「ひどい目にあいました……」
宍月左道は嘆息する。
あの恐るべき虚本来無からは何とか逃亡することに成功した。寝ている間に何をされたのかわからないが、正直知りたくない。
「嫌な思い出ができてしましたね……」
今後、この戦いに勝って帰還して妃芽薗で来無と再開することを想像すると悪夢としか言いようがない。それだけで憂鬱になる。
こんなはずではなかった。
虚本来無は自らを犠牲にし、大切な後輩である宍月左道の新たなアルバムの美しい思い出になる。
そのはずだった。
そして、ふと気が付くと再びあの廃学校の木造校舎へと戻された。
ここでまだ戦えということか。
布団にくるまって逃げていたはずだが、ちゃんと服を着ているのはサービスなのだろうか。
何はともあれ、こんなところで取り残されるわけにはいかない。
左道は妃芽薗学園に戻り、様々なイベントの中で新たな思い出を作るのだ。
前回の戦いでは虚本来無を人畜無害な魔人と決めつけたのが間違いだった。
悲劇の遊園地事件を引き起こしてしまった中学時代もそうだったが、昔から左道には不用意で軽率なところがある。反省しなくてはいけない。
情報を得るため、前回と同じように『友人候補名簿』を見る。
唐橋哉子。風紀委員会のメンバーの一人だ。
情報を読む限りでは虚本来無のようなイカれた人間ではないと思うが油断できない。
そう判断した結果が前回のアレなのだから。
あれの二の舞は御免だ。
しかし、闘うにしても左道の戦闘力は高いとは言い難い。
風紀委員に正面からぶつかればなすすべなく殺されてしまうだろう。
何をするにせよ、準備が必要だ。
では、どうするべきか。
「あれを利用しましょうか」
左道は彼女がいる教室の中を見渡しながら呟いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ああっ、もう。確かに運動したいって言ったけどお」
誰もいなかった教室。その中を唐橋哉子は逃げまとっていた。
罠の設置準備が整いきらないうちに亡霊が襲ってきたのだ。
動くたびに床がミシミシという音を立てて鳴ったりするが、それは校舎が老朽化していたりするせいで、決して彼女の体重が重いわけではない。
重いとしても手甲だ。そういうことにしなさい。
乙女心は複雑なのだ。
さて、なぜ校舎に巣食う悪霊達が宍月左道に協力するのか。
その答えは彼女のコミュ力にある。
読者の皆様も周知の通り、コミュ力とはコミュニケーション能力を示すものではなく、コミュ力という名のオーラである。
例えば、類稀ないコミュ力を持った十二コミュ支の寅貝きつねは、そのコミュ力の力で半径100000m以内の人間とすれ違うだけで、友人になれる。
もちろんこれは極端な例だ。
だが、宍月左道も高いコミュ力を持ったコミュ力つかいである。
内向的な虚本来無にも、ものの数分で心を開かせることに成功した。
つまり彼女のコミュ力をもってすれば、悪霊と友人になるのも難しいことではないのだ。
宍月左道の本当に恐ろしいのは魔人能力ではない。そのコミュ力なのだ。
「切り裂く空気の刃!!」
正直幽霊が怖くないとは言わない。
けれど、いつまでも逃げてばかりもいられない。トラップを貼る余裕もない。
目の前の悪霊に対し、哉子が爪を振るう!そして最速で空気の刃が飛ぶ!
「ぎゃあ」
空気の刃を受けた悪霊が雲散霧消した。
風紀委員会に協力するヴィヴ・ラ・ヴィータを見れば、亡霊も攻撃を受ければ、ダメージを受けるし死亡することは明らかである。
よって殺せる。
「切り裂く!!」
哉子が爪を振るう。空気の刃が次々と放たれる。速度は回避しづらいようにそれぞれ微妙に変えている。
刃を受けた悪霊が次々と雲散霧消していく!
「空気の刃!!」
悪霊たちの数は多い。全ては倒しきれない。
けれど、CLEAVING AIRは、哉子の進むべき道を作っていく。
すなわち、この教室からの脱出口。悪霊たちが消失、できたスペースを目指しまっすぐに突き進む!
