第5節:嵐の前の



白い軍服を着た男と黒いセーラー服を着た女が、操舵室の窓から景色を眺めている。
女が「この戦艦、大したもの」というと、男は「そうか」と答えた。

「さすが、と褒めざるをえない」

再び女が口を開くと、男は〝黒船は格が違うから〟といった旨の言葉を返す。
すると女は「じゃあ、中でごちゃごちゃやってるサーヴァントはどうする?」と、再び質問を投げかけてきた。
男は一寸の間を置いた後、静かに答えた。

「邪魔してきたら、潰すだけよ」

決意のこもった両の瞳で、女を見つめながら。


◇     ◇     ◇


ティーチが消え去った現場にて。
彼が何者かと争った形跡がないことを察知した立香は、カルデアとの通信を行っていた。

「マシュ! ダ・ヴィンチちゃん! どうだ、分かりそうか!?」
『申し訳ありません! 現在地から離れているためか、黒髭氏の霊基反応は確認出来ません!』
『やはりその謎の二人組とやらに連れ去られた可能性は否めないだろうね。もしくは勝手に行動して迷子になったか。
 彼の行動パターンから考えるに、後者の可能性がないとも言い切れないのがつらいところだが……残念だけど、今は力になれそうにない』
「そうですかぁ……」

端的に言うと、解析が出来ないかと訊ねてみたのだが、結果は芳しくないらしかった。
立香は呆然とし、地味な色の天井を見上げたまま大きく溜息をつく。

「参ったなぁ……」

まさか、まさかこんなことになってしまうとは思わなかった。
いや、決して100%そう思わなかったわけではないが、とにかくティーチのタフさを過信しすぎていたきらいがある。
一瞬の判断がサーヴァントの生死すら分ける特異点において、そうした油断は致命的である。
それは分かっていた。分かっていたはずなのだが……実際にこの様な状況になると困るし、何より不安だ。
故に立香の口からは、再び大きな溜息が漏れる。

「ほんっと……マジすんませんでした……」

そんな立香に五体投地で謝るくノ一が一人。そう、日下茂平である。

「あたしが勝手に聖杯戦争だと勘違いして、あなた方を翻弄してなけりゃこんなことには……」

もはや茂平の姿勢は、土下座を越えた土下寝の域にまで突入しようとしている。
そんな彼女に対し立香は「過ぎたことは仕方ないって」と声をかけるが、それでも頭を上げようとしない。
仕方がないので、同じ故郷の大先輩である元親に慰めるよう頼むと、やっとこさ顔を上げて立ち上がってくれた。
真面目なんだろうなぁ。立香はそう思った。

『ところで立香君。こちらの機材の不備かと思って、敢えて黙っていたことがあるんだが……』

その矢先、何やら嫌な予感をビンビンと感じさせる通信が届いてきた。
この期に及んで一体何が……? 立香はビクビクしながら応答する。

「何よ、ダ・ヴィンチちゃん」
『こちらで、超強力な霊基反応が確認されているんだ。しかも……君達のすぐそばにだ!』
「はぁ!?」

思わず悲鳴染みた……否、悲鳴そのものが上がる。
告げられた言葉を噛み砕けずにいた立香は「つ、続けて続けて! どうぞ!」と続きを促した。

『続きも何も、言ったとおり。全ての始まりは君達がレイシフトした直後のことだ。
 こちらの機材一式が、突如強力な霊基反応を探知した。いや……正確には〝探知し続けている〟んだよ。
 君達のすぐそばに強力なサーヴァントがいるぞと、全ての機材がそう伝え続けているんだ。恐ろしいことにね!』
「ほ、本当に壊れたんじゃないのか!?」
『各スタッフに急いで確認させたが、全て正常だった! だというのに、機材は霊基に反応し続けている!
 最初は元親君の霊基に対するものかと思ったが、彼のものとは別口だった……というわけで立香君、まず一つ確認してほしい』

額から滲み出る嫌な汗を拭いながら、立香は「何を?」と訊ねる。
すると返ってきたのは『茂平ちゃん以外のアサシンに付け狙われていやしないか? それも、超強力な』という言葉だった。

『こちらでは二つの仮説が上がってね。その一つが〝グランド級のアサシンが常に気配遮断によって君達について回っている〟というものだ。
 さすがに馬鹿馬鹿しいとは自分達でも思っている。だが脳裏をよぎる〝もしかしたら〟をどうにも拭いきれない。どうだい? 確認できるかな?』

何を馬鹿な、と思った。
グランドアサシンだと? そんなキングハサン……あの初代〝山の翁〟のような存在が自分達のすぐそばにいると?
よしんばダ・ヴィンチの言う通りだったとして、ならばそんなレベルにまで至った超絶英霊の気配遮断スキルを突破せよと?
無理ゲーでは?

