次なる戦いのために


先程までいた、砂浜が――やはり、洞窟の風景に戻る。
だが、それすらも――小さい変化に過ぎない。

空間にヒビが入る。
まるで鏡を割ったかのように、今ここにある世界が反射されたものに過ぎないのかのように。
ヒビというものは、平面的に発生するものであるが、どうも立体的に――どこまでも、どこまでもヒビが続いていく。
ヒビそのものに手が触れられそうな程に、割れていく、割れていく、割れていく。

「杉沢村の核……ソニー・ビーンを撃破したから、彼の杉沢村が壊れていくんだよ。
そして、完全に壊れきったら……ボク達の世界として完成されるんだ。杉沢村伝説って知ってる……?」
アサシンのジャンヌ――ジャンヌ・アシェットが全てを知っている様な顔で、世界の崩壊を見ていく。
何かをやり遂げたという充実感も無ければ、壊れゆく世界に対する恐怖感も無い。
アナタは、ジャンヌ・アシェットの問いに対して杉沢村伝説を知らないと応える。

「一人の村人が突然発狂し、村民全員を殺して自らも命を絶つ……っていう伝説が残ってる村、
だから、今発狂した村人役のソニー・ビーンが死んで……今、杉沢村は完成したんだよ。
ソニー・ビーンのものでないものとして」

アナタは目を見開き、口を手で覆った。
信じられない――ジャンヌ・アシェットが随分流暢に、解説を行っている。
戦いを見た時ですら、これほどの衝撃は受けなかっただろう――汗が頬を伝い、消え行く岩肌に染み入る。

「な、なにその顔!?ボクだってやる時はやるんだよ!!」
ジャンヌ・アシェットは頬を膨らませて、アナタの方を向いた。
握りこぶしから、白い紙切れが顔を出している。
なるほど――と、アナタは思った。

「とにかく、この世界は――ボクとマスターの領域になってる。
そして、このボクの領域を奪おうとして……敵が来るよ、今みたいな殺人鬼じゃない。
聖杯戦争に挑む者たちがね……!」

「……あら」
崩壊する世界。
ガラスの破片が降り注ぐように、世界の破片が降り注ぐ世界で、
アナタとジャンヌ・アシェットのみがいる世界で――アナタ達は出会った。
コツコツと足音を鳴らして、洞窟の最奥から歩いていくる――マタニティドレスの女性。
愛おしげにお腹を撫でる、アイスブルーの瞳を持った、どこまでも慈愛に満ちた表情を浮かべた女性。
腰まで伸びた銀髪が、風も無いのにさらさらと揺れる。
口元が緩んで――涎が垂れる。
アナタ達に出会った、女性は笑う。

「こんにちは、いいてんきね」
全身を返り血で濡らして、殺人鬼は――笑う。
ジャンヌ・アシェットが手斧を構えた瞬間、女性は既に駆けていた。
女性が左手に構えたナイフとジャンヌ・アシェットの手斧が一刹那の間に、何度も何度も交差する。
何度も何度も何度も何度も交差を繰り返した末に、ジャンヌ・アシェットが手斧を離す――と同時に、女性の左手首を掴む。
そして、己の側に引き寄せて、ヘッドバッド――額が割れる程の頭突きを見舞う。
女性の視界が揺れる――肉体が膝を付いてその場に崩れ堕ちながらも、女性は笑う。
右手は既に新しいナイフを構え――ジャンヌ・アシェットの腹部を裂いていた。

