第8節:疾走する魂



「謎の強大な霊基反応についてだが、どうだい!? 何か分かったかい!?」
「まだ解析出来ていません! 一体全体、何が何やら……!」
「そうか……だが未だに霊基を感知し続けているのは確かなんだね!?」
「はい! フランシス・ドレイク、エドワード・ティーチ、長宗我部元親、日下茂平、坂本龍馬。
 そして老人のキャスター及び飛空士のライダー……以上七名に加え、謎の一つの霊基は未だ健在です!」
「どうなっているんだ……本当に〝初代山の翁〟レベルのアサシンがいる可能性が高いとでもいうのか……!?」

カルデア本部にて、ダ・ヴィンチやスタッフ達の声が響き渡る。
2014年の太平洋上も凄絶な状況と化しているが、こちらもまさに嵐の中で船を漕いでいるかのような慌ただしさと混乱に包まれていた。
何せ藤丸立香の存在証明と平行して、謎の現象の検証作業にも取り組んでいるのだ。皆、気が気ではない。

「ですがダ・ヴィンチちゃん! 龍馬さんはかつて〝帝都での聖杯戦争で抑止力として召喚された〟と……!」
「落ち着くんだマシュ! 今は抑止力ではない、と本人が否定していたのを忘れたかい!?」
「あ……っ、ごめんなさい」
「……こちらこそ、すまない。この大天才様も少しばかりピリピリしているようだ。まるで八つ当たりだ。ごめん」
「いえ、私の落ち度ですから……」

故にダ・ヴィンチですら、このような姿を晒してしまう始末。まごう事なき失態である。
そんな彼――あるいは彼女というべきか――はマシュに謝罪すると、再び機材を操りながらスタッフ達に質問を続ける。
だがそんな中、更にダ・ヴィンチ達の精神を追い詰める様な報告が飛び込んできた。

「だ、だだだ……ダ・ヴィンチさん! こんなときになんですが、非常にまずいことになりました!
 現在の土佐の速度と座標、及び攻撃能力から逆算したところ、真珠湾への攻撃可能地点到着まで、残り一時間を切っています!」
「なんだって!? いくら何でも早すぎる! 先刻までの予測値では、まだもう少し余裕があっただろう!?」
「ここにきて土佐が速度を増しているんです! 恐らくはあの飛空士のライダーからの攻撃を受けたのが関係しているのではないかと!」

この絶望的な報告に、思わずダ・ヴィンチは奥歯を噛みしめた。
だが呆けている場合ではない。こちらがバックアップを諦めては、救える世界も救えなくなる。

「現在、元親君が命がけで飛空士のライダーの救出に向かっているところだ。
 彼らに全てを話すのはその後にしよう。いたずらに焦燥感を与えては、貴重な命と戦力を失ってしまう事態にもなりかねない。
 それとマシュ。なるべくだが情報は冷静に伝えるよう努めよう。こちらが焦っていては、立香君達に不安を抱かせるだけだからね」
「はい!」

なるべく早く頼むぞ、元親君。
ダ・ヴィンチはそう願いながら、再び自身に与えられた作業に精を出し始めるのであった。


◇     ◇     ◇


おかしい。あまりにもおかしすぎる。
脚付き飛行機を制御し、どうにかこうにか弾幕を回避している最中のライダーは、心中でそうぼやいていた。
だが無理もない。何せ幾度となく同じ場所へと爆弾を投下したというのに、予想と違って煙の一本も上がらないのである。
それどころか自身に対する反撃も次第に激しくなり、今や爆撃を行う余裕すら奪われてしまう始末。
おかしすぎると思うのも当然の話だ。

「……しまった」

しかし長時間の戦闘継続により疲労が重なったことで、一瞬だが集中力を欠いてしまったか。
対空砲の弾幕を避けきったかと思いきや、場違いなほどに大きな口径の砲弾がこちらに迫ってくる光景を目にしてしまった。
恐らくは弾幕によってこちらの動きをコントロールした上で、この必殺の一撃を確実に命中させようと企んだのだろう。
そして自分はその策に見事に引っかかってしまった、というわけだ。ライダーは大きく溜息をついたが、それでも諦めずに回避を試みる。
だが残念ながら心の方は諦めてしまっていたのだろう。迫ってくる砲弾や計器類の針の動きが、亀のようにのろく見えはじめた。
そういえば、生前に散華する瞬間にもこのような現象が起きていたな……と、ライダーは回想する。

