「さ! 焼くわよ! せっかく焼肉に来たんだから焼かないと損よね! 今から私がやったげるから楽しみに待っていなさい!」
 左手に大皿に盛られた肉、右手にはトング。自信満々にトングをカチカチと鳴らす。
「えぇ、はい。開幕1秒でトング持ったら手放さないタイプだってわかったから好きなだけやってください」
 それを見て、めんどくさそうな表情でご飯を食べ始める。
「やったー! おいしそうな匂いがするよ! おいしそうだよ!」
 目の前の肉が焼かれる姿を見て、興奮する。
「ああ。あ、私はそんなに取らなくていいぞ。元々そこまで食べられないからな」
 そう言って、手酌で酒を飲もうとする。
「加賀山さん、手酌だなんて気づきませんで……さ、どうぞ」
「いや、気にしなくてもいいんだが……ありがとう、斉藤君」

「あ、これもう食べれるー?」
「バカ! まだこれは焼くの! もうちょっと焼かないとおいしくないわよバカ狐!」

バカバカ連呼しながらトングで手を振り払う。得物を介した手と何も持たぬ手、器用さでは既に分配が上がるだろう。

「じゃあこっちもらうね!」
「ちょ、そっちもまだ駄目だっての!」

惜しむらくは、頭の悪さ。

「あっつーーい!!」
「大丈夫!? 網に直接手を入れたら熱いに決まってるじゃない!」

焼ける手、止まるトング。眼を放したその間も、時間は無情に進んでいく。

「というか何で素手で食べようとしてるんだお前は……フォーク、さっき渡しただろ」
「あんなの使えないよ……ふーっ、ふーっ」
「お前に積み上げた短期の記憶は半月で消えたか……あ、天宮さん、そこ焦げてる」

時が過ぎれば、期を逸する。

「え? へぁっ、わたたたた」

それは、表現するなら地獄。

「ああもう、それも早くしないと……加賀山さん、すいませんトングもう一つ取ってもらえます?」
「わかった。ほら」
「ちょっと! 私がやるって決めたんだから私がやるわよ! あんたの手なんか借りないわ」

それでも進もうとするのは意地。協力の出来ない意地っ張りに待つ物は……

「そう言ってるそばからやばいですって、ほら、こいつなんか裏側真っ黒」
「あばばばばば」

世界は優しくなんてない。

「新発見だよ! 熱いお肉をお水の中に入れると冷たくなって食べやすいよ!」
「熱量は低い方に流れていくから、それは道理に適っているわ。常識からは外れてるけど……一体いつになったら食べれるのやら」
「天宮さん、俺にも半分まわしてください! 二人でやりましょうよ!」
「う、うるさい! 私一人でやるんだ! 私ならできる、きっと出来る!」
「何でただの焼き肉でこんなに疲れるんだ……」


まだ戦いは、始まったばかり―――

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最終更新:2011年04月28日 17:20