第2節:瀟洒な敗者



突然始まった甲板での戦いが終わり、剣呑な雰囲気が完全に霧散した頃。
天下に名を轟かせた大海賊達に単身で戦いを挑むも敗北するに至ったランサーに対し、立香達は自分達の立場を説明していた。

自分達がカルデアに所属するマスターとサーヴァントであること。
この世界が、特異点という異常だらけの空間と化していること。
そして自分達はこの世界を正常に戻す為に、戦艦〝土佐〟を止めようとしていること。
ついでに立香と共にやってきた英霊二名の真名。

それらの情報を包み隠さず、正直に伝えたのである。
するとランサーは、さながら偏頭痛に悩まされているかの様に片手で額を押さえて静かに唸り、

「それは……悪いことをしたね。謝らせてくれ。ごめん」

と言って、静かに腰を折った。
そして再び顔を上げると「そういうことならば、ボクにも協力させてほしい」と続ける。
そんなランサーの瞳の奥から真摯な思いを感じ取ったため、立香はその懇願を拒絶しなかった。
大体、そもそもこのランサーは〝土佐〟を操っている者の正体を特定したがっていたのである。
即ち今ここにいる四人の目的は、見事に一致しているのだ。協力してくれるというなら、拒む理由などない。
立香は「じゃあ、そっちの境遇を教えてほしい」とランサーに問う。
するとありがたいことにランサーは、とつとつと語りはじめた。

「ボクは気付けばこの戦艦に召喚されていた。マスターが存在していないにも関わらず、だ」

曰く、ランサーはいわゆる〝はぐれサーヴァント〟であった。
故に当初はその特異点に現れた理由を見出せず、考えを巡らせながら船内をうろついていたらしい。
しかし転機は突然に訪れる。そう、ランサーはこの戦艦〝土佐〟が自衛隊や在日米軍の戦力を粉砕する地獄絵図を目撃したのだ。
それを明らかな異常事態と見たランサーは、ここで自身が成すべきことに思い至った。

「何かよくないことが起こると本能的に感じ取った。だからボクは、この巨大な戦艦を止めなければならないと考えたんだ」
「だから俺達を襲ったというわけか。ライダーで海賊となれば、船で酷いことをしてもおかしくないと思って」
「理解が早くて助かるよ。立香にドレイク、そしてティーチといったかな? 本当にすまなかった」
「無理もないとはいえ、傷ついちゃうでござるなぁ。拙者はもう立派に綺麗な黒髭なんですぞぉ?」
「何言ってんだい。いつかにゃ散々アタシらの邪魔をしてくれたってのにさ」
「それを持ち出すのは反則ですぞBBA。大体あのときの禍根はもう時間神殿の感動的な合体宝具シーンでチャラになってますぅー」

故にランサーはこちらに敵意を向けてきた、というわけだ。

「まぁとりあえずそこの夫婦漫才はほっといてだ……俺はランサーのことを信じるよ。もう仲直りだ」
「……ありがとう。武士として、この恩は必ず返すと誓おう」
「じゃあ、一緒に戦ってくれるってことでいいのか?」
「当然だ。よろしく頼むよ、マスター」

全ての辻褄が合い、なおかつ今のランサーにこちらへの敵意がないと感じ取ったため、立香はランサーの片手を取る。
そして両手でしっかりと握手をすると、白い歯を見せて笑った。するとランサーも涼風のようにクールな笑みを返す。
するとここで、カルデアから通信が入ってきた。声の主はダ・ヴィンチだ。

『ところで立香君。そのサーヴァントの真名を確認しなくてもいいのかい?』

ああ、そういえばすっかり忘れていた。今まで多くの英霊が自分から真名を名乗っていたからかもしれない。
立香は心中で「しまったしまった」と呟き、早速ランサーに真名を問う。するとランサーは背丈を超すその槍を肩に担ぎ、言った。

「ボクは元親。かつて四国を統一しながら、様々な選択を誤ってしまった愚かな武士……〝長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)〟だよ」

長宗我部元親。
この長すぎるせいで逆に声に出して言いたくなる名前は、どこかで聞いたような気がするが、どうにも思い出せない。
故に立香は思わず首を傾げてしまうのだが、それを見たランサー改め長宗我部元親は、それなりにショックを受けたらしい。
立香達の前で自嘲的な笑みを浮かべると「まぁ、敗北者だからね……」と項垂れてしまう。
すると、そんな様子を見て流石にまずいとでも思ったのか、通信越しにマシュが話しかけてきた。

『先輩。長宗我部元親という人物は、戦国時代の武将です。つまり信長さんと同期ですね』
「えっ!? あっ、そういえばさっき武士って言ってたぞ! それに長宗我部ってあれか! あのぐだぐだだったときの!」
『そうです。エミヤさんがあの時空に呑み込まれてしまったときに、彼が元親さんの役割を担っていました』

