憂鬱だ。
 学校へ行く足が重い。
 何で今日は学校が休みじゃないんだ。……いや、休みでも結局前日か後日に行われる。晴れやかな気分になることはない。

 私は、こういった行事物が嫌いだ。
 理由は単純。友達が居ない。
 クラスで中のいい友人同士のやり取りを見ていると、何だか嫌な気持ちになる。
 羨望と嫉妬、だろう。
 日常に手を伸ばしても届かない、その光景に。

 違う。私は目を背けているだけだ。おそらく、レネゲイドの力を持ってなくても、友達が居なくなった原因は作れる。私が、それを選択してしまっただけなのだ。
 自分で蒔いた種である。そして、刈り取らずに目を背け、放置したのも自分である。


 初めての紹介の時、私は高らかに宣言した。
「天宮の名前を世界に残す、偉大な人物になることを目指す」と。
 自己紹介の時に笑いを取るためのジョークとしてはまあまあだ。ムードメーカーというクラスでのポジションは取れるだろう。
 小学生の夢でもそんなことを書く奴はいないだろう。しかし、あの時の私は大真面目だった。
 もちろん、それを言うことのリスクもわかっていた。一般人には理解されず、ただ奇異の眼で見られるだけ。
 否、理解される、というのも間違いだ。大真面目にそんなことを言っちゃう奴を、受け入れられるはずがない。
 ……少し考えれば、わかることだった。

 当然、周りの人間は私のことを小馬鹿な目で見るようになった。元々は凡夫、レネゲイドの力を隠せば成績トップの奴ら、運動神経抜群な奴ら、話し上手な奴らに勝てる点は無い。
 私にはそんな奴らの鼻っ柱をへし折れる、人を越えた力を持っている。でもそんな物を使っても何の解決にもならない。(つーかあのドSロリによる制裁が待っているだけだ)
 私はその力を誇示して偉くなりたいわけじゃあない。私自身を見てもらいたいのだ。
 でも、私だけの力じゃあ、第一印象を覆すことはできなかった。

 それでも私に声をかけてくる人はいた。いわゆる良い子ちゃんタイプの人達。クラスから浮いた存在である私を、輪の中に入れようとしてくれる人もいた。
 でも、そんな救いの手を、私の変なプライドが跳ね除ける。どこか哀れみや同情をしているような眼を、私は受け入れられなかった。

 私はどんどん孤立化していった。そして、少数の不和は、多数の和に虐げられる。
 自分の机とロッカーに書かれていた、人の心を引き裂く罵倒の言葉。自分の見えない所で確かに引かれている、心の境界。
 良い子ちゃんも、関わり合いになりたくないというような眼でこちらを見るようになった。目線を合わせると、すぐに逸らす。
 私の場所が、失われかけた感覚。
 そのままなら、私がその先ほんの一歩踏み込めていなかったら私という存在がそのまま消失してしまうかもしれなかった。

 もっともその事態はすぐに解決した。陰でこそこそやっても、私にわからないようにするのは無理だから。この時ばかりは、力を使わせてもらった。このやり方で、次に何が待つかもわかっていても。
 わからないはずのことを淀みなく突く。会合、手口、時間。それらを開示することで、敢えて主格の名前をあげなくても、いじめは自然に消滅した。

 それから私を見る目が変わった。奇異に加え、恐怖の目。変なことを言う奴、けどまるでこちらを見透かしているような奴。
 結局、溝を深めただけ。でもわかっていた。こんな結末を。そして、それを乗り越えてこそだと。


 ……そして、今に至る。今の私に話しかけてきてくれるのは渡良瀬さんくらいだ。まったくだめだめである。
 あの人は何て言うか善とか悪とかそういうのじゃなく、慣性で動いてる感じである。人付き合いがいいので、友人もたくさんいる。楽しく話をしている姿も見る。
 そんな時に、不意に私を話の輪に誘うことがある。……空気が読めてない時もあるんだろうか。
 話していた友人たちも、私の顔を見て少し嫌気を感じる。それでも彼女はこっちを誘ったりする。くそう、良い子ちゃんめ。
 何だかムカついてきた。嫌な思いだったはずが、過去を馳せて私のことを友達だと思っているであろう人を思い浮かべて何でイライラしてるんだ私は。考えの纏まらない自分の頭にもイライラしてくる。

