戦国時代の食事とは、大名のものであっても質素だ。
諸外国のエッセンスを汲み取り、洗練させてきた現代に比べると、どうしても数段と劣ってしまう。
宗教観などの都合から、肉食がそれほど広まらなかったのも、理由の一つとして数えられるだろう。
「いやしかし、実に美味ですな、これは」
そんな戦国の食卓に、しかし舌鼓を打つ者が一人。
彼の名は円卓最強の騎士――セイバー・ランスロットである。
「この野菜を炊き込んだ米。食感の変化と瑞々しさが、舌にも歯にも喜ばしい。こちらの魚を焼いたものも、素材の味というものがある」
「はは、分かるか! それは何よりだ。大層喜んでおったと、料理番達に伝え聞かせよう」
美女の機嫌取り、という口ぶりではない。スタイル抜群の信玄が、豪快に笑い喜んでいるが、それだけを目的としたものではない。
痩せた大地に暮らしていた、ブリテン騎士ランスロットにとっては、これですら美味なるご馳走なのだ。
あるいは無表情で食事を摂っている、信玄の傍らのアグラヴェインも、そんな感想を抱いたのかもしれない。
そんなことを考えながら、食事の席についた立香は、箸を進め腹を満たしていた。
『さて、信玄公。共闘態勢が成ったところで、改めて聞いておきたいんだけどね。この特異点の戦況について、もう少し詳しく教えてはもらえないだろうか』
通信越しのダ・ヴィンチもまた、食事時を迎えているらしい。微かに食器を置く音が、通信機から聞こえてきたのが分かる。
「そうさな。我らが先刻、ランサーを打倒し、残る軍勢は総計六つ。ここまでは話しておったか」
『そうだね。となると我々が知るべきことは、ライダー・武田軍を除く五つが、いかなる軍勢であるかということだ』
証言の内容から推測するに、ランサー軍を率いていたサーヴァントが、思いっきりの顔見知りであったことは把握している。
であれば、あまり考えたくはないが、同じく知っているサーヴァントが、他のクラスでも召喚されているかもしれないのだ。
そうでなかったとしても、未知の敵の情報が、少しでも得られれば戦いやすくもなる。
彼を知り己を知れば百戦殆うからず――という文言は、信玄もよく知っているはずだ。
「と、いってもわしも全ての敵と、刃を交えたわけではない。必然話せる情報も、偏ることになるが、よいか?」
『もちろん、それで構わない。たとえ百であれ一であれ、ゼロでないのなら力になり得る』
だから話してほしい、とダ・ヴィンチが言った。
「よかろう。まず、わしらがまみえた相手からだ。
此度のランサーの手勢と同じ、怪しげに動く髑髏の軍。遠目に見える怪物には、黒塗りの大男が跨っておった。バーサーカーのサーヴァントであったようだが、心当たりは?」
『先輩……!』
「多分、それも知ってる相手です。過去に特異点で戦った、ペルシャの王……ダレイオス三世」
ローマの大地で戦った、恐るべき強敵の姿が脳裏に浮かぶ。
古代アケメネス朝の王、ダレイオス三世。漆黒の巨体に力を滾らせ、雄々しく恐ろしく吼える巨王。
ある意味で、彼がここに現れたのは、納得のいく話ではあった。
理性あるランサーならともかく、それを失ったバーサーカーであるなら、聖杯に飛びつくのもまた道理だ。時間神殿での戦いのことも、果たして覚えているかどうか。
『なるほどね……不死身の軍勢、「不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)」。アレを相手にするのなら、騎馬武者では分が悪かっただろう』
「まこと、貴様の言う通りよ。恥ずべき話ではあるがな。異様なまでに粘る敵に、これはいかんと尾を巻いて、退散する羽目になったのだ」
頭をぽりぽりと掻きながら、信玄が言った。
ダレイオス三世の軍団とは、すなわち彼の宝具である。
宝具・『不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)』は、文字通り一万の亡者の群れだ。
決して屈さず、決して倒れず。死ぬことのない髑髏の戦士を、無尽蔵に使役する術だ。
大火力砲撃などの宝具を持たず、白兵戦を仕掛けるしかない。部下も普通の鎧武者。そうした信玄の武田軍では、たとえ策を弄していても、勝つことは難しかっただろう。
『死なない兵士一万人を、真っ向から相手にするのは下策だ。とはいえ、それが宝具であるなら、大本のダレイオス王を打倒すれば、沈黙させることもできる』
