胡蝶の夢
羊頭狗肉という言葉が有る。
中国の故事で見かけと中身が一致しない事を指す言葉だ。
俺、狛井武彦はこの言葉が嫌いだ。
まさしく俺を言い当てているようでいやな感じがする。
白兵戦闘での俺は殴りあうようなタフネスは無いし、複数の敵と渡り合うのもあまり得意ではない。まして、長期戦をしようものならジャームになってしまうのがオチだ。要するに最大の一撃を叩き込むことが勝負となるのだが他の戦闘型エージェント達とは攻撃力がイマイチ伸び悩む。
せめて、手数でと考えるが根本的な解決にはなっていない。
情報収集は苦手だし、潜入調査で日常生活に溶け込むのもなんとか化けの皮がはがれない程度だ。
こんな事を仲間にしゃべれば、きっとフォローしあうのが仲間だとか、そんな事は無い十分役に立っている、なんて答えが返ってくるだろうが俺自身が納得するかどうかでいえば、断じて納得はしない。
才能の問題なのだろうか? 新庄先輩や零のようなオールラウンダーを目指そうにも無理だろう。しゃべり始めた時から剣を握って来た。別に、強制されてやっていた訳じゃないがそれこそ才能があったからやっていた訳じゃない。俺の剣の腕は普通だ。ただ、やってきた年月が人より多いだけ。
鍛錬の歳月を超える天才はいつだっていたし、何より、オーヴァードにそんな常識的な理論では太刀打ちしようがない。
こんな風に弱気になった時にはいつも、夢を見る。
別の選択をした俺だ。
今の俺とは違う、賢いオレだ。
そいつは、勉強のできるヤツってわけじゃないがまぁ、きちんと授業を聞いて予習復習も前の晩にはやるとか普通の生活を送っている。もちろん、剣道の部活もそこそこまじめに練習していて、親しい後輩や先輩も何人かいて。
とにかく、俺とは正反対の俺だ。
事件に勝手に首突っ込んで出席日数減らしたり、練習試合のくせに本気で斬るつもりの殺気を放って他校の剣道部から練習試合を断られたりしないし、なにより、平穏な日々を送っている。
そんな別のオレを俺は宙に浮かんでいるかのようにして見ているのだ。
そうしてじっと見ているとそのオレは俺を見上げて優しい口調で言うのだ。
こっちに来ないか? と
自分なんかに意地を張っていないでいい、今からでも楽しい青春はあるし、勉強なんて大学に入ってやればいいと、誘ってくる。
そのたびに俺の心臓は優しいオレの甘美な誘いにドクンと跳ねる。
のどがカラカラになり、生つばを飲み込んでなんと言えばいいか言葉が頭の中で浮かんでは消え、声が出ない。
正直に言えば、羨ましい。俺もその何でもない学校生活を送れるのなら送りたい。
誰が好き好んで命をかけた殺し合いをしなければならないのか?
俺にだって普通の生活を送ってもいいんじゃないか?
そもそも、俺がオーヴァードになったのは余計な事に首を突っ込んだからじゃないか。
学校の廊下ですれ違った同じ学年の、別のクラスの女子が化け物に襲われているのを見て躍り出たはいいけどなんにも出来ずに殺されただけ。
けど、その女子はその事はもう何も覚えていないじゃないか。
あのまま、助けに入らなくてもきっと他の優秀なエージェントが助けたさ。
俺は見て見ぬふりしていれば俺自身、そんな女子の事なんて気にも留めないだろう?
だってオレは才能ないじゃないか
結局、守るといった間宮雄二だって シナセテシマッタジャナイカ
うつむく俺にオレは、どうしたんだ?と声をかける。
ハッとして自分のあさましい考えに戦慄する、そんな死者を引き合いに出してまでも、こんな卑怯な理論武装をしてでも俺は日常が欲しい─────
ただ戸惑っている俺をオレはじっと待っているのだが、オーイと向こうのオレに声がかかる。向こうでの友人が遊びに行こう、と誘っているのだ。
それを見る事とオレは困った顔で、今行く! と返してどうすると俺に迫る。
そこで、俺はようやっと、気がつく事が出来る。
あの事件の後にその女子が友人と笑いながら俺とすれ違ったのを。
確かな形をした俺の中の日常を思い出す事が。
その自信を持って意地を張りなおす事が出来る。
俺はお前らみたいなのを見ていたいから戦っているのだと虚勢を張りなおせるのだ。
そう言い放つとオレは残念そうにし、そのまま駆けて行き、友人たちと他愛もない会話をしながら遊びに行くのだ。
その背を見送った後に夢から覚めていく。
篠乃の俺を揺り起こす声が聞こえてきて目を覚ます。
夢から覚めるといつも夢の事は思い出せないが、なんとか虚勢を張ったまま俺の日常に帰っていける。
夢の中の日常を夢見ながら日々を過ごしていく。