百合人狼編SSその3

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転校生に、百合人狼を。

百合人狼を知らなければ、目に見えるものしか見えないじゃないか。

百合人狼を知らなければ、どうやって転校生として望む世界を想像するのだ(公式戦か?)

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案内人、蓮柄円のプレゼンテーションは衝撃的だった。
パワーポイント、過去の百合人狼の録画ビデオ、その他百合資料を用いた圧巻的な百合人狼の説明は2時間にも及んだが、それを見た者たちは涙を流して、百合人狼に自らが参加しようと躍起になった。
最初に出されたフレーズには若干批判もあったが、蓮柄円の誠心誠意の釈明によってそれ以上の追及は免れた。
じゃんけんによる選抜決定であったが、その一勝一敗に全員が全員息を飲み、歓声を上げたものだ。


そして選ばれた第一回目の百合人狼の参加者は

風月 すず
三国屋 碧沙
久利 エイチヴ
折り鶴1000
宍月 左道

の5人となった。

各参加者は、各々の職業が書かれた紙の入った封筒を渡されて、舞台となる校内のどこかに転送された。

参加者全員が渡された紙を確認して1分が経過した後、試合開始のブザーが鳴る。

こうして百合人狼、人狼とは名ばかりの、百合の百合による百合のための試合が始まった。


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(side探偵:折り鶴1000)


宍月左道が持っていた紙には、『宍月左道→風紀委員』とだけ書かれていた。
途中で出会った折り鶴1000の持っていた紙には『折り鶴1000→探偵』と書かれていた。

探偵が風紀委員に協力する必要は無く、恋する乙女かプレイガールに協力することもできたはずであった。しかし、折り鶴は風紀委員である左道に協力したのだ。
この理由は単純である。折り鶴は他人の発する敵意や侮蔑の意を嗅ぎ取ることができた。

折り鶴は既に一度群れをバラして校内を回っている。
恋する乙女やプレイガールとなった者達と出会った時、ある者は折り鶴への疑念を、ある者は侮蔑の意を露わにした。
それに対し、左道からはそのようなものを一切感じ取らなかったため、彼女に協力するというのである。

この説明は全て、1羽の鶴が自らの身体を開いて1枚の紙になり、そこに他の鶴が自らの嘴を烏口代わりに、赤黒い液体をインクとして左道に伝えた内容だ。
じゃんけんの時も、『グー』『チョキ』『パー』と書いて戦ったらしい。

探偵である折り鶴1000は、既にプレイガールと風紀委員の位置を掴んでいる。ルール上必須では無いが、恋する乙女の位置だって分かっている。
プレイガールと恋する乙女には尾行を5羽は付けているので、位置を間違えることは無い。
それでも、サイコパスだけは見つけることができなかった。

左道に相談するも、『毒使い』である彼女に自分以上の探索ができる訳もない。
諦めて、恋する乙女とプレイガールの逢瀬を阻止する計画を立てることにした。


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(side風紀委員:宍月 左道)

いきなり大量のピンクの紙飛行機が飛んで来た時には驚いた。
それらが皆、鶴の形に変形した時はもっと驚いたし、彼らが字を書き、自分に協力してくれるという意思を見せた時にはもっともっと驚いた。

折り鶴の持っていた紙には間違いなく『折り鶴1000→探偵』の文字があった。
私の持っていた紙にも『宍月左道→風紀委員』と書かれていた。
筆跡も書式も、紙とインクの質も変わらないことから、偽物を用意することは難しく、名前をわざわざ書いているあたり、他人との紙の入れ替えも無理であるということだろう。

試しに折り鶴の内の一羽に『ジ・アダナス』で、"精神にだけ"能力を付与してみたが、十分な殺意を持って襲ってきてくれた。
襲ってきた折り鶴は、味方に八つ裂きにされて動きを止めた。
これで、鶴は誰かに操られているのでは無く、自分の意思で動いていることも確認できた。
彼らのことを信用しよう。

ピンクの折り鶴達が、ちょこんと肩に乗っているが、軽くて実感が無い。意外と人間以外の物との友情も成り立つものかもしれないと、この折り鶴達を見て思うことができた。

言っておくが、私は別に百合が嫌いな訳では無い。
妃芽薗で普通の友情が育みにくいことが問題なのだ。
折り鶴達全員と友達になったなら、校内に既に友達が1000枚もいることになる。
百合という関係は閉鎖的で、個人と個人の関係という面が深い。1人と付き合ってしまえば、それ以外との間に多少なりとも隔絶が生まれる。
人付き合いに不自由が生まれるのは経験上面倒臭いので、妃芽薗ではあまり深い友情を育むことは諦めていた。

