百合人狼編SSその5


Case1:Prologue“風月すず”

 これはとある月の綺麗な夜の物語。
 月の光が差し込む教室の窓辺に立った少女が手にした宝石箱から一粒の紅玉(ルビー)を取り出し口に運ぶ。人間の歯の硬さは精々が水晶と等しい。
 それでは口の中を荒らすだけ、歯並びを狂わせるだけの愚かな行為――、と言ってしまうには、いささか言が遅すぎる。

 カン、カン、カン……。
 口をすぼめて吐き出された鉱石を拾って眺めようというものは誰もいないだろう。
 硬度9のその物体はその辺に転がっている石ころのようにつまらないものに思えたから。

 「行きましょう」
 きれいな少女――風月(ふげつ)すずは歩を進めた。
 青みがかかった闇夜に月の柔らかな光がかかり、靄との隙間を千からなる紙飛行機が舞っていた。



Case2&3:Prologue“三国屋碧沙”&“宍月左道”

 「願いを叶える千羽鶴?」 
 その頃、妃芽薗学園を訪れていた転校生・三国屋碧沙(みくにや・へきさ)が風紀委員会に呼び出されたのはちょうどその日の課業後のことだった。
 転校生と言っても、一般生徒に明かしているわけでもなく、未だ事を成したわけでもない。魔人としても少々変わった範疇、黒いとんがり帽子に黒マントに収まっているのだから呼び出される筋合いはないだろう。

 それでも足を運んだのは風紀委員のひとりが少し気に入っていたからだ。
 オトモダチ同士の会話で光差す庭園(ガーデン)は魔女にはいささか居心地が悪く、お昼ご飯を食べる場所を探して、森を散策していたところだった。
 別に授業に出る義務はないけれど、焦っていたことも確かで、わたわたと周辺を見渡す。高い木の陰に小柄な人影が隠れていた。

 宍月左道(ししづき・さと)だった。かくれんぼの最中かと訝しむ。

 初対面の私に対して、どことなく人懐こい表情を見せて手を振ってみせる。
 「私?」、鼻頭を指さす私はさぞ間抜けた顔をしていただろうか。まぁ、初見で転校生だなんてわかるわけないし、別にいいかと思った。ハイド&シークなら慣れていたから。

 私は彼女を殺気を孕んだお姉さんから隠したり、逃げ出したり――。
 宍月左道も大げさに驚いたり、笑ったり――。

 後になって孤高の者(ぼっち)特有の警戒心はどこにいったのかと、自分を叱りつけたくなったが、そんなことはどうでもよくなるくらいには楽しかった。だから私はここにいる。



Case4:Prologue“久利エイチヴ”

 話は変わるが、久利(くり)エイチヴは誰かに見つかると死ぬ。
 全身が恥部だと思い込んでいるから見つめられると社会的に――というわけではなく、恥ずかしさのあまり物理的に死ぬのだ。だが、彼女は死なない。死の結果を相手に押し付けるとまた逃げ隠れする。
 魔人とは大体がそんなものだが、久利エイチヴもまた理不尽ないきものと言えよう。

 彼女を見つけてしまった者は死ぬ。
 姿を見せない彼女と命を賭したかくれんぼ、理不尽な都市伝説もしくは学校の七不思議に昇華していてもおかしくない。それでも、彼女が世界に溶け込んでしまわないのは学籍という枷があるからだ。
 物質と溶け込むことで身を隠し、ギリギリのところで出席日数と人間性を保っている彼女が一番恐れることは次の転入先もしくは就職先を見つけられずに妃芽薗に留まり続けることだった。

 だから、久利エイチヴは風月すずを殺さなければならない。



Case5:Prologue“折り鶴1000”

 それがどういうことなのかは追々語られることになるけれど。
 浦嶋子(うらのしまこ)から数えること幾代か、鶴となって飛び立って亀の乙姫と番となった昔話に比べれば短く済む、しばし待て。
 鶴の群れは人々の願いなど知る由もなく、天を駆ける。むしろ業と欲と言えるだろうか、折り鶴を一羽でも捕まえて願いを書き込めばそれが叶うなんて――ただの噂に過ぎないのに、ね♪



ALL:

 走る、走る、走る――。
 追う、追う、追いかける――。

 逃げること一直線の宍月が追いかける立場になるなんて、本人にも不本意なことだったけど。
 思い出づくりなら強大な敵を相手に手を取り合って立ち向かったり、逃げ出したり、立ち直ったり、覆いかぶさったり――最後は幸せなキスを。ハッ、いけないいけない、妃芽薗思考に囚われていた。

 ここだけの話をしてあげよう。
 私こと、宍月左道は下宿先にケサランパサランを持ちこんでいる。
 ケサランパサランとはふわふわとした綿毛のようなもので、おしろいをかけると増えたり、人に見せると消えてしまったりする幸せを呼び込む何かである。
 今まで死ぬことなくナントカ過ごせてきたことは謎のふわふわのおかげなのかな、なんて思うけど。

