其の弐:反逆の幕開け

「立香君の見た夢はどうやら本当の事みたいだ。新たな特異点が見つかったよ」

 カルデアの中央管制室では職員が忙しなく動き回っている。新たな特異点が見つかったとなればそれも当然だろう。
 張り詰めた空気の漂う部屋の中心でコンソールを動かしながら後ろに立つ藤丸立香に話かけているのは現在のカルデアのまとめ役となったサーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチだ。
 ワカン・タンカと呼ばれた場所で自らを敵と宣言したサーヴァントと邂逅した藤丸立香は、夢から目を覚ますとすぐにレオナルド・ダ・ヴィンチの元へ向かい夢で見た経緯を説明した。
 報告を受けたダ・ヴィンチが職員に召集をかけて調査を開始してから数時間。世界地図を映すモニターには光点が浮かんでいる。それは特異点の反応を示す光だった。

「西暦264年の中国。後漢と魏晋南北朝の狭間の時代。君にも分かりやすく言うと三国志の時代だね」
「三国志」

 ダ・ヴィンチから告げられた"三国志"という単語を立香は鸚鵡返しに呟く。
 歴史や偉人に疎い立香であっても聞いたことのある単語だ。紀元前から今日まで続く中国史の中でも日本での三国志の知名度は抜群に高い。友人がやっていたゲームや書店に並べられていた漫画、数年前に放映された映画といった三国志作品のイメージが立香の頭の中に浮かんでゆく。

「この特異点が発生している地域は蜀と呼ばれていた国があるところです。諸葛亮さんが活躍していた場所ですね」

  マシュ・キリエライトがダ・ヴィンチからの説明に補足を加える。
自分に手を貸してくれているサーヴァントが生前に活躍をしていた国と聞き、立香の口から感心の声が漏れた。

「とはいえ、この時期になると蜀の国は滅んでしまっているがね」

 カツ、と靴をならしながら中央管制室に新たなサーヴァントが姿を現す。
 マシュが先程話題に挙げた英霊・諸葛孔明その人である。もっとも正確に言うならば、諸葛孔明の力を借りた疑似サーヴァント、ロード・エルメロイⅡ世であるが。
 今回の特異点に縁があるサーヴァントという事で彼が呼び出されたのだという事は立香でも予想がついた。

「諸葛亮の言う通り。263年に魏に攻め込まれて蜀の二代目皇帝である劉禅は降伏。翌264年には一人の蜀の将軍が魏の将軍を抱き込んで反乱を企てるも鎮圧され、ここに完全に蜀の国は滅びを迎えたという訳さ」
「じゃあその年に特異点が起きたって事は」
「断定はできません。ですが蜀が滅びず魏と戦争を続けている可能性は高いと思われます」

 ダ・ヴィンチの説明を基にした立香の推察をマシュが肯定する。
 そこに孔明とダ・ヴィンチが異論を挟まないという事は、この場にいる全員がかの特異点で起きている事態に似たような予測を立てていることを表していた。

「だけど、もしそうだとしたら孔明はいいの? 蜀が本来の歴史通りに滅ぶために僕達は戦わなきゃいけないかもしれないんだよ?」
「私はあくまでかの軍師の力を借り受けただけの存在に過ぎない、霊基に影響を受けている以上は多少なりとも思うところはあるが、蜀を相手取ることに対しては抵抗や感傷という感情はないさ」

 心配そうな表情を浮かべて立香が孔明に訊ねる。
 その質問の裏にこもった思いは、相手に手心を加えるのではという危惧よりも、元いた国に刃を向ける事になってしまう孔明の心情を慮ったものだ。
 そんな立香の考えを読み取ったのだろう、孔明は薄く笑みを浮かべながら立香を安心させるような穏やかな口調で問題は無いと答える。
 こういった立香の魔術師らしからぬ価値観には時おり苦言を呈している孔明ではあるが、こういう性根だからこそ数多の英霊と上手くやっていけるのだろうという思いがあった。

「もっとも無用な混乱を防ぐ為にもあの特異点では私を孔明と呼ばない事をお勧めするがね。本人と似ても似つかない男をあの時代が誇る大英雄の名で呼べば、いらぬ不信感を向けられる事は避けられん」
「うん、下手に騒ぎになっても困るもんね」