「……勿体ぶらずに宝具を発動すべきだった」

己の反省点を冷静に呟きながら、彼は第二の死を受け入れる。
あの戦艦によって殺害された見知らぬ者達よ、すまぬ。仇は取れなかった。
そう、心の中で呟きながら。

「なめるなっ!」
「……っ!?」

だが、訪れると思われた死は、意外な形で回避されることとなる。

「人の命を……何だと思っている……!」

なんと背中から大きな蝙蝠の羽を生やした子どもが突如として現れると、闇夜を思わせる黒色の槍で大口径の砲弾を受け止めたのである。

「いい加減に……っ! しろぉぉぉぉぉぉっ!」
「……馬鹿な」

しかもそれだけでは終わらない。挙句にその子は巧みに槍を操ると、叫び声を上げながら砲弾を真下へと撃ち落としたのだ。
これを好機と見たライダーはすぐさま高度を上げ、どうにかこうにか射程圏外まで逃げ切るに至った。
さすがに肝を冷やしたからだろう。今まで穏やかだったライダーの呼吸はすっかり荒くなっている。

「やぁ。少しいいかな?」

そんな彼に用事があるのか、いつの間にやら先程の子がガラスを叩いて話しかけてきた。
礼を言わねばなるまい。そう考えたライダーはキャノピーを開くと、開口一番「……助かった」と口にする。
すると相手は「ならよかった。ところでキミは、ライダーのサーヴァントでいいのかな?」と訊ねてきた。

「……そうだ。少女よ、君は?」

ライダーは短く正直に答えると、今度は逆に訊ね返す。
すると、

「ボクはランサーのサーヴァント、長宗我部元親だ。義によってキミを助けに来た」
「……長宗我部元親? 戦国武将だと?」
「そうさ。ちなみにこんな格好だが、少女ではない。覚えておいてくれると嬉しいな」

少女改め少年改めランサーのサーヴァント、長宗我部元親は穏やかに目を細めた。
そんな彼はライダーに対し「キミはあの戦艦を止めようとしているのだろう?」と、再度問いかける。
ライダーが「……そうだ」と答えると、元親は「それならよかった。丁度、目的を同じくした英霊が甲板に集まっているんだ」と続けた。

「……本当か?」
「嘘でも罠でもない。長宗我部家の誇りにかけて誓おう」
「……ならば、頼もしい。孤独な戦いには、そろそろ飽きていた」
「よし、決まりだ。ならばまずは一緒に甲板まで降りよう。この飛行機、自在に出したり消したり出来るんだろう?」
「……ご名答。では、そうさせてもらう」

ライダーは、元親の瞳に嘘偽りの光が存在しないと確信し、彼の言葉に従うことにした。
だがその為には、再びあの弾幕地獄へと飛び込んでいかねばならない。こちらの腕の見せ所だ。

「弾幕に対する防御はボクが担当しよう。キミは避けることだけに集中してくれればいい」
「……いや、それだけではつまらん」
「下手に欲をかくと自滅するよ?」
「……心配無用。宝具を発動させるのみだ」

ライダーは微かに笑みを浮かべると、キャノピーを閉じて再び急降下を始める。
そして元親が宣言通りに防御を担当してくれていることをしっかりと確認すると、静かに呟いた。


「……『江草隊(えぐさたい)』、トツレ」


その瞬間、自身が操縦している〝九九式艦上爆撃機〟の周囲に、同じ爆撃機のファントムがいくつも出現する。
これは、この宝具は、かつて自身が南雲機動部隊に所属する空母蒼龍の艦爆隊長であった頃の活躍を再現するというもの。
旧帝国に身命を捧げ闘い続けた男達の物語が形となった、生粋の対艦宝具である!