ここで立香は思い出した。そうだ、どこかで聞いたような気がしたのも当然である。
何せ信長と初めてレイシフトした先でエミヤが〝長宗我部エミ親〟というトンチキな名前で登場していたのだから。
それだけではない。あの織田幕府とかいう訳の分からない世界に飛ばされたときにも〝謎の長宗我部ヒロインX〟が現れていた。
立香はぼそりと「なるほどねー……」と口にする。しかし、それでもまだ長宗我部元親本人が何をした人物なのかは思い出せずじまいであった。

『元親さんは土佐、今で言う日本の高知県で生まれた戦国武将です。元々土佐は多数の勢力がひしめき合う地だったのですが、
 家督を相続した元親さんはそれらを撃破し、まずは土佐一国を統一。最終的には四国全土を統一し、長宗我部家のものとしました』
「えっ、凄いじゃん!」
『しかし信長さんとは反りが合わず、一度侵攻されそうになっています。とはいえ、その直前に本能寺の変が起きたのですが……。
 ちなみに元親さんと信長さんの間を取り持っていたのはあの明智光秀だったので、本能寺の変の理由の一つに〝四国説〟というものがあります』
「それが本当ならキーパーソンじゃん!」
『ですが後で強大になった秀吉軍に降伏しています。その後は秀吉の指示のもと、長宗我部水軍などで彼の天下統一をサポートしました。
 しかし九州征伐にて、自分の跡継ぎにと考えていた長男が戦死してしまい……覇気を失った元親さんは内輪もめを起こした後、病で没しました』

ああ、だからちょっとマイナーなのか……。
立香は変わらず項垂れている元親を眺めながら、心の中でそっと呟いた。
同時に、元親からさっきまでの覇気が失われているようにも感じた。
マシュによる最後の説明が丁寧かつ、はっきりしすぎているせいかもしれない。
あの、もう少し手心というかなんというか……。

「ま、マシュ……あの、あれだ。ちょっと元親がへこんでるから……いい話とかないの?」
『そうですね。では元親さんの逸話の一つにこんなものがあります。ある日元親さんは、秀吉さんのパーティに誘われました』
「あ、ああ! それで、どうなったんだ!? マシュ!」
『その際にお饅頭が振る舞われたのですが、元親さんは端を千切って食べると、そのまま残りを紙に包んでしまいます。
 そこで秀吉さんに何故だと問われたところ、元親さんは〝有り難いお饅頭なので、持って帰って家来にも分けます〟と言ったそうなんです』
「ええ~!? 元親、それ本当なの!?」
「え? あ、ああ……確かに持って帰ったけど」
「いい人じゃん!」
「ええ……?」
『そもそも元親さんが土佐だけでなく四国全土を統一したのも、土佐一国だけでは民を養えないからと考えたためと言われています。
 更に敵軍に兵糧攻めをする際に〝現地民が可哀想だ〟と考えて、稲を刈る量を少なくしたという話もあります。基本的に、いい人なんですよ』
「本当だよ! いい人じゃん!!」
「そ、そうかな……? ボクはただ、皆には色々苦労をかけたからと思っただけで……そんなに、大げさなことかな……?」
「いい人すぎるよ! あのノッブ……信長とか、俺や英霊達を散々に振り回してばかりだからね! 元親は遥かに人格者だよ!」
「は、ははは……調子がよすぎるよ、マスター。さっきまで何も知らなかったのに……でも、悪い気はしないな……」

しかしマシュは人を持ち上げるときも丁寧かつはっきりしているので、おかげで元親もどうにか覇気を取り戻してくれたらしい。
一時はどうなることかと思ったが、これでなんとか一安心である。
しかし、それにしてもだ。

「ノッブに続いて、四国の覇者までもが女の子だったなんて……もしかして戦国時代って、ハーレム状態だったのか?」
「何それ素敵! 拙者戦国時代行きたい行きたーい!」
「アンタはいっつもぶれないねぇ。どうせ色仕掛けにかかっておっ死ぬのがオチさね」

こうなると戦国時代、男の方が遥かに少ないんじゃないか?
今川義元とかも怪しくなってきたぞ? と、顎に片手を当てながら立香は考える。
だがそうしていると、元親が「やはり勘違いされるか」と溜息をついた。
勘違い? 一体どういうことだろうか? 立香は再び考える。すると、

「こんな顔立ちと服装ではあるが……ボクは正真正銘、男だよ?」

とんでもない爆弾がぶん投げられてきた。
立香の脳が、一時ストップする。だがすぐに再起動すると「何故に!?」と叫んだ。
そう、ここが戦場であることを忘れ(船上なだけに!)、叫んでしまったのである。
一方でティーチも「嘘だと言ってよバーニィ!」と謎の言葉を発している。何かのアニメだろうか?
ドレイクはというと、立香達とは違ってとても落ち着いているようだったが、怪訝そうに目を細めていた。