「そしてここにはサーヴァントが四騎……大将狙いに絞るにも、十分な数と言えますね」
「うむ。次に相対する時には、貴様らが命運を分かつ鍵となろう」
その時には大いに頼らせてもらうぞと、小太郎の言葉に信玄が続く。
「あ……はい」
「……?」
その時の反応が、やや気にかかった。
元より恥ずかしがり屋である。自分達を差し置いて目立った、武士に悪感情を抱いてもいる。
しかしこの時の小太郎の反応は、いつもとは違ったような気がした。
まるでただ武士だからではなく、相手が武田信玄だからこそ、妙に萎縮しているような――あるいはこの館に来てからずっと、彼にはそんな違和感を覚えていたのだ。
信玄が風魔という名前を、知っているような素振りを見せたのにも、何か関係があるのだろうか。
「そして、キャスターの軍だ。此奴らは我らと同じ、日本の人間であるようなのだが……随分と、古い時代の連中であるようでな」
『武士の時代よりも古い……金時さん達がいた、平安時代の人達でしょうか』
「あるいは更に昔か。兵の練度が低いことは気になったが、いずれの戦も小競り合い。未だ大将は姿を見せておらぬ、というのが、どうにも不気味な相手ではある」
『神代に近づけば近づくほど、霊的存在としての格は上がる傾向にある。用心しておくに越したことはないだろうね』
平安時代以前となると、立香にとっても未知の領域だ。
玉藻の前、坂田金時、そして俵藤太の三名。これまでに共に戦った、日本出身のサーヴァント達は、古くともそれまでの時代の人間となる。
清姫に関しては、更に昔という可能性もあるそうなのだが、あれは特殊な事例であるため、数には含めない方がいいだろう。
ともあれ、そうした平安の世ですら、魔性、神性、あるいはそれを倒すものとして、あれだけの力を発揮していたのだ。
ダ・ヴィンチの危惧が現実化したら。そう考えると、正直なところ、背筋が震えるのを感じた。
「残るはセイバー、アーチャーの二組。此奴らとは未だまみえたことがない故、仔細までは承知しておらぬ。
そして最後にアサシンだが……此奴めについては、本当に、全くと言っていいほど分からぬのだ。何しろ奴は、戦が始まってなお、一度も姿を見せておらぬのだからな」
「姿を、見せてない……? 戦場に出てきていない、という話じゃなくてですか?」
「アサシンに関してのみは、一切が不明だ。軍を動かしたという話はおろか、居城の所在も、実在すらも、未だ不透明ときている」
立香の発した疑問に対して、アグラヴェインが補足した。
軍団を見せず、城も分からず。そこまで完璧に身を隠すことなど、本当に可能なのだろうか。
「ひょっとしたらアサシンなんて、本当は呼ばれていないんじゃないのか? 今回の聖杯戦争とやらは、六人で行うものとする、だとか」
「わしもまぁ、それは考えたんだがな。しかし聖杯から押し付けられた知識に、きっかり七騎という指定がある以上、どこかにおることはおるのだろう」
「最後の最後まで姿を隠し、漁夫の利を狙う可能性もある……ということですか」
小早川秀秋の指摘を、信玄があり得ないと否定する。
となるとそこにあるべき意図は、ランスロットの推測通り、粘り勝ちと見るのが正しいだろう。
大した力を持たないからこそ、身を潜めているのならばまだいい。そうすれば小太郎が探し出して、倒すということもできるはずだ。
問題はそうでない力を持ちながら、同時に慢心すらも捨て去り、敢えて耐え忍んでいた場合の話だ。
こうなると、とても恐ろしい。潰し合い疲弊したところに、突然殴りかかられたら、それこそ対処のしようがない。
凄まじく不気味な相手だ――そんな感想を、立香は抱いた。
「ともあれ、これがここまでのあらましだ。次はこれからの話をしよう。明朝、我らはランサー亡き後の城――清州城へ人をやると決めておる」
「清州城……信長、鬼ころし?」
『惜しいね。そっちじゃなく、由来の方の話だ。愛知の方にある城で、藤丸君の言う通り、織田信長が居を構えたことで知られている』
我ながらどうでもいいなと思えたボケに、半笑いでダ・ヴィンチが補足した。
曰く、尾張国の中心に置かれた城で、本来あるべき関ヶ原の戦いでも、東軍の後方拠点に数えられたという、由緒正しき城なのだそうだ。
若き日の織田信長は、この城に十年ほど住んで、桶狭間の戦いなどに挑んでいたのだという。