◇     ◇     ◇


いくつもの飛行機による一斉爆撃によって、遂に艦橋の一部が損壊。
ようやく〝土佐〟は黒く太い煙を吐き出し始めた。

「皆……大丈夫か? 主に鼓膜とか……」

立香の問いに、サーヴァント達は耳を塞ぎながら首肯する。
すると、再び単独飛行に戻り弾幕の中を避けきった飛行機が光の粒子となって消えると、操縦席に座していたであろう男性がどすんと甲板に着地した。
場所を巧みに狙ったのか、その着地位置は見事立香達の目と鼻の先である。なんて腕前だ、と立香は驚嘆した。

「戻ったよ、マスター。なんとか彼の……ライダーの救出は成功した。たまには悪口も言われてみるものだね」
「元親! よかった……生きてた……っ!」

その間に羽を収納させた元親が眼前に着地すると、立香はほっと胸を撫で下ろして安堵の溜息をつく。
ライダーと紹介された男は、甲板にいるメンバーを見て思うところがあったのか「……なるほど。信じてよかった」と呟いた。

「えっと、ライダーさん。俺は藤丸立香。この戦艦〝土佐〟を止めるために、色々足掻いてます」
「……ほう」

この不自然な程に頑丈な〝土佐〟に一泡吹かせた英霊に、立香はすぐさま自己紹介を行う。
加えて他のはぐれサーヴァント達を相手にしたときと同じように、カルデアや特異点などの説明を行う。
するとライダーはさほど驚くこともなく「……そうか」とだけ呟いた。相当肝が据わっているらしい。
そして彼は立香に対し「……自己紹介をしておこう」と前置きをすると、

「……自分は、江草隆繁(えぐさたかしげ)。急降下爆撃担当の者だ」

と、あっさりと真名を名乗った。
キャスターは渋ったというのに。渋ったというのに!

『江草隆繁さんですか。通りであれほどの腕前を持っていたわけです』
「マシュ。やっぱりこの人も凄い……んだよな?」
『ええ。江草隆繁さん……通称、艦上爆撃機の神。空母蒼龍の艦爆隊長に着任し、第二次世界大戦中に連合軍と戦った兵士です。
 全盛期には急降下爆撃の命中率が80%以上と、神と呼ばれるのも当然の実力を持ちながら……最期は〝銀河〟という爆撃機と共に散華しました。
 ちなみに隆繁さんは広島県の方ですが、高知市の筆山霊苑にお墓を建てられています。今回の現界においては、それが関係しているのではないかと』
「爆撃機って呼ぶのか、あれ。それに〝神〟ときたか……相変わらず仕事が早くて助かる。ありがとな、マシュ」
「……声だけが聞こえるかと思えば、やけに詳しいと来た。不思議な通信士だ」

寡黙なライダー改め江草隆繁のプロフィールを聞き終えた立香は、改めて江草の立ち居振る舞いを観察した。
どっしりと甲板に立つ姿からは、ある種のカリスマ性が感じられる。これが隊長というものか。王とはまた違う、いい意味での〝圧〟が感じられる。
この戦場にて一切の慢心が感じられないのも頼もしく、または恐ろしくもある。ただ物静かなだけ、というわけではないのは明らかだ。
出来るならば今すぐにでも仲間として迎え入れたい。そう感じた立香は、話を切り出そうとしたが、

「……それで、自分は暫定的にでも契約をすればいいのか?」

この状況の危うさを正しく理解しているのか、江草が先に話しかけてきた。

「そ、そうです! 出来るなら、江草さんにも手伝って欲しいので! 今すぐにでも!」
「……そうか。ならばこれより自分は、世界を救うための矛だ。よろしく頼む、少年」

そしてあっさりと契約をすると、江草は途端に走りだした。
一体何を、と問い詰めると「……自分はしがない爆撃機乗り。飛んで叩くしか能が無い」などと言う。
その口ぶりから察するに、再びあの飛行機もとい爆撃機を出して乗り、空へと飛び立つつもりなのだろう。
だがいくら何でも無茶だ。先程の弾幕を見ていれば、嫌でもそう思ってしまう。
故に立香は「いやいやいや! さすがに無謀すぎます! 機が熟すのを待ちましょうよ!」と止めた。
すると江草は「……確かに蛮勇が過ぎるか」と言って、再び走ってとんぼ返りしてくれた。
そして立香が〝さてどうするか〟と改めて思考を巡らせたとき、彼は不意にある事実に気付いた。

