「えー、皆、揃っておるの。
まずは各々ご苦労じゃった。わははは、風魔の不意打ちを食らったベオウルフの顔! 今思い出しても胸が空くわ!!」
……。
…………。
………………。
「然し、獅子王はお主らも知っての通り極度の"負けず嫌い"よ。
このまま黙って負けを認める筈もなし。恐らくは明日も、奴らは攻め込んでくるじゃろ。面倒な事じゃがの」
……。
…………。
………………。
「というわけでじゃ。皆、今日は存分に疲れを癒やしておくように。
――うむ。では小難しい話もそろそろ疲れてきたし……皆お待ちかね、盛大な宴と行こうかのう!!」
えー、と?
わたし達は確か、自分で言うのも何だけど結構ボロボロな状態で織田の拠点――織田軍へとやって来ていた筈だ。
それが一体どうして、二時間も経たない内に宴会の席へ案内される事態になっているのだろう?
一応断っておくと、織田軍の治療設備とキャロルの魔術とで、ジャックやロビンの傷は既に完治している。
……とはいえ幾ら何でも展開の急落が激しすぎないかな、これ。
「なんじゃなんじゃ、揃いも揃って狐につままれたような顔をして」
「そ、そりゃするわよっ!
さっきまであんなに殺意全開で殺しに来てたのに、いきなり待遇変わりすぎでしょ!?」
キャロルさんの突っ込みももっともだ。
何しろわたしは、まださっきの行動の理由を聞いていない。
記憶の中の信長とは全く結び付かない、突然の凶行。
第六天魔王らしいと言えばそうなのだろうけど、何故わたしがそうされたのかがどうしても解らない。
城に着いたらその辺り聞かさせてくれるものだとばかり思ってたんだけど――結果はこの通り。
ちら、とロビンの方に目を向けると、彼もあからさまに困惑したような顔をしていた。
ジャックなんて、何か少しでも妙な真似をすれば切り掛かっていきそうな勢いだ。
そんなわたし達の様子に気付いてか、信長はやれやれと言いたげな仕草で肩を竦め、わざとらしいジェスチャーを取る。
「何じゃ、揃いも揃ってケツの穴が小さいのう。
さっきのあれは――あー、いわば試練みたいなものじゃ。
ほら、わしって魔王だし? 魔王の城に踏み込もうとするなら、そういうのがあるのは当然みたいなとこあるじゃろ」
「いや、明らかに殺そうとしてたじゃん……」
ただまあ、今の彼女からはさっきみたいな殺気や敵意、不穏なものは感じない。
間違いなく、わたしのよく知る織田信長その人だ。
流石に警戒は解いてもいいだろうと判断し、わたしは正座から少し足を緩める。
それを見て、信長はガハハと大笑した。
「今宵は無礼講じゃ、肴も酒も好きなだけ楽しむがよい!
