「ほんまに、すまんかった……大丈夫かえ?」
「大丈夫かどうか、と言われると微妙だな……全員、この通りお疲れモードだし……」
「そう、やろうにゃあ……ほら、おまんも頭下げんかえ! 早う!」
「納得いかないけど……そこまでいうなら、はい」
すっかり標準語を捨て去った軍服男が頭を下げながら、黒髪女の頭も強引に下げさせる。
そんな姿を見て呆気にとられた立香は、内心でどうしたものかと困惑していた。
何せ先程まで黒幕だと思っていた相手のキャラが――ついでに口調も――すっかり変わり果ててしまったのである。
こちらに向けられていた殺気もすっかり雲散霧消しているおかげで、雰囲気もどことなくコミカルだ。
「と、とりあえず誠意は伝わったから……あー、どうしよっかこれ」
『先輩。ひとまず自己紹介やカルデアの説明をした後、その二人組の素性を聞き出すのがベストかと』
「やっぱそうなるか……じゃあ、そうだな……まず俺は、藤丸立香っていうんだけど……」
すっかり参ってしまった立香は、ひとまずマシュからの提案を採用することにした。
「……効いていない? 馬鹿な」
容赦なく続いた〝土佐〟からのしっぺ返しをどうにかかいくぐり、再び天空へと舞い戻った飛行機乗り。
彼は怪訝そうな表情を浮かべて海上へと視線を落とし、悠々と東へ向かう〝土佐〟の姿を見ると不満げに呟いた。
「……いくら宝具による攻撃ではなかったとはいえ、これは」
完璧に決まったはずの急降下爆撃であったのに、艦橋は傷一つつかず、挙句にすぐさま反撃を仕掛けてくるとは何事か。
舌打ちをして「……このままではライダーの名折れか」と呟いた飛行機乗り改めライダーは、再び機体の角度を鋭くさせる。
目的は勿論、再度の急降下爆撃である。とはいえ、今度は様子と反応を改めて確かめるためなのだが。
場合によっては宝具の開帳もやむなしということもあり得るだろうが、それについては今は棚上げである。
「……何度も同じ場所に当てれば、煙の一本でも上がるか?」
こうしてライダーは、再び孤高の戦いを挑むのであった。
「人理継続保障機関フィニス・カルデア……特異点を解析して、ほんで解決する組織……か」
「ああ、うん。まぁそんな感じです……」
「で、おまんは……藤丸くんは、わしらぁを〝土佐〟を動かす黒幕やと、勘違いしてしもうたと。なるほど、全部繋がったわ」
「こちらこそ、ほんとにすいませんでした……勝手にビビって、サーヴァントをけしかけて……」
「いや、仕方ない話やき気にしなや。相手がこんな服着ぃちゅう上にライダーとなったら、そらそうもなる。
おまけに元々はこっちがおまんらぁをビビらせたがが始まりながやき……謝る必要らぁない。頭上げてくれ」
立香達の説明に対する軍服男改めライダーは、カルデアや特異点についての話をあっさりと信用してくれた。
それどころか噛み砕いて納得するスピードが異常に速い。かなり柔らかい脳みそをお持ちなのだろう、という感想を立香は抱いた。
「それよりこっちの事情を話すがが大事じゃ。まずわしらぁはマスター無しに現界した後、この戦艦を止めるために操舵室を拠点にした。
ほんでそこの忍びからの攻撃をいなした後、隣の〝彼女〟に斥候を頼んで……この戦艦内部に英霊がどればぁおるか見てもろうた。
理由は、わしらぁがそっちの事情を掴めんかったばっかりに、藤丸くんらぁを〝この戦艦の停止を阻止する敵〟と判断してしもうたきじゃ」
更には誤解が解けた後は、元親のように素直に謝った上で事情を説明するなど、立ち回り方を心得ている。
頭が柔らかいだけではない。相当に切れるのだろう、このライダーは。
「ちなみに、そのティーチくんについては分からん。わしらぁは全然関与しちゃあせんき」
「そうか……」
さて、ではそうなると頭をよぎるのは〝果たしてこの状況下で完全な和解は可能なのか〟という不安である。
まるで元親のようにこんなにも聡明で正直な英霊と、あの恐ろしい力を振るう女……彼らが味方となってくれれば、文字通り百人力であろう。
