◆
「あァ……腹減ったなァ」
「親父ィ!さっき雌肉食ったばっかりじゃねぇか!!」
「それも一番上手い部分!若い雌肉の霜降る部分!!濃縮された雌の部分!!男を惑わす尻と乳!!」
「何時だって、俺は空腹なのさ。あぁ、なんて可哀想な奴、どれだけ喰っても喰い足りねぇんだ」
倫理に反する背徳の宴が終わった後の洞窟では、相変わらず親父と呼ばれた男が王のように君臨し、
それを取り囲むようにして、異形達が、男のご機嫌伺いをしたり、性交を行ったりしている。
「……ところでよォ、俺の可愛い糞ガキ共。
一度喰ったら忘れられない味っていうのが、この世界にはたったひとつだけある。わかるか?」
「脳髄?」
「骨髄?」
「脊椎脊髄?なんだっていいぜ骨の髄までしゃぶり尽くせば、何時だって素敵なディナータイム!」
ハァ……と男は大きなため息を吐く。
自分の子供とは言え、話が通じない。その気がない。
頭の中は食い気と色気、そしてこの家族の論理だけ。
余計なものが侵食する余地はない。
「一度喰えば、罪の味っていうのは忘れられない。病み付きになっちまう。
これだけは残念だよ、お前らは母乳と人肉で育ったから、倫理ってモンを知らない。
だから罪も罰も無い、あるのは生と死だけだ。まったく愛おしくてしょうがねぇよ」
男は立ち上がり、洞窟の奥の食料貯蔵庫へと向かう。
食料貯蔵庫とは言っても、子沢山の一族である。人肉は獲ったらすぐに食べ尽くしてしまう。
だが、唯一保存が必要なものがある。飲物だ。
男たちは基本的に人間由来の食事しか取らない。それ故に喉を潤す飲料も血か乳、それに限られる。
そのために、出産間もない異形の娘か――あるいは攫ってきた妊婦を、常に肉樽として常駐させている。
「……俺らみたいな奴に、愛情を喰い物にされる気分っていうのはどうなのかね。まァ、知ったこっちゃねェがな」
男は年若い女性の乳首に齧りつき、乳を吸い上げる。
自分の人肉の中身を人乳で満たす。人でなしの自分を人で満たす。
「あァ、腹減った……っていうか、サーヴァントでも腹減るってさァ?おかしくねェ?
俺は一体何人喰えばいいんだ?あとどんだけ喰えばいい?
腹減って、しょうがねぇ……あァ、クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ」
気づくと、男は女性の乳房を噛み千切り、咀嚼していた。
クチャクチャと音を立てて、何度も何度も肉を噛む。
ドロドロになるまで、咀嚼し、飲み込む。
「親父ィ!敵襲だ!!」
「……あァ?」
息も絶え絶えに男の元まで駆けつけて来た異形の心臓を掴み、男は口に運ぶ。
手は異形の血液で濡れている。イライラが食欲に変わって、獲物も家族も、平等に口に運んでいる。
「あァ、クッソ……可愛い糞ガキ、お前なんざ喰ってもちっとも哀しかねぇ。
けど、これで俺が俺に戻ってくる……俺の成分が俺で満たされる……
長生きしてェ……死にたくねェ……あァ……畜生……ヤってやるよ畜生……」
異形の腹部を手刀で掻っ捌き、内蔵を貪る。
眼球、鼻、耳、そこまで食べ終わったところで、異形の死体を食料貯蔵庫に置きっぱなしにする。
「腐るまでに、ケリつけてやるよォ……」
◆◆
「腹減ったなァ……最後に何か喰ったの何時だったろうな……まァ……いいや……一緒に死のうぜ、お前が隣にいりゃ、それなりに幸福だよ」
「……死なずに済むアイディアがあるんだけどさ……ちょっと聞いてみない?」
「何だよ、言ってみな」
◆◆
アサシンのジャンヌが、手斧を振るう度に――異形の頭が、ザクロのように弾ける。
既にアナタとジャンヌは、洞窟内に侵入し――戦闘を開始していた。
踊るように手斧を振るう、その度にスカートがふうわりと揺れる。
たん、たたんたたん、たたたたたん。
たたたん、たたん、たたたたたん。
リズミカルに音を立てて、ステップを刻む。
