あたりを静寂が包む。むせかえる血の香り。視界にあるのは紅と冥。
 この光景を作ったものは誰か。その場に立っているのは俺一人。
 転がっている物を見る。それは、無謀に飛び込んできた者。一太刀でその身体は裂け、鮮血と嗚咽を撒き散らした。
 奥を見る。その者を支援しようとした者。構えた銃を引く前に闇に呑まれて消えた。
 数多くの死体。立ち向かってくる者、恐怖で身の竦む者、狂気で暴れだす者。
 全てが今、物言わぬ芸術となっている。


 俺は、何をしたい―――

 決まっているさ、”これ”を望んでいるのだろう?

 違う。

 何を言っているんだ、あの感動は何によって惹き起こされたんだ?

 そうだ。

 何を言っているんだ。こんなものじゃあ満足できないんだろう。


 絶えず頭に響く衝動。身体の底から湧き上がる渇きが、すべてを包み込む。
 もっと、血肉を削る情動を。刹那で終わる快楽を。命を磨る音を。


―――さぁ、そのためにはどうすればいいのか。わかっているんだろう?


 ただの人間には興味がない。俺には既に地を這う虫と同じ価値になっている。
 何故か。自らの糧にならないから。自らの欲望を埋めきれないから。己の渇きを癒す血を流せないから。
 人を遠く離れ、ヒトをヒトと思えなくなっていく。ただ興味があるモノは、ヒトを越えて人に縋る者達。
 俺は”狩猟者”だ。狩猟の依頼は常に人であり、対象も常に人である。
 人が人を殺すのに人を使う。使われる者は人なのか。道具や畜生と同じではないか。
 ……そう捉えられても構わないと、思う自分もいる。
 他者からどう思われようが、それを満たす糧を与えてくれるなら。


 ならば人を喰らう俺は何だ?
 同族を喰う獣はいない。同族で憎み、妬み、衝動に突かれるのは知恵あるヒトのみ。

 俺は、何者だ―――


 考えを張り巡らせるのは一種の気分転換に過ぎない。
 どれほど考えても、自分が人間であることに変わりはないし、悩み始めることで己が変わることなど、けして起こらない。
 人は考えることで充足を得る唯一の動物である。……誰が言った言葉だったか。実に的を射ていると思う。
 自分のことを人でなしと称する者もいる。バケモノと称する者もいる。
 裏切り者と称する者もいる。

 ならそれに関するお前たちは何者なのだ。
 俺とお前たちと何が違う。

 尽きぬ、疑問。もし俺が同じノイマンのオーヴァードに「考え出すと止まらないことがある」と相談を持ちかけたら笑われるだろうか。
 下らない疑問も、暇つぶしの糧になる。
 尽きぬ、衝動。次の獲物を、次の刹那を。その先にある何かを求め。
 何故人は生き、何故人は死ぬ。何故人を殺し、何故その生に執着する。
 そして、その二律の偏りが大きい者ほど、俺の求める者にふさわしい。

 一瞬よぎる、少女の顔。「あの日」から変わることのない、その顔。
 自分にとって何がきっかけだったかは、もう覚えていない。遠い過去、興味もない。
 ただ、その表情だけは大事にしたい。



 血に濡れた、紅い顔を。

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最終更新:2010年12月10日 22:36