第6節:戦場にて



〝失敗したからこそッス。またあたしがノコノコとかくれんぼを挑みに行ったら、どうなると思います?
 きっと〝ああ、またこいつ同じことやってるよ〟って思われるッスよ。でもむしろそれで上等。バッチリなんスよ。
 奇襲が失敗したら、相手は絶対に油断をするッス。で、その隙を突いてドレイクさんと元親さんが大暴れする。どうッスか?〟

茂平の言葉が、頭の中で何度も何度も繰り返される。

〝お二人とも、勘違いしないでほしいッス。あたしは当然、あなた達の力も借りまくるつもりなんスよ?
 ドレイクさんは短筒での遠距離飽和攻撃。そして元親さんは長い間合いとランサークラスの恩恵である素早さ。
 その全部を駆使しまくって、虚を突いてほしいんスよ。あたしの奇襲は〝ただの第一波〟だと認識してください。
 それに奇襲を失敗するといっても、あくまでもわざとッス。そう見せるだけッス。命を捨てに行くわけじゃないんスよ〟

何度も、何度も、何度も。幾度となく。壊れたプレイヤーの様に。

「……確かに、ちゃんと上手くいけば、ナイスな作戦だったんだろうな」

だが、その脳内に響く声をかき消すかのように、爆音が轟く。
無慈悲な〝爆音〟の正体は、黒いセーラー服の女が茂平の身体を思い切り殴りつける音だ。

「相手が普通の奴だったら、そうだったんだろうな……っ!」

その一撃だけで弾丸のように吹き飛ばされた茂平が壁に激突する様を眺めながら、立香は苦々しく呟いた。
結果から言おう。立香と彼を慕うサーヴァント達は、この特異点において最大のピンチを迎えていた。
というのも、鬨の声と共に操舵室へと突入した彼らは今、茂平が〝バケモン女〟と呼ぶたった一人の女によって、蹂躙し尽くされているのである。
責任を感じた立香は「失敗した……甘く見積もりすぎた……!」と嘆き、片手で髪をぐしゃぐしゃと掻きむしる。
まさか全てを見透かされているとは思いもしなかった。その結果がこれだ。立香は延々と後悔の念に苛まれていた。

「何言ってんだいマスター! こっからさね! だろう!? しゃんとしな!」

そんな立香を庇うように立ったドレイクが、女に銃を乱射する。
だが通じない。女は余裕とばかりに僅かに口角を上げると、全ての銃弾を両手で弾き飛ばしてしまった。

「茂平! 茂平っ! 大丈夫かい!? 霊基に損傷は!?」
「あ、元親さん……あっはは……ちょいドジったッス……」
「質問に答えろ! 謝るんじゃない! キミを信親のような目に遭わせたくは……っ!」
「大げさッスよ……ちょっと呼吸がしんどいだけッス。まだまだこれからなんスから……!」

その間に、元親は自身の安全も顧みずに茂平を介抱していた。
必死の行動のおかげか、茂平はなんとか立ち上がるものの、足元がおぼつかない様子。
運良く座へと強制送還されはしないものの、負ってしまったダメージはなかなかに深いと見える。
このままではまずい。ドレイクに言われた通り、しゃんとせねば。彼らの身を預かる、マスターとして!

「……茂平は下がってくれ! お前を頼るのは、ちゃんと戦えるようになってから改めてだ!」
「しょ、承知ッス……すんません、マジで……」

その推理を裏付けるように、こちらへと向かう茂平の歩みは遅い。
かつて武器を盗んで逃走していたときの移動速度が嘘のようである。

「いや、逃がさないし」

そうなると当然、第二波が襲いかかる。
ドレイクの銃撃を全ていなし終えた女が、バッキバキに改造されたドラッグカーすら腰を抜かすのではと思うほどの速度で茂平に肉薄したのだ。
「げっ!」と叫んだ茂平は、回避を諦めたのか両腕をクロスさせて防御態勢を取る。しかしそんな身体で防御が通用するとは思えない。
このままでは今度こそ、茂平の霊基消失が現実と化してしまうこと必至だろう。

「させると思うかい!?」

しかし女の進路と拳は、元親の槍によって見事に防がれた。
槍が折れていないのが不思議なくらいの轟音が響く中、元親は血涙でも流すのではと思わせるほどの激しい形相で女の顔を見据える。
今やその表情には〝姫若子〟などという蔑称の面影はない。例えるならまさに鬼。土佐より出でた、鬼若子である!

