古びた木造校舎の一階。
黒板の前に机と椅子が立ち並ぶごく一般的な教室に唐橋哉子はいた。
セミロングの髪にはバンダナ。両手には巨大な手甲。
哉子のいつもの戦闘スタイルだ。
「さてと」
自分と同じようにここに召喚された相手を倒し、脱出を図る。
そうしなければ脱出できないといわれた以上そうするしかないだろう。
ならば敵を見つけなければ話にならない。が、どこにいるのだろうか。
木造校舎の敷地は広い。この場で探すとなると大変だ。
「まあしょうがないか」
最近身体も鈍っていたし、ダイエットにはちょうど良いかもしれない。
「よおし、がんばるぞー!」
突然、哉子の目の前の床に魚雷手裏剣が投下された。魚雷手裏剣が爆発!
爆風で周囲のものが吹き飛ばされ、机や椅子の破片が吹き飛ばされてくる。
破片が頬をかすめる。
態勢を崩しそうになるが、すぐに立て直し手甲でガードする。
いつの間に敵の接近を許したのか。そもそも、どうやってここがわかったのか。
居場所については敵である伊六九の優れた探知能力によることが大きいがそれは哉子にわかることでもない。
とはいえ手をこまねているわけにはいかない。爆発した場所が炎上を始めている。
このままでは焼死してしまう。
「切り裂く空気の刃!」
哉子が周囲の空気を刃に変える。
「行けっ!」
そして、生み出した刃をいくつも周囲に飛ばす。たとえ透明人間であろうともそこに誰かがいればダメージを与えられるはずだ。
そのはずだったのだが……
「誰もいない?」
手ごたえが全くない。正確にいえば窓ガラスが砕け散ったが、それだけだ。この部屋の中に敵はいないということか。
「じゃあ、さっきの攻撃はどこから……?」
周囲を改めて見渡すがやはりどこにも誰もいない。
首をかしげていると再び床が爆発し、破砕した椅子や机の一部が飛んでくる。
哉子は手甲でガードする。火の手がさらに激しくなる。
このままではじり貧だ。
見えない相手を探すのに遮蔽物がたくさんある場所は不利だし、爆発物で炎上する木造校舎で戦い続けるのはさらに厳しい。
「はぁはぁはぁ……」
とりあえずこの場から離れないと焼け死ぬ。あるいは煙を吸い込んで死ぬ。それだけは哉子にもわかる。
教室を脱出しグラウンド辺りに移動するべきか。
哉子はとりあえず教室の扉を目指すことにした。
◆◆◆◆
「いい感じよね」
”少女“が自分と同じ姿をした少女に話しかける。
伊4KAN型ユニットが持ち合わせる探知の力と完全潜航で気づかれることなく、索敵、発見後は接近し。
ステルス缶である伊六九がそもそも基本スペックが低いというのもあるが、そうでなくてもあんなばかでかい手甲で殴られたら間違いなく死ぬ。
あんなものに耐えられるのは六九がすべてのオーバースペックを失う切欠となった世界格闘大会に出るような格闘魔人のような一部の化け物ぐらいだろう。
故に唐橋哉子と正面から戦闘するなどという選択肢は最初からあり得なかった。
液状化した地面に潜航し、相手に気付かれないように投擲した魚雷手裏剣を起爆し、攻撃を続ける。
六九自身は床に潜ることで火の手をやり過ごす。
それにしても、転校生の力とは。
六九の目の前に現れたあのパーカーの少女「蓮柄円」の説明では戦闘を重ねることで、魔人として進化し、最後には転校生として覚醒するといっていたが。
つまり、目的とはかつてのRMX-114の力が取り戻せということだろうか。
「どうかしら?『缶娘』の素体を元にとなるとあそこまで強力なものは不可能に思えるけれど」
”少女“の言葉に六九は頷いた。
RMX-114の力はオーバーテクノロジーが実現していたもの。
この素体を強化したとしても、あそこまでの力が望めないということは六九も同意するところである。
とはいえ転校生の力はそれでも強大だ。
とりあえず、ここに送り込まれたということは、この戦いに勝利しろということであることは間違いない。
なら、あの唐橋哉子を倒す。今やるべきことはそれだけだ。
◆◆◆◆
哉子は周囲の残骸を手甲で蹴散らしながら、教室棟から脱出するため渡り廊下を目指す。
「邪魔ッ!」
手甲で教室の扉も切断!そのまま教室を抜け出そうとする。
しかし、何かが足を引っ張られ、そのまま転倒する。
「痛っ」
いつの間にか足に白銀の鎖が絡まっている。これも敵の仕業か。
手甲で引きちぎるべきか。いや、恐らくこの先に敵がいる。
なら————
「イヤアアアアアアア!」
鎖を力任せに強引に引っ張る。鎖が瞬時に包帯に変化し、そのまま引き千切れる。
千切れた包帯が床の中に吸い込まれていく。
「逃がしちゃったか」
だが、これでわかった。敵は床の下にいる。
ならどうやって引きずり出すか。
「とりあえずここは出ないとまずいよねえ」
火がさらに強まってきた。状況は刻々と悪化している。
廊下を使って、グラウンドへ移動することにした。
◆◆◆◆
「グラウンドまで逃げられたわね」
「問題ない」
鎖を引っ張られたときは危なかったが何とか切り抜けた。
地中までは追ってこれない。彼女の能力であろう空気の刃もここには届かない。
包帯はまだまだある。完全潜航を破る方法などない。
このまま追いかけたグラウンドでも攻撃をつづければ大丈夫なはずだ。はずなのだが
なぜかソナーの反応が近づいている。唐橋哉子らしき存在の位置がどんどんと。
「どうなってるの?」
「どうやら地面の中を移動しているみたい」
手甲で掘り進んでいるのだ。グラウンドの地面を。
「バカなの?」
割とバカです。
「だいたいどうしてここが」
勘です。
「ふざけてっ……」
「みつけた」
目の前に哉子が現れた。
「逃亡して魚雷手裏剣を……」
「えいっ」
六九が行動を起こすより、哉子の手甲の方が早かった。
哀れ、伊 六九は手甲の錆と消えたのだった。
「少しはやせたかなあ」
後には少し呑気な声が残されていた。