派手に祝ってこその戦勝よ――敦盛は縁起が悪いから踊らないけどネ! 是非もない是非もない!!」
将の口から開宴が告げられれば、闘争の為だけに生み出され、消費されていく筈のホムンクルス達が一斉に乾杯する。
まるで、生きている人間そのものみたいだ。
いや――事実、そう違いはないのだろう。
アヴェンジャーの考えは解らないけど、殺戮都市に散らばっていた死骸のパーツは紛れもなく人を模したそれだった。
彼らはきっと、生まれ以外に人間と違う箇所はない。
とんでもなく精緻な作りで再現され、粗末に消えていくだけの駒。
知ったような事を言うみたいで嫌だけど、信長のような将に巡り会えたのは彼らにとってきっと幸福だった事だろう。
彼女のおかげで、今、彼らはこうして人間らしく勝利を喜び、祝う事が出来ているのだから。
「ところでキャロル、一つ聞きたいんだけど」
「ん? ははひ、はふはー?」
もっきゅ、もっきゅ。
頬を膨らませて、キャロルはそんな擬音が似合う食べっぷりを見せていた。
サーヴァントには本来食事は必要ない筈なのだけど、あくまで"必要ない"だけだ。
このキャロルのように、食事好きなサーヴァントは結構居る。
現にカルデアでは、エミヤなんかがしょっちゅう誰かにせがまれては厨房に立っているし。
「此処、どこからどう見ても食材の取れそうな場所なんてなかったと思うんだけど……どこから調達してるんだろ?」
「はは、ほへはははむはむよ?」
「口に物入れたまま喋らないの」
べしん。
「んっ……ごっ、くん。
けぷっ。ええと、それじゃあ改めて説明するわね。
結論から言うと、この戦乱都市では、必要な物資はいくらでも自動供給されるのよ」
「自動供給?」
「そ。弾薬や武器も、拠点を修復する資材も、食料も。
詳しい原理は解らないけど、求めれば求めただけ与えられる。流石に近代兵器なんかは無理みたいだけどね。
戦争を続けさせたい、細かい事情は抜きにして、永遠に戦っていればいい。あのアヴェ公が考えそうな事よ」
ははあ、成程そういうことなのか。
信長が現れる前は蹂躙されるがままだったという反獅子王勢力が何故軍の体裁を保てていたのか、漸く合点がいった。
キャロルは多分敢えて言わなかったようだけど、補充されるのは資源だけではないのだろう。
恐らく、兵士も補充される。ホムンクルスが死んだら死んだ分だけ、どこからともなく現れる。
……あまり食欲の唆る想像ではない。わたしは鬱屈としかけた気分を吹き飛ばすように、キンキンに冷えた水を呷った。
それから、目の前に並んだ食事に目を通す。
宴と言うだけの事はあり、なかなかに豪華な品揃えだ。
和食も洋食も入り混じって、そのどれもがとびきり美味しそうな煌めきを湛えている。
「ごくり」
きゅう、とお腹が鳴った。
思えばこの特異点に迷い込んでから今まで、飲まず食わずで歩きづめだったのだ。
当然腹は減っているし、喉も乾いている。
刺身の盛り合わせに手を伸ばし、山葵醤油に付けて、白米の上に載せてから改めて口に掻き込む。
「――うっ」
そうなったら、もう止まらない。
「うっ、まあ……!!」
これはうまい。
空きっ腹だからというのもあるんだろうけど、それにしてもうますぎる。犯罪的だ。
箸休めの筈の浅漬けさえ健康的な酸味と野菜の新鮮な旨味に満ちていて、噛む度に味蕾が喜び騒ぐのが解る。
わたしは思わず、隣のキャロルと顔を見合わせた。
「「さいっこう!!」」
サンキューノッブ。
フォーエバーノッブ。
幸福指数がみるみるうちに上がっていくのを感じる。
「やれやれ。おたくら、魔王さんの事を言えないんじゃねえのかい」
呆れたように肩を竦めながら、ロビンがポリポリと軽めの煮物に舌鼓を打っている。
彼は勿論日本の英霊ではない筈だが、箸使いがやたらと綺麗だった。多分、わたしより。