リズミカルに音を立てて、斧で刻む。
「死ねェェェェ!!!」
「肉喰わせろォォォ!!!」
「甘いッ!!」
たんたんたたん、たたたたたん。
たんたたたたたん、たたたたたん。
「ふざけるなァ!なんで肉如きが俺たちを殺せ……」
「……ボクは聖女ってほど優しくない、家畜扱いされるとイライラしちゃうんだよ!!」
怒りを込めて、ジャンヌが異形の頭に手斧を叩き込む。
しかし、ジャンヌへの攻撃は四方八方から止むことはない。
まるで無限に兵力があるかのように、異形達は現れ続ける。
たん、と避ける。たん、と叩き込む。
時折、攻撃が当たる。
大ぶりの爪がジャンヌの肌に傷をつける。
ジャンヌの腕を噛み千切らんと異形の牙が彼女を襲う。
たんとステップを踏んで、ギリギリで躱す。
薄皮一枚、切れる。血が滲む。
アナタに今出来ることは何もない。
ただ、彼女に守られるまま、彼女が戦う様を見ていることしか出来ない。
強いて言うなら、洞窟に転がっている拳大の石を異形に投げつけることぐらいだ。
「やれやれ、キリがない……けど!
こういう戦いこそが、ボクの本領を発揮する機会だ!!
出てこいリーダー!!早く来い!!
お願い!!なるべく早く!!」
◆◆
「お前を忘れたくなんか無い、俺の中にいるお前を消したくなんか無い。俺は一体どうすればいい……
いや、なんだ、単純なことだ!薄めなきゃいい!!濃くすりゃいいんだ!!
お前を忘れない!!お前を薄めたりしない!!お前を死なせたりしない!!
生き続けてやるよ!!何時までもな!!」
◆◆
洞窟内部にコツコツと響き渡っていた足音が突如として消える。
親父と呼ばれていた男の足が止まる。
「どうしたんだよ親父ィ!!アンタも直接喰いに行くんじゃ!!」
「……いや、引き返すぞ。俺が行くのはマズイ……そういう予感がする」
「えェ……!?勿体ねぇよ!!なんかアレだろ!?サーヴァントって特上肉なんだろ!?
親父が一番に齧りつきに行かなくていいのかよ!?」
「……静かにしな」
男は精神を集中させて、今目の前に広がっていない光景を見る。
男の五感は、その気になれば自分の子どもたちと同調させることが出来る。
普段は面倒であるために、行ってはいないが――襲撃なぞという事態ともなれば男も用心のために、情報を取り込む。
『やれやれ、キリがない……けど!こういう戦いこそが、ボクの本領を発揮する機会だ!!
出てこいリーダー!!早く来い!!お願い!!なるべく早く!!』
「……アホなのか?こいつ」
聴覚を今まさに殺されている子どもたちと同調すれば、ジャンヌの声が聴こえる。
そこまでリーダーを懇願されれば、行く気も失せる。
「なーなー親父ィ」
「……」
「親父?」
◆◆
「…………」
「安心しろ、獲って喰いやしねぇよ。お前を犯して、子どもを作るだけだ」
「…………」
「結構住み心地の良い洞窟だろ?ちゃんとメシも獲ってきてやるからな」
「……あのさ」
「何だよ」
「他の女のことを考えながら、私を犯すわけ?」
「……けッ、選ぶ女間違えたかァ?」
「大丈夫、アタシはどうでもいいよアンタのことなんて、とりあえず生きていられりゃそれでいい」
「ほーん、気が合うな。俺も生きていたいだけなんだ」
◆◆
鋭い爪が、とうとうジャンヌの腹部を貫く。
一瞬の油断と言えば、あまりにも残酷すぎる。
休む間もない、連戦を強いられ続けているのだ。
それも、アナタに敵の手が及ばないように。
「……ッ!」
血を吐き捨てて、再度ジャンヌは手斧を構えるも、
援軍として現れた、異形がジャンヌの手を喰らう。
手が消える。
足を喰らう。
足が消える。
四肢が無くなる。
異形の間で歓喜の渦が広がる。
アナタは叫んだ。
次は自分が殺されるという恐怖ではない。
悔しさと怒りを込めて、叫ぶ。
しかし、どれほど怒ろうとも、どれほど叫ぼうとも、アナタに戦う力はない。
「……だからって、負けてたまるか!!
