前半戦第五試合SSその2

●CreepingAir~音と反響~
白フードの少女の説明を受けた伊六九は、教室の床に張り付き、
聞き耳を立てて『ある音』を探っていた。
自分と対戦相手が同じ条件、同じレギュレーションで始まるのなら、
目的の音がする可能性が高かったからだ。

だが、彼女は眉をひそめる。
(「これは…音を遮断している…か…」)
そう呟くと伊六九は、自らの思考に沈み込むため、ゆっくりと移動し始めた。

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教室の扉は前後ともスライド式であった。
唐橋弥子が扉を開けると「ガラガラ」と予想外に大きな音が響き渡った。
ひとっこいない真夜中の旧校舎。見渡す限りの暗闇と続く無音地獄。
うん、想像以上にこえぇぇぇぇぇぇぇぇ
ともかく風紀委員らしく開けたドアは元通りぴしゃりと閉めると弥子は、廊下を改めて見渡す
廊下は教室側と外窓側にそれぞれ窓がついている形になっている。教室側の窓は曇りガラス
で覆われ、中の様子を直接うかがうことはできない。もし内部を確認しようと思ったら
ひとつづつ開けていくしかないだろう。
それは夜目がそこまで利かない弥子にとってはあまり歓迎したくない展開だった。
単純に潜んでいる相手を見落とすリスクもある。
こちらから動くのが正しい選択なのかどうか?
心に浮いた疑問を振り払うように頭上を見上げると「3ーA」組と表札がある。
ちょうど校舎最上階の端の教室に自分はいたようだ。
そして木造建築の廊下は立てつけが悪いのが一歩歩くたびにぎしぎしと鈍い音を立てる。
その軋みぐわいが非常に真夜中の校舎にマッチしより一層の雰囲気を醸し出していた。
むろん老朽化が原因だ。決して弥子の体重が重いわけではない。
わけではない。
「けど、これって完全にニンジャコロシよね。」
一歩ごとにこれだけ音が響くとなると二条城のウグイス張り廊下と同然である。
警戒態勢にある相手に対し背後をとり奇襲を極めれる可能性はかなり低い。すぐ悟られる。
弥子の中で幾つか作戦プランから浮かんでは消える。腕にはめた腕時計をちらりと見、
アレで行くか――脳内作戦会議終了とともに彼女は指を鳴らした。

”Creeping(忍び寄る)Air”解除。
次の瞬間、彼女の周りに薄く張られた空気の刃は霧散した。

◆◆◆
「音波」は様々な性質を持つが、最大の特徴として光波や電波と違い、物質を介していないと
伝播しないという点がある。
遮断された空間、つまり真空や断層がある場合、音は伝わらなくなるのだ。

唐橋哉子はこの性質を利用し、”Creeping(忍び寄る)Air”で扉の周囲に薄い刃を張り、
扉を開ける際の防音(正確には閉める際や独り言の音もだが)を行った。
全員同条件で戦いが始まると考えれば「教室から外に出る」という行為は必ず行うもので
あり「その点に留意する」のは当然であった。
デメリットとして遮断すると本来自分へ届いていないといけない音まで弾いてしまう点も
当然出てくるのだが、逡巡ののち風紀委員、唐橋哉子はリスクを押しても前に進むことを選択した。
なぜなら、彼女は風紀委員――困難に率先して立ち向かう者たちの一員であるからだ。

―旧校舎3F廊下―
哉子は手甲をハメると五指を広げ、片手を教室側に向ける。
そしてその奇妙なポーズを維持したまま廊下を歩き始めた。
次に教室の扉の前まで来ると反対の手をふるい、”Creepin Air”を扉に向かって放つ。
放たれた”Creepin Air”はギロチンを水平に寝かした形の刃で高さは彼女から見て
臍下の位置、速度は凡そ時速300cmとなる。

時速300cm、秒速1mm以下
50cm先にある扉まで到着するまでおよそ10分の超遅速斬撃である。

『切り裂く空気の刃』と聞くと斬撃を連想してしまいがちになるし、実際そのような用途もあるが
”Creepin Air”はトラップとして主に運用されている。
空気の刃という存在ゆえに重力落下の影響を受けず慣性のまま進み直進することができるという
特性は空中に設置しうるトラップとして得難い価値を持っていた。

 3Fの廊下を何事もなく通り過ぎると哉子は、次に下の2階への移動を開始する。
階段を下りる自身の背後には次々と”Creeping Air"を仕掛けていき、愁いを断っていく。
今度は剣山型の刃、非人道兵器マキビシの散布である。
落差で自重がかかる分だけ、より深刻なダメージになるうえ、一度でもバランスを崩し転倒
しようものなら、次次、全身ナマス切りという再起不能コースが待っている。
哉子の通った後の階段は見えざる針の山ともいうべきデストラップにと堕とされていっていた。