そんな彼の背後に、音もなく忍び寄る影が一つ。
言わずもがな、ノッブであった。
「わはははは、のう緑衣の。そんなちまちまと呑むでない。ほれ、酒というのはこうやってじゃな?」
「ちょ、待て待て。ストップだアーチャー。そりゃ幾ら何でも度数と量が釣り合ってな――」
「是非もないよネ!」
「ぶおおっ!?」
並々と注いだ強そうな酒が、ロビンの口の中に消えていく。
あーあ、あれは暫く絡まれ続けるぞ。
助け舟が欲しそうな顔でチラチラ此方に視線を送ってくるロビンを敢えて見ないようにしつつ、ふと左隣を見る。
……すると。
「……ハンバーグ……」
ジャックが、目を輝かせて何か覗き込んでいた。
視線を追うと、そこには如何にも子供が好きそうな大判のハンバーグが。
どうもこの宴会、料理は豪華だが、皆同じメニューが配膳されている訳ではないらしい。
現にジャックの前に並ぶ皿の中には、ハンバーグらしき料理は見当たらない。
「ハンバーグ、好きなの?」
「うん。前のおかあさんがね、つくってくれたの」
「前のおかあさん」
これまたなかなかに誤解を招きそうな台詞だが――ジャックの目はどこか寂しそうにも見えた。
前、というのは、言うまでもなく聖杯戦争の事だろう。
アサシンのジャック・ザ・リッパーを召喚した"おかあさん"が過去にも居た。
どうやらその人が、ジャックに美味しいハンバーグを作ってあげたらしい。
「………」
でも、彼女の表情を見るに。
ジャックとその"おかあさん"は、満足の行く終わりは迎えられなかったみたいだ。
英霊とはいえ小さな子にこんな顔をされたら、お姉さんは断れない。
わたしはハンバーグの載った皿をすっと掴めば、ジャックへ差し出してあげた。
「――はい、どうぞ」
「……! いいの!?」
「わたしってほら、和食派だから。お魚とか食べてる方が性に合うんだよね」
別に和食が特別好きって訳ではないけど、その辺りは気遣いだ。
ジャックは大好物の載った白皿を受け取れば、にぱっと破顔して「ありがとう!」と言った。
自分の席に座り直すと、見ているこっちまで幸せな気分になるくらい美味しそうに、少女はハンバーグと格闘し始める。
それを見てくすっと口許を綻ばせて、わたしも自分の食事に戻る。
すると、キャロルが今のわたしの動作を再現したみたいに、わたしの方へ皿を差し出してきた。
「キャロル、なにこれ」
「ふふ、わたしって洋食派なのよ。お肉とか食べてた方が性に合うのよねっ」
「…………」
皿の上に載っているのは、恐らく元は何らかの洋食料理だったろう、ピーマンやら茄子やらセロリやらの小山……。
「野菜もちゃんと食べなさい」
「あうっ!!」
デコピンをくれてやると、キャロルは目を「><」の字にして大きく仰け反った。
賑やかな――此処が戦乱都市なんて物騒な名前の街である事を忘れそうになるくらい、楽しい時間。
わたしも、キャロルも、ジャックも、多分きっとロビンも、たっぷり宴を満喫した。
「有事の際に動けるよう、腹八分目くらいで抑えておく事をお勧めします」「アーチャー、話を聞いていますか」「アーチャー!! 話を!!! 聞いてください!!!!」……などと終始振り回されていた風魔小太郎の姿は気の毒だったけど、それも含めてとっても楽しかった。
夜が更けていく。腹は満腹に。夜は、深夜時に――……
◇
「楽しかったわね、マスター」
「うん。でもちょっと食べ過ぎちゃったな……体重計に乗るのが怖いや」
「ふふっ、人間は不便ねえ」
「サーヴァントがずるいだけだよ」
夜風が吹き込む城の上階で、わたしとキャロルは身を休めていた。
もう眠ってもいい時間だけど、なんとなく宴の余韻に浸りたい気分だった。
キャロルも同じ考えだったのか、わたしが着いた時には彼女の姿があった。
ルイス・キャロル。童話の神様。――わたしをこの特異点に呼んだ少女。
