「篠原、これあげる」

 俺の中の危険信号が動くッ!! 一体いつの間にここは戦場になった!?
 目標は複数体、支部長の持っている小包ッ!! そして、脇に抱えている紙袋にたくさんの同じ物ッ!!
 この御時勢、先ほどまでの調理場での魔術の儀式、それが示す物は一つッ!!!

「どうしたのよ、早く受け取りなさいよ」
「オラァッ!!!」
 受け取った瞬間近くのゴミ箱に投げ捨てる。小包とゴミ箱、そのまわりは一瞬で砕けた。
「何してるんですか支部長!! 生物テロでもかます気ですか! ソラリスだけに!」
 支部長の主婦スキルの無さは支部全員が知っている。出来ないどころかやろうともしない、経験も積めなければ何にもならない。
 紙袋の中身はまだたくさんある。支部の雰囲気的に一番目は俺のようだ。俺でよかった、怒られて被害に合うのは俺だけでいい。
 てか、いつもはどこからかもらってきた高級チョコを『食べられないからあげる』ってくれてるって言うのに、何で今年に限ってこんなことを!
「こんなに作って、どうするんですか! 例年通り既成品……で……?」
「…………」
 ……? 様子がおかしいな。いつもだったらもう俺の意識が封じられてるはずなのに。
 恐る恐る顔を見てみる。

 やべぇ、支部長むっちゃ涙目。
 目に涙を溜めて、口を噤んでる。顔を伏せてプルプルしてる。完全に泣き声を押さえようとしている感じ。
 ……これ、俺が悪役?

「……一生懸命、作った、のに」

 いつもと明らかに雰囲気が違う。こんな支部長見たことない。

「私が、作ったのじゃ、だめ、なのね」

 鼻をすする音が聞こえる。力無く目元をぬぐう支部長。

「あ、す、すいません。いや、食べます! もらいます!」

「そう、じゃあ喜びの涙を流して貪りなさいよ」
 言葉とともに口の中に小包を詰め込まれる!
 しまった油断した! ここまで芝居だった!
「モゴ、ひぶちょう、あんふぁってひほふぁ!」
「出会い頭にもらいものぶん投げるとか、どういう了見かしら? 上司に対する態度とか、女性に対する態度とかぶっちぎって人間としてどうなのかしら」
 緑色の眼で見下ろされる。体格も、力量も上なのに、どうしてこうなってしまうかわからない。
「ほら、一つ無駄になっちゃったじゃない。どうするのよ? あなたの分なんだから、舐めてでも食べなさいよ」
「うおおぉっ、やらされてたまるかぁー!!」
「わっ」
 持ち前の怪力で支部長を退け、逃げ出す。
 マジで自分の状態がよくわからない。何で逃走してんだ俺。
 とりあえず、共犯者だ。共犯者を盾にしてもう支部出よう。俺と彼女には休息が必要だ。

「宮野! 支部長止めてくれ! 宮野ッ!!」
「ちょこれーと、おいしい」

 ダメだ、既に洗脳されている……。
 彼女の机の周りにはチョコレートの箱が散乱していて、口からは甘い匂い。チョコが散らばった机の上。これ、犯罪の匂い。
「ちょこれーと、もぐもぐ。けぷ」
 ……つか、なんでこうなってんだ。料理手伝ってたのはわかるが、こうする必要はない。さすがの支部長も、感謝の意は示すはずだ。
 ま、うっかり口を滑らせて機嫌を損ねたのかもしれない。あの支部長は何でキレるかわからない。
「あ、篠原さん。何してるんですか?」
「え? ああ、三原か。いや、なんでも」
「……宮野さんが死んでるんですけど」
「ちょこれーと、うまうま」
「うん、俺が見た時にはこうだった。そうだ、三原。支部長見たら」
「あ、篠原さん、これ。支部長から」

 その言葉に再び戦慄した。まるで、ワーディングを張られたような!
 す、と出された三原の手にはあの小包。……反対の手には、既に開封している小包!?

「三原、おまえッ!!」
「さっき支部長からもらいました。おいしいですよ、これ」
「なん……だと……」

 なん……だと……
 あの支部長が作った物がおいしいだと……

「……それ、隠し味とかじゃないの?」
「ひどいなあ篠原さん、そんなわけないじゃないですか。支部長、なんか一念発起して作ってみるとか言ってたんですよ。宮野さんと一緒に」
「その宮野は死んでるんだけど」
「それは私も知りませんよぅ」
「ちょこれーと、たくさん」
 一体どういうことだ。これが真実なら、俺が一人で騒いでいただけじゃあないか。
 ……まだ謝れば許してくれるレベルかもしれない。三原が差し出している小包を受け取る。
 包みを開ける。小さなチョコレート。
 ………。
「ね、おいしいでしょう?」
「……うん、うまい」
 口の中に広がる甘みと、ワインか何かだろうか? なんかのアルコールの香り。両方が綺麗に調和していておいしい。思いのほか。

「おいしいでしょう、私、頑張って作ったんだから」

 後ろから殺人的な気配を感じる。
 言葉を聞いた段階で、俺に選択肢は消えた。
「宮野は正当な対価として、与えた。その先は本人に拠る。私の知る由ではない」
「……俺は、どうなるんで」
 三原が居なくなってる。
「どうもしないわよ、贈り物を受け取ってほしいだけよ。日本人らしく、日本風で」
「その割には何も持ってないんですけど……?」
「私の贈り物が見えないならお前の眼は意味ないな、破壊してあげるわ」



「ちょこれーと、おいしい。もぐもぐ」

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最終更新:2011年03月26日 22:11