”Creeping(卑劣な)Air”。
唐橋哉子、伊達に「風紀委員会の鬼畜眼鏡」だの「放っとくとあの子延々ワイヤートラップ
増やし続ける」だの「アンタ待ちゲイルし過ぎでお腹にプニプニついてきたんじゃない」と
言われているわけではないのだ。

長期戦になればなるほど彼女が有利になる。だが…
2Fの廊下を渡り切る。哉子はちらりと腕時計を見た。次は1Fだ。
――――敵はまだ仕掛けてこない。

◆◆◆

1Fでは渡り廊下へと連結する通路に向かいそこをまず”Creeping Air"で封鎖する。
そして逆進、通路を突っ切る。
これで正面玄関に陣取れば全面封鎖完成だった。

哉子は時計を見た。残り5秒。

ろろろろろろろろろろろろろろろろろ。

口の裏で超音波を鳴らし、反響(エコーロジケーション)によりもろもろの配置確認を行う
3、2、1、

最後に耳線代わりにバンダナを耳の位置までずり下げる。時間だ。
0

キィィィ…

旧校舎内で最強最悪の音響兵器が発動した。

キィィィ
キィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイ

キィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイ

キィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイ

読者の皆さまは金属で黒板やガラスをひっかくあのイヤーな音を思い出してほしい、
たぶん誰もが一度は経験しただろう、思い出しただけでも あのCreeping (ぞくっとする)音。
風紀委員の鬼畜眼鏡が五指より放った刃、遅延発動の爪たちが、ガラス窓に同着タイミングで接触し、不快和音を奏で続ける。

学校の想い出の1ページを彩るあのトラウマ音響兵器がすべての教室の窓で一斉に発生したのだ。

キィィィ
キィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイ
キィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイ
キィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイ

―キィィィ―キィィィ―キィィィ―
この”Creeping(ぞくっとする) Air”がなぜこれほど人にとって不快なのか?
人類が危険を発する際の信号と波長が同一であるためとか、原始記憶を刺激するためなど
所説は色々あるが結論はいまだでていない。だが人類が最も苦手な音の一つである事実は間違いない。
むろん根本的な対応策などない、あるのは、萎縮か逃走か暴走の三択である。

キィィィ
キィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイ
キィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイ
キィィィィイイイイイイイイィィィィイ//

やがて旧校舎上層階でガラスが割れる音と爆発音が同時に響いた。爆破された窓ガラスはおそらく
その音の響き具合からして2階教室あたりと哉子は判断する。
ようやく釣れたと緩んだ気をもう一度引き締める。
爆発音ということは彼女のトラップが仕掛けた吹き飛ばされたということも同時に意味する。
それが能力であれ武器によるものであれ最終的に近接戦での決着になる確率がかなりあがったといえる。

続けざま起こる爆発音は徐々に大きさを増し、ついには2F下り階段にて爆発。
そして彼女の目に階段から転げ落ちるように現れた人影が映った。

哉子は手甲を構えると同時に全力最速の”Creeping Air"を作り出し、目標に向かい走り出す。

!!疾風怒濤(シュトルム‐ウント‐ドラング)!!
手甲を盾代わりに掲げ、多少の被弾も覚悟で突撃する。
対決しようと相手が立ち止まるのなら自身の最大火力で向かい入れる。
彼女を忌避し、連絡口に逃げ出せば仕掛けたトラップとの挟み撃ち、逃がす気はない。
退路を立った後は、デンプシーロールをお見舞いし削り倒すだけ――
         ↓  ↓  ↓

――?
そこから、決着までは、ほんの一瞬、スローモーションの積み重ね、コマ送りの連続だった。
         ↓  ↓  ↓
         ↓  ↓  ↓
―――――?
意気込む哉子の目の前に手裏剣が現れ、降り注ぐ。そして天井より落ちてきた魚雷手裏剣は
そのまま彼女を先行する形で進んでいた”Creeping Air"と交錯し、
爆発を起こした。
―――――? ―!?
状況把握が遅れ、哉子は体勢を整えるためと目の前の衝撃を相殺するために強引な踏み込みによる急制御をかけ
バックステップで後退行動をとる。

それは一瞬の出来事であった。

天上より舞い降りたスク水姿の少女が、彼女の背後を通り過ぎ、腕をふわりと広げ

どぷん、と床に消えた。

振り返る暇もなかった、唐橋哉子はその姿を背に感じただけで――――

それは一瞬の出来事であった。

彼女を何かがふわりと優しく包み込んだ
     白い
             タオル? 花輪?
包帯?

