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其の参:漢中にて(1)

「……以上が、今起きている状況です」
「マジかー。……マジか」

 マシュからレイシフト時に起こった一連の騒動を聞き、立香が眉間に皺を寄せ額に掌をあてながら大きくため息をついた。
 彼のレイシフトは問題なく成功したが、横にいる筈の孔明の姿はなく、カルデアとの連絡も不通。
 事態が把握できるまで人通りの無いところに身を隠せたまではいいが、漸く繋がったカルデアからもたらされた情報は彼の想像していた状況よりも深刻なものだった。

「すまない、敵の策を見抜けなかった私のミスだ。君の存在と到来を確信している敵がいた以上、こういった罠も警戒しておくべきだったよ」

 申し訳なさそうに目を伏せて謝罪するダ・ヴィンチ。
 その消沈した姿は普段の自信に満ちた彼(女)からはほど遠い。
 それだけ事態は深刻なのだということが立香にも理解できてしまう。
 内から吹き出しそうになる不安を抑え込む様に、一度だけ大きく息を吸い込んで吐き出す。

「まあ、何とかしよう! 僕は無事だし、前の特異点みたいに力を貸してくれるサーヴァントがいるかもしれない。やれることはまだ一杯あるんだし、とりあえずはやってみないと」

 沈んだ空気を払拭する様に立香が明るい声を発する。
 何ともないと気楽に言える状況ではなかったが、それでも動かないことには始まらない。
 やせ我慢かもしれないが、それでもただ落ち込むよりも何倍もマシだ。
 少なくとも、どことも知れぬ場所で死ぬつもりなど、立香には毛頭ないのだから。

「そうだね、その通りだ。なら一先ずは近くにある町を目指してくれ、そこで情報収集をしよう。場所はこちらでナビゲートしよう」
「了解。ちなみにここってどのあたりなの」
「漢中と呼ばれる地域ですね、近くに山は見えますか?」

 マシュに言われて遠方へと目を凝らす。
 方角にして北だろうか、立香の視界には雄大にそびえる山々が映った。
 かつて立ち寄った第6特異点で山の翁に会いに行った際に向かった山や第7特異点のエビフ山を思い出す、見るからに険しそうな山だ。

「ああ、うん。ここからでも見えるくらい大きいのがあるね」
「蜀の要地です。この漢中を自国の領土として抑えられたからこそ、国力の劣る蜀は魏と渡り合えたと考えられているんですよ」

 マシュの説明に「へえ」と立香は感心の声をあげる。
 様々な特異点を回ってきた知見もあり、眼前に広がる天然の要害を突破することがどれだけ困難であるかは立香も理解できた。

「たしかにあの山を越えてこっちに攻め込むのは大変そうだね」
「とはいえこの時期には既に陥落し、魏の領地となっている筈ですが」

 ならばこれから向かおうとしている町は魏の領土と考えるべきか。いや、ここが既に敵の領土になっている可能性も考えられる。
 しかし、何にしろ行ってみなければ分からないところでもあるだろう。

「ゲームみたいに勢力ごとに領地が色分けされてれば分かりやすいのになあ」

 友人がやっていた三国志のゲームを思い出し、ぼやきをあげながら立香は眼前に見える町へと歩き始めた。

 一時間程歩いただろうか。立香は漢中にある町へと辿り着いた。
 極力怪しまれないようにカルデアの通信は切り、礼装として着込んできたカルデア戦闘服も目立たないように全身を覆うマントで隠す。
 何でもいいから状況がわかるものはないかと宛もなく町中をさ迷い歩くが、そこで違和感に気付いた。

(なんか、妙に視線を感じるな……)