「そういえばキャスター……俺、あなたにカルデアとか特異点の説明してませんでしたね」
「あー、そういえば今初めて聞く言葉がいっぱい出てきたなァ」
「やっべぇ……すいません。そりゃ真名を名乗るのも渋るって話ですよね」

そう。キャスターとの初遭遇時、サーヴァント全員がピリピリとしていた為、説明する機会を完全に失っていたのだ。
だが立香の言葉を聞いたキャスターは「いやいや、気にしなくてもいいって」と言うと、豪快に笑った。
こちらはこちらで、江草とは違った意味で動じていない。これが年の功というやつなのだろうか。立香は素直に凄いなと思った。

「まァ安心しな、お兄ちゃん。最初に言ったように、この戦艦を止めたいって気持ちは同じなんだから」
「……ならば行動で示すべきでは」
「うおォ、手厳しいな江草さん。でも確かにその通りだ。ぐうの音も出ないとはこのことか。でもオレも、こんな身体だからなァ」

ただ、その江草の実直さとキャスターの動じなさが化学反応を起こしてか、言い争いになる気配が出てきたが。
さすがにこの状況下で無駄な喧嘩をさせたくはないので、立香は「まぁまぁまぁまぁ」と必死に止めた。

『元親君。飛空士のライダー江草隆繁の救出劇……見事だったよ。私のみならずスタッフも大喜びだ』
「その声はダ・ヴィンチかい? ありがとう。そう言ってくれると、ボクも全力を出したかいがあった」

そうしていると、今度はダ・ヴィンチからの通信が入った。
元親の帰還と江草の加入はスタッフ達にとっても喜ばしいものであったらしく、ダ・ヴィンチの声に交ざって拍手が聞こえてくる。
どうやらカルデア側には若干の余裕があるらしい。バックアップ役が和やかな雰囲気に包まれているのなら、こちらとしても喜ばしい話である。
現場担当のこちらがいくら焦っていようが、彼らがどっしりと構えてくれている限りは、それだけで心に余裕が生まれてくるのだから。
などと、立香は少し安心していたのだが、

『だがそれはともかく、そこにいる全員に知ってもらいたいことがある』

ダ・ヴィンチの声のトーンが僅かに下がったことを目ざとく察知した彼は、ゴクリと唾を飲み込む。

『最悪なことに……〝土佐〟が真珠湾攻撃を可能とする地点に到着するまで、既に一時間を切った』

そして唐突に告げられた言葉に、立香は目を剥いた。
いくら時間制限のある特異点だといっても、まさかここまでハードな状況になっているとは思ってもみなかったからだ。
なるほど。カルデアのスタッフ達は別に和やかだったわけではない。こちらが焦燥感を抱かないようにと偽装していたということか!
現場の士気を下げてしまうことは致命的であると認識し、故に無理をしてでも必死な様子を隠していたというわけだ!
立香はダ・ヴィンチからの報告を重く受け止めながら、心中で〝何がこちらとしても喜ばしい話だ、だ〟と自身の察しの悪さを責めた。

「マジ……かよ……」
『ああ。加えて、強大な霊基の正体も未だ掴めていない。ちなみにそちらはどうだい? 黒幕らしきものには目星が付いたかな?』
「いいや、全然。強いて言うなら、そこのお爺ちゃんが真名を明かさないからちょっと怖いってだけ」
「おいおい、オレに矛先かい。でも仕方ないかァ」
『ならば即ち、現状は〝土佐〟がやっとこさ損傷を受けただけで、黒幕も謎の霊基の正体も掴めていないということになる。
 もはや一刻の猶予もない。無茶で冷酷で他人事に聞こえるのを承知で言おう。どうにかしてくれ。こっちも必死で頑張っているから』
「言われなくてもそのつもりだ。ちなみにもう一回聞き直したいんだけど、一時間を切ってるんだな?」
『そうだ。一時間を切っている。これは覆りようのない事実だ』
「そうか……分かった……!」