 孔明の忠告を受けて立香は頷く。
 どこに敵がいるかも分からない地で無駄に騒ぎを起こせば格好の獲物になってしまう。
 加えて立香達の予想が正しければ敵は蜀であり、それと戦争を起こしている魏とは協力できる可能性がある。
 そこで死去した筈の敵国の人間を名乗る人物と共に向かえばどうなるか。少なくとも友好的な接触とはいかないだろう。

「そういえば、三国志って言えば呂布将軍もその時代の出身じゃなかったっけ?」
「呂布将軍も三国志の時代の方ですが、彼は三国、つまり魏・蜀・呉が生まれるよりもずっと早くに亡くなっているんです」
「加えてこの蜀の創始者である劉備玄徳は彼の処刑に密接に関わっているし、魏の祖である曹操は彼を処刑した張本人だ。連れていったところで無用な混乱を産むだけだと判断したから彼は今回お休みさ」

 マシュとダ・ヴィンチの説明を受け、立香が「ああ、それじゃあ無理もない」と納得の意を見せる。
 仇敵が興した国同士の潰し合いをあの飛将軍がおとなしく見ているかといえばそれは否だ。
 第2特異点で仇敵の危機を救うためにローマ帝国に味方したブーディカの様な人の良さや寛容さとはあまり縁のない人物でもある。
 呂布の力強さは頼れるものではあるが、暴走の可能性があっては連れていくことは難しいだろう。

「とりあえずは僕と孔明で先行調査……って事でいいのかな?」
「そうだね、拠点を確保し次第新たにサーヴァントを送る手筈だよ」

 ダ・ヴィンチの言葉と共に音を立てながらコフィンの扉が開き、立香はその中へと入っていく。
 緊張で高鳴る鼓動を沈める為に大きく息を吸って、吐き出す。
 7つの特異点を始め何度も行ってきたレイシフトではあるが、この寸前の緊張はどうしても慣れる事はなかった。
 扉が閉まりコフィンの覗き窓の硝子越しにダ・ヴィンチと心配そうに眉根を寄せるマシュの顔が目に入る。
 "マシュは相変わらず心配性だな"と内心苦笑を浮かべながら、彼女と自分を勇気づける為に「なんでもないさ」と言わんばかりの笑顔を浮かべて見せた。
 ダ・ヴィンチとマシュがその笑顔に応える様に頷くと真剣な表情でコンソールを動かし始める。これからレイシフトが行われるのだ。

 "アンサモンプログラム スタート"と聞き慣れた音声が聞こえてくる。
 新たな特異点に少なくとも明確な敵意を持ったサーヴァントが存在する事に微かな不安を覚えつつも、立香が霊子化の流れに身を委ねた。恐らく次に意識が戻る頃には古代中国の大地を踏みしめている事だろう。
 意識がホワイトアウトした。


 ――ERROR.
 ――ERROR.
 ――ERROR.

 守護英霊召喚システム・フェイトに障害発生。
 サーヴァント:諸葛孔明のレイシフト不可。
 霊基の損傷発生につき、サーヴァントのレイシフトを中断しカルデアへの強制送還を実行。
 ――強制送還完了。
 守護英霊召喚システム・フェイト システムダウン。


「手の空いているメンバーは諸葛亮を医務室へ!霊基の損傷がまずい!」
「先輩との通信、繋がりません!」
「何度だって試みるんだ!今、彼は丸腰みたいなものだ!」

 中央管制室は先程とは別種の喧騒に包まれていた。
 立香のレイシフトと同時に発生した守護英霊召喚システム・フェイトのエラー。
 システムを介して現地へとレイシフトする手筈であった孔明がエラーの影響か無防備な状態にあった霊基を損傷し、意識不明の重症の状態でカルデアへと強制送還されてしまったのだ。
 ちりちりと体の末端が崩壊の兆しを見せる孔明を職員が担ぎ上げ、慌てて部屋を後にする。
 迅速な処置を施せば意識の回復までは不明だが霊基の消滅は防げる見立てだ。
 そして孔明の負傷よりも深刻な問題が1つ。それは契約したサーヴァントをレイシフトさせる為に必要なシステムであるフェイトが機能を停止した事だ。
 フェイトがなければサーヴァントをレイシフトさせる事はできない。つまり一人で特異点に放り出された立香に対して援軍は送れなくなってしまったのだ。
 ダ・ヴィンチが事故の調査の為にレイシフト時のデータに目を走らせていく。

