第一節:赫讐の伏魔殿(5)

「……成程ねえ。薄々気付いちゃいたが、こいつは超弩級の面倒事だなあ」

 スコットランドヤードを抜けて数分後。
 わたし達は無事、助け舟を出してくれた"彼"との合流に成功していた。
 声とやり口からしてそうだろうとは思っていたけど、やっぱり其処に居たのは緑衣の彼。
 第五特異点・北米で共に戦ったアーチャーのサーヴァント、ロビンフッドだった。

 キャロルが英霊召喚システムを狂わせた事で、この空間では偶発的な英霊の召喚が度々起こるようになったという。
 その一例が先程仲間にしたジャックなわけだが、このロビンもまた、彼女と同じ野良サーヴァントであるらしい。
 なんて面倒事に巻き込んでくれたんだと嘆息する彼に、キャロルは心なしかしょんぼりして見えた。
 ……とはいえ。彼には申し訳ないけれど、その優秀な能力を借りられるのは戦力不足の現状、非常にありがたかった。

「ありがと、ロビン。助かったよ」
「あー、礼には及ばねえよ。実際、オレとしても途方に暮れてたところでね。
 事の把握こそある程度出来たものの、根本的な部分の知識を持ってないもんだからどうにもならない。
 そんで頭を抱えてた時、偶然あの化け物に襲われてるアンタ達を見付けたってわけさ」

 第五の一連の戦いで、彼の実力についてはよく知っている。
 キャロルが器用さ、ジャックが隠密性なら、彼の強みは敵の弱体化だ。
 戦いの前に戦力を削ぎ落とし、敵軍にデバフじみたペナルティを押し付けるなどお手の物。
 戦うべき敵との戦力差が山のように有るなんていつものことだけど、だからこそ彼の存在がこの上なく活きるのだ。

「然し、幾ら何でもありゃちと無謀だぜ。
 殺戮都市のバーサーカーは、直接戦闘なら間違いなく三英霊中最強だ。
 さっき散々ぶち撒けてた魔霧なんぞ、あれの全力の半分にも達しちゃいない」
「「うええ」」

 思わず声が出た。
 とても、嫌そうな声が。
 わたしとキャロル、二人揃って同時に苦虫を噛み潰したような顔で呻いていた。
 仕方なかったとはいえ、わたし達はいきなり、とんでもない厄ネタを踏み抜いていたらしい。

 三英霊中、最強のサーヴァント。
 サーヴァントの価値は単純な力の強さで決まるものじゃないけど、やっぱり指標としてそれはとても大きい。
 ライオンや虎より知的な生物は幾らでもいる。
 それでも彼らが生態系の上方に居られるのは、純粋に"強い"からだ。

 他を圧し、寄せ付けない"力"。
 それさえあれば、些細な相性は戦いにおいて無視される。
 必死に積み上げた下準備や作戦を欠伸をしながら蹂躙出来る、それが"強さ"という概念の真髄。
 つまり何が言いたいのかというと――そんな理屈を地で行く存在がいきなり出てきて頭が痛い、ということである。

「あの霧鎧……霧迷彩? 分かんないけど、あれをまずどうにかしないといけないよね」
「よしんば攻略しても、まだイキイキとした捕食器官(あくむ)の制圧攻撃が待ってるがねえ。
 出来るなら正面からぶつかるのは避けて、裏技チックな攻略法を見付けたいとこなんだが――」
「……ううん。バーサーカーは倒さなくちゃいけないんだ、ロビン」

 怪訝な顔をするロビンからわたしは視線を外して、ばつが悪そうな顔をしているジャックの方を見やる。
 本当に戦わずしてバーサーカーをやり過ごせる方法があるならまだしも、現実問題そんな手段が実在する可能性は低い。
 それに、ロビンにはとんでもないわがままを言ってしまうことになるけど、わたしはジャックを裏切りたくなかった。
 わたしを信じてくれた彼女の心を踏み躙りたくない。
 ……前に会った時は、こうして道を同じくすることも叶わなかったのだし。

「ジャックとバーサーカーは元が同じサーヴァントだからか、この子の攻撃はある程度通るみたいなんだ。
 それに、キャロルの宝具がどこまで通じるのかもまだ試せてない。
 バーサーカーが危険だって教えてくれたのは助かったけど、やっぱりわたし達は、バーサーカーと戦うよ」

 ぽん、とジャックの頭に手を置いて、左右に優しく動かす。
 正確な理由や経緯は解らない。
 でも、ジャックはバーサーカーを……変わり果てた"自分"をやっつけたいと思っている。
 それが単純な敵意による衝動ではなく、彼女にしか解らない複雑な理由があることは傍目にも理解出来た。
 それなら、手伝ってあげる理由としては十分だろう。

 毅然と言うわたしに、然しロビンは苦笑を返した。
 早とちりめと、そう言われているような気がした。

「話は最後まで聞けよ、嬢ちゃん。
 オレだって、本気でバーサーカーをやり過ごす裏技なんてもんが実在するとは思っちゃいねえさ。
 今のはあくまで例え話だ。十中八九、バーサーカーを正面突破しなきゃならん展開になるだろうよ」

 ロビンはそこで、指を一本立てる。
 その眼には普段の飄々としたものではない、切り出した鋼みたいな真剣さが灯っていた。

「だが、バーサーカー討伐はあくまで最後。悪いことは言わないから、その前に他の二都市をどうにかした方がいい」
「……どういうこと?」
「言ったろ? 強えんだよ、アレ。
 真っ向からかち合うとすれば、オレとそっちの二人が全力で掛かってもまだ足りねえ。
 その前に戦乱と冒涜を潰して、そっちに喚ばれてる野良サーヴァント共を可能な限り引き入れておくのが丸い筈だ」