「邪魔しないで」
「ボクの台詞だ!」

それが不愉快だったのだろう。女の眉間に、少し皺が寄る。
すると徐々に元親の身体が後ろへと押し出されはじめた。女の腕力が更に強まったのであろうことは、想像に難くない。
彼は「化け物め……!」と吐き捨て、槍の柄を女の喉へと押し当てようとする。
だがその間に立香へと視線を向けた元親は、すぐさま力比べを放棄し、闘牛士のようにするりと動いた。
女はつんのめるように前方へと移動させられてしまい、唸るように「こいつ……!」と呟きながら元親へと振り向く。
そんな彼女の顔面へと、元親は容赦なく槍を振るった。だがその攻撃はギリギリで避けられ、彼女の頬に切り傷を作るだけで終わってしまう。
とはいえ、これは大きな功績だ。あの〝バケモン女〟に、ようやく傷を負わせられたのだから!

「ちょっと、痛かった」

だがその代償は大きかった。
今度は元親が、先程の茂平のようにぶん殴られたのだ。
狙われたのは腹。しかも女はそれだけに飽き足らず、腕を思い切り振り上げる。
美しくもえげつない、華麗かつ残酷なアッパーであった。

「だから、これはそのお返し」

花火のように打ち上げられた元親は、口から吐瀉物を撒き散らしながら天井に叩きつけられ、そのまま床へと倒れ伏した。
そのまま休む間もなく、絹のような髪を掴まれ強引に立たされると「もう一度言う。邪魔をしないで」と念を押され、今度は脇腹を殴られる。
だが〝お断りだ〟とでも言うように、元親は握っていた槍を片手でゆっくりと持ち上げ、穂先を相手の首へと向ける。
しかし、彼に出来たのはそこまでだったようだ。槍を握ったままの片手が、ぶらりと重力に従う。KO負け、というやつか。
そんな姿が哀れに映ったのだろう。女の表情が、僅かに弛緩した。

「ドレ、イク……!」
「あいよ!」
「えっ?」

それを見た元親は今にも止まりそうな呼吸を続けながら、ドレイクの名を呼んだ。
すぐさまドレイクはカトラスを構え、腕を大きく振りかぶる。狙いは元親を見下している女の、長い髪に隠れたうなじだ。
このタイミングで肉薄されるとは思ってもいなかったのだろう。素人目に見ても、女が対応出来ていないのがよく分かる。

「とったァ!」

もう絶対に遂行出来ないと思われていた茂平の策を、憔悴している元親が活かした……その瞬間を見逃すドレイクではない。
元親から名を呼ばれただけで全てを悟ったのであろう彼女の得物が、相手のうなじへと迫っていく。
完璧だった。完璧としか言いようがないタイミングでの、完璧としか言いようがない一撃が振るわれようとしている。

「いいや、そうはいかない」

だが、

「へぇ。アンタがここで動くとはね……!」
「たまにはこういうとこも見せないと、愛想つかれるからさ!」

ドレイクの攻撃は、今の今まで戦いを女任せにしていた軍服男の持つ日本刀によって防がれてしまった。
それどころか今度は男が攻勢に出る。なんと男は器用にカトラスを弾き飛ばすと、続けざまに袈裟斬りを放ったのだ。
だがここで大人しくやられるドレイクでもない。彼女は素早い横移動で斬撃を交わすと、すぐさま膝蹴りをぶち込む。
これにはさすがに参ったのか、男は刀を構えたまま少し退いた。女と違って、こちらは慎重派であるらしい。
その反応に喜びを隠せないのか、ドレイクは「アンタはバケモンじゃないんだねぇ!」と叫ぶ。