最期まで抗ってみせる……絶対に戦い続けるっ!!」
ジャンヌが叫ぶ。
絶対に勝てないとわかっていても、唯一の武器である手斧が地面に転がっていても。
それでも、負けを認めて安らかに死んでやることはしない。
ジャンヌは己を担ごうとした異形に噛み付く。
アナタも、石で異形を殴りつける。
大して効果はない。
それでも最期まで諦めたりはしない。
そうだ――アナタは、決して諦めなかった。
力不足故に、出来なかったことは山ほどあった。
捨て去ってしまったものは星の数ほどあった。
それでも――諦めることだけはしなかった。
それでいいと思うことだけはしなかった。
アナタは――令呪が刻み込まれた腕を強く握った。
◆◆
「一緒に幸せに死ぬだなんて、ゴメンだよ。腹減ってんだろ、喰いなよ……人の肉でも何でもさ」
「……俺にお前を喰えってか?」
「違うよ、先に死んだ方を食べるんだ。君が死んだら私が食べる。一緒に死ぬのもゴメンなら、餓死だってゴメン。
だから……」
◆◆
「令呪を以て命じる――」
アナタの口から言葉が溢れ出す。
知らないはずの知っている言葉が、溢れ出す。
拳が熱を帯びる。令呪が光を帯びる。全身に意思が宿る。
戦いは終わっていない――ここから始まるんだ。
ジャンヌの失われた四肢が、再び現れる。
流れる血と共に失われた熱が、力が、再び――ジャンヌに宿る。
「うおおおおおおおおおお!!!!!」
刹那、ジャンヌが手斧を拾い上げ周辺の異形の頭を砕いて回る。
「ボクは……ボク達はお前なんかに負けやしないよッ!」
◆◆
「最期まで抗ってやろうよ、ねぇ……」
◆◆
「苛つくんだよ、アイツと同じことを言う雌肉が……
お前だけは直接殺す……宝具を解放してやるさ……ッ!行くぞッ!!」
◆◆
「ソニー・ビーンッ!!」
「ソニー!!」
『人の業の一族、産み増やせ罪の子どもたち 【ソニー・ビーン・ファミリー】ッッ!!』
◆◆
果たして百か、千か、いや万か。
近親相姦を続けたことによって、生まれ続けた異形の集団――ソニー・ビーンの食人一族が展開され続ける。
それが、ソニー・ビーンの宝具である。
そして、ソニー・ビーンは駆けた。
餌ではない――敵に向かって、駆けた。
子どもたちの集団と共に――永遠に生きるための自分自身の予備と共に、
自分の中に取り込んだ初恋の人を、永遠に生かせ続けるための予備と共に、
どこまでも――敵に向かって駆けた。
杉沢村はそのコアとなるサーヴァントの心象風景に依存する異界である。
ある殺人鬼は、近代ヨーロッパの街並みを。
ある殺人者は、刑務所を。
そしてある殺人鬼は産業革命直後のスモッグに包まれたヨーロッパの街並みを。
そして今、ソニー・ビーンの杉沢村は。
洞窟のない、どこまでも続く砂浜を。
ソニー・ビーンの狩場を展開していた。
「苛々するんだよ……ッ!お前らを見ていると腹が減るんだよッ!!