「無理ゲーでは?」

思わず声に出してしまう。無理もなかろう。
まぁ一応、周りをきょろきょろと観察してはみた。
徒労に終わったが。

『まぁ、そうだよね。グランド級の気配遮断ともなれば、かのファラオですら容易く首を切断されるレベルだ。
 無理を言ってすまない。私も混乱しているらしい……いや、本当に。ごめん、忘れてくれ。いや、無理か。無理だよね』
「無理だし無茶だ。でもダ・ヴィンチちゃん、一つ安心出来ることはあるぞ。とっておきだ。知りたいよな?
 それは今の俺達が、その謎の英霊から襲われてないってことだ。だから〝今のところは〟その仮説、棚上げしてもいいんじゃないか?」
『……茂平ちゃんに殺されかけていたときにも思ったが、立香君……すっかり肝が据わったね。大胆になった』
「伊達に何度も何度も特異点を越えてきて死にかけたわけじゃないってことよ。で……ダ・ヴィンチちゃん、もう一つの仮説は?」
『ああ、それなんだけどね……』

今度は逆に立香が問う。すると通信越しに、がさがさと紙が擦れ合う音が聞こえた。

『こっちの仮説は遥かにマシ……というよりも、むしろ諸手を挙げて歓迎すべき仮説だね。
 ずばり……〝他の英霊とは比べものにならない力を持った抑止力が船内にいる〟というものだ』
「抑、止力……!」
『つまりはだね……その抑止力として呼ばれた存在の力が強すぎて、各機材が反応を止められずにいる……という仮説さ』

抑止力。
それは酷く強引かつ乱暴に例えるならば〝ばいきんまんに対するアンパンマン〟である。
人類や世界を破滅に導く人物や英霊、あるいは事象に対して排斥という名のカウンターパンチを放つために生まれる〝世界の安全装置〟!
それが魔術の世界で言い伝えられる抑止力という存在・概念なのだ。実際、あのお料理上手な正義の味方エミヤも抑止力であったと聞く。
もしもその仮説が当たっていたとしたら、

「そっちの方が……俺的には嬉しいなぁ~……」

非常に嬉しい。

『同感だよ。マシュも頷いている。だが楽観視は出来ない。そもそもそんな英霊がいれば、今回の黒幕が黙っているはずがない』
「だな。マイケル・ベイ監督が大興奮するくらいの派手な戦闘が起きてるはずだ」

だがダ・ヴィンチと立香が言うように、楽観視出来ないというのもごもっともな話である。
それほど強く後押しをされた抑止力が存在しているのであれば、その黒幕が逆にそれを排斥しようとしていなければおかしいというもの。
即ち、もしも本当に抑止力が存在しているというのなら、この〝土佐〟全体を巻き込むほどの戦闘が始まっていても不思議ではないのだ。
それにもかかわらず、そんな戦闘が行われた形跡が見当たらないというのであれば……この仮説は説得力に乏しいと言える。
やはり前者の強力なアサシンの介入説が濃いのだろうか。だとすると、自分達に危害が及んでいない理由は?
あの〝山の翁〟の様に頼れる仲間だからなのか。それともまずは泳がせておいて、最後に全てを掻っ攫うためか。

『とにかく、この特異点も今までの例に漏れず極めて特殊だ。怯えさせるようなことばかり伝えてしまって申し訳ないけれど……頼むよ』
「ああ。肝に銘じとく。死にたくないからな」
『ちなみに、この異常な霊基反応にかき消されてサーヴァントを補足し損なう……ということはないからね。
 そこは元親君のサーヴァント反応を感知出来たことからまず間違いない。だからそこのところは安心してくれ』
「分かった。重ね重ねありがとな……よし、じゃあ茂平! ここで汚名返上だ! 餅は餅屋、辺りの警戒はアサシンの茂平に任せた!」
「しょ、承知ッス! あの、ところでマスター……さっきのグランドがどうのってのは……」
「それは進みながら説明する! まずは茂平が言った操舵室に急ぐぞ!」

だが仮説に囚われて身動きが取れなくなっては、この〝土佐〟が無事に真珠湾へとご到着してしまうのを見守る羽目になってしまう。
そもそも立香は、それを避けるためにこの時代へとレイシフトをしたのだ。そこをはき違えてはならない。決して。
故に彼は指示を出し、進む。進み続ける。


◇     ◇     ◇


果たして抑止力についての説明も終わり、遂に立香達は操舵室の目と鼻の先にまで辿り着いた。
もはや当然の様にドレイクに背負ってもらっていた立香は、彼女の背から降りると、まずは茂平に操舵室を覗き込むよう静かに指示を送る。
指示通り、気配を構築するものの一切を自身のスキルによって消失させた茂平は、無言で操舵室へと視線を向けた。
そしてしばらくすると彼女は立香へと振り向き、あの騒がしい性格からは想像も出来ないほどの小声で報告を始めた。

「ティーチさん、見当たりません。ただ、角度的に見えない位置にいるのかもしれないッス」
「茂平が見た二人組は?」
「白服男はいますが、バケモン女がいないッスね……マスター、もしかしてさっきの強い霊基反応ってまさか……」
「その女がサーヴァントじゃないってのは茂平が言い出したんだろ? だとしたら違うだろ……多分」
「あぁー、まぁ確かに……っと……噂をすればなんとやら。戻って来たッスよ、女の方が」
「マジか」
「白服の隣に立ったッス。なんか話してるっぽいんスけど……うーわ聞こえねぇー……」