それに加えて、ライダー達ですら黒幕ではなかったのだ。ならば彼らと和解して手を組むという方向性は決して間違っていないと確信している。
故に立香は完全な和解を成し遂げたいと強く考えているのだが……そのハードルは相当高いだろうと予測せざるをえないのが正直なところだった。
一見すると、元親のときも茂平のときも戦った後には仲間になってくれたため、和解など簡単なように思えるだろう。
だが今回はその戦いの規模も、負った傷も激しすぎた。故にすぐに〝はい仲直り〟などといっても、英霊達が受け入れられるとは思えなかったのだ。
あの女相手に二度も戦う羽目になった茂平は当然として、先程の戦いで大きな怒りと哀しみを抱いた元親にも思うところがあるだろう。
そして実際にライダーと直に刃を交えたドレイクにしても、相手に対し不愉快な気持ちを抱いていても決して不思議ではない。
ただ、強いて幸運だと言える部分を挙げるなら、それは〝眼前のライダー達がティーチに接触したわけではない〟という事実が明らかになった点だ。
ここでライダー達がティーチをカルデア送りにしていたならば和解も絶望的だっただろうが、そうでないというのならば、まだチャンスはある。
とはいえ、そうなると〝ならば実際のところティーチはどうなっているのか〟という新たな問題が浮上してしまうのだが……今は棚上げだ。
とにかく今はこの特異点の定礎を復元するために、一人でも多くの仲間が欲しい。
だがその願いが叶うかどうかは、呑気に指示を出すだけだった自分などではなく、実際に命がけで戦闘を繰り広げたサーヴァント達の心次第である。
そういうわけで立香はゴクリと喉を鳴らし、慎重に言葉を選ばなくてはと力んでいたのだが、
「そうかいそうかい。ならよしだ。アタシはフランシス・ドレイク。アンタと同じライダーだよ」
「ああ、そこまで考えての行動だったのならば話は早い。ボクはランサーのサーヴァント、長宗我部元親だ。よろしく」
「責任はあたしにもあるっつー話ッスからね……あー、あたしの名前は日下茂平ッス。多分お察しでしょうけど、アサシンッス」
そんな立香の深い葛藤を知ってか知らずか、ドレイクと元親と茂平はあっさりとこう言ってのけた。
まるで既に心を許しているかのような……否、まるで、ではない。確実に心を許している。
「お、お前ら……いいのか?」
「マスターのことだ。和解はしたいけれど、きっとボク達が彼らに嫌悪感を抱いているだろうから……などと考えていたんだろう?」
「うっ」
「アンタ、その反応じゃ図星みたいだね。あっはっは! 悪いけどアタシはそんな陰険じゃないよ!」
「ぐふっ」
「大体、あたしが反省したときも許してくれてたじゃないッスか。なんでこういうときだけ変に気ぃ使うんスか」
「あべしっ」
ば、馬鹿な……まさか俺の心が狭かっただけだったというのか……っ!?
行き場のないもやもやに苛まれた立香は「なんかごめんねええええええええ!」と叫び、五体投地で床に頭を何度もぶつけた。
さすがに血が出る前に元親に止められたが。
「ほんなら、わしらぁも名乗るときがきたにゃあ」
そんな光景を面白がっているのか、ライダーはそう言うと不敵な笑みを浮かべ、さほど勿体ぶらずに言った。
「わしの名前は龍馬。〝坂本龍馬(さかもとりょうま)〟じゃ」
あまりにも、衝撃的な名を。
「さ、さ、さ……坂本龍馬ぁ!?」
『えー、先輩。坂本龍馬さんはですね……』
「いや待てマシュ! さすがに坂本龍馬は知ってる! 日本を明治維新に導いた立役者で、最期は暗殺された、あの!」
「そう。ちなみにこうやって現界するのは帝都での聖杯戦争に続いて二度目じゃ。そのときは〝抑止力〟として……やったけど」
『なるほどね。標準語で喋っていたのは真名を秘匿するため。そして今はその必要がなくなったから方言全開というわけか』
「って、ちょっと待ってくれ龍馬さん! 今、抑止力って!」
突然のビッグネームに驚愕した立香。だがそんな最中でも気になった単語を聞き逃しはしなかった。
そう。なんとこのライダー改め坂本龍馬、かつて自分が抑止力として召喚された……などと言い出したのである!