「……わたしのこどもをとりだ」

世界が消える。
戦いの結末すらも置き去りにして。
次に目を見開いた時、アナタ達は青森に戻る。


「……貴方が何をしたいのか、今一わからないんですよね」
アヴェンジャーのジャンヌが、頬杖をつきながらコーヒーとミルクをかき混ぜている。
昼間から閑散としたファミリーレストラン、今日も扇状的な衣装のウエイトレスが暇そうにカウンターに詰めている。
席は喫煙席の隅、窓側の席と正反対に位置する店内の最奥だ。
「……ふむ?どういうことかな?」
「貴方はキリストを作りたいと言っていました、しかし……どうもこの聖杯戦争とキリストの復活につながらないように思えるのです」
「……続けて」
「今、我々以外の誰かが杉沢村を自分の領域に塗りつぶしました。
そして、そのうちピラミッドのキャスターも、クソジャンヌビッチ野郎も同じように自分の領域に塗りつぶすでしょう。
それで……?それでどうなると言うのです。
四つの異界を全て自分の認識で塗りつぶせば、それなりの力を――いや、それこそが聖杯といえるでしょう。
しかし、キリストを作って、そこから本物の聖杯を新たに作ることと、杉沢村の力を合わせること、どうもつながらないように思えます。
そもそも……ピラミッドのキャスターとジャンヌを名乗る精神異常雌犬のどちらが勝とうとも、キリストの誕生にはつながらないのでは?」
ルーラーは、ドリンクバーで作ったアップルジュースとオレンジジュースとコーラを混ぜたものを一息に飲み干し、言う。
「……君が言いたいことは?」
「貴方が言う、聖杯戦争……ただの遊びでは?」
「それは違うよ」

ルーラーはコップを持って立ち上がり、ドリンクバーへと向かう。
アヴェンジャーのジャンヌに背を向けたまま、ルーラーは言葉を続ける。

「さて、なんと言うべきか。
杉沢村の奪い合い自体は、ただの聖杯戦争の過程に過ぎない。
そう……冬木における聖杯戦争で、サーヴァントが死ぬごとに聖杯の器が満たされるように……」
そう言って、ルーラーはコップをコーラとコーヒーで満たす。
そして、ぐるぐるぐるぐるとスプーンでかき混ぜる。

「聖杯戦争は聖杯を完成させる……いや起動させると言うべきか、まぁそういう戦いであって、勝者が聖杯を手に入れるのは結果論にすぎない。
まぁ、最初から聖杯が存在するトーナメント制の聖杯戦争なら、別だろうがね」
そう言って、ルーラーはドリンクバーの直ぐ側でコ―ラとコーヒーの混合物を飲み干し、コップにアップルジュースを注ぐ。

「まぁ、始まったばかりのことだ……のんびりと見ていたまえ、ジャンヌちゃん」
そして、ふと思い出したかのようにルーラーは新しいコップを取り出し、アップルジュースをもう一杯注ぐ。

「おっと、私としたことが……マスターの分のジュースを注ぎ忘れるだなんて、申し訳ない!いやぁ失敬失敬」
「……いや、別に気にしちゃいないよ」
アヴェンジャーのジャンヌの隣で、オムライスを食べていた人間が、ルーラーの声にゆっくりと顔を上げる。
顔を見ればはっきりと日本人とわかる人間だ。
特筆するほどの美形でもなければ記憶から消したくなるほどの醜面でもない。
性別はアナタと同じ、体格も似たようなものだ。
ただ、格好だけは――葬儀の席であるかのように、喪服を纏っている。

「しかし、驚いたなぁ。ルーラー、君ってやつは結構良い人なんだね。
リンゴジュースを持ってきてくれるだなんて」
「僕ほどマスターに対する思いやりに満ちた存在はいないさ、そりゃもう終末が訪れたら真っ先に助けに行くよ、最後の大隊と共に」
「そりゃあどうも」
それにしても――とアヴェンジャーのジャンヌは、マグカップを持って立ち上がる。
「なんでこんな普通の人間がいるのかがわからないんですよね、それも……貴方がマスターと呼ぶような人間には思えませんが」
「……普通の人間こそが、僕を呼ぶのさ」
アヴェンジャーのジャンヌが、マグカップにコーヒーを注ぐ。

ゴポゴポと音が流れる中、アヴェンジャーのジャンヌは――オムライスを食べる人間に尋ねる。

「貴方、そう言えば何ていう名前だったかしら」
「藤丸立香……いい名前だろ、爽やかで男でも女でも通用する」

藤丸立香は、アナタと同じ顔で笑った。

BACK TOP NEXT
幻創神話領域 青森 始まりの終わり

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年05月31日 22:35