 宍月左道は誰か、思い出を共有する友達にケサランパサランを見せたくて仕方がないのだ。なくす危険性が高いところに幸せのアイテムを置くのはリスクが高い。
 私は解放感を得るが、相手に罪悪感を与える。それを快く許す私、洗い流される罪の意識! 深まる絆、だというのに。誰も見やしない。
 いや、気づけよ。私のぱんつの匂い嗅ぐのに必死で隣のケサランパサランは気にならねーのかよ、同室の織野真夏(おの・まなつ)ゥ!

 ・・・(てんてんてん)。
 仕方ない。このイベントで願いを叶える折り鶴を手に入れたらさっさと仕掛けよう。
 三国屋先輩、ちょろそうだし。

☆彡 

 …………くしゅん。
 「誰か、私の噂をしたようね。ふふ、私の武名――いや、魔術名も知れ渡って来たかしら」
 そう。「友達」の友の字と今の今まで全く縁のなかった三国屋碧沙はとんでもなくちょろかった。
 少なくとも初対面の後輩の頼みに従って夜の校舎まで汗だくになりながら全力疾走するくらいには。

 転校生の力を解放した碧沙に敵はいない。少なくとも同列の転校生以外には。
 魔女相手に虫取り網でどうしようというのか、彼女の前には一ダースのプレイガールたちが転がされていた。大方、噂を聞き付けた恋する乙女たちだろう。

 夜間外出禁止令を破って想い人との間に深い絆を結びたいという根性はわかるけれど、彼女たちは生徒指導室送りとなる。ご愁傷さま。
 「むしろ、感謝してほしいわ。ここがどこだかわかっているのかしら?」
 蝶たちが蜘蛛の巣にかかって捕食されまいと守っているのなら、私の役回りは一体何でしょう? しばし考え込む。
 ――探偵ですよ。
 天の声(オラクル)は積極的に黙殺することにした。

☆彡

 七夕過ぎて、織姫と織姫の逢瀬に涙したのもごく最近。
 乙女たちの関心は折り鶴に向かっている。そうと決めたら何も見えずに突っ走る。その行く先が鮫氷(さめすが)しゃちのプレイグラウンド、現世になき旧校舎であることにも気づかない。

 校舎に入り込もうとするライバルたちを蹴散らしてもらって、絶好のハンティング・スポットを確保した宍月左道はうきうきのランラン気分、ついスキップをはじめてもおかしくないご機嫌模様。

 さてさーて、私の魔人能力『ジ・アダナス』の御開帳といきましょうか?
 必要もないのに腕をぶんぶん振り回す、肩を回して念を籠める。狙うは群れの最後尾、素人さんならピンクと白の紙飛行機の中で赤く染まってたり黒いレアっぽいやつを欲しがるのだろうが、私は違う。
 そう、私ならそうめんを食べる時、赤い部分は人にあげるそぶりを見せて、ついうっかりを装って絡める。
 そして、結局先っぽだけちょん切れたのが箸にかかるのを見てごめんなさいと言うのだ。

 一羽、二羽。そうそう……こっちこっち。
 つがいがいればケサランパサランみたいに増やせるかもしれない。魔法?生物なら三国屋先輩のいる私のもの、秘密の自由研究で夏の思い出は私のものだ!

 そう、ガッツポーズを取った瞬間だった。
 その一瞬で世界は揺らいだ。立っていられなくなるほどの眩暈(めまい)は次の瞬間に消える。
 ととっと、過去の思い出を思い出す。それは現在(いま)に力を与えてくれる。

 「なにここ?」
 私のハッピー☆ノスタルジック☆ワンダーは?

そう思っていたのに。
左道は気が付いたら変な廃学校にいた。
色々不思議な少女に説明を受けたが、意味が分からない。
だが、転校生というのはイベント性の溢れる魅力溢れる存在だ。
上手く行けば、新たなアルバムがいくつも増える。

宍月左道は、ここで戦うことを決めた。

 ――以上、『宍月 左道』プロローグより抜粋。

 慣れない生活に慣れようとする中、行間を読むとこんなこともあったと言う話であった。
 思えば彼女、流れ星に幸せを祈ってそれでハイおしまい☆……と、言えるような根性の持ち主ではない。転校生と立場が同じでないなら傾かせようとする。
 宍月の思考の基本はギブ&テイクだ。中学時代を反省したことで学習した彼女は借りっぱなし貸しっぱなしは好まない。思い出は重い出と言っても荷重がどちらかに傾き過ぎるのは好まなかった。

 傷を増やしながら人間関係のシーソーゲームを楽しんでいたのは知っての通り、だから思い出作りはやめられなかった。次はもっとうまくやろう。三国屋先輩は必要以上に恩に着るタイプだから。うん、そう決まってる!

