赤化

04

お姫様抱っこから下りたばかりである僕は、当然ながらライダーの至近距離に立っている。
その為、僕の首に触れてる刃は、持ち手にかなり近い部分だった。
喉仏に鍔が触れるか触れないかくらいの近さである。
つまり、ライダーの軍刀の刃の殆どは僕の背後に存在しており――僕の真後ろにいつの間にか立っていた金髪の男の喉元に、深々と突き刺さっていた。

「Gーー!?」

聞こえてきた呻き声に、僕は咄嗟に振り返ろうとする。
だが、ライダーが僕の首根っこを掴んで、自分の背後に放り投げる方が、僕が首を動かすよりも早かった。
突然放り投げられた僕は、受け身もマトモに取れず、氷の大地に腰を強かに打ち付けた。
金髪の男、僕、ライダー、だった位置関係が、金髪の男、ライダー、僕、へと変化する。
腰の痛みに悶絶しながら顔を上げると、まるで金髪の男から僕を守るようにして、刀を手に仁王立ちしている赤軍服の背中があった。

「貴様は……バーサーカーか」

金髪の男を視認し、ライダーはポツリと呟く。
はぁ、と溜息を吐いた後、彼は、

「マイナス×マイナス×マイナス=マイナス――『赤化』の力でようやく戦闘意欲が湧いたのは結構だがな、今ここで不意打ちのように背後から戦士(マスター)を襲うのは頂けないぞ? 何せ、こいつは今、駒であるサーヴァントを一騎も従えていないのだ。いくら優秀な戦士(マスター)であるとは言え、サーヴァントがいないこいつは無力なのだよ。それとも、無力な者への不意打ちこそが、最悪の殺人鬼(シリアルキラー)である貴様にとっての正攻法――」

なのかね?――とライダーが問おうとしたその時。
金髪の男は、喉に刀が刺さっているにも関わらず、ライダー目掛けて進み始めた。
ズ、ゾゾゾ、ズゾ――金髪の男が前に歩くたびにライダーの軍刀が肉に食い込んでいく音が、僕の耳元にまではっきりと届く。

「瀕死の状態でなお、戦士(マスター)の命を――否。邪魔する私の命までも屠らんとするか。くっくっくっ、良いな。狂戦士らしい狂気じみた執着を感じさせられる、良い戦意だ。『赤化』しただけの事はある。素晴らしいぞバーサーカー――もとい、レッド・バーサーカー」

そんな賞賛の台詞を言いながら、ライダーは軍刀を真横に振った。
首の半分以上が切断されたバーサーカーは、ぷつりと糸が切れた操り人形のように、その場にバッタリと倒れる。
先ほどまでの生命力が嘘のようだった。

「首を切ったと同時に貴様にかけた『赤化』も解いた。戦意を無くした戦士が倒れるのは、自然の道理よ。貴様の戦意は素晴らしかったがな、今はまだそれを発揮するべき時ではないのだ。戦争が始まるその時まで、もう少し待ちたまえよ」

ライダーは刀身に付いた血を、自分のマントで拭う。
その姿を見つつ、僕は依然氷の大地に腰を付けながら、呆然としていた。
赤いライダー――こいつは何がしたいんだ?
死ぬかと思ったら助けられ、かと思ったら敵対宣言を告げられ、かと思ったらバーサーカーの襲撃から助けられ……。
なんともちぐはぐな、一貫性の感じられない彼の行動に、僕は混乱を極めるばかりである。
ライダーは振り向いて僕を見下ろし。

「無事か戦士(マスター)? ――しかしな、安心するのはまだ早いぞ」

安心なんてしていないんだが?
これまで感じた疑問を口にしようとする僕だが、それを遮るかのように、足音が響いた。
その音は、僕のものでもなければライダーのものでもない。
しかも、足音は一つだけではなく、複数あった。
僕とライダーの周囲を取り囲むようにして、いつの間にか多数の人間が出現していたのだ。
白衣の老人、ドレス姿の女、屈強な男、ナイフを手にした少年、王様のような格好をした青年、薄汚い中年男性、黒ビキニを着た幼女――幼女?
ともあれ、その人々はパッと一目見ただけでも多様である。
一見バラバラな外見だが、彼らには共通している特徴があった。
それは――赤。
まるで血管が浮かび上がっているかのように、彼らの皮膚には赤い紋様が描かれているのである。
『赤化』――ふと、僕は、彼らの特徴から、先ほどライダーがバーサーカーに言っていた単語を思い出した。

「彼らはいったい……」

どう見ても普通じゃない集団を目にし、僕は思わずそう呟く。
それを聞いたライダーは、またも呆れたかのように、

「おいおい、戦士(マスター)よ、あまりの事態に視力が低下したのか? 奴らはどう見ても一体だけでなく複数体いるだろう」
「いや、そういう意味の『いったい』じゃないんだけど――ライダーは彼らが何なのか知ってる?」
「知ってるとも! 彼らはな――」

まるでこれから自分のお気に入りのコレクションを紹介する子供のような表情をしたライダーだが、彼の台詞は、突如飛来したナイフによって遮られた。
ナイフを投げたのが、赤い集団の一人であるのは言うまでもあるまい。
ナイフは、僕の頭部の真ん中目掛けて空を駆けていた。
咄嗟に抜いた軍刀でナイフを弾き返すライダー。
しかし、刃物の飛来はなおも続く。あるいは、刃物を持った人物が直接襲い掛かってくる――何故人は多種多様なのに、投げられる武器は刃物しかないのだろうか?
また新たな疑問を見つけた僕だが、飛んでくる殺意を避けるのに精一杯で、それの回答を考える暇は全くなかった。

「ええい、仕方ない!」

ライダーがそう叫ぶと同時に、付近の空間に赤黒い亀裂が生じ、その隙間から――

「話の続きはこいつらを片付けてからだ! 『赤化』の力の強さは知っていたが、まさか飼主の手を噛むほどに狂暴に変えてしまうとはな! くっ――」

――数多の銃口が、数多の砲口が、数多の剣先が現れた。

「――くっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっ! 」

ライダーは笑う。
おかしそうに――犯しそうに。

「なんたる予想外! なんたる予定外! 最初からここまで思い通りに行かない事態が発生するとはなぁ!だが!――それがいい! それでいいのだ! 予想出来ないのが戦争だ!」

彼の笑い声と共に、数えきれない程の戦力は、赤い集団へと襲い掛かり、彼らの身体を壊して行く。
その光景に、僕は、バビロニアで見た英雄王の宝具――『王の財宝(ゲートオブバビロン)』を思い出した。

《《戦闘開始》》
フレンド欄にいるunknown(ライダー)だけを連れて、9体のシャドウサーヴァント(黒い影ではなく、赤い影になっている)とバトル。


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最終更新:2017年07月09日 16:23