「他人の大切な女性をバケモンバケモンって、君達さっきから失礼だな!」
「知ったこっちゃないねそんなこと!」

そして得物を銃に持ち替えると、男に向かって延々と乱射を始めた。
すると男は銃弾の嵐を刀で防ぐ。ドレイクの言う通り、あの女のように己の肉体だけでどうこうとはいかないらしい。
それでも男の剣術は大したもので、彼は銃弾によるダメージを一切負うことなく立ち回っていた。
ドレイクはじりじりと距離を詰め始めるが、それでも結果は変わらない。全て刀でいなされるだけだ。
カトラスを弾かれた光景を思い返すに、剣術においては男が数歩先をいっていることは確かだ。
ならばこのまま防御を許していてはじり貧だろう。それに加えて、女に髪を掴まれたままの元親を放置していては危険だ。
こうなったら仕方がない。

「茂平。もう行けそうか?」

茂平だけが頼りだ。

「問題ないッス。それと、マスターの考えも分かるッス。何せ、このタイミングッスもんね」
「頼む。何度も危険な目に遭わせて、本当に悪いと思ってる。ごめんな」
「何を仰いますやら、ッスよ。さぁて、おつとめといきましょうかねぇ……!」

未だにダメージが残っているらしい身体に鞭打って、茂平は立ち上がる。

「宝具、開帳。我は義なり。義の者なり……っ」

そして男の元へと走り出した彼女は、

「『悪人落涙・貧者爆笑』!」

一瞬だけ溶けるように消え去ると、

「おつとめ……完了、ッス」

刀を見事に盗み取り、そのまま勢いよく躓いて倒れ込んだ。

「いってぇーッス! バケモン女の拳よりはむっちゃマシッスけどね!」
「最高だよ茂平! アンタが海賊だったらさぞお高い賞金首になれただろうねぇ!」

茂平の宝具、その早業の前に男は目を剥いた。
けれどそんなことはどうでもいい。これならもはや男を防御する物は無し。
ドレイクは姿勢を低くすると、サバンナの肉食獣よろしく一気に目標へと肉薄する。
そして男の眉間に銃を突きつけると「Read 'em and weep!(アンタの負けさ、思い知りな!)」と言って白い歯を見せた。
しかし獰猛な笑みを浮かべるドレイクを目の前にしても、男は躊躇なく動き、

「そいつはどうやろうにゃあ!?」

隠し持っていたと思わしき拳銃を手に取って、意趣返しだとでも言わんばかりにドレイクの眉間へと銃口を押しつけた。

「……はっ」
「はは……っ」

互いの口から、乾いた笑いが漏れる。

「何だいアンタ。今、かなり訛ってたけど?」
「おっといけない。気を抜くとすぐにこうだ」

行き着いた先は、典型的なメキシカン・スタンドオフ。
どうにもならない拮抗状態が生まれ、戦況は早くも一変してしまった。
これには茂平も「詰めが、甘かったッスね……」と酷く落ち込んでいた。

「ねぇ、どうする? このサーヴァント、今の内に消しとく?」

ドレイクの身動きが取れなくなったと見るや、女は物騒な言葉を男へと投げかける。
一方で男も躊躇うことなく「散々邪魔をしてくれたんだ。その方がいい」と冷酷な判断を下す。

「元親……っ」

非常にまずい展開になってしまったことを悟った立香は、無意識に奥歯を噛みしめていた。
徒手空拳で戦う女に対して茂平は非常に不利であり、その相性をひっくり返せるかもしれないドレイクは身動きが取れないまま。
限りなく〝ただの人間〟に近い立香に至っては、サーヴァント相手に戦いを挑むこと自体が自殺行為である。
このままでは元親がなぶり殺しにされるのを眺めながら、人理の崩壊を待つばかりである。
どうする? どうすればいい? 何か出来ることはないのか? 立香は必死に考える。
唯一動けそうな茂平に瞬間強化。いや、これは駄目だ。どうしても相性の差はひっくり返せない。
元親に対する応急手当。一見すると効果的にも思えるが、あの女の暴力の前では大した追い風にはならないだろう。
緊急回避。は? 今更? 誰に? 没!
立香は考える。考えて、考えて、その果てに絶望しながらもまだ考える。
考えを止めた瞬間こそが本当の敗北だということを、立香はあらゆる特異点で学んできたのだから。

