「……ん、んっ……」
「おや、目が覚めたかい?」
「……碓井さん、私……」
「軽い脱水症状で倒れたんだよ。はい、お水」
「……すみません」
「いや、謝るのは僕の方さ」
「?」
容器に入れられた水を一気に飲み干した。
ただの水のはずがこの上なく美味に感じた。
「思った以上に戦闘を長引かせてしまった。
その結果として君がこんな状態になってしまったよ。
一対一の相撲だった寄り切りですぐに終わったんだけどね」
⇒「相撲好きなんですか?」
「相撲はちょっとよくわからないです」
「まあ、日本人だからね、それにしても彼女は最強のセイバーだったよ。
いやあ、少しでも油断したら、僕の方がバッサリ斬られていたよ」
「あの……実はヒロインXさんは……」
「分かってる、皆まで言わなくていいよ」
目を瞑り、右の掌を前に突き出し、貞光は藤丸の言葉を遮る。
貞光は何かを悟った顔をしている。
「まあ、それは置いといて、だ……」
「食事ですね、わかります」
「おや、もう上がったのかな?」
「はい、いい湯加減でした」
完全に風呂上がりの状態。
カメハメハもヒロインXもすっきりしている。
「あのう……こんなに寛いでよいのでしょうか?」
「別に構わないさ、ところで金時君は?」
「……今、戻った」
「温泉の見張り番、ご苦労。はい、ご褒美の布哇饅頭」
「これが……! あの……! 名物の……!」
ヒロインXの視線が完全に布哇饅頭に向かう。
美味そうか、そうでないかといえば……美味そうなビジュアルをしている。
「売り切れだったのにどうやって?」
「? 僕が行ったときにはまだ売ってたよ、数百個ほど。
その後に売り切れ状態になったみたいだけどね」
「なるほど、あなたが犯人でしたか……」
「キミたちも食べるかい?」
「いただきましょう!」
即答だった。
藤丸が答えるよりも早くヒロインXは即答した。
「美味しいですね、この饅頭」
そして、早速食い始めた。
どうやら、毒とかは入っていないようだった。
ので、藤丸もカメハメハも布哇饅頭を食べ始めた。
『フォウフォウフォウ!』
『そんなに勢いよく食べて大丈夫なんですか、死にますよ、先輩』
『ほう 布哇饅頭だね……たいしたものだね、藤丸君。
布哇饅頭はエネルギーの効率が極めて高いらしく……
レース直前に愛食するマラソンランナーもいるくらいだよ』
『フォウ、フォフォウ!』
『それに特大の布哇饅頭とバナナ味の布哇饅頭。
これも即効性のエネルギー食だね。
しかもウメボシ風味の布哇饅頭もそえて栄養バランスもいい。
それにしても脱水症状で倒れた直後だというのにあれだけ補給できるのは超人的な消化力というほかはない』
「よし……と――」
「立花ちゃん、よくはないと思うよ、そんなに慌てて食べなくても……
ちゃんとよく噛んで食べないと駄目だよ、それにまだ沢山あるからね」
「いや、貞光サン、突っ込むとこはそこじゃねぇ! つーか、アンタら仕事はどうした!!」
『すみません、ついノリで……』
『キミたちが随分と楽しそうだったから、つい……』
『フォウ……』
「頼むぜ、考えるのはオレっちらの性には合わないからな!」
「確かにアタシも考えるのは少し苦手ですね……」
まともな人らまでボケ始めると厄介なことになる。
そういうことはよくわかっていた。
そして、食事も終えて、本題に入ろうとした。
その直前に藤丸は貞光にあることを問いかけた。
「……そういえば、碓井さんを召喚したマスターは……ここにいないの?」
「死んだよ」
「!?」
たった四文字であっさり答えた。
怖いくらいに、あっさり、と。
「キミたちも見ただろ? この島中にいる沢山の無茶苦茶な異形の」
『あの無作為にばら撒かれたようなエネミーですか?』
「ご名答だよ、声だけのお嬢ちゃん……あれはね、サーヴァントによって召喚されたものだよ」
⇒「まさかカメハメハが言っていた軍服のキャスターの仕業か……」
「現地産のエネミーじゃなかったのか」
「いや、その召喚したのは連合軍のサーヴァントだけども、多分ランサーちゃんが言っていたキャスターではないと思うよ」
「何故、そんなことがわかるんですか?」
「山の声がそう言っている……まあ、『僕の勘じゃないか』といえばそれで終わりだけどね」
しばしの沈黙。
「で、そのアサシンさんのマスターさんは……?」
「喰われたよ、羆みたいな巨大な竜に」
「!? あのバカでかいのヤツに……」
「あの竜を見たのかい?」
「はい、見たというより……」
「私とカメちゃんが滅多斬りにした後に……」
「俺がゴールデンに吹っ飛ばした」
「………………」
道中で既に撃破済みだった。
取り巻きに沢山のワイバーンがいたが、それでもお構いなくぶっ倒してきた。
藤丸は牙と逆鱗をちゃんと落としてきたので拾った。
これにはさしものアサシンも唖然だった。
なにやらとても気まずい雰囲気になってしまった。
「……僕はね、僕のマスターの……彼の最期の言葉も聞けなかったよ」
(あっ、流して続けて来た)
「貞光サン……アンタ、悔しいのか?」
「悔しいさ、とても、ね。
僕みたいなサーヴァントを呼んだ物好きなマスターだ。
そんな彼にも彼なりの叶えたい願いがあったはずだよ」
今までに聞いたことない声色だった。
言葉の端々から感情が滲み出ている。
「さっきの力試しで希望の光も確かに見えた。それと危うい光も見えた。
そういうのほっとくほど、僕もまだ腐っちゃいないからね」
「アサシン……いえ、碓井さん、ということは!」
「ランサーちゃん、その同盟の話、確かに承った。
キミたちだけじゃ連合軍と戦いは厳しく険しいものになると思うからね。
僕も少しばかり力になるさ」
こうして、ランサーの交渉はなんやかんやで成功した。
「貞光サン、その危うい光っていうのは……」
「皆まで言わなくていい。
あの子のあの眼は……昔の金太郎君も似たような眼だったからね、僕にはよくわかるよ」
「だから、金太郎はやめてくれよ……」
「ごめんごめん」
ちらりと、カメハメハの方を見た。
その光はまだ小さくとても儚い。
◇ ◇ ◇
「なんか、大変なことになったべ……」
アーチャーはそれをずっと見ていた。
道中のエネミーは戦っていたために、もう弓矢のストックがない。
それに『一対一だったらまだしも、一対四じゃ絶対に勝てないわ』と、すぐに切り替えた。
「とりあえず、報告だべ……あー、帰りたくねぇべ……」
きっと、あのセイバーに殴られるだろう。
きっと、あのキャスターに嫌味を言われるだろう。
そして、きっと連合軍の総大将であるあのライダーには……
「あー考えたくねぇべ……いや、あのライダーのせいで弓矢がないんだし、仕方ねぇべ」
一先ず、帰ろう。
帰る道中に言い訳ももっと考えておこう。
いや、まずは無事に帰れるように祈ろう。
そうアーチャーは林檎を齧りながら思い更けた。
最終更新:2017年06月25日 03:19