カルデアが強大な霊基反応を確認し続けているという報告をしっかり記憶していた立香は「い、今は!?」と食い気味に問う。
すると龍馬は「いや、今は違う。もしそうやったらよかったがやけんど」と否定し、立香を少しだけがっかりさせた。
「わたしは〝お竜(おりょう)〟」
そんな中、今度は女が何気なく名乗った。
『お竜……さん? 龍馬さん! まさか彼女は〝楢崎龍(ならさきりょう)〟さんですか!?』
「いや、マシュくん。彼女はわしの宝具じゃ。その真名は『天駆ける竜が如く(あまかけるりゅうがごとく)』!」
『宝具!? 人の形をして会話までする宝具なんて、聞いたことありません!』
「まぁ人間やのうて、竜やきにゃあ。そこらへんはまぁ、規格外規格外。あ、ちなみに今の姿は真名解放してない状態やき」
加えて龍馬が躊躇なく並べた追加情報の嵐が、マシュを黙らせる。
女改めお竜に手酷くやられた元親も「規格外という言葉で片付けられないだろう……」と呟いていた。
「まぁそんな規格外の宝具で土佐の大御所をボッコボコにした件については……ほんまに、ごめんなさいとしか……」
「もういいよ。ボクだって彼女の美しい顔に傷を付け、部下をもけしかけたんだ。お互い様だよ」
「いや、元親……あそこまでダメージ量に差があってお互い様とか……なんつーか、マジでいい人だな……凄いな……」
「わたしはリョーマを護りたい一心だったから。それだけ」
「おまんはもうちょっと申し訳なさそうにしてくれ、お竜さん……」
と、元親の相変わらずな懐の深さに感心したところで、立香は一つ重大な事に気がついた。
彼はすぐに真実を問いただすため、龍馬へと質問を始める。内容は、立香と龍馬が見た飛行機についてだ。
「龍馬さんは、あの飛行機に〝今度はどこのものだ〟とか〝邪魔をするな〟みたいなこと、言ってましたよね」
「あー、言うた言うた。てっきりまた、この戦艦を止めようとしゆうわしを狙う奴が出たがかと思ってにゃあ」
「それってつまり、あの飛行機に乗ってる人を、俺達のような邪魔者……だと思ったってことですよね?」
「まぁ、そうなるにゃあ」
この答えを聞いた立香は確かな手応えを感じた。
そう。あのとき龍馬は飛行機に対して敵意を感じていた。そして同時に、立香達にも敵意を感じていた。
だが今の龍馬は〝立香達を敵だと誤解していた〟と白状している。
そして更に、あの飛行機は〝土佐〟から反撃を受けていた。
即ち、これらの情報を統合すれば……あの飛行機は〝立香達の味方である〟という可能性が非常に高い!