 商人が、子供が、主婦が、職人が。
 すれ違う町の住民の全てから視線を感じる。
 チラと横目を向けるとひそひそとこちらを見ながら何やら会話している男達。だが、立香と目が合うと慌てて目線を反らしながら路地裏へと消えていく。
 話を聞こうと近寄ろうとすればそそくさと家や建物の中に入られる。
 居心地の悪さと不穏な気配を感じ、早くこの町から出た方がいいのではという危機感を覚えた矢先、1つの立札が目に入った。

「立て札か、何か情報が載ってるかも」

 近づく度に蜘蛛の子を散らすように離れていく人々を尻目に立香は立札に近づく。
 書かれた内容を目にして、立香の表情に動揺と衝撃が走った。
 立札に載っていたのは"賊"などの物騒な単語と共に人相書き。
 黒い髪をした漢人とは異なる顔立ちをした少年だ。
 見覚えがあるどころではない。
 毎日鏡越しに見ているその顔を見間違える事などあろうものか。

「……僕?」

 そう、そこに描かれていた人物は藤丸立香その人だ。
 自分の顔が賊としてこの町に広められている。誰の仕業なのかは考えるまでもない。
 事態を把握すると同時に立香は迷うことなくカルデアへと通信を繋げた。

「先輩? 何か分か――」
「ナビゲーションを頼む、マシュ!ダ・ヴィンチちゃん! ここはもう敵の勢力圏内だ!」

 周囲の目を気にすることなく、立香はダ・ヴィンチとマシュに指示を飛ばす。
 自分が賊だとこの町の住人に認識されている以上、怪しまれない為の方策は全て無意味となったからだ。
 だが、行動に移るには一手遅かったと言わざるを得ないだろう。
 遠目に眺めていた民衆が立香の横から聞こえた姿無き女性の声に対し、妖術師だなんだと騒ぎ立てて逃げていくのと立ち代わる様に軽鎧に身を包んだ兵士達が剣を片手に駆け寄るやいなや、立札と立香を中心にぐるりと包囲する形をとる。
 その兵士たちを見て立香はぎょっとした。
 青白い肌と虚の様な瞳。生身の人間とは到底思えない様な見た目をしている。連想するのはかつての特異点で何度か交戦した経験のあるゾンビ兵の姿だ。
 捕らえるつもりか、それとも殺すつもりか、どちらにしても立香に対する害意以外は持ち合わせていないだろう事は見てとれた。

「マシュ、この兵士の人達は……」
「魔力の反応が感じられます、恐らくは……」
「敵のサーヴァントが作ったゾンビ兵ってことか!」

 立香の表情に苦いものが混ざる。
 生理的嫌悪感などは勿論だがゾンビの厄介さは異様なまでのタフネスだ。傷みによって止まることもなく、目的を果たすまでひたすらに動き続ける姿はゴーレムや人形、機械に近い。
 一騎当千のサーヴァントであればこの数でも問題はなくとも、今この場にいるのは一般人に毛が生えた程度の魔術師見習いであり、付け加えるならば武器になりそうなものも持っていない丸腰の状態だ。
 絶体絶命。そう形容するのがぴったりの状況に立香は陥ってしまったのだった。

(ガンドを使って一人の動きを止めても、ここまで綺麗に囲まれてちゃ他の兵士に捕まっちゃうしな。どうする……?)

 動きあぐねる立香に対し包囲の輪が狭まっていく。
 感情の1つも読み取れない幽鬼達の凶刃が立香の肉を裂くまであと僅かだろうか。
 好転しない焦れる感覚に立香の背中から首筋にかけてじっとりと汗がわきだし、喉がカラカラになる感覚を覚える。
 万事休す。ならば無駄かもしれなくとも強行突破をかけるしかない。そう決断し、右腕に魔力を巡らせた正にその時だった。