でも、もしかしたら、折り鶴1000枚との間なら、百合以外の方法で関係を築けるかもしれない。

私は折り鶴に協力を要請した。

人間以外との友情、一夏の思い出。
物語としてはありふれているかもしれないが、実際に体験できるというのならば、これ以上無い程貴重な経験だ。

折り鶴は既にサイコパス以外の場所を掴んでいる。
とにかくプレイガールと恋する乙女の出逢いを防ぐのが風紀委員の役目というのならば、サイコパスよりも先に、恋する乙女を排除すれば良い。

ルール上そのようなことは禁止されていない。

恋する乙女をサイコパス以外の人間か殺害すれば、サイコパスはまず勝利条件を満たせず、プレイガールが恋する乙女と出逢うことは無くなる。
これで風紀委員と協力者である探偵の勝利だ。

そのように提案すると、折り鶴は承認してくれた。
私達は、恋する乙女の元へ向かうことにした。


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(sideサイコパス:久利 エイチヴ )

久利エイチヴは怯えた。
サイコパスの任を与えられ保健室へと召喚された彼女は、ドアを開けて外に出ようとしていた。
しかし、外には大量の折り鶴。明らかに何かを探し回っている。
彼女はあるハルマゲドンで折り鶴と同陣営にいた。
しかし、今その敵味方の法則が通用するとは思えない。
サイコパスの仕事は恋する乙女を殺すこと。

探偵は誰かに協力するのが仕事だし、風紀委員は探偵の協力を要請することもできるので必ずしも1人であるとは限らないし、そもそも恋する乙女とプレイガールは最初から勝利条件が一致している。
しかし、サイコパスだけは、協力者無しで勝ち残ることが条件となっているのだ。

もちろん、完全ステルス&壁抜けなどの特殊移動可能&必殺の攻撃を扱うことのできる彼女とってサイコパスはぴったりの職業である。
もしも彼女が恋する乙女かプレイガールになっていたならば、相手に認識されずに出逢ったことにはならないかもしれないし、探偵になっていたならば、協力者を殺しているかもしれない。

そんな彼女に、味方など無い。
誰であろうと、ここで会う者は皆敵だ。
彼女は意を決して折り鶴に近付き、顔面のあるだろう部位へと顔を近付けた。

彼女と目が合った者は、死ぬ!

しかし折り鶴は彼女に気付かぬまま、保健室の探索を始めた。
そう、折り鶴に目など無く、目を合わせることは出来ない。

折り鶴は、彼女の周囲を飛び交い、臭いを嗅いでいるようだった。久利の体臭を認識することは彼女の能力上不可能だが、彼女には別の問題がある。
彼女からすれば自分の身体は全て恥部。その香りを嗅がれるということはつまり、スカートの中に顔を突っ込まれて嗅がれているのにも等しい。

認識されているか否かなど問題では無いのだ。

彼女は自分の体臭をこれ以上嗅がれることに怯えた。
そして逃げ出した、学校の外へと。
校外の森の中へと。


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(sideプレイガール:三国屋 碧沙)

三国屋碧沙は既に転校生だ。ここで百合人狼をする必要も無い。
必要無いが、蓮柄円のプレゼンには感動した。
転校生である自分が百合人狼を体験していないことを恥じた。
他の参加者は皆、非転校生の凡魔人のようであったが、彼女が今さらと言われても百合人狼に参加するだけの力が、蓮柄円の話術には込められていたのだ。

三国屋に割り当てられた役職はプレイガール。恋する乙女を割り当てられた娘と出逢えば勝利となる。

ただ、百合人狼での「出逢い」というものは、ただ目の前に立てば良いというものでは無い。そうであれば探索能力や特殊移動能力を持った魔人ばかりが有利になって、ゲームが不公正になる。
百合人狼のルール上で言われる「出逢い」とは次のようなものである。

①プレイガールと恋する乙女が半径3m以内の場所にいること
②プレイガールは恋する乙女に対して、口から出した言語、もしくは何らかの身体言語を利用しながら告白する。
少なくともこの手順②には30秒以上の時間を費やすこと。
③恋する乙女がアプローチを受け入れる。
④プレイガールは恋する乙女と共に、人目のつかぬ場所へ向かう。トイレの中などの密室や、鍵のかかった更衣室など、他人の介入が不可能な場所であることが条件となる。