ダ・ヴィンチからの報告を聞き終えた立香は、勝手に起こる身体の震えを止めるためにまずは深呼吸をする。
そして静かに目を閉じて少しの間を置くと、かっと目を見開いてすぐさまサーヴァント達に命じた。

「皆、話は聞いたな!? 制限時間は残り少ない! その間になんとしても黒幕を見つけ出すんだ!
 もしくは危険を承知でこの〝土佐〟を沈めるという方向でも構わない! 宝具しか効かないというのがネックだけどな!
 とにかく今は、各々が出来ることを全力でやり遂げるんだ! そうじゃなきゃ、待っているのは第三次大戦だ! だから、頼む!」

こういうときに何も出来ない俺に代わって……という、いたたまれない思いを吐き出しながら。

「あいよ、マスター! こうなったらカルデアで言ったように、船と船とのガチンコ勝負さね!」

するとまずは、ドレイクが自身の宝具である〝黄金の鹿号(ゴールデンハインド)〟を〝土佐〟の隣に出現させ、すぐさま乗り込む。
そして搭載されているカルバリン砲などで速攻をかけると、早速〝土佐〟から手痛い反撃を受け始めた。
しかし彼女は怯まない。それどころか「こいつが近代の戦艦のパワーかい! 燃えてくるねぇ!」と笑っている。

「結局こうなるんですなぁ。まぁ……海賊黒髭としては、こちらの方がやりやすいけどなぁ!」

続いてはティーチがドレイクとは正反対の方角にどすどすと走っていくと、彼自慢の〝アン女王の復讐号〟を召喚し飛び移る。
そして「一方的、とはいかないみたいだなぁ! 面倒くせぇ!」と叫びながら砲撃を開始する。
案の定こちらも反撃を受け始めたが、そのおかげでドレイクに対する攻撃の手が少し緩くなった。恐らくは計算尽くの行動だったのだろう。
これだから能ある鷹は恐ろしい。立香は心中で高らかにティーチを讃えた。

「あー、えっと、あたしはどうしましょ……さすがに戦艦相手には宝具も無力ッスから、えーと……!」

二人の海賊が自身の得意分野で戦いを挑みに行った姿を見て焦りを覚えたのか、茂平はえーとえーととテンパりまくる。
だがすぐに「よしっ! じゃああたしはマスターを護るッス! 霊基反応、消えてないんでしょう!?」と言うと、素早く忍具を構えた。
正直この判断は非常にありがたい。この状況下で奇襲などをされてしまえば、全てがお釈迦である。
たとえ騒がしくてコミカルな性格をしていようとも、その前に一人のアサシンである彼女の存在は、もしもの危機を防ぐ大きな抑止力となるはずだ。

「……今度こそ、征かせてもらう」

江草は先程の様に走り出すと、即座に〝九九式艦上爆撃機〟を出現させて乗り込み、一切の躊躇無く飛翔する。
案の定、再び〝土佐〟の対空砲などが生み出す弾幕に晒されるが、彼はひらりひらりと躱していくばかりか再び宝具を発動させる。
蝶のように舞い蜂のように刺す、とはまさにこのことか。僚機のファントムを率いる江草機の動きは、激しくも美しかった。

「じゃあオレも、言われた通りに行動で示そうかねェ……っと。そォら出番だ」

それを眺めていたキャスターは、いつの間にやら手に持っていたスケッチブックに、これまたいつの間にやら手にしていたペンを走らせる。
そして完成したらしいページを片手で掲げると、簡単な曲線と直線だけで出来たシュールな巨大ロボットがページから飛び出し、甲板に着地した。
四本のアンテナがついた頭部に、ペンチ型の両手……そんな巨大ロボットを見ていると、何故だか立香はほのかに懐かしさを覚えた。
その間にも巨大ロボットは〝土佐〟を両足で踏みつけたり、両手で殴りつける。だがロボは宝具ではないようで、損傷を与えるまでには至らなかった。

「リョーマ、完全に出遅れてる。宝具を抜いたら?」
「いや、それはいかん。おまんの安全のこともあるしにゃあ」
「だったらどうするの?」
「ふん、答えは簡単ぜよ。その小回りの利く姿のままで暴れたらえい。その方がリスクも下がるやろう?」
「一理ある。じゃあ、そうする」
「行ってらっしゃい」

