第一節:『ファニーゲーム』(2)

【1】


「そんな警戒しないでよ、こっちは仲良くしたいんだしさ」

 自称セイバーはそう言いながら、降参のポーズを取った。
 されど、ジェロニモの体勢は依然として変わりはない。
 彼の中に、未だ強い警戒心がある事の証明であった。

「そりゃそうなるのも無理はないけどさ、もうちょっとフレンドリーになってよ。
 ほら、この通り敵意はありませんってポーズ取ってんだからさ」
「そう言われると益々頑なになるのが、人間というものさ」

 参ったなと言わんばかりに、セイバーは頭を掻いた。
 それでもなお、ジェロニモはナイフを構えたままである。
 鷹の様な眼光で、目の前の不審人物を見据えていた。

「そこまで警戒しなくてもいいんじゃないかな……」
「何を言うマスター、あの男は相当にきな臭いぞ」

 思わず語り掛けた立香に対し、ジェロニモはそう答える。
 彼は目前の男に対し、軽薄さ以上の危険性を感じ取っていたのだ。
 それは戦士としての勘などではなく、理性で導き出した確信であった。

「どうすれば安心してもらえるかなァ。俺もちょっと悲しくなるんだけど」
「安心?これからそれを乱す君が言うとは、随分と面白みのないジョークじゃないか」
「……どういう事だい、それ」

 セイバーが口に出したのは、好奇心からくる質問だった。
 ジェロニモの言葉を否定する事も、ましてや肯定もしていない。
 その理屈に至った経緯を知りたい、それだけだった。

「君は私のマスターが空中に落下していた時、何処で何をしていた?
 此処にいたんだ、彼を助ける事など、それこそ容易だった筈だがね」

 ジェロニモの言葉にはっとなった立香は、次いでセイバーに目を向けた。
 確かにこのタイミングで出てきたのなら、それはこの周辺にいたのと同義である。
 にも関わらず、自身が生命の危機に晒されていた時、この男は姿を現さなかったではないか。
 それはつまり、藤丸立香という個人が死んでも、何ら彼には問題ないという事で。

「今度はこちらから聞こう。何が狙いで私達に近づいた」

 手にしたナイフをぎらつかせながら、ジェロニモが逆に問う。
 しかしどうだろう、セイバーは質問に答える事も無く、くつくつと笑いだしたではないか。
 笑い声は次第に大きくなり、やがては破顔と言ってもいい程になっていく。
 それを目にした二人は、緊迫感を増大させざるを得なかった。

「考えてみればそれもそうだ!いきなり出てきたら怪しまれても無理ないか!
 カハハハハハハハッ!和人(シャモ)の下僕の癖して中々知恵者じゃぁないか!」

 口を開いたセイバーの言葉は、一転して攻撃的になっていた。
 それまでの友好的な態度など、やはり偽りに過ぎなかったという事である。
 いよいよ怪しくなってきたと、ジェロニモは眼を潜めた。

「……私の質問に答えてもらおうか。何が狙いだ」
「何が狙いって言われてもなあ、いや簡単な話さ」

 セイバーの眼光が鋭くなり、同時に殺気も膨れ上がる。
 咄嗟に立香はジェロニモの背後に隠れ、自らの身を守らんとする。
 そしてジェロニモは、手にしたナイフの柄を今一度強く握りしめた。

「そこにいるクソ和人(シャモ)を――ちょっと殺したくさァ!」

 瞬間、セイバーがジェロニモに肉薄する。
 いつの間に召喚したのか、その手には一振りの刀が握られていた。
 その刃を以てして、標的の首を切り落とさんと迫ったのである。

 が、それを黙って見逃すジェロニモではない。
 彼は向かってくる刀を、ナイフの刃で見事受け止めてみせた。
 刃同士を軋ませながら、二人は殺意塗れの視線を交差させる。

「どいてくれないかなァ。俺はそこのサルを殺してやりたいだけなんだよ」
「丁重にお断りしよう。同胞を殺されるのは二度と御免なのでね」

 刹那、二つの刃物による打ち合いが始まった。
 神速の太刀を振るうセイバーに、ナイフ一本でそれを防御するジェロニモ。
 刃同士がぶつかり合う度に、鋭い音が立香の鼓膜を叩く。

