04
赤いライダーの戦いぶりを見ながら、僕は唐突に、南極に来る前に、後輩にして相棒である少女、マシュと交わした会話を思い出した。
その内容の殆どは『今回の特異点は異常だ』だの、『気を付けてくださいね』といったいつも通りのものだったが、その中で一つ、僕の心に残っているものがある。
それは、別れ際にマシュが言った、次のような台詞だった。
「離れていても、私が側にいると思って安心してくださいね!」
これは『後方支援を頑張る』という、彼女の決意が現れた言葉だったのだろう。
実際、それは頼もしい事この上なかったし、その言葉を聞いたおかげでレイシフト前の不安な感情が随分軽減されたのは確かだ。
良い後輩を持てた自分が誇らしく思えた程である。
しかしながら、ライダーの言うキャスターからの妨害とやらを受けている現在では、マシュからの後方支援、ひいてはカルデアとの通信全般が取れなくなっており、詰まる所、マシュの言葉を借りて言えば、僕の隣に頼れる後輩は居ないも同然なのであった。
二つの太陽が、天から地を見下ろす巨人の両目のように存在する南極――そんな場所に一人だけとは、心細さこの上ない。
だが、そんな僕の心境など知った事かとばかりに騒ぎまくるライダーが目の前にいる所為で、寂しさがまるで暴風に煽られたかのように何処かへ吹っ飛んでいったのも、また事実である。
それが良いのか悪いのかは、判別が難しい所だけれども。
……………いや、どう考えても悪いな。
眼鏡の可愛い片目隠れ後輩の代わりに、テンションのおかしい赤い軍服の男が側にいるって、どんな状況だよ。
軽く地獄だよ。地獄。
「『地獄』――か。くっくっくっ、これまた中々良い比喩を使うじゃあないか、戦士。確かに、貴様が今現在いる南極は戦場という名の地獄となりつつあるのだからなあ!」
と、ここで丁度、戦闘が終わったらしい。
周囲の赤色集団を倒した赤いライダーは、血がベットリと付いた軍刀をマントで拭きながら、僕に向かってそう言った。
大人数を相手に戦った直後なのに、テンションがやけに高い。
「何を言う! 奴ら相手の戦いなど、これから起きる『戦争』に比べればちっぽけなものよ! 今やったのは……そうだな、現代風に言うならば、ゲームのデバッグのような行為に過ぎん!」
古風な軍服には似合わないほどに現代的でデジタルな喩えをライダーは口にした。
服装に似合うで言うならば……と、僕は彼がさっきから言っている、『戦士』だの『戦場』のような、戦争を連想させる、やけに物騒なワードを思い出す。
そういえば、金髪のバーサーカーや赤い集団がこの場にやってくる直前にも、そんな事を言っていたような。
『私は貴様の戦争相手なのだぞ?』――だっけ?
それは言葉通りに受け取れば宣戦布告にしか聞こえない言葉だけど、これまでの赤いライダーの行動を思い出してみる限り、どうにも彼が僕の敵であるようには思えない。
敵なら普通、助けてくれないはずだからね。
一旦助けて信頼させた後で裏切る、というのは、まあ、物語的にはよくいる敵役だ。
僕は実際に、そういう人物を見たことがある。
しかし、赤いライダーの場合、そのパターンとも違うのだ。
何せ、彼は一度宣戦布告を行ってからも、その直後に僕を助けたのだから。
「だから何度も言っているだろう。私は戦士と戦争をしたいだけなのだ。しかし、今の貴様はサーヴァントを一人も連れていない――マスターとしては丸腰も同然の身。つまり、戦争の準備が何一つ出来ていないというわけだな」
まったく、キャスターめ。何もサーヴァントのレイシフトまで『妨害』せんでもよかろうに――そう小声で呟き、赤いライダーは言葉を続ける。
「戦争の準備が何一つ出来てない状態での戦闘など、戦争ではない! そんな貴様が戦死しても、私は勝った気にならんからな! 全く楽しくないし、嬉しくもないぞ! 上空百数メートルからの落下死など以ての外!」
つまり?
「ライダー、君は僕と『戦争』がしたかったから、これまで僕を助けたのかい?」
「その通り!」
良い笑顔で答えないでくれ。
「それじゃあ、あの頭上に輝いている第二太陽はどういう目的があって存在しているんだ? これまでの話を聞いた限り、君はこの特異点の黒幕――つまり、あの太陽になんらかの関わりがあるように思えるんだけど」
「ああ、アレか!」
そう言って、ライダーは頭上で輝く光球を見上げた。
それは擬似太陽――この世界を特異点たらしめている存在である。
これが無くては、カルデアはこの時代を異常だと観測する事がなく、僕が送り込まれてくる事が無かっただろう。
何せ、南極地表の側にある擬似太陽――それによって、南極の氷は溶かされ、地球上の大陸の殆どは沈没してしまうだろう。
あるいはもっと、直接的に、擬似太陽で地球が蒸発させられるかもしれない。
それほどまでに、これは恐るべき存在なのだ。
しかしながら、擬似太陽とライダーの言う『戦争』はどうにも目的が合致しているように思えない。
果たして、ライダーが返した答えとは――
「アレは、貴様をこの場に呼ぶ為に――つまり、カルデアに『この時代の南極は異常だ』と観測させる為に作ったものだぞ!」
僕は絶句した。
つまるところ、僕はライダーが適当に用意した『擬似太陽』という釣り餌にまんまと引っかかり、彼が用意した戦場へと連れ出されたというわけか。
「いや、正確に言えば、何もアレには疑似餌の役割しかないわけではないぞ? もう一つ重要な、これから始まる戦争において、必要不可欠と言える役割が――」
ライダーがそこまで言った瞬間。
彼の膝を、光線が貫いた。
「っ!? これは……!」
完全に不意を討たれたライダーは、穴の開いた膝を崩してその場に腰を落とす。
彼は、光線が飛んできた方角へと首から上を向けた。
僕もつられて、そちらへと顔を向ける。
まさかまたあの赤い集団がやって来たのか? と思ったが、そこに居たのは――
「やっと見つけたわ、『
南極のライダー』。トークの邪魔をしてしまったのは謝るけど、まあ、それは仕方のない事よね。私が貴方に勝つには、不意を討たなきゃ無理そうだし」
エレナ・ブラヴァツキー。
十九世紀のオカルト研究家にして、近代神智学の祖である、キャスターのクラスのサーヴァントだった。
最終更新:2017年10月19日 22:52