「よし! ならあの飛行機は多分敵じゃない! あれは〝土佐〟を攻撃して、止めようとしてるんだ!」
「ほほう。そうやったら頼もしいけんど……っと、噂をすれば……」
「え?」
ようやく笑みが戻って来た立香の表情が、再び強張った。
何故なら、龍馬が差した先に視線を移すと、上昇する飛行機と落下してくる爆弾が、窓からいっぺんに見えたからである。
「伏せろおおおおおおおおおおお!!」
落下した爆弾が艦橋に着弾し、轟音を上げる。更には〝土佐〟の反撃音がとめどなく響くおまけ付きだ。
しかし今回は一度の揺れだけでは終わらない。なんと例の飛行機は時間をおかず、再度急降下を始めたのだ。
そうなると当然、再び爆弾が落ちてくる。
「おんぎゃーッス!」
再び〝全く同じ場所に直撃した〟爆弾が鼓膜を破りにかかってくる。
恐らくあのパイロットは、この操舵室を破壊すればどうにかなるのではないかと考えているのだろう。
なんというコントロールだ。二度も三度も同じ場所に着弾させるなど、腕前が神がかりすぎている。
だが感心している暇はない。一刻も早くこの場から離れなければ。
立香はサーヴァント達に指示を出すと、急いで操舵室から脱出し、階段を駆け下り始めた。
するとここで、元親が疑問を口にする。
「しかし、この〝土佐〟という戦艦……あまりにも頑丈すぎないかい?」
「……そう言われてみれば、確かに」
「だろう? 部屋に穴も空かないどころか、ボク達は傷の一つも負っていない。近代の戦艦とは、こういうものなのかい?」
「いや、さすがにそれはない。せめて煙の一本や二本は出るはずだ。やっぱティーチの船と同じような能力を持つ宝具なのか……?」
言われてみれば、この防御力は異常である。何しろ砲撃を受けたにもかかわらず、窓ガラスにヒビ一つ入らなかったのだ。
さながら、サーヴァントが乗れば乗るほどその耐久力を増していく〝アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)〟を思わせる仕様である。
『もしくは、いるかも分からないキャスターが、高ランクの陣地作成スキルで内部を神殿化させているという説かな』
「お、ダ・ヴィンチちゃん! ところでどうだ!? さっき言ってた〝強力な霊基反応〟はまだ俺らをストーカーしてるか!?」
『生憎とその通りだ。不気味で仕方がないよ』
「藤丸くん。それは何の話じゃ?」
「ああ、実は俺達の周辺で強大な霊基反応を確認しっぱなしらしいんですよ。龍馬さん、心当たりあります?」
「ええー? いきなり言われてもにゃあ……」
顎に片手を添えた龍馬は、必死に考える素振りを見せた。
だが考え込みつつ丁字路へと差し掛かったところで、先頭を走っていた茂平とお竜が同時に「「待った!」」と叫び、立香達を制止した。
彼女達曰く「誰かが来るッス」「二人組とみた」とのこと。ダ・ヴィンチも通信越しで『霊基反応を確認! こ、これは……!』と声を上げる。
一体誰が現れるというのだろうか? 立香は喉をゴクリと鳴らし、声を殺して待つ。
すると、
「あーっ! マスター! 探したでござるよぉ!」
「って、うえええええっ!? ティーチぃ!?」
現れたのは、ティーチであった。
「バカ! 探してただぁ!? そりゃこっちの台詞さね! 一体アンタ、今の今まで何やってたんだい!」
「ちゃ、ちゃんと理由はあるでござるから! BBAは一旦落ち着いて!」
「ティーチ……ボクが、ボクがどれだけ心配していたと……っ!」
「ああっ! 元親殿ぉ! 目に涙を溜めるのはやめて! 拙者そういうのに弱い!」
責任を感じてか、ずっと心を痛めていたのだろう。
まずはドレイクと元親がティーチに対し、思い切り怒鳴る。
「って、ちょっ! マスター、なんでこのくノ一氏と一緒にいるのでござるか!?」
「仲間になったからッスよ。あたしは日下茂平。土佐藩きっての忍び兼義賊ッス!」
