第3節:取り戻せ



「せっま」

船内へとお邪魔した途端にこんな言葉を発したのは、他でもないティーチであった。

「せっま」
「何故二回言ったのかな?」
「大事なことなのでー。っていうか……嘘、拙者の身長、デカすぎ?」

確かにティーチの身長ではそのような感想が自然と出てくるのも致し方ないだろう。
しかし至って普通の体格である立香自身も、この〝土佐〟の居住性には一言物申したかった。
というのもこの〝土佐〟内部、部屋と部屋の間を行き来するだけで苦労するほど、小さくまとまってしまっているのだ。
いや、おそらくはこの戦艦だけが特別なわけではないのだろうが、とにかく扉は小さいわ廊下は狭いわと、どうにも気が滅入ってしまう。
さすがは戦う艦と書いて戦艦。兵器であるが故に、無駄は全て削ぎ落とされているというわけだ。

「しっかし中がこんなだと戦いづらそうだねぇ。跳弾も怖いし、一旦短銃は封印かねぇ?」
「およよ。BBAからトリガーハッピーを取り除いたら何が残るというのか。拙者、気になります!」
「そりゃ当然このカトラスでグサーさね、グサー」
「グサーと言えば、元親殿も槍で戦うにはつらそうですなぁ。ピンチになったら、いつでも拙者の胸で泣いてくれていいんですぞ……?」
「そ、そう……」

この〝土佐〟が動いている理由を探るためとはいえ、いきなり船内へと潜り込んだのは失策だったかもしれない。
ここでダ・ヴィンチ辺りが船内の図か何かでも送ってきてくれればいいのだが。

「ダ・ヴィンチちゃん。船内の地図とかは……」
『資料が少ないから厳しいな。何せ、戦闘記録が存在しない標的艦だからね』
『姉妹艦である〝加賀〟も、のちに空母へと改修されてしまいましたから……』
「ダイ・ハードみたいな泥臭い戦いになりそうだなぁ……」

自身が望むようなサポートを受けられそうにない現状を憂い、立香は大きく溜息をつく。
その一方で元親は「世界は敗者に厳しいものだ、ということかな?」と寂しそうに笑みを浮かべる。
するとドレイクは「いい加減にしなよ、元親」と口を挟んだ。

「いいかい? 話によるとこの戦艦は、よく分からない条約のせいで戦いにも出られなかったらしい。
 だからこいつは負けることすら出来なかった、もっと可哀想な船なのさ。でも元親、アンタはどうだい?
 アンタは自分を慕ってくれる人間の為に戦えたんだろ? 後世にいい話も残されてるんだろ? ならもっと胸を張ったらどうさね?」

どうやら、元親の悲観的な言葉が気に入らなかったようだ。
竹を割ったような性格のドレイクからしてみれば、元親の自分自身を卑下する口ぶりにモヤモヤしていたのだろう。

「思い返せば、アンタは最初からそうだったよ。生前負けちまったからって悲観的になって、自分自身を馬鹿にしてばっかりだ。
 そこの黒髭を見てみな? こいつ、生前は海軍にとっ捕まって処刑されちまったってのに、カルデアでもここでも好き放題してるんだよ?
 後は……ああ、信長もアンタの同期だったね? アイツなんか部下に裏切られてるんだろ? なのにいっつもいっつも愉快で元気なもんさ」

ドレイクの言葉に、元親は口を噤んでしまう。
恐らくは信長の話も効いたのだろう。槍を握る白く細い指が、微かに震えている。

「そもそもだ。ただ負けて終わったってだけなら、そもそも英霊だなんていう大げさなものにはなれちゃいないんだよ。
 だからアンタは、誇っていい。背筋をしゃんと伸ばして、堂々としてりゃいいのさ! どうだい、何か間違ってるかい?」
「ボクに……歴史の流れに呑み込まれ、晩年を汚して民に報えなかったボクに、そんな資格が……」
「あるさ。だから見せてやんな。新しく出来たファン……藤丸立香っていうアンタを慕う民に、自分の格好いいところをさ」
「拙者も元親殿のファンになってるんですがそれは」
「アンタはただ性欲持て余してるだけだろ? 面倒だから別カウントさね」

だがドレイクの真っ直ぐな言葉を受けた元親の震えは止まっていった。
そして彼は空いた手で両の目尻を拭い、ドレイクに「ありがとう……キミのおかげで目が覚めたよ」と礼を言う。
きっと、かつて抱いていた自信を取り戻すことが出来たのだろう。
その始終を眺めていた立香も「俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう、ドレイク」と声をかけた。