 (フェイトのメンテナンスは完璧だった。 こちら側の故障というのは考えづらい。事前調査でレイシフトを阻害する要因も存在しない事は確認済みだというのに、何故エラーが起きた?
 被害を受けたのはサーヴァントの諸葛亮のみ。そして同時にレイシフトした立香君のバイタルサインは正常、無事にレイシフトが行えたと判断できる。ここから立てられる仮説は……)

 流れるように表示されるデータの波の中、1つのデータが目に留まる。
 それはシステムフェイトがエラーを起こした直後のものだ。ダ・ヴィンチの予想が確信へと変わる。

「やはり、特定の霊基に反応して起動するトラップか……!」

 ダ・ヴィンチが忌々しげに舌打ちをする。
 このレイシフトで起きたエラーは人為的なものだった。
 特定のサーヴァントがレイシフトした時にそれを感知し、レイシフト中の無防備な霊基とレイシフトを行う為のシステムを諸共に破壊しようとする攻勢魔術防壁。
 それが諸葛亮を対象として設定されていた事を如実に現すデータが彼女の視界に映っていた。
 レイシフトをトリガーにした罠。その存在を認識すると同時にダ・ヴィンチの脳裏を悪寒が駆ける。
 杞憂であって欲しい。そう思いながら再び目と手を走らせ、その二つは同時に止まった。

「ダ・ヴィンチちゃん、一刻も早く先輩を戻しましょう!」
「いや、それはできない」

 マシュの提案に対してダ・ヴィンチが渋面を浮かべながら首を横に振り、彼女の表情が驚愕と困惑の混ざったものへ変わる。
 マシュにも見える様にダ・ヴィンチは見つけてしまったデータを巨大モニターに映し出した。

「孔明のレイシフトが妨害された件は明らかにこちらを、正確には立香君が来ることを読んでいたから張られていた罠だ。だがマスターである立香君に対してはレイシフト時に作動するタイプの罠は仕掛けられていなかった。
もしも敵が立香君を呼び込む事が目的だったのだとしたらと想定して調べて見たが、悪い予感が的中してしまったね。」
「これは……?」
「彼がカルデアに帰還する際に作動するように仕掛けられた魔術防壁だよ。諸葛亮に向けた罠が作動すると連鎖して展開される仕組みの様だ。敵はどうしても立香君を返したくないらしい」

 防壁の解除を試みるにしても特異点での立香の存在証明を維持しながらでは一朝一夕で出来るものではない事は天才たるダ・ヴィンチが誰よりも理解していた。
 そんな、と悲痛な声がマシュから上がる。
 これにより立香はカルデアのサーヴァントがいない状態でこの特異点を解決する以外に術がなくなってしまったのだ。

「とにかく、一刻も早く立香君と連絡をとろう、私たちのナビゲートが数少ない彼の武器になる」

 真剣な表情で立香への通信を試みるマシュを見ながら、"天才を自称してこの様とはな"と後手に回ってしまっている自身の不甲斐なさをダ・ヴィンチは歯噛みした。

(しかし、そうなると敵は私達の戦力に孔明がいることを把握していた事になる。いつ? どうやって? 内通者? 千里眼のスキル? それとも――)
「かつて、彼と戦った存在がこの件に関与している……?」


『獲物が仕掛けにかかったようだ』

「そうですか」

『しかし、本当にあのサーヴァントを送り込んで来るとはな』

「丞相が協力しているというのなら、この地この時代においてあの方を呼び出さないという手はまず取りませんよ。もっとも貴方の話を聞く限りではアレは丞相の力だけを手に入れた醜悪な紛い物に過ぎませんが」

『……策が成功したというのに随分と不愉快そうだな』

「本物の丞相であればこの程度の策など読んでいた筈です。丞相であればこの様な不覚を取ることは絶対にありえなかった。
名と力を借り受けただけの紛い物の分際で丞相の名を汚した。それに腹を立てずにいられましょうか」

『難儀なものだな』

「私の話はもういいでしょう。それで、そちらのお相手とやらは?」

『この世界に囲いこんださ。これで漸く私も同じ舞台に立てるというものだ』

「それは重畳。では、やりますか」

『ああ、始めよう』

『「我らの終わることなき反逆を終わらせる為に」』




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最終更新:2018年02月12日 08:58