「のぶ、ちか……」

などと自身を鼓舞していた立香は、不意に元親の微かな声を捕らえた。

「ち、かさだ……たみ、の、みんな……」

彼の声は女にも聞こえているようで、彼女は「走馬燈?」と素っ気なく呟く。

「ぼ、くに……ちから、を……」

それを黙って見ていた立香は、

「ちから、を……ます、たぁ……」

元親がこの言葉を口にした瞬間、我を忘れたかのように「マシュぅっ!」と叫んだ。
女がこちらに顔を向けて「……物狂い?」と呟く。だが今は、どんな目で見られようとどうでもよかった。

「マシュ……教えてくれ……」
『せ、先輩……?』
「元親は……〝どうやって四国を取った〟んだ!?」

立香からの短い問いに込められた意味を、マシュは瞬時に受け止めてくれたのだろう。
彼女は『勿論、戦争です。そして彼が最も得意としたのは……』と前置きをすると、

『〝一領具足(いちりょうぐそく)〟という、半農半兵組織の運用です』

はっきりと、こう言い切った。

『その強さたるや、元親さんの死後に土佐一国を授かった山内一豊も手を焼いたほどです』
「そうか、分かった。ありがとう、マシュ……それなら、思いっきり賭けてもいい……っ!」

自然と床を見下ろしていた視線を正した立香は、元親をしっかりと見据える。
そして「いいぞ……分かった! くれてやる!」と叫ぶと、制服の力を解放する。
選んだのは、元親を癒やす応急手当であった。

「何を今更」

大した向かい風にはなるまいと思ったか、女は素っ気なく呟く。
だが「……ありがとう」と呟いた元親に己の腕を捕まれると、少し表情が強張った。
その瞬間を、土佐の出来人は見逃さない。

「征こう、さぁ、征こう……」
「何言ってるの?」
「我が愛する、聡明なる民達よ……! 征こう、山海が隔てる、その先へ……っ!」
「……まさか」

この瞬間、女は嫌な予感を覚えたに違いない。
彼女は掌を鋭利な刃物のようにピンと伸ばし、元親の心臓へと狙いを定める。
しかし、もう遅い。


「集え……『一領具足』! 死生知らずの野武士達よ!」


敬愛する主による決死の咆吼に応えたのだろう。
どこからか現れた多数の黒い蝙蝠が元親と女を囲むと、その一匹一匹が次々と人の形を取っていく。
気付けば彼らの周りを、恵まれた体格を持つ大勢の兵士達が囲んでいた。
やはりそうだ! マシュの言葉は間違っていなかった! 賭けは大当たりだった!
立香は心中でそう叫びながら、元親の宝具展開を見守っていた。

「ふふ、あはは……今の体調じゃ、こんな数か。情けない。平時なら、もっともっと動員出来るのに、ね……」
「ご自身を卑下なされるな、元親殿!」
「ええいそこな女! その手を離せい!」
「殿が痛がっておられるではないか!」
「その行い、万死に値すると知れ!」

まずは元親の身が兵士達によって確保される。そして今度は続けざまに、女への攻撃が始まる。
大勢の兵士達によって強引に手を剥がされた女は「生意気!」と叫び、再び元親へと迫った。
しかしその突進も、例によって兵士達に防がれる。さながらラグビーやアメフトを更に過激にしたかのような絵面だ。

「元親殿! お下がりくだされ!」
「……ありがとう」

これが主君を愛し、主君に愛された民の力か。
自身を慕う民を呼び出す宝具は幾度か見てきたが、この『一領具足』という宝具も実に壮観であるというほかない。
征服王やその好敵手などにも決して引けを取らないであろう忠義と絆の結晶が、今ここに、確かに存在している。