「ごきげんようっ!!」
「ご、ごきげんよう……」
 結局朝から胃にムカムカを溜めて学校についてしまった。すれ違うクラスメイトに挨拶をする。こういうのを私は絶対に欠かさない。元いじめ主格にも普通にあいさつはする。
 玄関の靴箱を開ける。罵倒の言葉はすべて消され綺麗になっており、そんな過去があったようには見えない。
 どさどさどさ、と何かが落ちる音が聞こえる。そちらを見れば、狛井さんの前に積もった甘い香りのする山が見える。おそらく靴箱に入れておいた物だろう。質量保存の法則仕事してほしい。
 というか、靴箱に食べ物を入れるとは何事だろうか。あんなところに入れた食べ物を喜んで食べる人はどこにいるのか。手紙とかでも、何だか自分の見られたくない所に入れられた気分で気持ちが悪い。
 ムカムカを吐き出すように靴箱を強く閉める。勢いで靴箱は大きな音を立てて開き、私は叩きつけるようにまた閉じる。バン、と大きな音が立つ。
「あ、おはよう天宮さん!」
 ふわりと、渡良瀬さんの声が聞こえる。私は我を取り戻す。
「おはよう、渡良瀬さん。いい日和ね」
 何言ってるんだ私は。まったく取り戻せていない。
「え? 今日夜から雪降るって言ってたけど……」
「え? ああ、そうだった! まあ、ついね。でも別に傘持ってきてないとかそういうのじゃないから!!」
 思わず語気が荒くなる。もはや暴走の域に近い。落ちつけ私、これじゃあどう見ても……
「な、何で怒ってるの? 朝から何か嫌なことでもあった?」
「うるさいな! 何もないわよ!!」
 ダメだ。今日はもうダメだ。頭のどこかで冷静な私が諦めた表情でいる気がする。けど、私のイライラは止まらない。
 怒りと悲しみと、申し訳なさを心に、ずんずんと教室へ向かう。傍から見れば、勝手にキレた女が一人。
 教室の扉を勢いよく開ける。大きな音を立てて、クラス内の全員がこちらを見るが、私の顔を見ると、誰も何もなかったかのように自分たちの続きを始める。
 ……怒りが収まらない。けどぶつける物もない。
「まったく、どうしたのよ天宮さん。急に怒ったり駆け出したり」
 お前のせいだ。そう言ってもどうしようもないのでだんまりを決める。けど、今にもその気持ちは破られそうだ。
「まあいいや。はい、天宮さんにもあげる」

「は?」

「あ、おはよう新井さん。チョコレートだよー」
 新しく登校した生徒に、ちょこちょこと駆け出す渡良瀬さん。取り残された私の掌には、小さな包み。
 呆気にとられる私に、先ほどの生徒―――新井さんが話しかけてくる。
「おはよう、天宮さん。渡良瀬から聞いたよ? 前の烏丸神社の件、こっそり活躍したんだって」
「へ?」
「渡良瀬が本人には内緒に、って言ってたけど。変な所に行動力あると思ってたけど、そう言うところにも使うんだね。すごいよ」
「ふぇ?」
「あなたからも聞かせてよ、その話。これでもつまみにさ」
 とさ、と私の目の前にチョコ菓子がおかれる。
 事態が飲み込めない私に、渡良瀬さんがウィンクを飛ばしている。
「えー……そんなこと言われても、その……」
 というか秘匿義務あったでしょ。何喋ってるんだ。どこまで喋ったんだ。
「ほら、ヘリが落ちてきて中に人が居たところ。私一人でどうしようもない時に、天宮さんがさ」
「あ、ああ! そうね、あのときは大変だったのよ……」

 さっきまで怒っていたのに、今度は急に楽しそうに喋って。ころころ変わる、何だかおかしい自分。
 でも、この。

 心に残る温かい気持ち。


 私は、友達が少ない。そう認識しよう。矜持だけじゃあ、生きていけない。

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最終更新:2011年03月02日 08:40