ジャリ。
今度は鎖の重りを質感する。そしてその重みは強烈な重力を伴って彼女を――――
「なん…」
唐橋哉子に絡みついた白銀の鎖たちは床に吸い込まれた水着少女の後を追うように風紀委員を思いっきり床へと叩き付けた。
「 …だとっ」


●CreepingAir~回答と空気詠み人知らず~

後頭部を強打し、意識を失った弥子は仰向けのまま床に拘束され、完全に動きを封じられていた。
彼女を雁字搦めにしている鎖は床から生えており、ブラックアウトから戻った際には
そのわがままボディはみちみちボンレスハムとかしていた。
―わけがわからない―
あまりにも急激な変動で頭がついていかない。なんとか動かせるレベルで首の向きを変え、視線を
泳がすと通路先からボロボロになった制服を携えたスク水少女がやってくるのが見えた。
ボロボロの制服、下り階段から一瞬捉えた影はどうやら囮だったらしい。

「こ…どこでヘマしたんだろう」
「失敗はしていない。今回は単に相性の差だった」
「相性?」
「ん相性、私はスキャニングソナーをデフォで積んでいる。軍用の奴。」

うわぁ真剣で?といいたくなる状況だった。
スキャニングソナーとは音波によって物体(個体)を探知する装置のことで、これにより
伊型缶娘である彼女は全周囲360度方向を瞬時に探知認識することができる。
代表的なソナーの使い手はコウモリ、イルカ、ウィキ―さん等があげられ、弥子自身も舌鳴らしでの
反響を使い、自分の「見えざる刃」の存在を把握していた。
空気の刃は「個体」だから跳ね返るのである。無論、軍用となればその精度は段違いである、
弥子のアドバンテージは幻想だった。流石、国産ニンジャ汚い。

「とはいえ拡聴状態で、あの音響兵器ブリオン(命名、伊69)を食らえば再起不能に近い
打撃を受けてたと思う。気づきを教えてくれたのも貴方自身だけど」

六九が事前に弥子のトラップを回避できたのはひとえに弥子が用心深く『音を遮断して』動いた
という事実を彼女が感知できたことにある。
その時点で空気に何等か干渉する能力であると推察できたのだ。
まず伊六九は鎖を垂らし、弥子の動きに合わせ下の教室内に静かに下りると天井から床まで鎖を
連結させ、階をスムーズに上下移動できる環境を作った。
次にCreepingAirの性質を分析し、廊下で魚雷手裏剣とCreepingAirとの接触爆発するよう仕組む
さらに階段で時間差で起こした接触爆発により制服を被せた作った空蝉を階段下に転げ落させ
弥子の注意を引いた。そして仕上げに目くらましの魚雷とともに奇襲、弥子の背後をとったのだ。

「なぜ生きてる…ん」
―なぜ生きている―

弥子にしてみれば、どうして対戦相手を殺さなかったという意味であったが、六九のほうは
別の意味でとったようで自分の右手を見たまま自問自答の体で言葉を還し、そして続けた。

「なぜだろう。
しいて言えば、私がそうしたいと思ったからだろうか?」
「…。」
「言葉には上手くできない。わたしにとっては初めての感情だった」

弥子は、そのとき初めて彼女の横顔を見ることができた。
拘束に使っているからだろうか、普段包帯で覆われている左半分の顔が露わになっていた。

「天使かい」
「?」
六九はとても不思議そうに弥子をみた。きょとんとした顔で彼女をのぞき込む

「降参。これは駄目だ、反則。滅多打ち状態」
「???」
六九は今度こそ首を傾げた。
六九には弥子が投了に至った理由に皆目見当がつかなかったからだ。
未だ織り畳まれたまま彼女の肩にある翼、それはまだ光はなくただ優しく揺れるだけであった。

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「そっちは片付いたみたいね。六九、聞いてる?」
六九は視線を窓に動かすような愚は起こさなかった。
聞こえている、肯定のため僅かにコクッと首を動かしたのみで次の言葉を促す。

「別のフロワーでね、ちょうどいま色々面白い事起こっているの。」
面白いといいつつ声のトーンは愉快さのかけらもない代物だった
それでも窓の少女はどこか愉快気に言葉を続ける
「平たく言うと
             共喰い

よ。本気で本当の蠱毒が始まっている。ねぇ、一六九、貴方は―――を」

言葉を続けようとした”少女”だったが、何かを感じたように不意に口をつぐむ。
まるでそこから先は禁止句域であるかというように
そして対となる少女は呟いた。その場にいる誰にでもない、まだ見ぬ未来に向かって
大丈夫。問題ない。と。


(第5試合結果)
勝者:伊六九    敗者:唐橋弥子

●唐橋弥子
互いの状況を確認した後、六九に協力を約束する。
ほぼ無傷(軽い脳震盪のみ)
●一六九
唐橋弥子に貴方、風紀委員向いてるわよと勧誘される。
本来の平行世界では風紀委員。インガオーホー、サイオウガホース。
無傷(所持品:学生服は大破)

(おまけ:本日の覚えておきたい英単語)
Creeping
「形容詞」
1 :はい回る.
2a:のろい,忍びやかな.
b:徐々に忍びよる,潜行性の.
3 :むずむずする,ぞっとする.
4 :こそこそ取り入る; 卑劣な.




最終更新:2016年07月25日 22:56