「キミは魔術師だろう? ボクのステータスとやらを確認してみればいい」

立香は言われるがままに元親のステータスを確認する。かつて聖杯戦争で多くの魔術師がそうしたようにだ。
すると確かに元親は男であった。しかし顔立ちや衣装もそうだが、体つきもほぼ女性のそれに近いのはどういうことか。
一体彼に何があったのだろうか……と、立香は考えを巡らせる。すると、あることに気付いた。

「〝無辜の怪物〟が、ついてる……?」

そう。元親は英霊の姿形や生き様をねじ曲げてしまうスキル、無辜の怪物を所持しているのである。
まさかこれが原因なのだろうか? いや、そうに違いない。立香はそう結論づけると、マシュに元親の逸話を更に要求した。

『無辜の怪物がついてしまうような逸話、ですか……だとするとそれは恐らく、彼が背負った蔑称によるものでしょうね』
「蔑称……? 悪口ってことだよな? こんないい人が、何言われたんだ……?」

乱世の敗者となってしまったのはともかくとして、基本的にいい人であるはずの元親に一体何が……と、立香は戸惑う。
するとマシュが口を開く前に「そこから先はボク自身の口から説明させてもらおう」と、他ならぬ元親自身が話を始めた。

「幼い頃……まぁ今のこの姿も充分幼いけれど、それは別として……ボクは外でやんちゃな遊びをすることがなかった。
 それに加えて色白でひょろりとしていたものだから……当時、周囲の者達から〝姫若子〟と揶揄されていたそうなんだ」
「ひめわこ?」
「まるで女の子のように大人しいことから、姫のようだと馬鹿にされていたのだろうね」
「だからってそんな……いや、でもあのアンデルセンだって、酷い呪いを受けているんだもんな……」

やはりランクを問わず、無辜の怪物とはろくでもないスキルだな……と、立香は改めて実感する。

「元親殿元親殿ー! ぶっちゃけ拙者はアストルフォきゅんもありなので、その姿での現界は嬉しさの極みでござりますぞぉ!」

するとここで、特に意外でもないフォローが元親を襲う!

「そ、そうなのか……その、アスなんたら君のことはよく分からないが……ええと、ティーチ、だったかな?」
「ええ! ええ! ティーチですぞー! 黒髭ですぞー! 可愛いもの好きの海賊ですぞー! 勿論、健全な意味で!」
「分かった分かった……そ、その、なんだ。励ましてくれたんだな? あ、ありがとう……あはは……」
「デュフフwwwwwいつかチョーソカベ艦隊と一緒に、そのいけ好かないヒデヨシとやらにリベンジしてやりましょうぞwwwww」
「せ、凄絶で頼もしいよ……」

いや……これはフォローと言えるのだろうか?
元親、まさに誰が見ても納得のどん引き状態である。

「やめてやりな。これ以上続けるならアンタの脛蹴るよ。いや、もう蹴ることにする。はい蹴ったー!」
「ギャラルホルンっ!」
「なんて悲鳴を出してんだい……元親といったね。いざとなったらこいつのことは盾にでもするくらいに考えときな」
「あ、ありがとう……フランシス・ドレイク。キミにも恩を返せるよう善処するよ」
「あっはっは! 本当に律儀だねぇ! 確かにこりゃ、マシュの言う通りのいい人だ! 早死にするんじゃないよ? 気張っていきな!」
「……こんなに気持ちのいい海賊がいてくれたなら、もしかすると本州まで辿り着けたのかもしれないな」

だがドレイクによる本当の意味でのフォローが功を奏したか、元親は改めて覇気を取り戻したようだ。
これならば、いいチームワークが取れそうだ。立香は安堵の溜息をつくと、三人の英霊に「じゃあ船内に行きますかね」と笑顔を向けるのだった。


◇     ◇     ◇


などといった具合に立香達が大いに盛り上がっている頃。

「やばいやばいやばい! あたしってば、ヤバいのに喧嘩売っちまったッスよね!? そうッスよね、お師匠様ぁ~!」

さして広くもなく、なおかつ入り組んだ構造をした船内を疾走しながら、一人の少女が独り言を喋っていた。
その顔色はまるで恐ろしいものでも見たかのように青ざめており、精神状態も大変によろしくない。まさに恐慌状態、というやつである。
とはいえ、彼女がこのような醜態を晒すのも無理はない。
何せ、

「素手で手裏剣とか弾き返してくる女なんて、怖すぎ案件ッスよぉ~~~~!」

師匠の元で培ってきた忍術を結集して放った至高の奇襲が、いとも簡単に防がれてしまったのだから!

「何なんスかこの聖杯戦争ぉ~~~! 明らかに天秤が偏りすぎッスよぉ~~~!」

ぐずぐずと鼻を啜りながら、少女は迷路のような船内を涙目のまま躊躇なく全力疾走する。
彼女はアサシン。暗殺者のサーヴァントである。


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第1節:船上にて 新生禍殃戦艦 土佐 第3節:取り戻せ

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最終更新:2017年06月01日 23:26