「先輩! サーヴァントの気配が2つ! そちらに向かってきています!」

 緊張した調子のマシュの警告と馬の嘶き、そしてこの時代では聞こえる筈のない銃声が響いたのはほぼ同時。
 一人の兵が弾かれる様に吹き飛び、うつ伏せに転がった。後頭部を何かに撃ち抜かれたのだ。
 一言も発することなく戦闘不能となったゾンビ兵が塵へとその身を呆気なく変えていく。
 何が起こったのかと兵士と立香が顔を銃声と嘶きのした方角へと向ければ、視界に映るこちらに向かって疾走する二頭の馬とそれに乗る二つの人影。
 近づくにつれて騎手の姿が鮮明になる。
 一人はこの時代のものらしき軽鎧に身を包み左右の腰に双剣を差した男性、もう一人は西部劇から抜け出してきたかのようなウェスタンスタイルの青年だ。

 青年が片手に持ったリボルバーをこちらへ向ける。
 放たれる銃声と弾丸の向けられた先は立香ではない。
 眉間を撃ち抜かれたゾンビ兵がもんどり打って転がりながらその姿を塵へと変えていく。
 2騎のサーヴァントの乱入によって兵士達の陣形が大いに乱れた。
 馬に蹴りあげられ体勢を崩したゾンビ兵が剣を手にした男によって袈裟に切り裂かれ消滅する。
 ガンマンのリボルバーが乾いた音を響かせる度にゾンビ兵が一人、また一人と倒れて消えていく。
 こちらへ馬を走らせるガンマンと目が合う。
 立香にとってとても見覚えのある姿をした青年は悪戯っぽく笑いながらウィンクをしてみせた。

「2つ霊基の内、片方は過去に該当パターンありだ! 立香くん、そこに向かってきているのは……」
「うん! 僕たちの知ってるサーヴァントだ!」

 自然と声に活気がこもる。
 こちらに向かってくるガンマンのサーヴァントが誰か、立香は知っている。
 短い間だったとはいえ共に戦ったサーヴァントの姿を見間違える筈もない。
 ケルトの戦士達に蹂躙されるアメリカの大地で反抗していたアウトローの一人、そのサーヴァントの名は。

「ビリー・ザ・キッド!」
「やあ、カルデアのマスター。危機一髪ってところかな? まあ、ヒーローは遅れてやってくるものだからね、間に合ったなら何よりだ」

 馬と銃によって兵士達を蹴散らしながら、少年悪漢王ビリー・ザ・キッドが立香に向けて人懐っこい笑顔を向ける。
 その姿、言動、振舞いは彼が立香の味方であることを如実に表していた。
 がむしゃらに突っ込んで来たゾンビ兵が、もう一人の乱入者によっていなされる。
 双剣のサーヴァントと立香の視線がかち合う。
 整った顎髭と常人より一回りは大きい耳が特徴的な、柔和な顔立ちの優男といった風体である。
 顔の作りや服装から見れば中華文化圏、それもこの時代に近しい相手らしいことは見てとれた。
 立香には見覚えのないサーヴァントだ。

「あなたは……」
「ライダー、とだけ名乗らせてもらうよ。つもる話もあるかもしれないが今はとにかく町を出よう。また五虎将のサーヴァント達に襲われるのも面倒だ」
「ああ、そうだった。悪いねマスター、詳しい話はついてきて貰ってからでいいかな?」

 ライダーと名乗った男とビリーの提案に立香は僅かに思考したのち頷いた。
 五虎将のサーヴァントという単語を聞いて質問したい気持ちはあったが、かといって敵地でのんびりと話していては何が起こるか分からない。
 ビリーの伸ばした手を掴み、彼の乗る馬へと同上する。
 まだ動く気力のあったゾンビ兵が立ち上がろうとするのをビリーが一発の銃撃で頭を撃ち抜き、二頭の馬は颯爽と町の外へと駆け出していった。

 後には虚ろな塵へと姿を変えた兵士だったものと、騒ぎが終わったのかと顔だけを外に出してきょろきょろと周囲を見回す村人達。
 そして眼下の光景を伺う様に上空を飛ぶ1羽の鷹の姿があった。


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最終更新:2017年11月14日 00:03