髑髏の葬列、荒野を歩む。
幾千万と連なって、黒死の陽炎、大地を包む。
もうもう熱気を漂わせ、がちゃりと鋼を響かせるのは、不吉な骸骨の一団だ。
現世の地表をひっくり返し、裏手の地獄を現出させた――そんな錯覚すら覚える、魑魅魍魎の大軍勢だ。
その中心に、巨象がある。おびただしい瘴気を撒き散らし、肉など持たぬ躯の口から、生臭い吐息を漂わせる。
小山と見まごうほどの巨躯に、悠然と腰を預ける者こそ、万夫不当の漆黒王。
二振りの戦斧を携えて、ただその行く手のみを見据える――かの者こそ、アケメネスの巨王・ダレイオス三世である。
「バーサーカーが動いたか」
そして遥か彼方から、これを見下ろす者があった。
地上にあらず、天空にあり。宙に浮き大地を見据える者が、ダレイオスの進軍を、一人静かに見届けていた。
「あれが何を考えているかなんて、分かったものじゃないけれど……」
あれは間違いなく狂戦士だ。理性の大半を失った王には、人の言葉は通用しない。
しかし、こと軍を動かすことに限れば、どこか統率や意図の気配が、傍目にも感じられることがある。
であるなら、この先へ軍を向かわせることも、何らかの思考の末の決断なのだろう。
この戦いの行く末に、何を求めているのかなどは、無論知ったことではないが。
「……それなら、頃合いなのかもしれないね」
だとしても、これが機会なら、見逃すことなどできやしない。
あれが斯様に動くのならば、それを目撃してしまったのなら、黙って見過ごすことはできない。
故にこそ、虚空より見下ろす声の主は、針路をその先へと定め、静かに風となり、消えた。
◆
『――うーん。確かに召喚サークルの設置には、ちょうどいい条件ではあるんだけどね』
「やっぱり、駄目かぁ」
躑躅ヶ崎館の、庭園にて。
武田信玄の軍勢が、出立の準備を整える中、藤丸立香はダ・ヴィンチらと共に、残念そうに唸っていた。
『すみません……私が力になれなかったばかりに』
『いやいや、君の責任じゃない。マシュが出られないなら出られないで、次善の準備をしておくべきだった、私達の落ち度だよ、これは』
これまで立香は、マシュの設置する召喚サークルを介して、カルデアとの連携を取り合っていた。
転送拠点を用意することで、待機しているサーヴァントや、あるいは単純な物資などを、カルデアから送り出していたのだ。
しかし、今現在のマシュ・キリエライトには、それを為すための力がない。
故にこそ、ここにきて、追加のサーヴァントを招集できないという、大きな問題が浮上したのである。
「小太郎の負担が大きくなるのは、申し訳ないんだけど……」
「気にしないでください。忍なれどもサーヴァント……しっかりと、使命を果たしてみせます」
本来ならば、風魔小太郎は、前線向きのサーヴァントではない。
隠密・撹乱に特化した力を、適切に運用するためには、前に出るのに相応しい、他のサーヴァントの存在が不可欠となる。
そうした戦力を呼べないことは、彼に無用な負担を強いることに繋がるのだが、それでも問題なく戦ってみせると、小太郎は力強く宣言した。
「やはりギャラハッドの力は、今の彼女にはないのだな……」
そんな小太郎のすぐ近くで、表情に陰りを見せるのが、円卓の騎士・ランスロットだ。
彼とマシュの間には、複雑な奇縁が存在する。彼に対するツッコミだけが、容赦のない鋭さを孕んでいるのも、元々はそれが原因だ。
何せ今は眠っている、マシュに宿された英霊の力は、そのランスロットの実子にして同志――騎士の中の騎士・ギャラハッドのものなのだから。
『はい……以前なら、ランスロット卿と会った時には、何かしら感じるものがあったのですが……』
「こちらに降りていない時点で、何かがあるとは思っていたが……こうして実感してみると、色々と思うところはあるな」
ランスロットとギャラハッド。控えめに言ってもその親子仲は、良好であったとは言い難い。