 宍月左道を追いかける三国屋先輩、仲間を追いかける折り鶴998、それを追いかける名も知れない生徒たち。 
 鮫氷しゃちの遊び相手(おもちゃ)が予定以上に増えたのはだいたいコイツのせいで間違いなかった。

☆彡

 風月すずはかねてからの手筈通り異界と化した校舎を歩いていた。
 撒き餌代わりにした折り鶴たちには悪いことをしたと思うけど、なればこそ一羽残らずかまどに投げ込んでしまわないといけない。アレはかつての私が書いたラブレター――も入ってる。

 みんなの願い。
 千羽の折り鶴は病気が治ることを祈って形作られるものだけど、転じて願いを叶えると言われ。
 もっと言えば形の無い祈り、全く何がしたいのかわからない願い事のために全く必要としていない不幸な人の元に投げ込まれることになった。

 折り鶴1000は地震・雷・火事・親父、そういった縁(よすが)がなく何ら関係を結べていない他人から他人への何がしたいのかわからない願い、自己満足を叶えるための形の無いエネルギーが行き場を失ったものの塊だった。

 「どうでもいい存在なら、せめて私の愛のために燃え尽きろ……」
 口から漏れた憎しみ、怒り、きれいでないもの。
 それはどれも「風月」ではない「人形」すずとしてのもので――。

 この呪詛は折り鶴に向かうようでいて実は違う。
 方向性の無い怒り、誰を襲うともわからない憎しみのことを人は俗に「狂気」という。

 死の恐怖、自分が自分でなくなっていく快感と喪失感。
 魔人の万能感。それらを一緒くたにしてミキサーにかけたものを、人形すずは「愛」と呼んだ。

 けれど、人形すずは死に続ける。
 今もまた死んだ。壁から生えた一対の眼、それを理不尽と言うにはあまりに勝手すぎたが。

☆彡

 自分が希釈されていく恐怖を久利エイチヴは味わい続けている。
 人目を避けるために、床に壁に天井に廊下に教室に校庭に校舎に! 四六時中世界と同化し続けていておかしくならない方がおかしい。
 強固な精神力でそれを押さえつけ自我の流出を防ぐ彼女はまさしく人ではなく魔人なのだろう。 

 違和感があった。
 カラカラに乾いた口内を舌の感触で感じ取る時のような、と言えばわかりやすいだろうか。
 具体的には虚無を感じていた。

 原因は彼女の目の前、糸が切れたように横たわる彼女にあった。
 人間としての「人形すず」は死に続け、人形(ヒトガタ)としての「風月すず」は生き続ける。
 久利エイチヴに詳しい能力原理まではわからなかったけれど、すずが何ら自覚していない、呼吸に等しい生理現象によって、彼女の大切なものが削られ、なくなっていくことだけは、その存在に賭けて理解できた。

 「きれいなもの」、面と向かいあっていない彼女にはわからないもの。
 つまり、風月すずが存在しているだけで久利エイチヴは「きれいなもの」を奪われ、醜くなっていく。誰にもわからないままに存在が矮小化される、おそろしさ。

 だから、久利エイチヴは風月すずを殺さなければならない。

☆彡

 人形すずは折り鶴1000を燃やさなければならない。

 その熱で、光で、痛みで、先輩への愛を示すのだ。
 いじめられっ子の発想だが、全くもって厄介である。失うものの無くなった人間は捨て鉢な行動に出る。積み上がった負債はもういくら桁が増えても持ち続けられるなら変わらない、と感覚がマヒするからだ。
 人は普通行動に釣り合う結果を求めるものだから、その天秤が余りに狂うと人は恐れる、離れたがる。

 恋文を燃やすためにスズメバチの群れに飛び込む行為、人は俗に「狂気」と言った。

 久利エイチヴが立ち去った。
 もう、敵はいない――なんて打算はない。不死者に計算は無い。だからこれはただの幸運だ。
 むくりと起き上がると綺麗――とだけ評されるあまりに空虚な人形は空を仰ぐ。慣れない滅多刺しも、その後の傷跡も死んだ彼女、生きた彼女にはまるで関係のないことだ。

 空になった宝石箱が転がり、手に持った絵筆が出鱈目に空を切った。
 風月すずは芽月リュドミラを愛している。

 けれど――その愛を表現する術を彼女は過去も未来も現在も永劫、知ることがない。 



ALL:配役発表

①.プレイガール:折り鶴1000
②.風紀:三国屋 碧沙
③.探偵:宍月 左道
④.恋する乙女:風月 すず
⑤.サイコパス:久利 エイチヴ

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最終更新:2016年07月27日 22:09