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世界を変える準備はいいか(2)

 武田信玄。
 天下無双の益荒男達が、日ノ本狭しと覇を競い合う、群雄割拠の戦国時代。
 絶対王権が地に堕ちた、修羅の時代の只中において、こと武力軍略においては、最強と謳われた大大名である。

 疾如風(はやきことかぜのごとく)、
 徐如林(しずかなることはやしのごとく)、
 侵掠如火(しんりゃくすることひのごとく)、
 不動如山(うごかざることやまのごとし)。

 風林火山の御旗のもとに、真紅の鎧をなお血に染めて、戦場を闊歩する騎馬武者隊は、無敵の二文字を体現し、諸大名達を震え上がらせた。
 信長も、秀吉も、この関ヶ原を制するはずだった家康ですらも、例外なく信玄を恐れてきたのだ。
 日本最強の英霊は誰か――この問いを投げられた者は、大概ならば信長や、宮本武蔵、あるいは源義経などを、いの一番に挙げるだろう。
 しかしこの信玄もまた、集めた回答を並べていけば、彼女らに並ぶ最上位に、名を連ねる一人となるであろうことは、言うまでもない。






 そうだ。その信玄だ。
 今まさに藤丸立香の前には、剣騎士ランスロットの前には、その武田信玄が立っているのだ。
 二本角の赤鎧を纏い、孫子の軍旗をでかでかと掲げて、騎馬武者隊を引き連れている。
 たとえ巨乳の美女であっても、この装いを見せられて、信玄以外の名を挙げる者は、恐らく現代日本には存在しない。
 そんな有様で表に出てきて、真名を伏せるなどということは、何を考えてるんだお前と、そうツッコまれても仕方がないことなのだ。
 何だと思っているんだ、真名秘匿システムを。偉い人に怒られるぞコレ。

「……そうなのか?」

 無論、現代の事情など知らぬ信玄自身に、そこまでの想像の余地はない。
 きょとんと目を丸くしたまま、適当な臣下の方を向いて、そんな風に尋ねてみる。

「ええ。まぁ……確かにその鎧は、目立ちまする」
「それはまぁ、そのつもりでやっているからな。しかし、何だ、他にも一人か二人くらいいるだろう。こんなの」
「いませんよ、御館様。鎧兜だけならまだしも、この軍旗までは」
「んー、まぁ、確かにそうか」

 そこまで矜持の無い奴だったら、行って殴り倒してやるわと、得心しながら信玄は言った。

「………」

 ただ、一人。
 ぐだぐだ関ヶ原の様相をなした、この場においてただ一人、ランスロットだけが油断なく、目の前の敵を見定めていた。
 身に纏う甲冑にも、得物にも、神秘の気配は感じ取れない。
 神に認められただとか、精霊の加護があるだとか、はたまた竜を退治しただとか、そういう類の英雄ではないのだろう。
 普通に考えれば、円卓の騎士たる己よりも、戦力的には格下である。霊格で劣る、はずなのだ。

(にも、かかわらず)

 そうだというのに、この様は何だ。
 彼女が身に纏う気配の凄みが、円卓最強の騎士にすらも、油断の二文字を許さない。
 日本列島の僅か一部――武田信玄が治めたという、甲斐国はあくまでも小国だ。
 それでも、彼女は王であった。それが将に過ぎぬ己との差を、ここまで縮めているというのか。

『っ……信玄さん! 私は人理継続保障機関・カルデアの、マシュ・キリエライトです! そちらの方は――』
「皆まで言うな。サーヴァントを引き連れておる以上、尋常ならざる者であることは承知している」

 通信越しのマシュの言葉を、信玄はばっさりと切り捨てた。
 居住まいを正し、前を向き、牙を光らせる武者の顔は、先程の間抜け面ではない。戦闘態勢へと一瞬にして、己の在り方を立て直したのだ。
 であれば今度こそ、気が抜けない。ランスロットもまた剣を構え、一切の油断なく赤武者を見据える。

「そこの南蛮者の言うように、腰を据えて話をするのも、それもまた良しとは思うのだがな」
『でしたら……!』
「だが、主人を連れているというサーヴァントの力、如何様なものか興味が湧いた」