策謀の末に生まれた息子を、彼は一度は捨てたのだ。故にこそ、ギャラハッドの方は、不義理な父であるランスロットを、憎んですらいたかもしれない。
それでも、それを恥じたランスロットは、よりを戻そうと考えるようにはなった。
考えてはいたのだが、結局のところこうやって、二度目の別離を味わう羽目になっている。故にこそ、彼の表情にも、暗いものが浮かぶのだろう。
「――彼女はマシュという一個人だ。彼の力を得たといえども、貴卿の息子自身ではなかろう」
その縮んだ背中に、容赦なく、冷水を浴びせる者がいる。
冷ややかな指摘をぶつけてきたのは、黒鉄の鎧のアグラヴェインだ。
がちゃりがちゃりと具足を鳴らして、廊下を歩いて近づいてきた、因縁深き相手である。
「アグラヴェイン卿……」
「その浅慮ゆえに躓いた。幾度も無様を晒し続けた。ゆめゆめ、そのことを忘れぬことだ。かつてのようなくだらぬ破綻を、ここで繰り返されても困るのでな」
余計なことを考えず、目の前の使命に殉じろと。
それだけを口にし、すれ違うと、そのまま真っすぐに遠ざかっていく。
反論など許すつもりはない――マントと鎧のその背中が、言外に語っているようにも思えた。
「………」
『ぐうの音も出ない、という顔だね』
意外にも、ランスロットは無言だった。
以前よりどことなく感じていた、不仲の度合いを考えれば、お前に言われるまでもない、というくらいの言葉は、返しそうな気もしていたのだが。
実際のところ、ランスロットは、より複雑な表情を浮かべて、押し黙るに留まっていた。
あいつだけは許せないと、鼻息を荒くしていた時とは、それこそ別人であるかのように。
「……キャメロットで、何かあったの?」
自然と、立香はそう聞いていた。
デリケートな話ではあったのだろうが、それでも態度の変化について、理由を考えようとすると、そこに行き着くしかなくなるのだ。
「分かるのか、藤丸殿」
『今の私にも、それくらいは』
目を丸くするランスロットに、横からマシュが声を上げる。
やはり彼らしくないと、感じてしまうような変化だったらしい。
「……魔女の子であるアグラヴェインは、その手先でありブリテンの敵。そう思っていた、とは話したのだったな」
『そのおかげで彼のやり方について、随分と偏見を持ってたこともね』
「事実、偏見であったらしい。刺客として育てられた奴は、しかしその母に失望していた。敵であるはずの王の方が、遥かに誇らしいと思えたほどに」
ランスロットは静かに語る。彼が、言葉から読み取れた限りの、アグラヴェインの胸の内を。
嫌われ者であったアグラヴェインは、事実人というものを嫌っていた。それでもいいと思っていたから、評価を正そうとは思わなかった。
それもこれも、母の邪悪に、心底絶望していたからだ。斯様に醜悪な有様こそが、人間なのかと失望したからだ。
そんな中にありながら、初めて嫌われたくないと、認められたいと思った相手――それこそが、皮肉にも敵であるはずの、かのアーサー・ペンドラゴンだった。
なればこそ、彼は寝返るようにして、アーサー王のために忠義した。ランスロットの思い込みと、アグラヴェインの実態とは、まるきり別物だったのだ。
『誤解が解けた今、貴方は、アグラヴェイン卿を許すと?』
「それもまた、叶わぬことなのだろう。私が奴を誤解したように、奴もまた履き違えたことがある。それを認めない限り、私は奴を許せそうにはない」
だからこそ、こうもかき乱されるのだろうと。
誤解を詫びてやろうにも、アグラヴェインは自身の意を、決して改めることはしないのだろうと。
複雑な胸の内を語るランスロットは、輝かしい逸話とは裏腹に、ある意味人間的ではあったけれど。
その背が戦場のそれとは似つかず、ひどく小さなものに見えた。それを愚かと笑う気はないが、どうしようもなく、哀れには思えた。
◆
しばしの間を置いて、清州城である。