一方で龍馬は、巨大ロボによって甲板が揺られていることも気にせずにお竜をけしかけた。
弾丸のような速度で走り、そのまま跳躍したお竜は、まず挨拶代わりとでも言うように一本の砲身を膂力だけでねじ曲げる。
しかも一本や二本ではない。それどころか砲弾を撃ち続けている対空砲に対し、危険も顧みずに拳を振るうという無茶までやってのけた。
さすがは人の形をした生きる宝具。全ての暴力が〝土佐〟に対して通用していた。おかげでドレイクや江草達を襲う弾幕も、少しずつ薄くなっていく。
その様子を眺める龍馬は「真名開帳は別の機会やにゃあ」と笑うと「ああ、日下くん。わしも手伝おうか!」と、立香の護衛についた。

「集え『一領具足』! 死生知らずの野武士達よ!」

最後に行動を起こしたのは元親だ。彼は再び宝具を解放し、先刻とは比べものにならない数の兵士達を喚びだした。
かつて元親は〝平時ならばもっともっと動員出来る〟と言っていたが、その言葉に一切の偽りなし。数と質が明らかに違うと、素人目でもすぐ分かる。

「休む間も与えずに喚んでしまってすまないね。キミ達に頼みたいことが出来てしまった」
「ご安心なさいませ! 元親殿のためならば、いつ何時でも身を粉にする所存ですぞ!」
「なっ、ずるいぞお前! 元親殿! 自分も元親殿のためなら雨が降ろうが槍が降ろうが……!」
「張り合っている場合かお前ら! さぁ元親殿! 何でも遠慮無く拙者らにご命じ下さいませ!」
「目的はこの船の破壊ですかな!? いや、聡明な元親殿のことです! もしや他にお考えが!?」

まぁそういうわけで、最初に喚んだときよりも更に騒がしくなっているのが玉に瑕ではあるが。
元親も嬉しいような困ったような笑みを浮かべるが、すぐに表情を整えるとこの様に命じた。

「今回キミ達に頼みたいのは戦闘ではない! この戦艦内部にてほくそ笑んでいるであろう黒幕の捜索だ!
 我が愛する、聡明なる民達よ……どうか皆で手分けして、船内での懸命な捜索活動に当たってもらいたい!
 怪しい者を見つけたら即座に拘束せよ! だが一人では動くな! 事に当たる際には必ず仲間を呼ぶんだ! いいね!?」

元親からの命を受けた兵士達は雄叫びを上げ、空気を震わせる。
そして彼らは我先にという勢いで甲板を疾走すると、やがて艦内へと消えていった。

「ではボクは、皆の支援に勤しむとしよう」

兵士達を見送った元親は再び背から蝙蝠の羽を生やし、まずはドレイクのもとへと飛翔する。
そして黄金の鹿号へと襲いかかる砲弾を、時には力尽くで逸らし、時には巧みな技でいなしていく。
遂に自分を強く鼓舞してくれた女海賊への恩返しが出来ることに喜びを覚えているのだろう。
その動きを見るだけでも、彼が非常に活き活きしていることを感じ取れた。

「いける……か?」

奥歯を噛みしめ、立香は祈る。
果たして制限時間内に〝土佐〟を止めることは出来るのか。
全てはサーヴァント達と、カルデアのスタッフ達にかかっていた。


◇     ◇     ◇


こうしてレイシフト先で全力の戦いが繰り広げられてから、しばしの時間が経過した頃である。

「……分からない」

コンソールを前にして、ダ・ヴィンチは大きく溜息をついた。

「ダ・ヴィンチちゃん……分からない、とは……?」
「そのままの、意味だ」

画面を睨み付けるダ・ヴィンチの表情は暗い。
だが、仕方のない話である。

「やはり、どうしても分からない。何故強大な霊基が観測され続ける? 何故その霊基の持ち主は姿を現さない? 何故姿を見つけられない?
 味方だとすれば何故動かない? 敵だとしても何故動かない? 言い方は悪いが、これほど近くにいるのならば立香君などすぐに殺せるだろうに」

