は真為香の周りをくるりとスイングバイし、もと来た方向へとリリースされた。
銃々ゐくよの居る場所目掛けて!

「げ~っ!?こっち来るなぁ~っ!!!」

全長8mの680㎜カノン砲を担いでいるとは思えぬ軽やかなステップで、帰ってきた砲弾を避けようとするゐくよだが――遅かった。
直撃こそ避けられたものの、860mm榴弾は至近距離の地面に着弾。

ドッグォアァアァーンッ!!!

火柱が噴き上がり、ゐくよは生じた爆風のあおりを受けて転倒した。
ズシン。巨大なカノン砲が地面を叩き、地響きを上げる。

「ぐっ……あいつはどこにっ!?」

呻きながら身を起こし、周囲を見回す。
立ち込める爆煙、火薬の匂い。

「港河真為香が、間もなく参ります……御注意ください!」

爆煙の中の、隻腕の影が言った。
その手が、ゐくよの方へと延びてくる。
ゐくよは、680㎜カノン砲を手に取り、叫んだ。

「あたしは……っ!!」

隻腕の影目掛けて、巨大なカノン砲を水平にスイング!

「銃々ゐくよ・ハーン!だ~~~~っっ!!!!」

常軌を逸脱した『おうるうぇいず・がんばれる!』による超膂力重火器ハンドリング大質量打撃!
全長8m、内口径680mmの特殊鋼巨大砲頭が風切り音を上げて隻腕の影を薙ぎ払った!
だか――何かがおかしい!
ゐくよは違和感を感じていた。
相手を殴った手応えがない……?

振り回された砲頭が、爆煙を抜け出る。
その先端を隻腕で掴み、港河真為香は巨砲に取り付いていた。
巨大カノン打撃に逆らわず飛びつくのは、走行中の新幹線に飛び乗るのと同じぐらい簡単なことだ!
真為香は巨大兵器に触れながら、ゐくよの心を視た。

(重火器を愛する心……熱く、燃えるように、情熱的な……)

ゐくよの心は、新幹線に対する自分の想いと似ている。
真為香はそう思った。

(ゆえに……合一は、たやすい!)

精神VVVF同期完了!
真為香は砲頭をがっしりと掴んだまま地面に脚をつけ急制動!
コンパスで円弧を描くように、土煙を巻き上げながらグラウンドへと刻まれる制動痕。

「ぜっっりゃあああーっ!!」

「うわあああ~~~っ!?」

『おうるうぇいず・がんばれる!』の超怪力を合気道で借り受け、巨大カノン砲を砲頭を支点に――持ち上げる!
地上8mの高さまで一本釣りされた銃々ゐくよが慌てふためくが、もう遅い。

「彼我合一・巨砲投げーーーっ!!」

地面と垂直に掲げられた巨大兵器を、一気に振り下ろす。
この技は、人類史上最強列車のひとつ『80cm列車砲・ドーラ』を仮想敵として磨いた真為香の必殺技だ!

ズウウゥーン!

大地を揺るがす轟音と共に、ゐくよは地面に叩き付けられた。
自らの背負っていた巨大カノン砲の質量が、重力加速度を伴って全身にのし掛かる!
肋骨がへし折れる音。
銃々ゐくよ・ハーン!は、真っ赤な血をひと吐きして――意識を失った。

銃々ゐくよ・ハーン!の敗因は、狙撃のやり方を間違っていたことだ。
まず、狙撃手は相手に発見されにくい場所に潜むのが鉄則だ。
グラウンドのど真ん中から狙撃するなんて聞いたことがない。
次に、680㎜カノン砲は狙撃向きの兵器ではない。
アウトレンジから一方的に砲撃するか、圧倒的破壊力で制圧するための兵器である。
そして何よりも、彼女は『狙って』いない。
とにかく撃ちまくればそのうち当たるだろう、という方針は狙撃じゃない。
狙おうよ……狙撃大作戦なんだから、せめて狙おうよ!!

というわけで、『ゐくよの狙撃大作戦』は無事失敗に終わりました!
捕獲され、探偵部の一員として活動することになった銃々ゐくよ・ハーン!ちゃんの次の活躍に御期待ください!
果たして、ゐくよちゃんは見事に任務達成して生還できるのでしょうか……??




最終更新:2016年07月25日 22:47