安土、姫路に、そして大阪。世の名城と比べると、いくらか小ぶりなものではあるが、それでも立香達にとっては、ようやくの城らしい城であった。
現場検証と指示通達のため、手勢を手配した信玄自身も、城へ赴いてしばらくの後。
ある意味予想通りではあった、キャピキャピケバケバとしたランサーの私物を、あちらこちらから撤去させる姿を、立香達はすぐ横で見ていた。
『なるほど、霊脈のパイプラインを形成する施設か。切り札に使うと言っていたけど、これはまた大層な仕掛けだね』
魔術師ならざる身でよくやると、レオナルド・ダ・ヴィンチが感嘆する。
今まさに彼女が閲覧しているのは、信玄によって公開された、清州城の改築プランである。
それによると、この城は、大地の霊脈の流れを操作し、魔力を調整・伝達させるための、変電所のような施設へと生まれ変わるのだそうだ。
『もしや信玄公は、生前からこれを?』
「まさか。サーヴァントとして現界した折、わしの宝具の一部として、押しつけられただけの知識よ」
恩恵と呼べるものではあるがと、信玄はダ・ヴィンチの言を否定した。
魔女メディアのものなどがそうだが、サーヴァントは生前の逸話から生じた、生前には使ったこともないような武具を、宝具として所有することがあるのだそうだ。
この、戦国大名らしからぬ魔力運用の知識も、そうして与えられたものなのだという。
「既に領内に設けているもの、そしてこの清州城。後はバーサーカーとキャスターの領地に、一箇所ずつこれを構えていけば、効率よく稼働させることができる」
「敵を倒せば倒すほど、設備が増強されていくってことですね」
「単純で分かりやすかろう?」
にやりと笑う甲斐の虎に、藤丸立香が頷き返す。
一番警戒すべき敵は、アーチャーであると彼女は言った。
であればその準備として、他のサーヴァントの陣地を奪い、軍備を整えていくというのは、なるほど理解しやすい流れだ。
いかな切り札なのかは知らないし、聞いてもお楽しみだとはぐらかされたのだが、アーチャーの力が話通りなら、あるいはお目にかかる機会もあるかもしれない。
「――主殿、信玄公」
そこまで考えた、その時である。
音もなく現れた小太郎の、静かな、しかし真剣な声が、立香らの耳に届いたのは。
「懸念通り、敵が現れました。近づいているのはバーサーカーの軍……中心には、ダレイオス三世の姿も見えます」
「いきなりのお出ましときたか!」
『不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)』の性質を考えれば、予想できたことではあった。
しかしながら、そういうカードを、本当に切ってくるものとは。突然の大将の出現には、さしもの信玄も驚かされた。
ダレイオスがこの状況で、何を為そうとしているのかは知らない。
元はランサーの本拠地であったが、ライダーにとってはそうではない。なればこそ、自身は後方に構えて、最低限の兵力を、ぶつけてくる程度に留まるかもしれない。
しかしそうでなかった場合――信玄がこの場にいることを察知し、全力で首を獲ろうとしてきた場合は、これはもうまるきり話が別だ。
一万人の不死兵全てを、真っ向から相手取る兵力は、この場には出揃っていないのだから。
『信玄公……!』
「すぐに馬を躑躅ヶ崎へ出す! 残念だが楽しい現場見学は、ここらで打ち切るほかなさそうだ。きっちりと働いてもらうぞ、藤丸!」
「はい!」
すぐさま武将モードへ切り替わり、厳格に指示を飛ばす信玄。立香もまた事態を肌身で感じ、真剣な面持ちでその命に応える。
いよいよ、本格的な戦だ。前回は事故のようなものであったが、今回はもはやその限りでない。
敵を迎え撃つ側に立つと、覚悟した上で戦場に臨み、生き残るために戦うのだ。
たとえその先に待っている者が、一度は時間神殿で協力した、顔見知りの男であったとしてもだ。
出陣すべく廊下を走り、外を目指す立香の手に、必然、力と汗がこもった。
最終更新:2017年07月02日 21:15