レイシフト開始時からずっと起きている奇妙な現象が全く解決しないまま、時間だけが過ぎていくのだから。

「まずい……もう残り三〇分を切ろうとしている」
「そんな! では、このままでは……!」
「ああ。このまま手をこまねいていては、いずれ破滅する。マシュ……マイクの準備を。残酷だが、再び立香君に厳しい状況であることを伝える」

顔が真っ青になっているマシュにそう告げたダ・ヴィンチは、すぐに通信を開いた。

「立香君! どうだい!? 到着予測時刻まで残り三〇分を切ろうとしているが、何か収穫は!?」
『いや、駄目だ! さっき艦内から一領具足の皆が戻ってきたけど……〝何も見つからなかった〟って!』

その果てに得てしまった絶望的な答えを前にしたダ・ヴィンチは、倒れ込むように椅子の背へと己の体重を預けた。

「……そんな、馬鹿な」

なんともふざけた話である。
あれほどの数の兵士が艦内に潜り込み、必死に捜索した結果が〝何も見つかりませんでした〟などと、そんな馬鹿げたことがありえるというのか。
ダ・ヴィンチは〝もう一度探させるんだ!〟と指示を飛ばしたい衝動に駆られたが、すぐに己を律した。
今から改めて細やかな探索をさせたところで、決して間に合うはずがないのだから。

「それなら……それなら〝土佐〟本体はどうなっている? 沈められそうかい?」
『そっちも駄目だ! どういう理屈か分かんないんだけど、損傷部分が時々治ったりするんだよこの船!』
「……は?」
『元親やお竜さんからそう聞いた。実際俺も目にしてる。折れ曲がってた砲塔が元通りになるだなんて、とんだホラーだ! 洒落になってない!』
「そんなことが……」

いよいよ万策尽きたか。
ダ・ヴィンチは力無く項垂れると、乾いた笑いを浮かべて「参ったな……」と呟く。
マシュも何も言えなくなっているようだった。絶句したまま、ひたすらに画面を眺め続けている。
両者とも、スタッフ達に名を呼ばれても反応をすることすらままならなかった。

「大戦が、始まる。間もなく世界は混乱に包まれるだろう。人理の終わりだ」

乾いた笑いを浮かべながら、ダ・ヴィンチは呟く。
そしてマシュ及びスタッフ全員に「いいかい? 今回の責任は全てこの私におっ被せろ。これは司令官代理としての命令だ」と命じた。
だがその言葉に対し、全員が首を横に振る。その光景を見たダ・ヴィンチは「……どうしようもない善人だな、皆」と溜息をついた。

「あら? あらあら? ここにもいないのかしら」

すると突然、この空気にそぐわぬ鈴を転がすような声がダ・ヴィンチの耳朶を叩く。
一体何事かと振り向いてみれば、なんと呼んでもいないナーサリー・ライムがいつの間にやら中央室に入り込んでいた。
緊張の面持ちで作業に勤しむスタッフ達を無視しながら、彼女は何かを探しているご様子。
だがじれったくなったのか、彼女は空気も読まずにダ・ヴィンチへと問いを投げかけた。

「こんにちは、素敵な素敵な万能の人。どうか教えて欲しいのだけど、ちょっとお時間いいかしら?」
「正直よくはない。生憎とこちらには余裕がなくてだね……」
「わたしは今、愛しいマスターを探しているの。素敵な茶菓子が出来たから、共にお茶会を楽しみたいの」
「マスター・立香か。彼ならただいま絶賛レイシフト中だよ」
「あら! あらあらそうだったのね! カルデア中を探し回って見つからなかったのは、そういうわけだったのね!」

椅子の背に体重を預けたままのダ・ヴィンチが気だるげに答えると、ナーサリーがぴょこぴょこと近付いてきた。
そしてレイシフト先を映す画面に目をやると「まぁ! 本当だわ! それに見たこともない人達が沢山!」と呑気に驚嘆する。
更には〝土佐〟自体にも興味を示したのだろう。彼女は再び「まぁ!」と叫ぶと、