「やだ、かっこ可愛い……拙者ときめいちゃう」
「あ、そういえば忘れてたッス。ほらこれ、あなたの短筒と鉤爪ッスよ」
続いては茂平が自分の立ち位置を変えたことと、隠す必要のなくなった真名を報告する。
そのついでに彼女は、バッグから取り出したティーチの得物をようやく返却した。
「おまんが藤丸くんの言いよったティーチくんかえ?」
「そうでござるが……んんー、誰?」
「わしはライダー。坂本龍馬じゃ」
「知りませんなぁ」
「リョーマ。知らないってさ。ウケる」
「ウケんとって。へこむき」
「それより! そ、そちらの美人さんは一体!?」
「わたしはお竜」
「おおーっ! よく見れば黒セーラー服の清楚系! たまりませんぞぉ! きゅんきゅんするでござるぅ!」
「きしょい」
「ごふぁーっ!? 特に理由のない暴力が黒髭を襲うーっ!」
「お竜さーん! 敵でもないのを殴ったらいかーん!」
それから龍馬がティーチと会話を始めると、いつの間にやらティーチが暴力を受ける流れになっていた。
これに関しては、立香もコメントがしづらかった。
ので、
「で、どこをほっつき歩いてたのか、早く理由を聞かせて欲しいんだけどなぁ!」
空から降る物騒なものの着弾による衝撃で揺れる船内にて、立香はティーチに対し、情報を開示するよう急かした。
ティーチは「はいはーい」と軽い返事をすると、すぐに「おじいちゃま、こっちでありますよー」と。丁字路の奥に話しかけた。
すると「んん? もう出てきてもいいのか?」という返事と共に、見慣れない人物が姿を現す。
「えー、ご紹介するでござる! こちらが、疲れ果てた拙者を介抱してくれた親切なキャスターのサーヴァントですぞぉ!」
「おいおい、オレの自己紹介全部取っちまいやがんの。まァ、そういうわけだ。よろしく」
その瞬間、揺れる船内にて、ティーチ以外の全サーヴァントがキャスターに対して得物を向けた。
この圧巻の光景に驚いたのか、キャスターは短く口笛を吹くと「どえらい歓迎だねェ」と軽口を叩く。
「な、ななな! 何をするでござるか皆の衆! こんなか弱いご老人相手に!」
確かにティーチの言葉は正論である。
何せこのキャスターらしいサーヴァントは、ティーチの言う通り痩せたご老人なのだ。
しかしそんな相手に対し、珍しくも英霊達は疑心暗鬼に陥っているようだった。
無理もない。もはや誰が黒幕なのかを推理することすらままならない、極限のノーヒント状態なのだ。
「まァまァ、落ち着いてくれよ。オレもこの船がどうやったら止まるか必死に考えてんのさ。なのにいきなり武器なんか向けられちゃァなァ」
そう言って「あっはっは」と呑気に笑うキャスターを、立香は観察する。
頭にはタイトなニット帽。服は上下とも、デフォルメされた人間のシルエットが柄になっている妙ちきりんなスーツ。
茶色いサングラスの奥にある両の瞳は細く、だがしっかりと力強くこちらを見据えている。
声もハキハキとしていて実に聞き取りやすい。老いてなお盛ん、というやつか。
「皆、一旦武器を降ろそう」
おそらく只者ではない。そう感じながらも、立香は全員にこう指示をした。
サーヴァント達が口々に〝本当にいいのか?〟といった旨の問いかけをしてくるが、立香は迷いなく頷く。
それから「そもそも操舵室での戦いだって、互いに相手を敵だって決めつけてたから起きたんだろ?」と付け加える。
これにはあの乱戦を経たサーヴァント達もぐうの音が出ないようで、どうにか武器を降ろしてくれた。
キャスターは「ありがとう」と言ってにっこりと笑みを浮かべる。その表情に裏があるのかそれともないのか……立香は必死に考えた。
そして考え抜いた末に、結局はストレートに質問をぶつけることにした。
「えっと、じゃあキャスターさん。そこのティーチを介抱してくれたんですよね?」
「ん? だよォ?」