「ていうか今更だけど、ルイス・キャロルって史実だと男の人じゃなかったっけ。
もしかしてあれなの? 無辜の怪物的ななんか?」
「失敬ね。わたしはちゃーんと生まれた時からレディよ!」
むっと反論してから、キャロルは説明を始める。
歴史では男性だった筈の偉人が会ってみたら女性だった、というパターンは山のように見てきた。
キャロルはどうやら、理由があって男性と伝えられている部類のサーヴァントらしい。
「ルイス・キャロルの本名を知ってるかしら?」
「ううん」
「チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン」
「えっ、じゃあドジソンちゃんって呼んだ方がいい?」
「話は最後まで聞いてー!!」
何度も言うけど、わたしはどちらかと言うと歴史に疎い方だ。
そんなだから、当然ルイス・キャロルの本名なんてものは知らない。
ダ・ヴィンチちゃんやマシュなら、多分知っているんだろうけど。
「ドジソンはね、わたしの叔父さんよ。
なんでか知らないけどわたし、十歳くらいから死ぬまでずーっとこんな見た目だったの」
「人体の神秘だね……いや、ハイランダー症候群……っていうんだっけ」
「らしいわね。診てもらったことはないから何とも言えないんだけど――
まあ、こういう身なりだと皆良くしてはくれるの。でも、あんまりこの姿で名が広まると面倒じゃない、色々」
それは、確かにそうだろう。
見た目の老いない、少女の姿のままの童話作家なんて誰もが胸をときめかせる案件だ。
文屋が押し掛けてくるならまだ良いとして、やれ詐欺だ何だと的外れな難癖を付けてくる者も自然と出て来よう。
少なくとも、自由は確実に多かれ少なかれ奪われる。
「わたしは別にそれでも良かったんだけど、ドジソンがどうしても駄目だって聞かなくて。
結局、彼が表の"ルイス・キャロル"を演じる事になったの。
ルイス・キャロルが女の子だって事を知ってたのは、本当に信頼の置ける友人達ばかり」
「過保護な人だったんだね、ドジソンさんは」
「まあね。でも、感謝してるわ」
キャロルは、遠くの空を見て薄く笑っていた。
天真爛漫な彼女らしからぬ、儚げにも見える顔。
「ドジソンが居なかったら、もしかすると、わたしは夢をなくしてたかもしれない」
夢と希望は大事よと、童話作家は言う。
目に見える現実しか信じられなくなったら、途端に人生は無味乾燥なものに成り果てると。
なんとなく、納得した。
誰よりも世界の可能性を、未知を愛した彼女だからこそ、世界で一番有名なあの童話を書き上げる事が出来たのだ。
童心を失わず、身も心も子供のままで在り続けた彼女。
普段はあっぱらぱーにも見える彼女も、こうしてその中身を知るとやはり英霊だ。
少ししんみりした気分になる、わたしとキャロル。
その時静寂を切り裂いたのは、この城の主の声だった。
「おお、此処に居ったか。立香に童話作家よ」
「ノッブ」
「うむ。宴は楽しめたかの?」
「もちろん。すごく美味しかったし、楽しかったよ。ありがとね、ノッブ」
そうじゃろうそうじゃろうと頷いて、信長は不意にキャロルの手を取った。
ぽかんとした顔のキャロルに、魔王はニッカリと笑う。
「わしはこう見えて新しもの好きでのう。
そなたの得意の童話とやら、一つわしにも聞かせてみせい」
「えっ、はい? あの、一応わたしは書く専門で――」
「ええい、つべこべ言わずにさっさとせんかー!!」
「きゃああああああああ!!!!??」
ずりずりと、引きずるように運ばれていくキャロル。
「ますたあああああっ、助けてええええええ!!」と叫ぶ彼女を、「日が変わるまでには戻ってくるんだよー」と手を降って見送る。ぎゃーぎゃーという叫び声を背に、わたしはゆっくりと踵を返した。
キャロルには悪いけど、正直そろそろ瞼が重くなってきた。