「なんて大きなお船さんでしょう! 少しごつごつしているけれど、堂々と海を渡る姿は素敵だわ!」

その姿を賞賛した。
他でもないその戦艦こそが、人理を破滅させるトリガーであることも知らずに。
まぁ、そもそも教えていないので知るよしもないわけだが。

「ああ、そうだね。ではナーサリー。君はもう戻りなさい。我々にもやるべきことがあるからね」

ダ・ヴィンチは大きく溜息をつくと、彼女の両脇を抱えて中央室から出るよう促した。
だがナーサリーは「待ってちょうだい!」と言うと、何故か「どうかマイクを使わせてくださらないかしら?」と言い出した。
一体何を……と、さすがのダ・ヴィンチも呆れてしまう。しかし無下に返すわけにもいかないので一応は「何故かな?」と問いかけた。
すると彼女は無垢な瞳をきらきらを輝かせながら、

「決まっているわ! わたし、あのお船さんとお話がしたいの!」

珍妙極まりないことを言い出した。
さすがの万能の人といえども、これにはさすがに「はいぃ?」と間抜けな返事をしてしまう。
その反応を見たナーサリーは〝聞こえなかったのかな?〟と判断したのだろう。
彼女は再び「だから、あのお船さんと……」と、己の願望を再び話そうとする。

「…………戦艦〝土佐〟と、お話を?」

だが、はっとした表情を浮かべたダ・ヴィンチが彼女を床へと降ろしたことで、その言葉は中断される。
不服だったのだろう。ナーサリーは「ちょっと。レディのお話はきちんと聞くものよ?」と窘めてきた。

「そう、か……そうか! そうかそうかそうか! そういうことか! なんてことだ!」

だが今のダ・ヴィンチには、その文句を受け流す余裕などなかった。
何故ならば! そう! ダ・ヴィンチは〝あまりにも飛躍した、だが充分にありうる回答〟を導き出したからだ!

「は、ははは……あーっはっはっはっは! 何が! 何が天才だ! 何が万能の人だ、レオナルド・ダ・ヴィンチッ!
 万能ならば何故最初からこの答えに至らなかった!? 馬鹿馬鹿しい! 黒幕など〝最初からずっと見続けていた〟じゃないか!」
「ダ・ヴィンチちゃん!? どうしたんですか!?」
「マシュ! 通信の準備を! それとナーサリー……よくぞ言ってくれた! ありがとう! 本当に本当に、ありがとう!」
「あら? あらあら? わたし、何かしたかしら?」
「ダ・ヴィンチちゃん! 準備完了しました! いつでもいけます!」
「よぉしOK! ならば早速お喋りだ!」

先程までとはうってかわって、ダ・ヴィンチは前のめりの姿勢でマイクを取った。
そしてつばきを飛ばしながら「立香君! 皆!」と叫ぶ。
すぐ脇にいる小さな救世主の頭を撫でながら、ありったけの声で叫ぶ!

「ここにきて朗報だ! 今、パズルが完成した! 絵本の少女という名の救世主のおかげでね!」
『ごめん! 言ってることが全然分かんないんだけど、朗報って言葉だけは聞き取れた! で、どうしたんだ!?』
「どうしたもこうしたもない! 今すぐ全宝具の力を結集させ、一気に〝土佐〟を沈めてしまえ!
 黒幕だの強大な霊基だの、そんな話は今すぐ忘れてしまって構わない。もはや必要のない情報だからね!
 とにかく今はちまちました攻撃なんかもくそくらえ! 回復させる時間も与えずに全てをぶちかますんだ!」
『ダ・ヴィンチちゃん、急にどうした!? 何もかもいきなりすぎるぞ! ちゃんと理由を教えてくれ!』
「理由かい? ふふ……驚くぜ。聞いてたまげろ」

ダ・ヴィンチはここで呼吸を整えると、一気に息を吸い上げる。
そしてマイクを持つ手に思い切り力を込めると、


「それは……君達を乗せているその〝土佐〟こそが強大な霊基の持ち主! 即ち、紛れもないサーヴァントだからだ!」


天真爛漫な少女の一言がきっかけとなってようやく手にすることが出来た答えを、思いっきり叫んでやった!


BACK TOP NEXT
第7節:再会~英霊軍のテーマ 新生禍殃戦艦 土佐 第9節:究極の正義

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年07月11日 23:36