だがここで〝バケモン女〟が帰ってきたらしく、茂平は再び気配を遮断する。
立香もリスクを侵すことを承知で、茂平に続いて部屋を覗き込んだ。
彼女が言うように、ティーチの姿は見当たらない。角度的に見えない場所にいるという可能性が否めないのもその通りだ。

「……あれが例の二人組か」

次に視線を釘付けにしたのは、やはり茂平が言った男女二人組である。
男は立香の予想通り白い帝国海軍の軍服を纏っており、おまけに白いハットまで被っている。
少し長めで癖のある髪を首元で縛っているのも特徴的で、おまけに若い色男であった。
そして女はというと、男とは正反対に真っ黒いセーラー服を着ている。
ただ、セーラーと言っても軍仕様ではない、ちまたでよく見る学校の制服スタイルだ。
服と同じように髪も黒く、先端が床に付いてしまうのではないかと思うほど長い。

「よし茂平。一旦下がろう」
「承知ッス」

というわけで外見の答え合わせはこれにて終了。続いては肝心の作戦立案タイムである。
何せ茂平は、彼らに奇襲を防がれた上に反撃までされているのだ。
ならばそれなりに考えなければならない。さすがに、茂平に同じ轍を踏ませるわけには行かない。
考えに考え抜いた立香は〝ならば逆にドレイク達に大暴れさせてから奇襲を放たせてはどうか〟と思い立った。
さっそく立香はこの策を、カチコミ待ちのサーヴァント達に伝えようとする。

「すんませんマスター。もしよかったら、もっかいあたしに奇襲させてくれないッスか?」

が、その前に茂平がとんでもないことを言い出した。
立香はすぐさま「いや、それ一回失敗してるんだろ?」と言うが、茂平は無視するように言葉を続けた。

「失敗したからこそッス。またあたしがノコノコとかくれんぼを挑みに行ったら、どうなると思います?
 きっと〝ああ、またこいつ同じことやってるよ〟って思われるッスよ。でもむしろそれで上等。バッチリなんスよ。
 奇襲が失敗したら、相手は絶対に油断をするッス。で、その隙を突いてドレイクさんと元親さんが大暴れする。どうッスか?」
「……マジか」
「大マジッス。ドレイクさんと元親さんも、どうッスか?」

問いかけられた二人は、しばらく無言で視線を落とす。
ドレイクは「アンタ、汚名返上のことしか頭に入ってないんじゃないかい?」と問うた。
元親は「キミだけが責任を背負いすぎている。反対だ」と自分の意見を明確にした。
だがそれでも茂平は譲らない。

「お二人とも、勘違いしないでほしいッス。あたしは当然、あなた達の力も借りまくるつもりなんスよ?
 ドレイクさんは短筒での遠距離飽和攻撃。そして元親さんは長い間合いとランサークラスの恩恵である素早さ。
 その全部を駆使しまくって、虚を突いてほしいんスよ。あたしの奇襲は〝ただの第一波〟だと認識してください。
 それに奇襲を失敗するといっても、あくまでもわざとッス。そう見せるだけッス。命を捨てに行くわけじゃないんスよ」
「……別にアンタは、功を急いてるってわけじゃないんだね?」
「そういうことなら、ボクはキミの覚悟を尊重しよう。マスターさえよければ、ボクは止めない。どうかな、マスター」

偏頭痛にでも悩まされたかのように額に手を当て、悩みに悩む立香。
だが、命を捨てに行くわけじゃない……ということであれば、賛成してもいいのかもしれない。
それに茂平は一度あの二人組の実力を――その片鱗ではあるだろうが――その目で視ているのだ。
賭ける価値は皆無だと思う、と言えば嘘になる……と、立香はそう感じ始めていた。
故に彼は「よし。なら、それで行こう」と頷くと、どのような襲撃ルートを取るべきかを探るため、再び操舵室を覗き込んだ。

「ところで」

そのときである。
不意に、女の声が大きくなった。

「特に忍びの方はしっかりと隠れてるつもりなんだろうけど」

そして彼女は、軍服男との会話には不必要な程の声量で、はっきりと口にする。


「そ こ に い る の は わ か っ て る か ら」


廊下から首を出している立香の両眼に、しっかりと視線を合わせながら!

「……っ! くそっ!」

ただそれだけで、立香の身体は怖気に襲われ、蛇に睨まれた蛙の如く硬直していく。
しかしそれでも幾多の特異点を乗り越えた彼は、己を見失いはしなかった。
だからこそ彼はシンプルにこう叫ぶ。こう、吠え猛る。

「もう細かいことは無しだ! 全力でっ! 全力で叩けぇっ!」

この叫びにサーヴァント達も〝応〟と吠え、我先にと操舵室に殺到する。

「ただ数を増やして再戦とか、ウケる」

だが不吉なことに、猛る英霊達の姿を見た女は、さながら笑い話を聞いた少女のような笑みを浮かべるのであった。


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最終更新:2017年06月24日 14:13