「……じゃあなんで、ティーチをその場から動かしたんです? 俺ら、後で合流する予定だったんですよ」
「あァ、それかァ。実はオレね、そのとき艦橋を目指してたんだよね。それでそこのティーチ君? が〝なら拙者が〟って言ってくれて」
「はい……? おい、ティーチ。どういうことだ」
すると何やら気になるワードが飛び出したので、立香はティーチへと視線を向ける。
よく見てみれば、他の皆もティーチを睨んでいる。
「……いや、その、恩返ししようかなって思って……拙者、このキャスター氏を艦橋にご案内しようと思ったんでござるよぉ。
一応拙者も海賊だし、船の中なんか余裕でしょって思ってたんですよ。ところがこの〝土佐〟って戦艦ときたら内部がもう複雑で……」
「あーあー、分かった分かった。つまりだ。お前、迷子になったんだろ」
「……大当たりでござるぅ」
さすがに本人も申し訳ないと思っているのだろう。ティーチは両肩をしゅんとさせながら、囁くように答えた。
その言い訳を聞いて呆れ返ったらしい元親は「必ず迎えにいくから待っていてくれと言っただろう……」とぼやく。
ティーチは「確かに、その通りです。ぶっちゃけ甲板に行った後、すぐにあの場所に戻れると思ってたんです。ナメてました。すんません」と平謝り。
遂には「お許しをぉ……」と嘆きながら土下座までも披露してきたので、元親は深い溜息をついて「分かった分かった。許すよ」と言った。
ただドレイクは呆れよりも怒りを強く感じているらしく、ティーチに対し、
「落とし前だけはつけさせてもらうよ」
とドスを効かせて呟くと、彼の頬に思い切り平手打ちをかました。
いつもならばここでティーチは〝BBA!〟から始まる文句を並べ立てただろうが、その予想は大外れ。
珍しく「はい……これくらいで許してくれてありがとうございます……」と、涙目でしょんぼりとしていた。
哀れだ。あまりにも哀れである。そういうわけで立香もこれ以上は追求せずに「まぁ、なんだ。お疲れ様」とだけ言って許すのだった。
「あー、それじゃあキャスター。あなたにお願いがあるんですけど」
だが、初対面のキャスターに対する質問は続く。
「今、俺達はこの戦艦を動かしている黒幕を探している最中なんで、とってもピリピリしてるんですよ」
「あァ、だろうねェ」
「そういうわけでですね、無理を承知でお願いしたいんですけど……真名、教えてもらえます?」
「んんー、そうきたかァ。オレの真名ねェ……」
立香からの問いに、キャスターは顔をしかめた。そして「真名は……うーん」とぶつぶつ呟く。
そしてしばらく時間が過ぎ、再び〝土佐〟が爆撃によって揺れを起こすと、
「ごめんね。今は無理だな。言えねェ」
あっけらかんと、そう言い切った。
「なんでですか?」
「この通り、オレは戦いに向いてない、絵を描くことくらいしか出来ない爺さんだ。サーヴァントとしちゃ三流だよ。
そんな爺さんが真名をぽろっとばらして、それを黒幕に聞かれてみな? お前さん達の足を引っ張ること間違いなしだ」
「能ある鷹は爪を隠す、って言葉ありますよね?」
「だったらステータスってやつを確認してみりゃいい。がっかりするぞォ?」
「いや、仮の契約すらしてないんで見えないんですが……」
「ん? そうか。そこまでは考えてなかったな。ごめんよ」
なんだか色々と誤魔化されている気がする。
とはいえ完全に味方であることが確定しているティーチが、この眼前の老人に助けられたと言っているのである。
ならばここはひとまず棚上げしておくことが望ましかろう。立香はそう判断した。
そもそもマスターが柔軟で余裕な姿勢を保っておかなければ、サーヴァント達も動きづらいというものだ。
そういうわけで立香は「じゃあ、もういいかなってタイミングでお願いします」と言って、深く問い詰めるのを諦めるのだった。
「……揺れが止まったね」
