聖処女と殲滅少女


「ジャンヌ……?」
キリストの墓を中心として展開された結界――その内部は、現在――絵画に描かれる天国めいた空間となっている。
現世が如何なる天候であろうとも、空はどこまでも青々と広がり――雲の一つも存在しない。
地面を踏みしめ、弾力を掴もうとしても掴むことは出来ない。
足は地面を突き抜け、しかし足が地面より落ちることはない。
雲だ――ふわふわとした雲が、地面いっぱいに広がり――踏みしめれば柔らかく、しかし固体とも、液体とも、気体とも、いずれも違う感触に囚われる。
賛美歌が聴こえる――この地に現れた救世主を祝福するための歌を、あどけない子どもたちが歌っている。
現実と言うにはあまりにも優しい世界、誰かの心象風景でそのまま世界を塗りつぶしたかのような理想郷。
その楽園に男――ジル・ド・レェは召喚されていた。

その男、ジル・ド・レェ――その容貌を見れば、その能力を知るまでもなく、彼を怪人あるいは魔人と知るだろう。あるいは悪魔か。
幾重にも重ねたローブと貴金属に身を包み、その大きく見開かれた目は人間というよりも魚のそれに近い。
目をしかと抑えねばらなぬだろう、そうでなければきっと――彼の目は顔から零れ落ちてしまう。

「そうよ、ジル……久しぶりね、いえ……そう大して久しぶりじゃないのかもしれないのかもね。
わたくしたちに過去も未来もあったものじゃないもの……」

どれほどの業火に焼かれようとも、手を伸ばしたい少女がジル・ド・レェにはいた。
しかし、その手を伸ばすことは出来なかった。
そして喪失した己を満たしたものは、ただ狂気だけだった。
故に彼は、自分を呪い、世界を汚した。
神の不在を証明せんと――ただ人の業で以てのみ、人を傷つけ、殺し、奪う。
そして神の不在は証明された――彼は人の業で処刑され、その死は決して天罰などでは無かった。

彼が果たして、どれほどの人間を殺し、どのように殺したのか。
それを敢えて、ここに記すことはしない。
ただ、それほどの邪悪を以てして、狂気を以てして――二度と伸ばせるはずのない手を、伸ばしたかった少女。
ジル・ド・レェは、今、少女に再会した。

ジャンヌ――彼は聖処女に再会した。

「あァ……」
ジル・ド・レェにとって、目の前のジャンヌが本物ならばどれほどの歓喜に包まれただろう。
今すぐその場に跪いて、とめどない涙を流しただろう。
いや、頭は理解しているのだ――これは本物のジャンヌ、ジャンヌ・ダルクであると。
しかし、魂が――かつてジャンヌと共に戦場を駆けた日々が、何かを否定している。
目の前の少女は、ジャンヌであるはずなのに。

「ジル……今まで辛かったわね、可哀想に。
憎かったでしょう、私を殺した者が。
憎かったでしょう、私を救わなかったモノが。
憎かったでしょう、何よりも自分自身が。
もういいの……もう誰も憎まなくていいのよ」

嗚呼――そう言うな、ジル・ド・レェは今すぐにでも叫びだしたい気分であった。
誰よりも掛けて欲しい言葉だった、けれど決してそれは彼女が言わない言葉だった。
ジャンヌはジル・ド・レェの罪を赦す者ではない。ジル・ド・レェの罪と共に歩む者だ。

「ありがとう、ジル……世界を憎んでくれて。
ありがとう、ジル……神を汚してくれて。
ありがとう、ジル……私のために哀しんでくれて。
ありがとう、ジル……私のために怒ってくれて」

決して、彼女はそんなことを言う人間ではない。
だから彼女は聖処女であり、だから己は世界を己の呪詛で汚してやったのだ。
狂気が――脳髄から全身に掛けて、指の先、髪の毛の一本一本、隅々にまで行き渡った狂気が――憤怒に変わる。
ジャンヌを求めたから、求め続けたから、だから目の前の偽者が許せない。
殺してやろう――そう思う。
己の魂のために、絶対に目の前の偽者が許せない。