「なぁに。せっかく出来た仲間がいつまでもうじうじしてるのが、ちょいと気に入らなかっただけさね」

ドレイクは何でもないことのように笑う。
そんな彼女を見て立香は、かつての第三特異点でドレイクが見せたカリスマ性を思い出すのであった……。

……といった具合に、いい雰囲気のままで終われればよかったのだが。
そんな風に特異点が空気を読んでくれるはずはない。

「立香!」

そのことにいち早く気付いたのは、元親であった。
目を見開いた彼はすぐさま立香の傍に近付くやいなや、自身の腕を精一杯伸ばして強引に頭を下げさせる。
すると先程まで彼のうなじがあった場所を、幾多もの手裏剣が通過していった。
元親が気付いてくれなければ危なかっただろう。立香の顔は心なしか青ざめていた。
だが怖がってばかりもいられないので、手裏剣が飛んできた方向へと視線を向ける。

「おんぎゃーッス! なんでギリギリのとこで見切っちゃうんスかぁ!?」

視界に入ったのは、鈍いあかがね色の装束を纏い、現代風の斜めがけバッグを身につけた女だった。
彼女はポニーテールにした黒髪をがしがしと掻きむしりながら、船内に反響するほどの大声を上げている。
見た目からして、恐らくその正体は忍びであろう。だがとてもじゃないが所作からはそう感じられない。
まるであのキャメロットにて、三蔵法師を初めて目にしたときの様である。

「アサシンか!?」
「えーえーはいはいそうッスよ! そりゃ丸わかりッスよね! だってあからさまに忍者ッスもんね、あたし!」

だが相手がアサシンともなれば呑気に構えてはいられない。
こんな狭い場所で暗殺者、それも忍びを相手にするなど、想像しただけでも肝が冷える思いである。
しかも彼女は何の躊躇いもなく立香を、そう……マスターに狙いを絞っていたのだ。
こちらに言葉を返す所作こそ、夢詰め込み放題なほどに空っぽな頭の持ち主が織りなすそれではあるが、慢心などもってのほかだ。
ぼうっとしていたら、ものの数秒で首を取られる。

「すんません。殺さず、犯さず、貧しきから盗らず……ってのが、真の盗人の流儀ッスけど……これは聖杯戦争。遠慮なく、やらせてもらうッス」
「ドレイク、ティーチ、元親! 来るぞ……気をつけてくれ!」
「このあたしに急ぎ働きをさせるなんて、本当に畜生な構造してるッスよねぇ、聖杯戦争ってのは! マジでイライラするッス!」

そこで立香はすぐにつまらないプライドを捨てて、サーヴァント達に護ってもらうよう集合をかける。
まずは狭い廊下に三人を横向きに並ぶよう頼み、進路を防ぐ。名付けて、即席テルモピュライ付け焼き刃スペシャルの陣である。

「ウゲーッ! や、やっぱり三対一とか卑怯じゃないッスか!? さっき会った奴らにも二人がかりで反撃されたってのに!」
「さっき会った奴ら……? ちょ、ちょっとアサシン! それってどういう……」
「しかもよく見たら三騎士っぽいのが一人混じってるじゃないスか! もう! なんなんスか! んもう!」

だが陣が完成した瞬間、アサシンは気になる情報を叫んだかと思うと高く跳躍した。
するとあら不思議。なんと彼女は逆さになって天井に立っているではないか! 確かにこの動き、本人が言うようにあからさまに忍びである!
と、感心している場合ではない。立香が驚いている間に、アサシンは即席以下略の陣を反則技で越えようとしている。
やはりマスター狙いなのは相変わらずらしい。だがここでいち早く対策に出たのは、やはり元親であった。

「待っておくれよ。キミに訊きたいことが出来てしまったからね」
「おげっ!?」

彼は槍をくるりと回転させると、穂先ではなく槍の尻で彼女を思いきり突いたのだ。
すると哀れアサシンは天井から落下。そのまま床に身体をぶつけ、彼女は英霊三人組の目の前で無防備な姿を晒す羽目に、

「いってぇーッス!」

なったと思ったのだが、おかしな現象が起きた。
なんと落下中のアサシンからぼふんと白い煙が噴出したかと思えば、彼女は蒸発したかのように消えてしまったのである。
一体何が起きた? 何らかの術か? 立香は嫌な予感を覚えながら考えを巡らせつつ、自身の周りを急いで注視する。
そして最後に床へと視線を落としたとき、彼は一匹の小さな鼠が股下を素早くくぐり抜けていったのを目にした。
すると次の瞬間、先程と全く同じ色、同じ規模の煙が噴出し……背後から「終わりッスね」と囁かれた。

「うお……っ!?」

立香は思わず悲鳴じみた声を上げる。だがそれも仕方がないことだ。
何せ彼の背後にはあのアサシンが立っており、おまけに彼女の私物と思わしき反りのない小刀を喉に押しつけられていたのだから。