 にぃぃ、と口角が釣り上がる。
 尖った犬歯がぎらりと光る。
 金の瞳が陽光を反射し、ぎらぎらと彩りを放ち、威圧する。

「このままでよい。挑んでみせよ。貴様らの真価、手ずから確かめる」

 確かめる、とはとんでもない詭弁だ。背後でぞくりと身を震わせた、立香の姿を見ながら思った。
 これは試合ではなく、死合だ。武田信玄の纏うオーラは、紛れもなく猛獣の殺気であった。
 倒すのでもない、制すのでもない。敵は殺す気で向かってくる。役に立たないというのなら、そのまま殺してしまってもいいと、そういう腹づもりでここにいる。
 わざとらしく音を奏でて、ずらりと引き抜いたのは大剣。
 そこらの雑兵が携えるものの、倍はあろうかという幅を有している。刃渡りそのものは並であるため、巨大な包丁か鋸のような形だ。
 元より馬鹿でかい鎧を纏って、戦場に臨んでいる彼女である。であれば斯様な鉄塊ですらも、自在に意のままに振り回し、挑みかかってくるのだろう。

「藤丸殿と、風魔だったな。この場は私に任されよ」

 であれば、前に出るべきは自分だ。
 立香と風魔小太郎を、左手で制しながらランスロットが言った。
 人間である立香はもちろん、連れているサーヴァントも暗殺者(アサシン)だ。真っ向勝負に向くとは思えない。
 なればこそ、この場ただ一人の前衛役である、セイバークラスの騎士たる己が、この女を迎え撃つ必要がある。
 風魔という名を聞いた瞬間、ほうと軽く呟いた女に、ランスロットが相対する。

「円卓の騎士が一、ランスロット。騎士の決闘の流儀にならい、こちらも名乗らせていただこう」
「円卓……円卓か。それはよい!」

 何がよいのかは知らない。妙に感心したようにも見えるが、そこに気を取られている暇はない。
 互いに名乗った。対等の印だ。これより始まる決戦は、恐らくはイーブンの勝負だ。
 僅かな緩みが、手心が、勝負を分かつ決死の戦だ。
 円卓最強、ランスロット。戦国最強、武田信玄。
 いずれも最強の称号を背負う、大英雄同士の大激戦。
 ただで終わる――などという、甘い期待は持てたものではない。『無毀なる湖光(アロンダイト)』を握る手に、一層、力と汗が篭った。






「行くぞっ!」

 先に仕掛けたのは信玄だ。
 馬に跨っている以上、機動力を活かすのは道理と言えた。
 獣が嘶く。蹄を鳴らす。ばからばからと爆音を立てて、戦国最強が激走する。
 ダンプカーか、はたまた戦車か。腰を預ける馬ですらも、超常の魔獣なのではないか。そう錯覚するほどの威圧感を、藤丸立香はそこに覚えた。

「フ――!」

 それでも、騎士は動じない。ランスロットは微動だにしない。
 駆け出すことも、跳ぶこともせず、最小限の足運びと共に、迫る刃を弾いて凌ぐ。
 馬上から斬りかかる信玄の太刀を、円卓最強は難なくいなした。この程度ならばジャブに過ぎぬと、そう言わんばかりの動作であった。
 あるいはこれほどの突撃ですらも、嵐の前のそよ風に過ぎぬと、本能的に察知しているのか。

「やる!」

 なればこそ、感嘆する信玄の表情にも、笑みが宿っているのだろう。
 一合で、互いに再確認したのだ。こいつは相当な手練だと。
 ランスロット側からすれば、油断のかなわぬ難敵であり。
 武田信玄側からすれば、眼鏡にかなう大当たりであると。

「ちぇりゃァッ!」

 雄叫びと共に、巨影が跳ねた。
 ここまでやってきた時に見せた、武田騎馬の大跳躍だ。
 人間を遥かに超える体躯が、天にも昇る勢いで舞う。宿された重力の全てを持って、圧殺せんと襲いかかる。
 しかし、これはあくまでも既知。飛べると分かっている相手の動きに、今更驚愕を見せるほど、ランスロットは短慮ではない。
 直線的な軌道を読み切り、やはり最低限の足さばきをもって、反撃に転じる構えを取る。

「む……!」

 そこで、気付いた。目を見開いた。轟然と音を立て着地した馬が、既に無人であったことに。
 これはフェイクだ。引っ掛けられた。なるほどこれしきの反応など、信玄にとっても織り込み済みだったのだ。
 頭の回る阿呆には、戦国大名は務まらぬ、ということか。

「はぁぁッ!」

 遅れて、今度こそ本命が迫る。
 鉄色の大剣に日差しを浴びせ、逆光で視力を焼き殺さんとしながら、武田信玄が斬りかかる。
 伏し目になりながらも、気配で追った。一瞬のひらめきを確証と信じ、ランスロットが迎え撃った。
 がぁん――と鋭い鉄音が響く。飛びかかり、浴びせられた刃が、大気すら鳴動させて吼える。
 防ぐランスロットは両腕だ。攻める信玄は片腕だ。重力で勝っているのだから、斯様な構えになるのは道理だ。
 であれば、攻め手の左腕が空く。肉薄した身の左手を伸ばし、信玄がランスロットに掴みかかる。