◆◆◆◆◆◆◆◆
「助けてくださいー!!」
悪霊たちが次々と襲い来る教室を脱出した哉子が廊下を悪霊退治をしながら進むと誰かの叫び声が聞こえた。
哉子が声が聞こえた教室に飛び込むとショートカットの少女が悪霊に襲われていた。
何とか逃げているようだが、このままでは殺される可能性が高い。
助けるべきか。
何も関係ない少女がこんな場所にいるというのは不自然だ。
つまり彼女が今回の対戦相手である可能性が高い。
「まあ決まっているよね」
敵は倒す。
それは当然のことだが目の前で助けを求められれば見過ごせない。
不正があれば取り締まる。困っている人がいれば助ける。
なぜなら、彼女――唐橋哉子は風紀委員だから。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「助かりました。私、よくわからないうちにこんなところにいて」
悪霊たちを撃退し、左道を助けた哉子に彼女は頭を下げる。
うまくいった。
哉子が通りかかったタイミングで襲われるふりをした。
風紀委員ならきっと助けてくれるだろうと思ったが、実際そうの通りになった。
何しろ襲ってきた悪霊たちはジ・アダナスにより本気で敵意をもって左道を殺そうとしたのだ。
疑うはずがない。
「私できれば殺し合いなんてしたくないんです。何とか平和的に解決できればいいなって」
あとは、左道のコミュ力をもってすれば友好関係を気づくのは難しくない。
これで哉子は左道を信用するだろう。
そして、一緒にいる間に悪霊たちに彼女を襲わせる。
哉子は左道をかばい、幽霊に襲われて死ぬ。
或いは哉子が油断したところを手にかけて殺す。
素晴らしい思い出の完成だ。
友好関係を築けた哉子が自ら殺す。それは悲劇だがそれもまた美しい青春のスパイス。
それは左道の大切な思い出になる。
悪霊たちにしてもそうだ。
左道のために戦う素晴らしい友人たち。
それもまた美しい思い出だ。彼女はきっと忘れないだろう。
「左道さん、どうして急に笑って」
哉子が訝しんだように言った。
「いえ、別に何でもないですよ」
いけない。顔に出ていたようだ。
もう少し慎重にならなくては。
二人は話をつづけながら、教室を出た。
◆◆◆◆◆◆◆◆
それからも次々と悪霊たちが二人に襲い掛かってきた。
左道はわざと哉子を足を引っ張るように動いたが、それでも哉子は悪霊たちを退治していく。
だが、哉子はずっと戦闘を続けていたのだ。
当然のように消耗していく。いつしか彼女は肩で息をするようになっていた。
(そろそろかな)
また彼女たちの目の前に新たな悪霊が現れた。
哉子が爪を振るう。飛んだ空気の刃が悪霊を霧散させていく。
哉子を観察するに彼女の能力は爪を振るわなければ発動できないようだ。
ならば発動した隙に左道の血液を吸収させれば、「私アレルギー」によるアナフィラキシーショックで左道でも殺せるだろう。
その瞬間に接近する。それだけの信頼はえているはずだ。
新たな悪霊が現れる。そして哉子が爪を振るう。
(いまですね)
左道は最初に悪霊に襲わせたときに怪我をした箇所から自分の血を爪に塗ると哉子に襲い掛かった。
これで殺せる。妃芽薗に思い出をもって無事に帰れる。
そう思った次の瞬間。
「切り裂く空気の刃!!」
爪を振るうこともなく空気の刃が左道に飛んできた。
「発動できないはずじゃ」
「そんなこと言った覚えがないよ」
ミスディレクション。マジシャンが観客の注意をそらすための技術。
爪を振るう動作を見せ続けることで、左道にそれが必要だと錯覚させたのだ。
「ひ、卑怯ですよ」
「それは貴女に言われたくないかなあ」
卑怯は不意打ちをしようとしたそちらの方だろう。
それに「風紀委員会の鬼畜眼鏡」とか呼ばれたりもするが、うれしくはない称号である。
「降参してくれると嬉しいかな」
哉子が左道に爪を突き付けていった。
ここまで一緒に行動して情がないわけでもない。だから、できれば手をかけたくない。
「降参します」
殺されるよりはましだ。
そう判断した左道はその言葉を口にした。