という四つの手順を踏むことで、初めて「出逢い」が認められるのだ。
恋する乙女側の出逢い条件が簡単なのは、サイコパスに襲われることがあるというペナルティーを踏まえてのことらしい。

しかし、碧沙にとって、そのような条件は実際何とでもなるものだ。今回の百合人狼に参加する人々の内、恋する乙女以外の人間は全員敵とみなしても良い。
探偵が協力してくること可能性など考えなくても良い。
彼女は既に転校生であり、他人の助けなど借りずとも並大抵のことはやって見せるし、「ビブリオヘキサ」があれば、敵の能力を利用できる。つまり、探偵が敵になった所で全く問題は無いということだ。
なので、探偵を称して近寄ってきた折り鶴は潰してやった。
彼らとは同じ陣営でハルマゲドンに挑んだこともあり、何と無く能力も分かっている。

三国屋碧沙に不足無し。
プレイガールは最強無敵。

彼女は「ビブリオヘキサ」のページを捲り、目当ての能力を発動した。


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(side恋する乙女:風月 すず)

恋する乙女、確かに私はそうである。
ただし、どこの誰だかも知れない相手にでは無い。
私が必要としているのは、芽月 リュミドラ先輩ただ一人。
キャンバスの中に住まう、この世の物とは思えぬ美しき先輩の愛である。
彼女は私を本気で見てくれない。
何よりも美しくなり、先輩と同等の立場になれたはずの私を、何故か先輩は以前よりもずっと辛い目で見る。

私はもう凡人では無い。
妃芽薗学園の人間を全員集めたとして、そのデルタヒエラルキー頂点よりほんの少し下にいるだろう。
もちろん私の上にいるのはリュミドラ先輩。
私の心臓は醜いアマルガムだし、血液(イコール)にその成分が溶け出して穢れていてもおかしく無い。
それでもただの肉で作られた人間に比べて遥かに美しく、綺麗だ。
そのような私よりもずっと綺麗なのは、美しい絵の中の先輩。

先輩は、
「私の身体は薄い紙と板に、砕いた地中の鉱物、つまり泥や禽獣の肉や脂を溶かした物を塗りつけた物に過ぎないよ」
と言うけれども、私にはそうは思えない。

私の愛の前で、そもそも先輩の身体の材料など関係は無い。
彼女が美しい絵としてあるのは、その魂が美しいから。
私がどれだけ美しい身体を持っていても、届かない物を持っているからなのだ。

百合人狼?私の愛が百合などという言葉で納められるものか。
否、愛という言葉で私の気持ちを縛ることすら滑稽である。

それでも、先輩が今度こそ私のことを見てくれるなら、私がもっともっと特別になることができるのなら、この試合に負けるわけには行かないのだ。

風月すずはプレイガールの探索を開始した。
幸いにも彼女は不死であり、サイコパスの襲撃を恐れる必要は無い。

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(in体育館)

数百の桃色の折り鶴がゆっくりと宙を旋回し、更に数百の紙飛行機が高速で周回を旋回する。
折り鶴の持つ「高速移動」は、襲撃にも逃走にも秀で、一羽一羽を叩き落としていては方々からの攻撃を喰らう。
折り鶴一羽ごとの攻撃能力は然程でもないが、その嘴には「毒」が塗り込まれている。
転校生である碧沙といえど、毒を注入されてはダメージを避けられない。
皮膚を掠めた嘴の跡にもミミズ腫れを起こしているあたり、本当に強力な毒なのであろう。

空を何千もの板が覆い、壊れたライトは正しい光を落とさない。
この体育館は薄暗く、折り鶴はその中で自由自在に動き回る。
彼らは光を使った感覚に頼っていない。

三国屋碧沙は自らの失敗を悟っていた。
彼女は敵の能力に似た記述を自らの魔術書から拾い上げ、それを魔術として行使する能力者である。
しかし、彼女に他の魔人の能力を把握する能力は無い。
コピーすればそのような能力も使えるが、元々そのようなものは使ったことが無かった。
これまで、彼女はなんとなく似ていると思った能力を魔術書の中から見つけていただけだった。
なので、能力原理などはあまり考えずに能力をコピーしていた。
まさか、折り鶴1000が「身体を1000の折り鶴に変える」能力では無かったとは思っていなかったのだ。
彼女はずっと同陣営内の折り鶴は、誰か陣営への協力者が姿を変えているだけだと思い込んでいたのだ。