「おォらぁっ!」

 そうして紫の甲冑など、まるで意にも介さぬかのように、円卓の騎士の体躯を投げた。
 着地と同時にしかと踏みしめ、長身の甲冑男一人を、怒号と共に投げ飛ばしたのだ。
 斬撃でないなら、傷には至らぬ。であれば斯様な投げ技も、些事だ。投げ飛ばされたランスロットもまた、この場に及んでなお、冷静だった。
 ぐるりと身を捻り、着地する。背中から地に落ちることは決してしない。
 そしてこの時彼の目には、既に周囲の状況が見えていた。打ち捨てられた武者の武器を、確かに視界に捉えていたのだ。

「はっ!」

 宝具発動、『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』。
 真の武芸者は武器を選ばず。路傍の石ころであったとしても、敵を撃滅する凶器へと変える。
 それが命を刈り取るために、鍛え上げられた武具であったなら尚更。
 落ちた刀と槍を掴み、ランスロットはそのまま投げた。己の魔力と神秘を込めた、宝具の投擲を見舞ったのだ。
 信玄もまた、それを弾く。想像を凌いだ手応えには、さすがに金の目を丸くした。
 であれば、この一瞬は勝機だ。愛剣を素早く納刀し、更なる武器を両手に抱えて、ランスロットは真っ向から走った。
 即席宝具を次々と投げる。牽制の雨あられを仕掛ける。いかな戦国最強と言えど、防戦一方にならざるを得ない。

「ォオオオッ!」

 遂に至近距離まで迫る。本命の『無毀なる湖光(アロンダイト)』が光る。
 この一撃を浴びせれば勝利だ。美女を斬るのは気が引けるが、間違いなく決定打となる一太刀だ。
 ランスロットは確信し、必殺剣の一撃を、大上段から放たんとする。

「走れぇいッ!」

 しかし、彼は見誤った。
 武田信玄は剣士(セイバー)ではなく、あくまでも騎兵(ライダー)のサーヴァントなのだ。
 彼女が乗っていた馬を、あの場で仕留めなかったのは失策だった。
 それを理解するより早く、彼の体は跳ね飛ばされた。
 知らぬ間に視界から消えていた、武田信玄の連れていた愛馬が、横合いから突進してきたのだ。
 重量数百キロにも及ぶ、肉の塊が身を揺さぶる。防御態勢を取れなかった騎士は、面白いように吹っ飛ばされる。
 そしてそれだけの隙ができれば、信玄にとっては十二分だった。即座に呼吸を整え直し、追撃の一太刀を浴びせんと迫った。
 甲冑が揺れる。具足が吼える。陣羽織を鎧に括るようにした、、虎柄の腰布が尾のようにしなる。
 まさに虎だ。赤い虎だ。武田信玄は虎であるのだ。

「だぁあああッ!」
「ぬぅんっ!」

 猛然と斬りかかる信玄。
 馬を押しのけ迎え撃つランスロット。
 三合目の激突――そして四合。遂に足を止めた両者は、互いの力と技を尽くして、喉元を狙わんと刃をかざす。

「一見、互角に見えますが……」
『うん、そうだね。余裕があるのはランスロットだ』

 そしてこの激戦を、つとめて冷静に見ていた者が、風魔小太郎とダ・ヴィンチの二人だ。
 超常の応酬を、頂上の決戦を、二人はそのように評した。

「そうなの?」
「ええ。技量ではなく、地力の問題です。恐らく大半のステータスにおいて、信玄公よりもランスロット殿の方が、一段上をいっているのでしょう」
『戦国大名と円卓の騎士では、土台となる物語が違いすぎるからね。勢い、こうなるのは道理だ』

 神々と魔性の色を残した、アーサー王物語の世界観において、強者たる円卓の騎士達は、文字通り神話の力を宿している。
 ランスロットの聖剣・『無毀なる湖光(アロンダイト)』も、湖の精霊という超常存在の、特別な魔力を宿した業物なのだ。
 対して、戦国時代の日本人は、既にファンタジーを卒業している。鬼退治の逸話も龍神との対話も、この時代においては非常に少ない。
 その身が人と戦うための器か、あるいは人を超えるための器か――信玄とランスロットの力差が、その一点によって表出した結果が、これだ。
 現に攻める時も、応じる時も、常に冷静さを保っているのは、ランスロットの側であった。