キャスターのクラスとして、ジル・ド・レェは召喚されている。
しかし、目の前の小娘を絞め殺す程度ならば、十分な筋力を――彼は持っている。
手を伸ばす、かつて求めた少女と同じ顔の女を殺すために。


「ジル……助けてくれて、ありがとう」


それは決して、少女が言わなかったであろう言葉だった。
伸ばした手が、力を失い、だらりと垂れる。
涙が、流れる。

「私は……貴方を助けたかった」
「わかっているわ」

「憎いのです……貴方を助けられなかった私も。貴方を助けなかったモノも」
「わかっているわ」

「私は、貴方が決して言おうとはしない言葉を聞きたかった。
自分の運命を憎んで欲しかった、自分の運命に抗って欲しかった……私に……助けを求めてほしかった……」
「……ジル」

ジャンヌは、ジル・ド・レェを抱きしめて、つま先を伸ばし――ジル・ド・レェの耳元で囁く。

「貴方を赦してあげる……だから」
ジャンヌが嘲笑う。
楽しそうに、幸せそうに、嘲笑う。


「一緒に戦いましょう」
「はい……ジャンヌ……」

ジル・ド・レェにはわかっているのだ、目の前の少女が偽者であることなど。
けれど、何故――それに抗うことが出来る。
脳髄が蕩ける――狂気が、狂喜で満たされて――全てを目の前の少女に捧げてしまいたくなる。

泣きながら、笑う。
誰のために泣いているのか、誰のために笑っているのか、わからない。
幸福で幸福でしょうがない、それでも誰かのために泣いていた。
ジル・ド・レェは――再び、聖処女の騎士となった。




「プレラーティ、忌々しい道化。
でもいいわ、赦してあげる。
貴方に奪われたモノは、今まさに取り戻してやった。
今度はちゃんと戦争を起こしてやるわ」


群れをなした狼の如く、統率された異形の集団。
その牙は鋭利なナイフのように、人肉を喰らい千切り、
その鋭く長く伸びた爪が眼球に刺されば、コルク抜きのように眼球を引き抜くだろう。
だからこそ、アナタは衝撃を受けざるを得なかった。

アサシンのジャンヌ――アナタと行動を共にする彼女は、
その頭目を瞬殺し、異形の集団を恐怖で退散させた。

「……相手が軍団でちょうどよかったわ、ボクの力は軍団にこそ発揮できるんだから」
軍団にこそ発揮できる力――アナタはどういうことか彼女に尋ねた。

「えーっと、宝具っていう必殺技がね、ボクの思い出でバーっとなるから、
ボクの思い出的に、相手との相性がちょうどいい……みたいな」
アナタはなるほど、と曖昧に微笑んだ。
なんという説明だろうか、何を言っているのかまるでわからない。

「ボクはね、あっ!相手のリーダーをボコボコにするのが上手いんだよ!!」
我が意を得たり、とアサシンのジャンヌはキラキラと笑っている。
アナタも先程よりははっきりとした表情で笑い返した。
やっぱ笑いの力って大事。

「さて、今から逃げた奴らを追って敵を殲滅させましょう!」
アナタは思った、そうか殲滅ってそんなキラキラした笑顔で言えるものなのかと。
しかし、そういうこともあるだろう。とアナタは思う。
意味の分からないことは世界に転がっているさ、女の子だってキラキラした笑顔で殲滅とか言い出すさ。
アナタは異形の集団を追うアサシンのジャンヌを追って駆け出す。
アサシンのジャンヌ、足が速いので、アナタは全力で駆ける。
脇腹が痛いし、数十メートルぐらいなのに呼吸が荒くなるし、めっちゃ吐き気がする。
しかも、砂浜なので、ものすごく砂に足を取られる。
辛い、とても辛いけど、頑張って走る。
アナタは頑張って走り、とうとう敵の本拠地に辿り。

「ああ!何か考えてる途中で悪いけど、敵が現れた!」

辿り着きたい。


BACK TOP NEXT
カニバリズム カーニバル 幻創神話領域 青森

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年05月27日 01:27