 殺戮都市にジャック・ザ・リッパーが居たように、他の都市にもシステムの暴走で召喚されたサーヴァントが居る。
 それは何らおかしなことではなく、故にわたし達の抱える"戦力不足"という泣き所を補える最大の希望だった。
 誰が居るかまでは流石のロビンも知らないようだけど、この際誰でも構わない。
 何しろ人類史に名と生きた証を刻み込んだ英霊の力だ――たとえ誰が居ようと、わたし達の大きな力になってくれる。

「いいよ? おかあさん」
「ジャック」
「わたしたちは、あの子を見過ごせないけど……でもおかあさん、困るんでしょ?
 それならいいよ、最後でも。おかあさんのこと、信じてみる」
「……そっか。うん、わかったよ」

 サーヴァントの強さというのは、実力を定義する上で重要な指標となる。
 でもそれはあくまで一つの指標であって、決して全てではない。
 殺戮都市のバーサーカーが三都市最強であるといっても、他の二都市の英霊が御し易い相手だとは限らないのだ。
 わたしには、そういう風にはとても思えない。

 きっと大変な旅になる。
 そう解っているけれど……うん。
 流石に、一年もカルデアのマスターをやってたら慣れてくる。
 どんなに大変な旅でも、最後にはどうにかなるものだ。
 ならわたしに出来ることは、その希望と、頼れるサーヴァント達を寄る辺に頑張ることだけ。

「キャロル、ロビン。
 戦乱都市と冒涜都市だと、どっちを先に攻略すべきだと思う?」
「え? うーん、それなら――」
「戦乱だな。……まあ、ちと厄介なことになってはいるんだが。冒涜の腐れ外道に比べりゃまだ取っ付き易いさ」

 キャロル曰く、戦乱都市には獅子王の名を持つアーチャーが居て、冒涜都市には悪魔のようなライダーが居るという。
 獅子王と言えば否応なく第六の激戦を思い出すし、悪魔などと言われている方は語るまでもなくヤバそうだ。
 それに、ロビンは両方の都市の現状をある程度把握しているらしい。
 その彼が戦乱に向かった方がいいというのだから、それに従うのが利口だろう。
 ただ、一つ気になることがあって……

「"厄介なこと"?」
「そもそも、戦乱都市って名前の由来は"常に戦争が行われているから"なんだよ。
 前までは殺戮(ここ)で食い散らかされてたようなホムンクルス達が、獅子王軍にただ一方的に蹂躙されてるだけだったんだが……ある日其処に、それはまあ、ぶっ飛んだ東洋人のサーヴァントが現れてな」

 ――ん?
 ぶっ飛んだ、東洋人のサーヴァント?
 わたしの頭の中に、呼んでもいないのに与太指数の塊みたいな生き物が顔を覗かせてくる。
 それを必死で思考の隅に追いやりながら、わたしは努めて平静を保ってロビンの話に相槌を打つ。

「何を思ったかホムンクルス軍に付いたそいつが、優勢だった獅子王軍に手痛い打撃をぶち込んだのさ。
 獅子王も当初は張り合いのない戦に諦観気味だったんだが、それで完全に火が付いた。
 今や戦乱都市は獅子王軍と織田軍……ああ、織田ってのはそのサーヴァントの名前な。クラスが獅子王と同じでアーチャーなもんだから、クラス名呼びだと紛らわしいんだよ。
 とにかく、その二陣営の血で血を洗う大戦争に日夜明け暮れてるってわけだ。って、どうしたよ嬢ちゃん。なんだって天を仰いでるんだ?」
「…………」

 ――東洋人。アーチャー。おまけに、織田。うん、ものすごく覚えがあるぞーそのサーヴァント。

『……ま、是非もないよネ!』

 ほら、心の中のノッブもそう言っている。
 突然に叩き付けられた与太話の波動に一瞬意識が飛びかけたが、真面目な話、彼女の協力を得られればかなり心強い。
 日本人なら誰でも知っている、花の戦国時代を代表する英傑。
 恐るべき武力で並み居る敵を打ち払い、天下を目前に斃れはしたものの、歴史に爪痕を残した第六天魔王。
 ――クラス、アーチャー。真名、織田信長。
 そうか……彼女が居るのか、戦乱都市には。

「……もしかして、知り合い?」

 驚いた顔をするロビンに、わたしはなんとも言えない顔で笑いながら頷くしか出来なかった。


  ◇  ◇


 一つしかない台詞を遮られたルイス・キャロルさん「――えっ!? 今回わたしの出番少なくない!?」


  ◇  ◇


 ――とんでもないことになったなあと、改めて強くそう思う。
 いつも召喚する側だったわたしが他の誰かに召喚されて、サーヴァントと出会って、戦って、また出会って。
 正直面食らわなかったというと嘘になるけれど、まあ、帰る手段もないことだし今はがむしゃらに頑張るしかない。
 不安は有るけど絶望は不思議とない。そう、このくらいのピンチ、今まで何度だって乗り越えてきたんだから。

 ……ああでも、カルデアに連絡が出来ないのはちょっと困ったな。
 マシュも、ダ・ヴィンチちゃんも、"Dr.ロマンも"、みんな心配してるだろうし。


 早く、帰らないとなあ。


  ◇  ◇


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第一節:赫讐の伏魔殿(4) 特異点トップ 断章:光なき玉座

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最終更新:2017年06月26日 23:21