「やりおるな! 西洋剣など重さ頼りの、なまくら棒だと侮っておったが、貴様のような奴もいたとは!」
「そちらこそ流石に芯が強い! 大和撫子の心意気、しかと見届けさせてもらった!」
「つれぬ男だ。もう締める気か? しからばここはわしの方が、本力にて振り向かせるほかないか!」

 鍔迫り合い越しに信玄が吼える。サーヴァントの本力――それはもちろん、宝具の開帳に他ならない。
 そうだ。あくまでもそうなのだ。
 ランスロットも奥の手までは、未だ抜いてはいなかった。それは確かにそうなのだが、そのことは武田信玄にも、同じように言えたことなのだ。
 戦国最強、武田信玄。悪魔を倒したこともなく、神に愛されたこともない。
 故にこそ、宝具の正体が読めない。具体的な奇跡を語らぬ、この女の秘めた必殺奥義を、誰一人として予測できないのだ。
 果たして繰り出されるのは何か。奴は何をしでかしてくるのか。

「『侵掠(しんりゃくすること)――如火(ひのごとォく)』ッ!」

 咆哮が轟く。烈光が弾ける。
 武田信玄の赤備えの、右肩に埋め込まれた水晶が光る。
 浮かび上がるのは光輝の文字だ。孫子の軍旗の「火」の一文字だ。
 瞬間、耐えしのいでいたランスロットが、一瞬にして吹き飛ばされた。
 瞠目する円卓の騎士が、振り抜く信玄の横一閃にて、呆気なく払われ尻餅をついたのだ。

「何が……!」

 何が起きた。今のは何だ。
 僅かに動揺を浮かべながら、ランスロットが立ち上がる。
 剣の峰を右肩へと担いだ、武田信玄がにやりと笑う。

『あれは技を放ったんじゃない。信玄公の攻撃力、それ自体が跳ね上がったんだ』
「これぞ宝具、『風林火山(ふうりんかざん)』。地味に映るやもしれんが、児戯に過ぎぬと笑いたくば、せめて最後まで味わってもらおうか」

 レオナルド・ダ・ヴィンチの分析結果から、推し量れる全貌は、恐らくこうだ。
 信玄の宝具・『風林火山』は、魔力の解放によって、自身のステータスを爆発的に向上させる。
 「火」の文字で筋力が増したのならば、あるいは他の三文字にも、また別の力が割り振られているのだろう。
 必要なだけの魔力を使い、必要なステータスを向上させる。それが信玄の宝具の正体だ。
 ならば消耗を度外視し、完全に全てを解放してしまえば、一体どれほどの怪物になるのか。

「なるほど、ガウェイン卿のようなものか……!」
「そぅら、まだまだくれてやるぞ! 『疾如風(はやきことかぜのごとく)』!」

 今度は左足が光った。膝に浮かんだのは「風」の文字だ。
 瞬間、鎧は光と変わる。赤い軌跡が空間に残され、武田信玄は掻き消える。
 それがただの人間である、立香の視力の限界域だ。既にその時、信玄の蹴りが、ランスロットを捉えていたのだ。

「が……!」
「ランスロット!」

 遅れて気付き、その名を叫ぶ。
 すれ違うようにしてその先に降り立ち、左手で信玄が地を掴む。
 三本足の姿勢から、両脚に力を込めて跳躍。獣のたてがみと尾をなびかせて、大太刀の一撃を痛烈に浴びせる。

「どォりゃぁぁぁッ!!」

 怒号一発。剣撃二発。三度目の踏み込みから四の太刀へ。
 完全に一頭の猛獣となり、荒れ狂う猛虎・信玄の前では、ランスロットもただの人だ。
 共に高い地力を誇り、それを的確に運用して戦う。完全なる白兵戦型のサーヴァント同士だ。その地力に差が生じてしまえば、これほどの結果になるというのか。
 今や武田信玄の力と速さは、セイバーではなくバーサーカー――かの黒騎士と化したランスロットにも、匹敵するほどに肥大化している。
 縦横無尽に大地を駆け抜け、必殺の一撃を連打してのける。一気呵成の戦いぶりは、まさに風林火山の具現そのものだ。

「まだ、これしき……!」

 それでも、諦めの色はまだない。
 防戦一方になりながらも、ランスロットは屈してはいない。
 信玄が風林火山なら、彼は心技体の合一者だ。無窮の武練を体現した、湖の騎士の眼光は、未だ獣を捉えんと、右へ左へと走り続けている。
 いよいよ、この速さにも慣れてきた。力を出し切っていないのは、こちらの方こそ同じことだ。
 そう表情が語った瞬間、遂に円卓最強が動いた。
 派手に飛び回るつもりはない。使うのは腕一本だけでいい。繰り出された紫の左腕は、飛びかかる猛獣に繰り出され。