そしてこの城を、かのアイドルかぶれは、この特異点での拠点とすべく、占拠していたというわけだ。
鮮血魔城が合戦場に、突如現れたという時点で、それを根城にしていたという線は、なるほど無かったということになる。
『清州城を前線基地として、利用するためにですか?』
「それもある。だが大一番の備えのために、ある仕込みをしておきたくてな。織田には悪いが、そのために少し、大工仕事をしてもらうのよ」
「お城を改造する、ってことか」
「藤丸達も見てみるか。建築はよいぞ。景色がわしの想像のままに、塗り変え創造されるのがよい!」
そう語る信玄の目つきは、どこか無邪気に光っているような気がした。
領内整理に信玄堤と、武田信玄は自身の領地を、組み立て整備していったという印象が強い。
ひょっとしたらだが、彼女は、かのオジマンディアス王あたりと、話が合うのではなかろうか。立香はそんな風にも思った。
「先刻ランサーが討たれた以上、清州城の占領は、誰彼も予測していることではあるだろう。襲撃を受ける可能性もある。その上でも、貴様達には護衛を任せたいのだが」
「そういうことなら、喜んで」
「うむ、頼むぞ。特にバーサーカー……ダレイオスなどは、どう出てくるものかまるで読めんからな」
アグラヴェインの要請に頷き、翌日の方針がこうして決まった。
結局のところ、ダレイオス三世のみならず、ほとんどの敵軍の動向が、予想できないという結論に至った。
であれば、清州城改造のための人手が、誰の手勢に襲われるのか、分かったものではないのである。
なればこそ、最大戦力であるサーヴァント達が、いくらかその護衛につくのは、当然と言えば当然と言えよう。
『ちなみに、信玄公。一番はまぁアサシンとして、残る四騎のサーヴァントのうち、最も警戒すべき敵というのは、一体誰になると思う?』
そうして方針がまとまったところで、最後に、ダ・ヴィンチが尋ねる。
強敵揃いの大戦争だが、その中でも最も危険な敵は、果たして誰になるのかと。
「そうさな……そうして問うのなら、答えは、やはりアーチャーということになるか」
「アーチャー……?」
対する信玄の答えは、少々、意外なものだった。
言うまでもなくダレイオス三世は、不撓不屈を体で表す、恐るべき強敵であるはずだ。
キャスターの方も、正体不明ではあるものの、底が見えない敵として、警戒すべきということは、十分に指摘されたはずだろう。
しかしながら、信玄は、ろくに戦ったこともない、アーチャーの名前を挙げたのだ。
これは一体どういうことだ。小太郎も、そしてランスロットも、この答えには怪訝な顔で返した。
「これはただ一つだけ、握っている情報になるのだがな。あれは此度の戦争において、ある意味一番の例外なのだ」
『例外、ですか』
「うむ。ランサーの手勢と戦った折、奴は軍を引き連れることなく――単独で戦場に降り、敵を撤退に追い込んだと、そう伝え聞いておる」
単独。
たった一人で戦場に出てきて、戦果を上げたということなのか。
これは明らかに異常だ。
確かにあのサーヴァントには、領地を治めた逸話はあっても、戦争に勝ったという話はない。恐らく信玄やダレイオス三世に比べれば、軍隊指揮の適性は、低い方だと言えるだろう。
だからといって、大勢引き連れた軍隊が、たった一人に倒されるという、そんなことはまずありえないのだ。
一騎当千がサーヴァントと言えど、ランサーもアーチャーもそうであるなら、その力が真っ向衝突し、相殺されるのが常となるはずだ。
『アーチャーだけがただ一人、軍隊を持たずに行動している……ということですか?』
「それでなお、それだけの戦果を上げたのならば、何よりも恐ろしい敵となるだろう。何しろ集団故の足並みのズレを、全く勘定に入れることなく、それだけの力を振るえるのだからな」
疾きこと風の如く。それを孫子が重視したのは、集団をそのように動かすことが、困難であるからに他ならない。
何百何千もの集団となれば、全員が足並みを揃えなければ、思うように動くことがままならなくなるからだ。
しかしアーチャーには、この前提が、まるきり通用しないのだ。
風のごときフットワークで、自在に列島を横断し、どこからともなく現れて、炎の侵掠を仕掛けてくる。
そんな奴と、どこかで必ず、刃を交えなければならない。そのことは藤丸立香にとっても、重くのしかかる事実だった。
最終更新:2017年06月14日 02:13