2節 アサシンさんは借金苦!1

永久統治首都京都。
京のアサシンを名乗る男にそう伝えられ藤丸は頭を悩ませる。
日本生まれ日本育ちの彼の知識においてこの日本の首都は東京である。
その知識は彼のこれまでの人生、背景において揺るがされたことがない。
江戸幕府が倒れ明治政府が設立され、天皇親政への転換を果たした文明開化。
細かいことを藤丸は知らないがとにかく明治以降日本の首都は元江戸である東京だ。
ただしそれはこの場においては正しくはない。
日本の首都は京都である。
それがこの特異点における絶対的なことだ。

「……そういえば廃刀令とかもなかったね」

あの時自分たちに銃を向けた男たちは刀も腰に差していた。
ありえないことである。

「いやしかしまぁ君らがここに来た理由というのも理解した。ただ私が協力できるかは分からんね」
「まぁ別に僕も無理にとは言わないし」
「すまんね。私は私で忙しいのだ。ぶつかった分はさっき逃げる時の手助けで手打ちにしといてくれ」
「そういえばあんさん借金して追われとったんやねぇ」

酒呑童子の言葉にアサシンはがりがりと頭を掻く。
それから困った顔で少し笑い声をあげる。
笑うと目が細くなって大柄で無骨なイメージが幾分か和らいだ。

「はは。生きるのに必要なものは金だ。私はその金がない。ないものは生み出せない、ならどうする?」
「それで借金したの?」
「その通り。しかしどうにもなぁ放蕩とは甘美な味がするものだ。気付けば金も返さず、あれよあれよと膨らむ借金よな」
「駄目人間」
「駄目人間と言われると返しようがない。しかしどっこい生きてる。下宿を転々としつつな」
「それで借金取りに追われとったっちゅうことなん」
「いや。あれは借金取りではない。遊撃衆といっていわゆる何でも屋だ」
「へぇそらえらいお人さんらやねぇ」

膨れ上がった借金についに貸した友人の一人の堪忍袋が爆裂したらしい。
いつものように他人の下宿に上げてもらおうとするとそこには遊撃衆の面々が待ち構えていた。
アサシンは瞬時に自分が置かれている状況を把握し逃げたという。
そして時間が流れ藤丸たちと出会ったという訳だ。

「しかし君達も一緒に来たから私の仲間と思われたかもしれないな」
「でも酒呑童子見て鬼が云々言ってたし」
「うちは別にかまへんよ」
「わしの手にかかればあやつらなぞ赤子の手をひねるようにホトトギスじゃ」
「それにこの二人が暴れたらただじゃ済まなかったなぁ。まぁなったらなったで仕方ないんだけど」
「ははは。は、はは……は。物騒だな……」

それから四人は京の街を歩いていた。
アサシン曰く遊撃衆から逃げる時の道を確認するためらしい。
あまり協力は出来ないと言っていたが着いてきてくれている。
面倒見がいいのか善人なのだなと藤丸は思った。
しかし街中には警戒している遊撃衆がいる。
表通りと裏通りそれらを行き来して隠れながらも進んでいく。
道中酒呑童子や信長の話す自分達が見た京の話に耳を傾け、またアサシンが話す京での失敗談などに耳を傾ける。
そんな風に歩いていると何だか自分が観光でもしているように思えてきた。
これまで見てきた特異点。
そこであらゆる時代のあらゆる国の景色を見てきた。それらに色々と感じることはあった。
今回は自分の生まれ育った日本、そして近代の景色を藤丸は眺めていた。

「そういえばアサシンってお金がないから友達にお金借りたんだよね?」
「あぁ、そうだが」
「現界してすぐの時ってお金どうしてたの?」

友人というのはある程度コミュニケーションをとって成立するもののはずだ。
どこのものとも分からぬ男に金を貸す人間がどれだけいるだろうか。
少なくとも藤丸立花はそんな人間ではない。

「働いていたさ」
「どこで?」
「聞きたいか? 聞きたいのかい?」
「いや、別に」
「……こう、もうひと押しして欲しいなぁ」
「旦那はん押し引きが雑な時あるから」
「聞かれてないこと話すのはなんだし……代わりに君が一押ししてくれるかい?」
「いや、うちもそんなに興味ないんやけど」

彼らはほんのすこしマイペースなようだ。

「わしが代わりに聞くが、お主どこで働いておったんじゃ?」
「ふむ。実を言うとだな……」

「団らんはそこまでよ」

満を持してという表情のアサシンだったがその言葉は遮られることとなった。
同時にアサシンの顔が凍り付いた。
一時停止をかけられた映像のように固まり、ゆっくりと氷が解けるように硬直がほどけていく。
藤丸たちの前に立っているのは一人の女性だ。
和服を身に纏っており、少し露出が気になる格好だ。
もっとも藤丸からすれば自分の隣にいる酒呑童子の着物の方が華やかで、露出もこちらの方が激しい。
当然彼女の格好もかなりの着崩しなのかもしれないが、驚くほどではなかった。
それより気になるものがあるとすれば彼女が背負っている一本の長銃である。
陽の光を受けて黒く輝くそれは黒曜石のように美しく、鉛のように無骨な印象があった。

「初めまして。どこかのマスター。私は遊撃衆の頭領。あなたに名乗る真名はないわ。京のアーチャーと呼んで頂戴」
「初めまして。名乗る名前があるので名乗ります。藤丸立花です」
「……は、はは。まさか頭領自ら来られるとは思わなんだ。いや、本当にご足労をかける」

懐に手を突っ込んだアサシンが一歩踏み出した途端アーチャーが背負っていた銃を構えた。
アサシンはそれ以上踏み出せない。

「あなたの手口は分かっているわ。何もない振りをして一撃でしょう?」
「……」
「さて、お縄についてもらおうかしら。それとあなた達」
「?」
「ついでにあなた達も来てもらおうかしら。そこの鬼について聞きたいこともあるし」
「うち? いや、うちなんかしたやろか」
「ちなみに嫌って言ったら?」
「力づくに決まってるじゃない」

藤丸はアーチャーの言葉に嘘があるとは思わなかった。
今までそんな風に言われたことだってある。
だからかもしれない。侮りではない、純粋な意志でもって藤丸はここを突破すると決めた。

「じゃあお断りかな」
「そ。聞き分けのない子はあんまり好きじゃないわ」

アーチャーが手を上げればどこからか遊撃衆が集まってきた。
気付かぬうちに囲まれている。
一般人ではある藤丸はともかくとして(それでも特異点での戦闘経験がある)
信長や酒呑童子ですら気づけぬ包囲。
そんなものがこの世に存在するのだろうか。
高ランクの気配遮断を持つアサシンではない彼らが、藤丸たちに気付かれず包囲できるのだろうか。

「撃ち方用意」
「ノッブ」
「分かっとる」
「撃ちなさい」
「放て!」

遊撃衆の銃と信長の銃が火を吹く。
開戦の狼煙が上がった。

始まり
1節 和洋の複合2 永久統治首都 京都 2節 アサシンさんは借金苦!2

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最終更新:2017年07月12日 01:43