すると不意に、元親が呟いた。
確かに、つい先程までほぼ一定の間隔で爆発音と揺れが同時に起きていたというのに、すっかり止んでしまっている。
そして代わりに鼓膜を刺激するのは〝土佐〟から放たれているであろう連続した砲撃音。
これが意味するのは一体何か? 想像するのはとても容易かった。
「まさかあの飛行機、撃墜されたのか!?」
「いいやマスター、よく見てくれ! 戦艦からの弾幕が激しすぎて、逃げるのが精一杯らしい!」
窓ガラス越しに元親が差した方角へと視線を向けると、恐ろしい数の砲弾から飛行機が逃げ回っていた。
この〝土佐〟を止めるために幾度となく爆撃を仕掛けた結果、蜂の巣をつついたような状態に陥ってしまったというわけか。
立香は「どうにかして助けないと……」と呟く。すると元親が「それならボクに方法がある。甲板に向かおう!」と声を上げた。
正直なところ、元親がどのようにしてあの飛行機を助けるつもりなのか、皆目見当が付かなかったが、
「よし、それじゃ茂平! 俺達を甲板まで案内してくれ! 出来るか!?」
「承知ッス! じゃあ皆さん、着いてきてください!」
味方であろう飛行機乗りを救出するため、立香は指示を出した。
「あー、なら忍者のお嬢ちゃん。情けない頼みなんだが、オレをおぶってくれるか? 後を追える自信ないから……」
「えっ? あ、はい。それくらいならいいッスよ。でも何かしようとしたら……分かってるッスね? あたし、アサシンなんで」
「しねェさァ」
そしていつものようにドレイクに背負ってもらうと、早速甲板へと向けて全員が駆ける。
さすがに今回は茂平も速度を自重したのか、どうにかティーチも着いてこられている。
果たして懐かしの甲板に到着すると、内部で聞くよりも遥かに大きな砲撃音が耳朶を叩いた。
これには思わず立香も「うるっさ!」と文句を言う。だがそんな場合ではないので、すぐに頭を切り換えて元親に問う。
「よし! それで元親! お前、どうするつもりなんだ!?」
「どうするもこうするも、方法は一つしかない! これから〝ボクは飛ぶ〟!」
「え!? 何!? 飛ぶ!? どうやって!? っていうか、マジで今そう言った!? 上手く聞き取れなかっただけ!?」
突拍子もない答えが返ってきたので、立香は思わず大げさに見えてしまいそうな程に驚いてしまう。
だがそんな反応も想定内だったようで、元親は「まぁ、見ていておくれよ」と柔らかな笑みを浮かべる。
そして元親が静かに瞼を閉じると、
「……羽?」
黒い黒い巨大な羽が、大きく晒された背中から堂々と生え、やがて主張するようにバッと開かれた。
羽の形状は鳥や蝶などのそれではない。闇夜を支配する蝙蝠そのものである。
「簡単に説明すると、これは〝無辜の怪物〟によって与えられた力だ」
「ってことは、まだ酷い悪口があったのかよ……こんないい人なのに……」
「信長がね、ボクを〝鳥無き島の蝙蝠〟と評したんだ。恐ろしい敵がいないような場所で威張って、偉そうな顔をしているとね」
「……ちょっと言いすぎだろノッブ。帰ったら説教してやる。マジで」
「あはは。もしボクもカルデアに行けたなら、思い切りなじってやりたいね。けれど、彼女のおかげで……今は人助けが出来るっ!」
鼓膜を刺激する轟音が響く中、元親は軽やかに甲板を蹴ると、背から生えたその羽で青空へと飛んでいく。
「元親! 無理だけはするなよ!」
砲撃によって生み出される騒音のせいで、ちゃんと言葉が通じたかどうかは分からない。
けれども見知らぬ他人を助けるために、凄絶な弾幕地獄と化した青空へと迷いなく飛び込んでいく元親の姿は、確かに英霊のそれであった。
「死ぬなよ……元親……っ」
人を殺すための嵐と形容しても遜色ない空を眺めながら、元親を見送る立香。
彼は無意識に、震える声でこう呟いていた。
最終更新:2017年07月01日 00:52