「このまま引いたら終了ッス。お疲れ様っした」
「ドレイク! 撃て!」
「あいよ!」
「えっ、マジッスか!?」

ならばと立香はすぐさまドレイクに声をかける。すると彼女は躊躇なく短銃を構えたかと思えば、すぐさま弾をぶち込んで来た。
流石にアサシンもこの行動は読めなかったのか、彼女は「滅茶苦茶ッスよ!」と声を上げながら背後から離れてくれた。
立香の耳元を、恐ろしい速度の銃弾がかすめていく。もう数センチずれていれば、彼の片耳はお釈迦になっていただろう。
ああ、想像するだけでむっちゃ怖い。マジモードのティーチに銃を向けられた元親も、こんな気分だったのだろうか。

「ああもう! なんなんスかあなた! なんでそんな狂った策とれるんスか!?」

アサシンからの悲鳴が入り交じった疑問を無視し、立香は床に伏せる。
すると今度はティーチも短銃を持ち出し、ドレイクと共にアサシン目がけて乱射を始めた。
その危なっかしくもある戦法に対し、アサシンは手裏剣を投げるなどして応戦するものの、それらは元親の槍で撃ち落とされるばかりだ。
とはいえアサシンが追い詰められているのかといえば、決してそうではない。
何せ彼女は、天井や壁、遮蔽物などを巧みに使うことで銃弾の雨を避け続けているのだ。

「……その武器、邪魔ッスねぇ」

そんなアサシンは、両手に収まっている忍者刀で銃弾を受け止めながら不意に不穏な言葉を呟く。
間違いない。何かをやらかして現状を打破するつもりだ。加えてこんな状況でそんなことを考えているのなら……もう何が来るかは決まったも同然!

「宝具、開帳。我は義なり。義の者なり」

そう。宝具だ!

「マスター、ボクの後ろに!」

元親もそれを察してくれたようで、立香を庇う体勢を取ってくれた。
その間にアサシンは宝具を発動させる為に必要なのであろう長い印を素早く結び終えると、音もなく地を蹴る。

「んんんぅぅ? 無策に真っ直ぐ突っ込んでくるつもりですかな? できるアサシンらしからぬ所業ですな。破れかぶれの特攻とは!」

左手の短銃と右手のフックを構えなおしながら、ティーチが煽る。
そんな彼に「バカ言ってんじゃないよ! 備えな!」と怒鳴ったドレイクは、相も変わらず短銃を乱射する。
だがアサシンは止まらない。この程度では、止められなかった。

「『悪人落涙・貧者爆笑(あくにんらくるい・ひんじゃばくしょう)』!」

果たして宝具は発動し、一瞬だがアサシンの姿が溶けるように消失する。
そして再び現れたときには、立香の奥に控えていたティーチとドレイクの背後で「おつとめ、完了ッス」と低い声で呟いていた。
彼女の手には元親の槍が収まり、斜めがけバッグにはドレイクとティーチの武器がパンパンに詰められている。
立香は己の目を疑い、何度も瞬きを繰り返した。そうやって彼はようやく悟る。
何もかもを一切合切、綺麗さっぱりかすめ取られてしまったのだと。

「……は?」

散々に煽っていたティーチが、間抜けな声を出す。
それを合図にでもしたのか、アサシンは船の奥へ奥へと全力疾走を始めた。
まずい。このまま入り組んだ場所へと潜り込まれでもしたら、この戦艦を止める手立てがなくなってしまう。
早く追わねば。だが相手はアサシン……先行した彼女がどんな罠を仕掛けているか、分かったものではない。
追うにしてもどう進んでいくべきか。立香は呆然とする元親とドレイクを見ながら必死に脳をフル回転させた。

「野郎……この大海賊黒髭様から奪いやがった……! おつとめだかなんだか知らねぇが、よりにもよって大海賊から、全部を……!
 奪い尽くすのは海賊の流儀! 俺達の矜持だ! おいてめぇら! あの鼠は絶対にとっ捕まえるぞ! 本当の略奪ってのを見せてやれぇ!」

が、ここでスイッチが切り替わったらしいティーチが鬼の形相でアサシンを追い始めた。
そんな彼の姿を見てやっと我を取り戻したのか、元親達も「追おう!」と声をかけてくる。
作戦を考えたいところだったが、こうなってしまっては仕方がない。もう破れかぶれだ。

「よし! ティーチに続け! いざとなったらドレイクが言ったようにマジであいつを盾にしながら進むんだ!」
「あいよ乗ったぁ! じゃあマスター! アンタはアタシが背負ってやるから、代わりに指示は頼んだよ!」

奪われた物を取り戻すため、立香達は全速力でアサシンを追いかけるのであった。


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最終更新:2017年06月14日 14:22