読者の皆さんはここで何かおかしいと思うかもしれない。
三国屋碧沙が、能力原理を間違えていたとして、それで魔術書の中の力を使えないものだろうか、と。
彼女の能力の説明には、

魔法書「ビブリオヘキサ」全22巻の中から敵の使用する特殊能力に合致する記述を抜き出し、それを自らの魔術(魔人能力)として使用可能になる。

とある。確かに記述をここだけ見れば、まるでコピー対象と全く別の能力を選んだとしても、なんだか発動できそうだ。
しかし、彼女の能力説明には、

敵陣営の陣容も把握しており、 全ての特殊能力該当部分に栞を挟んでいる。

という記述と、

彼女の自分ルールとして「自らに敵意を持つものの魔術しか用いない」というものがあるため、対象は敵のみとなっている

という記述、そして能力内容には

マップ内全体(壁貫通)から自陣営でない対象一人

と記されている。

お分かりであろうか。彼女は敵陣営全員の能力を理解していながら、マップ内の敵の能力しかコピーできない。
それがゲーム性を損ねるから、という意味だとツッコミを入れられるとそこまでだが、筆者はこう推理した。

「三国屋碧沙の能力は実は、一定の範囲内に入り込んだ敵の能力に対してのみコピーが可能なのである」

と。
少し話を変えよう。
筆者は以前、ダンゲロスバーゲンセールというキャンペーンで、「ヘイソ・ジャボ」なる魔人を送り込んだ。

彼の魔人能力は、自らの望んだ願い、欲望を叶える能力言ってみれば無限魔人化であった。
彼は試合に出る頃には既にやりたいことをやり尽くし、自殺(女の子と心中)すら考えていた。
彼が持っていたのは本当に何でもできる魔人能力。三国屋碧沙どころのものでは無かった。

彼は全能感を持っていたが、同時に全ての物への失望を抱いていた。
「何でもできる」は「何もかもがつまらない」ということなのだ。

話を戻すと、三国屋碧沙は魔人として能力を習得した際、本当に自らの魔術書に記された内容を全て再現しようと思っただろうか。
本当は皆気付いている。強過ぎてはつまらないと。
ドラゴンクエストで言えば、最初はスライムにもある程度苦戦するからこそ、後で虐殺できるのが楽しいのだと。

碧沙の能力がコピーであるのは、魔人化の際の些細な遠慮。
自分への卑下。魔人相手に戦える程度に強くなることができれば良い、という物であったのだろう。
彼女は強力な能力は求めていたが、本当の意味で完璧を目指していた訳ではなかった。


だから、折り鶴を相手にしても勝ちを拾うのには苦労する。
現在把握している中で、折り鶴の能力さえコピーしてしまえば、他の参加者を訪ねて敵味方を判別し、能力コピーして良い相手と悪い相手を見分けることができる筈だった。
同時に、恋する乙女を発見することも人目の無いところも容易に発見できる筈だったのだ。

それが、まさかこのような所で挫折するなんて、三国屋は後悔した。

一応、「必中」のスキルを持った彼女が攻撃する度に折り鶴の一羽には当たっている。
彼女の攻撃力は∞では無いが、それで十分だ。
折り鶴は姿を失い、桜の花弁が溶けるが如くに散っていく。

残りが何百羽かは分からないが、確実に数は減っている。
全てを消し去り、風紀委員やサイコパスも退けておけば、あとは恋する乙女の元へ向かうだけで決着だ。

手に握りしめた箒を、京劇のように振り回し、敵を威嚇する。
折り鶴の一撃一撃は弱い。丁寧に対処し、数が減る程にこちらが有利になる。

三国屋碧沙は、箒を振りかぶった。

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(inプール)

塩素臭い水にまた、赤い血飛沫が飛んだ。
最初から不透明で濁った水ではあったが、最初の青緑色はある意味美しさ、生命を讃える色にも思われた。
それが、滲んでいく。
茶色、それも土の色では無い。
あらゆる生命を脅かし、無生物であろうと腐食するであろう有害な色だ。

即死に値するアナフィラキシーショックを既に何度も体験している筈の女は、すでに傷口を閉ざし、全身の蕁麻疹も引いていた。

「ああ、またこんなに醜い姿になってしまいました。
こんなに美しい身体が、これ程に醜く。」

風月すず。彼女は折り鶴と左道の攻撃を受けながら、全身から流す鈍色の液体で周囲の物を穢すと、また元の美しい姿を取り戻した。
彼女自身の攻撃はしごく遅く、回避能力に長けた左道、高速移動の折り鶴に当たることはない。
それでも、彼女は無謀とも言える攻撃を繰り返していた。