「元親……大丈夫か、元親!?」
「ああ、ボクはね……だけど……」

一領具足の兵士達に護られたおかげで、元親は一旦立香のもとへと戻ることが出来た。
しかし戦場へと振り向く彼の顔は、決して嬉しそうではなかった。

「ボクが喚んでしまったせいで……皆が……」

それは、元親が召喚した一領具足達が早くも劣勢に追い込まれたからだ。
元親個人を撤退させることには成功したものの、その後があまりよろしくない。
何しろあの女によって、精悍な兵士達はちぎっては投げられ、千切っては投げられているのだ。
誤解しそうな光景ではあるが、決して一領具足が非力なのではない。あの女が異常極まりないのだ。
今も多くの兵士達に身体を抑えつけられているにもかかわらず、その強靱な力でもって確実に一人ずつ潰して回っている。
銃を突きつけ合っているドレイク達も、この光景には少し引いているようだった。

「この状況で宝具を使うべきか、民の力を借りるべきか、本当は迷ったんだ。だけどボクは結局、我が身可愛さに彼らを……」
「落ち着け元親! お前は間違ってない! 宝具を自分の為に使って何が悪いんだ! 実際、俺も助かってるしな!
 なんたって、元親の民が持ちこたえてくれている間に作戦を練られるんだから! それに兵士達は嫌な顔一つしてない! それでいいだろ!」
「……マスターは、強いね」
「特異点で鍛えられたからな。元親もいい加減、その優しさをちゃんと強さに変えろよな? じゃなきゃまたドレイクに怒られるぞ?」
「そう、だね……それだけは、勘弁願いたいところだ」

そんな中、元親は大きく深呼吸をして立ち上がる。そして立香に「策は練られたかい?」と訊ねる。
立香は「あんま大したものじゃないけど」と前置きしてから、静かに「男の方に奇襲だ」と答えた。

「思うにだ。あの女が元親の部下に足止めされてる今がチャンスだ」
「いいのかい? ドレイクが人質に取られているも同然の状況だけれど」
「本当はよくない。でもあの茂平の速度についていける元親なら、例えアサシンじゃなくともやれるって信じてる」
「分かった……なら、ボクを信じてくれるキミを信じよう。あのいけ好かない顔を、今から……」

瞳に強い光を宿した元親が、再びドレイクと睨み合っている男へと視線を向ける。
そして両手で槍をしっかり掴むと、再び何度か深い深呼吸をし、荒い呼吸を整えた。
いよいよだ。いよいよ、この膠着状態を大きく動かす一撃が放たれる。
吉と出るか凶と出るか。それは元親の腕次第である。
だが立香は信じている。彼の強さを。元親の真の力を。

「その頭蓋……粉砕してくれる」

そして元親は床を蹴った。速い。一直線に目標へと進む様は、さながら流星のそれである。
男はおろかドレイクすら気付いていない。距離が詰められていく。行ける。このままなら、行ける!
元親の勇姿を眺める立香は、そう確信していた。


◇     ◇     ◇


所変わってここは青空。
入道雲の隙間を縫うように、一機の飛行機が飛行している。
コクピットの中では、中年男性が「……そろそろ覚悟を決めるときか」と、意味深な言葉を呟いていた。
視線の先では、高速戦艦〝土佐〟が今もなお東に向かって進み続けている。
まるで自衛隊や在日米軍を蹂躙したことなど忘れているかのようにだ。

「……参る」

奇妙な脚のようなものがついたその飛行機を手足のように操り、男は入道雲の隙間から即座に離れた。
そして〝土佐〟の上空に辿り着くやいなや、彼はいきなり機体の角度を急激に下へと変化させた。
脚付き飛行機は、まるで落下するかのように飛ぶ。このままの速度ではいずれ〝土佐〟にぶつかってもおかしくはないほどに。

「……よし、よし。よし」

いよいよ〝土佐〟の艦橋がはっきりと見えてきた。
時間だ。備えなければならない。だが大丈夫だ。腕は鈍っていない。
ただ〝生前のようにやればいいだけのこと〟だ。自分の腕を信じればいい。