「なっ……!?」

 微か、空いた肩を軽く押した。
 最低限の力を込めて、嵐の如き突撃を、いとも容易くいなしてみせたのだ。
 作った隙は僅かでしかない。即座の追撃は軽率に過ぎる。なればこそ、着地した信玄が、振り返るまでに行うべきは、奥の手を放つための用意だ。
 再度の跳躍に臨む信玄が、青く煌めく聖剣を捉える。これまでとは桁外れの魔力が、はちきれんばかりに渦巻くのを感じる。
 これぞ、ランスロットの正真の奥義。烈火の猛攻を清水にて制する、一撃必滅の必殺剣だ。
 なればこそ、この一刀で全てが決まる。直撃を食らわせた方が勝利する。どちらかの首が飛ぶことは、こうなってはもはや、避けられぬだろう。

「ぉおおおおおおッ!」

 それでも、信玄は恐れない。戦国最強は怯まない。
 引き際を見極めるのは将の力だが、攻め時を見極めるのは武士の魂だ。
 ここでは引けぬ。逃げられぬ。怖じ気て勝負を投げ出すようでは、武田信玄の名がすたる。
 故にこそ大剣を振りかざし、甲斐の虎は力強く吼えた。爪で地を蹴り、尾をなびかせて、獣の牙を突き立てんとした。

「でやあああァァッ!!」
「『縛鎖全断・過重(アロンダイト・オー)――!!」

 なればこそ、最強の騎士たるランスロットが、心意気に応じるのは必定。決死で臨むというのなら、決死で受け止めるのが礼というものだ。
 『無毀なる湖光(アロンダイト)』、完全解放。持てる魔力の全てを滾らせ、砕けぬ剣の限界を超えて、水の一撃を叩き込む。
 神であっても悪魔であっても、切り返される道理などない。生きとし生けるもの全てを断ち切り、刹那に爆ぜ飛ばす魔技の一太刀。
 今まさにその極光が、武田信玄の赤鎧を、深々と刻み砕かんとした、その瞬間。

「――そこまでだ」

 漆黒が、視界を襲った気がした。
 割り込んだ声を認識した瞬間、何者かがランスロットの右手を掴み、捕縛したのを理解した。
 そしてまさにその時だ。極限まで滾らせていたはずの力が、急速に萎えていくのを覚えたのは。

「ぐぅっ……!?」
「これは、まさか……!」

 この感覚には、覚えがある。
 己と武田信玄を縛り、その力を奪う拘束を、ランスロットはよく知っている。
 繰り出されたのは黒の鎖だ。サーヴァントが滾らせる力を、抑止し無力化する鉄の戒めだ。

「重ねて念を押しただろう。カルデアのマスターと出会ったならば、まずは城へと連れ帰るようにと」

 ああ、この声も知っている。
 がちゃり、がちゃりと具足を鳴らして、歩み寄る者を己は知っている。
 顔を見るまでもなく察した。厳格に過ぎるほどの低い声は、深々と皺を刻んだ表情を、想起させて余りあるほどだ。

「あれは……!」

 当然、立香も知っている。通信の向こうにいるマシュもだ。
 第六特異点を経験した、全ての人間が知っているのだ。この鉄の戒めを操る、円卓の騎士が一人いたことを。
 ああ、それでも。だとしてもだ。
 ここで来るかと思ってしまった。かの時間神殿の戦いにも、遂に姿を現さなかった男の顔を、こんなところで拝むことになるかと。
 ゆっくりと、声のする方を向く。認めるには相応の覚悟がいる。それを握りしめるようにしながら、ゆっくりと視線を合わさんとする。
 果たしてその目に認めた顔は、思い描いていた顔と、まるきり同一のものだった。

「盟友が無礼を働いた。分別をわきまえた騎士であるなら、大人しく刃を納めてくれるな、ランスロット卿?」
「……アグラヴェインか……!」

 鉄の男。堅き手の騎士。
 ありとあらゆる感情を殺し、冷徹冷酷に職務をこなした、文字通り鉄面皮と呼ぶに相応しき男。
 ランスロットの仇敵にして、互いに互いの抱える全てを、曲解しながら憎み合った男。
 円卓の騎士、騎士王補佐官――アグラヴェイン・オブ・ザ・ハードハンド。
 二度と会うこともなかろうと、どこかで思っていたその顔が、鉄の戒めのその彼方で、ランスロットを見下ろしていた。



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最終更新:2017年06月04日 23:12