「ああ、これ程に美しく、この物理世界から浮きたつような身体を手に入れた私を、何故、何故愛してくれないのですか? 先輩。
もっと、もっと特別にならなくてはいけないのですか?」

風月の目は、敵を見ていない。
ただ、自らの空想の中の人だけを見ていた。

「愛、いいえ私の気持ちをこんな言葉に縛らせはしない。
私の気持ちを受け取って下さい先輩。
絶対に幸せにしてみせますから」

宍月左道は、目の前の美女の姿を見て、やはり百合に走るのは危険なのかと思っていた。
口では愛などと叫び、その実、その気持ちはそれ以上の物であると喧伝している。
何てことは無い。
目の前の女が持っているのは、独占欲。それ以上でもそれ以下でも無い。

実際、世間で交わされる愛や恋といった言葉は、結局独占欲の結晶であることも多い。
左道も少しはそれを体験してみたいと思わないことは無い。しかし、彼女は親愛を求めこそすれ、それ以上の物を必要に思ったことは無い。
雁字搦めは好きで無い。
思い出は、いつだって自由に作りたい。
独占欲こそが愛の終着点なら、真実の愛などいらない、そうとさえ思っていた。

風月の身体から、穢れた液体が流れる。
プールの中だけでなく、今やプールサイド、盗視を防ぐための防護壁すらも、色を失っている。

「先輩!先輩!先輩!ふわあああ!!!」

風月は傷を塞ぐ度に身体から汚い液体を流していた。
そして今、その液体は気体となって立ち昇り、折り鶴の一に触れた。
桜色の折り鶴が、その色を失い、動きを止めた。
はらはらと多くの折り鶴は、紙となって下降を始める。
変化は、左道の体にも起こっていた。
肌の色が失われると同時に、老婆のように皺が刻まれ、身体中に痛みが走った。

風月の能力は、身体の損傷を周囲の"きれいなもの"で補う。
自然や人工物はその色や外見からきれいなものでは無くなっていったが、生物に対しては、生命力を奪っていった。

「アイハブサムシング!モアザンラブ!フォー!リュミドラ!!」

動きが鈍くなった左道と折り鶴には、風月の攻撃ですら命中した。
風月の拳は自らの攻撃で割れながら、殴った相手から生命力を奪って再生する。

このままでは死ぬ。

左道はそう判断した。とにかく、攻撃に徹する折り鶴への敵意を避け、自分へと攻撃を向ける。
自己犠牲の『ジ・アダナス』。
そして、攻撃を受けながらも、風月の動きを止める為に必要な物を考えた。
その間にも、身体からは生きるために必要な物が奪われていく。


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(in体育館)

三国屋碧沙が敗退した。
理由は毒によるアナフィラキシーショック。単純な敗因。
ただ、彼女が警戒していた嘴からの毒ではなく、攻撃してバラバラにした紙片に紛れていた毒を吸い込んでのアナフィラキシーショックだった。

彼女が完璧な転校生なら、勝利していたのに。
攻撃力が∞なら、紙に含まれた血液ごと粒子に変換し、無毒化が可能だったのに。
彼女が"禁"クラスの転校生なら…

しばらくは残っていた碧沙の意識も、微睡みの淵に沈んだ。


戦いに生き残った折り鶴は、宍月の元へ飛んだ。
彼女を助けに

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(in 森)

久利エイチヴは、森の中で隠棲しようかと考えていた。
清潔な水がこんこんと湧き出す泉に、糖度が高く酸味の強すぎない果実。不快な害虫もおらず、探せば食べられる植物はいくらでもありそうだった。

ここなら誰の視線に晒されることもなく、静かに一人で生きていける。

そう思っていた彼女だが、泉の水が穢れ、植物が枯れていくのに気がついた。
森が、死んでいく。

穢れの元は学園の方だ。

彼女はまっすぐにそちらへ駆けていく。

彼女には、"一度入ったら永遠に迷い続ける"森のフィールド効果を、特殊能力①(流血少女DFのWiki参照)によって無効化しており、簡単に森を抜け出ることができる。

彼女は、安息の地を奪った者を目指して、足を速めた。

ーーーーー

(inプール)