「……仕留めさせてもらう」

ぽつりとそう呟いた彼は、果たして脚付き飛行機に搭載されている爆弾を落とし、そのまま急上昇していった。


◇     ◇     ◇


元親の槍が、ドレイクと面を合わせている男の頭蓋を捕らえるその直前。
立香達は爆発音らしき謎の轟音と共に訪れた大きな揺れに襲われていた。

「何だ!? 何が起きてんだ!? 皆大丈夫か!?」
「マスター! ボクに気にせず伏せて!」
「おんぎゃああああッス! 何スか!? 地震!? 海底火山的な何かッスか!?」
「大しけにでもなったってのかい!? ああもう、なんてことだい!」
「くそっ! 今度はどこのもんじゃ!? わしらぁの邪魔をしなや!」
「揺れる! 男が群れる! うざい! 笑えない!」
「元親殿おおおお! 力及ばず申し訳ございませぬううううう!」

立香が、元親が、茂平が、ドレイクが、男が、女が、一領具足達が、あまりの出来事に叫びを上げる。
こうなってしまってはもはや戦闘どころの話ではない。各々はそれぞれ、自分の身の安全を確保するべく必死に動いていた。
そんな中でも立香は「まさか〝土佐〟が攻撃を受けたのか? また米軍が来たとか……?」などと考えを巡らせる。
更には状況を調べるべく、大胆にも敵が隙だらけになっている間に窓から外の様子を探るという行動に出た。

「……飛行機?」

すると最初に視界に入ったのは、急上昇していく飛行機であった。
そして次に立香が見たのは、その飛行機に向けて〝土佐〟の砲塔が向けられている図だった。

「まさか!」

予想通り、立香が叫んだと同時に〝土佐〟の砲撃が始まる。
狙いは勿論あの謎の飛行機だ。この容赦のない〝土佐〟の攻撃には、あの飛行機も手こずっているようだ。
これが意味するものは、一体何なのだろうか。

「……よし」

状況を整理しよう。まず、先程の爆発音と大きな揺れは、間違いなく謎の飛行機がもたらしたものだろう。
要は〝土佐〟に対して外部から攻撃を仕掛けたのである。恐らくだが、パイロットはサーヴァントに違いない。
対して肝心の〝土佐〟は、まるで激怒したかのように飛行機へと攻撃を繰り返している。それも執拗にだ。
そして男の口から出た〝くそっ! 今度はどこのもんじゃ!? わしらぁの邪魔をしなや!〟という叫び。
これらの要素を全てひっくるめて考えるに……答えは一つである。

「やっぱり、あの男がこの土佐を動かす黒幕か……!」
「マスター! 大丈夫かい!? 怪我は!?」
「ない。それよりも聞いてくれ元親。そんでもって、その上でもう一度あの男を狙ってほしい」
「……何か掴んだようだね。聞こうか」

立香の身を案じて戻って来た元親に対し、立香は自身の推理を伝える。
全てを聞いた元親は「やはりか……!」と唸るように呟き、槍を握る力を強めていった。
そして「ならば善は急げだ。彼が焦りを覚えている間に、仕留める!」と言い残し、元親は男に迫る。
だが肉薄するまでには至ったものの、その攻撃は紙一重で避けられてしまった。
少し離れた場所では、すっかり少なくなってしまった一領具足が女によって蹴散らされている。

「ふざけるな……ふざけるなよ! お前達!」

そんな状況下で、遂に元親の堪忍袋の緒が切れたらしい。
槍を再び構えなおすと、彼は再び鬼の形相で男を見上げる。

「ふざけゆうのは、おまんらの方やろう……!」

一方で男も、もはや方言を隠す余裕すら失ってしまっているのか、苦虫を噛み潰したような表情で言い返す。
彼の手には拳銃。引き金にはとうに指がかけられている。
そして一旦距離を取った二人が、再び激突した瞬間!


「「いい加減にこの船を止めろ!」」


二人は、互いに一語一句違わぬ言葉を叫んでいた。

「……え?」
「……は?」

叫んだ本人達は勿論、叫びを聞いた者達も、一斉に動きを止める。
やがて一領具足の最後の一人が消えると、それを合図にしたかのように茂平が呟いた。

「…………あのー……何スか、この空気……」

立香は心中で「知らん」と呟いた。
否、呟くしかなかった。


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第5節:嵐の前の 新生禍殃戦艦 土佐 第7節:再会~英霊軍のテーマ

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最終更新:2017年06月29日 18:08