喰っても……喰っても……満たされねぇんだよッ!!邪魔なんだよお前ら……ッ!!
喰わないでいられるようなお前らが……ムカつくんだよ!!」
ジャンヌも、アナタも。
ソニー・ビーンにとっては、肉を喰らうこと無く――最期まで戦い続けられそうな人間に見えた。
飢えて死ぬのを待つような弱い人間には見えなかった。
自分とは違う。
だから――自分の選択を否定させないために、何をしてでも殺さなければならなかった。
「死ねェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!」
「大丈夫……ボクのマスター。
敵が万の軍勢であろうとも、決して負けはしない。
ボクは抗う者。
英雄でもなんでもない、けれど立ち上がれる者。
物語がめでたしめでたしで終わったりせず、死ぬその時までただ生き続けるだけの普通の人間。
生涯に一度、戦うべき時に、勇気を振り絞って、戦おう。
ボクの手斧【アシェット】は――敵の長をこそ、討ち滅ぼす!!」
『立ち上がるための勇気の手斧【ジャンヌ・アシェット】ッ!!』
ジャンヌの手斧【アシェット】が、まるで聖剣であるかのように――光を帯びて、巨大化する。
シンプルな――あまりにもシンプルな宝具だ。
敵の軍勢の長に向けられる宝具。
相手の軍勢が多ければ多いほど、強ければ強いほどに、其の威力は増して行く。
ジャンヌは光の斧を横薙ぎに振るう。
万のソニー・ビーンの子どもたちの胴体を切断し、そして――ソニー・ビーンの胴体を切断する。
再びソニー・ビーンの杉沢村は洞窟に戻る。
ソニー・ビーンは敗北を認めた。
「……腹、減ったなァ」
再び死ぬのも時間の問題である。
ソニー・ビーンは、上半身だけになりながら、ぼんやりと死ぬのを待っていた。
もう何も腹の中に入れることは出来ない。
入れた側から、すぐに漏れていくだろう。
戦いを終えたジャンヌとアナタは、ソニー・ビーンの前に立った。
「なァ、後生の頼みだ。なんかくれねぇか?腹減っちまってさ。
なんか喰わせてやりたいんだ、俺が生きていないと、アイツ死んじまうんだ。
餓死しちまったちっぽけなガキのことなんて、俺しか覚えてないんだ。俺が覚えてないといけなかったんだ」
アナタは何も言わず、ただソニー・ビーンの手を握った。
「……あァ?」
「アナタはボクにとってもマスターにとっても、ただの敵でしか無い。
でも、お腹が空いたら辛い気持ちは、ボクにも、マスターにもわかるよ」
何もあげられるものはないから、アナタはただ手を握った。
体温が失われゆく男の手を握った。
「……俺、本当は喰いたくなかったんだ。ただ、一緒に手を握ってたかったんだ。
でも、アイツの手がどんどん冷たくなってってさ。生きたいと思っちまった」
「アナタだけじゃない、アナタに殺された人たちは、みんな……生きたかったんだよ」
「そうだな、忘れてたんだ。忘れたくないこと以外は、全部捨てちまってたんだ」
「なァ……また何時か、手を握ってくれよ。
そん時だけは空腹を忘れられ……」
【杉沢村のバーサーカー 撃破】
◆◆
「……どこにいるの、わたしのこどもたち」
そう言って、彼女は妊婦の腹を持っていたナイフで開きました。
しかし、当然――彼女の子どもは其の中には入ってはいません。
「……おかしいわね、こんなどうくつなら。
こどもたちはきっとひみつきちにするとおもったのだけれど。
んん……あら?においがするわ。いいにおいがする。
まって……わたしのこどもたち、いまあなたのもとへいくわ」
最終更新:2017年05月31日 20:31