宍月左道は、風月すずの頬から顎にかけてのラインをなぞり、弱々しく掴んだ。
そして、顔を引き寄せ、接吻する。

「あなたのことを見てあげる。だから、人を傷つけるのをやめて。」

風月は攻撃を弱めたが、完全な停止とはならない。

「あなたなんか!あなたなんか!私は求めていない!先輩のことが、先輩じゃないと!」

風月の攻撃は再び強まるが、左道は彼女の身体をひしと抱きしめて離さない。

「あなたは誰かにとっての特別になりたかった、そうでしょ?
私があなたの特別になってあげる。
だからあなたも私の特別になって…」

左道は再び接吻。
風月の攻撃は完全に止んだ。
それどころか、身体が崩壊を始める。
合金製の心臓は、その想いをついに人に知ってもらったことで、役割を終えたのだ。

「私は……認めない…。
先輩以外…」

「私は代わりだっていいんだよ…?」

満足したかどうかは分からない。
しかし風月は、今度こそ完全に身体を溶かし、生命活動を止めた。
魔人能力によって保たれていた身体は、能力の終了と同時に消滅したのだ。


これにて、百合人狼は風紀委員と探偵の勝利となる。


体育館から飛んできた折り鶴と、プールにいた折り鶴が合流した。

「ありがとう。なんとか勝てたみたい」

唇を袖で拭い、左道は礼を言った。

『はい、私達の愛の勝利です』

折り鶴は筆談で答える。

………左道は困惑した。
愛だと?友情ではないのか?と。


しかし、私達筆者と読者は、折り鶴1000がこの試合中で最も百合成分の濃いキャラクターであるのは当然だと分かっている。
プロローグを振り返ってみよう。

彼ら折り鶴にとって、全身をインキで黒く塗られるのは乳首に墨を塗るような行為。
しかし、本試合中、何度か折り鶴同士が、赤黒いインクで身体に字を書くようなことがあった。
この試合に出ているのは、全部雌の折り鶴。

つまり、先程までの筆談は、公開百合恥辱プレイに他ならない。

『私達はIPS細胞で、同性同士の子供も作ることができます。科学と百合の勝利です』

左道に、折り鶴が迫る。
彼女は回避能力と逃走能力に優れるが、彼ら折り鶴を落とすような攻撃能力は備えていない。
折り紙に、アナフィラキシー殺は通用しない。

『優しくします。優しくしますから。ね?子供を作るのは良いこと、ね?』

左道は、後悔した。
少しでもこの折り鶴と健全な友情を育むことができると思ったことを。
この折り鶴は、自分のことを母体に、新たな鶴を産ませるつもりだろうか。

『あなたの考えていた、愛に縛られるのは嫌だという考えもよく分かります。
大丈夫!
私達の愛は刹那に燃えて、刹那に尽きます。
痛くはありません。むしろ気持ち良くします!
ね??』

折り鶴が彼女の周囲を囲む。
ペラペラの紙め。
人間の女姓は母になった途端に産む産まないにも関わらず、絶大な責任を負わされるものなんだぞ。
学生という身分は自由の証。
それにどれだけの負担をかけるか分かっているのか。
後の人生にどれだけの影を落とすか分かっているのか。

説得虚しく、左道の身体は折り鶴によってプールサイドに寝かされる。上から、大量の折り鶴がのしかかってくる。
重さは無いが、何か変な感触が絶えない。
トラウマを思い出と呼んで良いものだろうか、左道はもうそのようなことを考え、あとは無心でその場を耐えるしかなかった。

ーーーーー

久利 エイチヴがプールで見たのは、制服を破られて折り鶴のされるがままになる女子生徒と、少しずつ色を取り戻す景色だった。

風月が持っていた、空色宝石、ラピスラズリの箱には、青い顔料と、絵筆が入っていた。
それは、何よりも美しい青色を作る素材。
穢れた者達も、顔料から漏れ出る色み、生命力に、復活するだろう。
女子生徒、風月に落とされたのであろう折り鶴は、色を取り戻していた。

久利は、そっと折り鶴と女子生徒の観測外から宝石の箱を持ち出し、森の中へと帰っていった。

◆このお話の結論

百合人狼は転校生に必要なものどころではなく、参加した女子生徒の殆どにトラウマを残した。
百合人狼の世界は恐ろしい。
絶対に浅はかな気持ちで参戦してはならない。

容疑者である筆者も
「まさかこんなことになるとは思わなかった」
と供述している。

百合を書くには戒めが必要なのだ。筆者は道を踏み外した。

これを読んだ皆が百合を書くときは、女の子達を慈しみ、傷つけ過ぎないように気をつけて欲しい。

それが、これを書いた人間の唯一の願いである。



最終更新:2016年07月25日 23:31