「なあ下僕さん。見逃してやるからその和人(シャモ)をこっちに渡してくれよ」
「断る。その様な臆病者に育った覚えはない」
「そうかい、じゃあ死ぬしかないなァ!」

 二つの刃が踊るこの戦い、これが魔術師と剣士の戦いであると、誰に想像できようか。
 ジェロニモはキャスターのクラスだが、接近戦にも優れた変則的なサーヴァントだ。
 接近戦を優位にするスキル「血濡れの戦鬼」の存在が、その証明である。
 そのスキルの影響もあって、彼は剣術を得意とするセイバーとも、互角に打ち合えているのだ。

 が、その特徴を以てしてもなお、最優のクラスであるセイバーは脅威となる。
 事実として、ジェロニモは防戦一方に対し、相手は攻撃の手を緩めていない。
 このまま何か手を打たなければ、彼はやがて打ち負けてしまうだろう。

「さあさあどうした!それでお終いかい!?」
「これで不満かね?なら一つ、手品を見せてあげよう」

 その言葉の後、ジェロニモが後方へ飛び退いた。
 そしてそれと同時に、セイバーに向けナイフを投擲する。
 当然ながら刀で弾き返そうとするセイバーだったが、それだけで事は終わらなかった。
 投擲物が弾かれた瞬間、ナイフから稲妻の如き雷撃が発生したのである。

 これにはセイバーも予想外だったのか、対処する暇もなく電撃を浴びてしまう。
 その隙にジェロニモは、得意のシャーマニズムで鷲を一匹召喚した。
 先程立香を救ったのと同じ、人一人を鉤爪で運べる程のサイズである。

「一旦引くぞマスター。仲間探しが先決だ」

 立香を抱えると、ジェロニモはすぐさま鷹の脚を掴む。
 鷲は鋭く鳴くと、翼をはためかせ一気に空へ舞い上がる。
 そしてそれに吊られる形で、ジェロニモ達も空へ飛び立っていった。

「逃げるなこの野郎ッ!せめてそこのクソ和人(シャモ)だけ置いてけッ!」

 セイバーの下品な罵倒が響くが、ジェロニモ達はそれを無視して逃走する。
 今の目的は逸れた仲間との合流であり、全力で敵を潰す事ではない。
 その事は立香も承知の上であり、彼もそういった指示を出すつもりでいた。 

 ひとまずは、罵声の聞こえない場所まで移動するべきだろう。
 鷲にぶら下がるジェロニモ、そして彼に抱えられた立香は、そう考えながら空を進んでいった。


【2】


「クソッ!逃げやがってあいつら!」

 一方、隙を突かれて逃走を許してしまったセイバーは、この上なく荒れ狂っていた。
 無理もないだろう、殺せた筈だった得物を、みすみす逃してしまったのだから。

 ひとしきり喚いた後、セイバーは大きく溜息をついた。
 それに混じっていたのは、もっと確実に始末すべきだったという後悔だった。
 変に良い子ぶって出てくるのではなく、不意打ちで首を刎ねておけば良かったのだ。

「慢心していたわねセイバー、情けないわ」
「……アヴェンジャーか、いるならいるって言ってくれよ」
「あら失礼ね、丁度今来たところよ」

 いつの間に現れたのか、セイバーの背後には童女の姿があった。
 先程までライダーと会話していた筈の、あのサーヴァントである。
 だが何故だろうか、先とは口調に女っ気が混じっているではないか。

「一芝居打ってから二人とも始末する算段だったのでしょ?」
「ああそうとも、失敗したけどね」

 悪態をつくセイバーを見て、童女――アヴェンジャーはくすくすと笑う。
 それはまるで、その程度の事など気にも留めていないようであった。
 事実、彼女にとってはセイバーの失敗など、些細な問題に過ぎない。
 世界を救ったマスターがすぐに死ぬなど、元より思っていないからだ。

「ライダーの手引きでカルデアの妨害には成功した、結果はそれだけで十分よ」

 カルデアに起きた異常事態は、かのライダーによるものである。
 彼が発動していた宝具により、カルデアは著しい妨害を受ける事となったのだ。
 通信を遮断され、令呪を使用不能にされたのも、敵の想定内である。

「それに、今死なれたらこの"楽園"を見てくれないでしょう?」
「……それもそうか。あのクソ和人(シャモ)、どんな顔するかね。この"地獄"を見たら」

 そう言った後、二人は小さく笑ってみせた。
 二人の言葉に矛盾はない、この世界は楽園にして地獄である。
 立香達がそれを知るのは、そう遠くはないだろう。





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最終更新:2017年11月03日 10:29