体力に余裕があったら、もう少しノッブの与太話に付き合うのだけど……
明日以降の事もあるし、今日は一足先に休ませて貰おう。
ふああ、と欠伸を一つ。
もう布団が整っているだろう寝床へと、朧気な足取りで歩いてゆく。
◇
「悪いな、獅子の姐さん。
俺とした事が、小癪な不意打ちに遅れを取っちまった」
その空間には、三人の益荒男が在った。
一人は、呪いの赤槍を携えた青い鬣の偉丈夫。
一人は、中華風の衣装に身を包んだ赤髪の男。
そして――魔王信長と風魔の忍の計略の前に敗走した、竜殺しの伝説を持つ狂戦士・ベオウルフ。
いずれも、この世の誰もが強者と認める一級の武人達。
その彼らを従えているのは、戦乱都市の支配者たる女傑だった。
白い外套だけを羽織り、衣服は胸元と股の二箇所のみを隠した、極めて面積の際どいそれ。
茶髪のサイドテールが夜風に靡き、その度に背負った巨大な大砲がギシギシと軋みをあげる。
名を、獅子王。
クラスを、アーチャー。
魔王の軍勢と真っ向鎬を削る、焔の如き猛女である。
ベオウルフから敗走報告を受け取った、彼女は、然し凪のように静かだった。
「そうか」
ただ、短く。
叱責するでも追及するでもなく、王は頷くだけだ。
敗北を糾弾したところで過去が変わる訳でもなし。
振り返って悔やむ等それこそ敗残者の思考。
勝者たる者は、常に明日だけを見つめるのだ。
「伏兵を仕込み、敵の死角から首を獲る。
古来より変わらない戦場の常套手段だが、流石に本職か。
忍――私の軍勢に彼らのような存在が在ったなら、我が祖国の栄光はもう幾許か強まっていたかもしれないな」
正確には、あの時ベオウルフは自身を襲った敵手の姿を見た訳ではない。
だが、彼はあれが織田信長の宝具による攻撃でない事には気付いた。
何故なら余りにも、あの暗闇と火炎地獄はそれまでの信長の攻撃と毛色が違いすぎている。
要は盛大な芝居を打ってきたのだ、かの魔王は。泣く子も黙るベオウルフという暴力装置に対して、である。
彼から報告を受けたアーチャーは、瞬時に織田軍に優秀な"忍"が存在する事を看破した。
ベオウルフ程の男が謀られたという時点で、下手人は非常に高い技巧を持つ専門家である可能性が高いと踏んだのだ。
信長が日本出身である事、暗闇を創っての夜襲という手口の二つを加味すると、必然忍のイメージ像と合致する。
流石に真名の推測までは難しいが、織田軍はどうやら信長のワンマンチームではないらしい。
「先程、あの忌まわしいライダーが来た。
何でも、ルイス・キャロルが藤丸立香を従えているそうだ。
殺戮都市の悪食家から逃れたとなれば、次に奴らが向かうのは恐らく此処だろう」
「へえ、あの嬢ちゃんが。
そりゃまた――随分面白くなりそうじゃねえか? 俺は二度目だがよ、奴さん達とやり合うのは」
「まあ、此方に与しはすまいよ。
織田に取り入り、協力して私を討伐し、都市を落とす算段かな。この私も随分甘く見られたものだ」
最後は露骨に不快感を滲ませて、アーチャーは言った。
尤も彼女の場合は、冒涜のライダーよりも自分が軽く見られている事が我慢ならないのであったが。
いずれにせよ、立ち向かってくるなら潰すのみ。
偉大なる祖国の旗の下、獅子の爪でその喉笛を引き裂いてやるだけの事だ。
「それと、だ。ベオウルフ、雪辱を果たしたいだろう」
「あ? そりゃ、そうだが」
「次は私とお前が出る」
ベオウルフが再度前線に出るというのは解る。
だが、アーチャーは自らも然りだという。
兵力でもサーヴァントの個人武力でも織田を圧倒的に上回っている以上、本来ならば将である彼女が出張る理由はない。
にも関わらず彼女が自ら最前線で炎を振るうと発言した理由は、ごくごく単純なものである。
「舐められたままでいるのは性に合わん」
――ルイス・キャロルは言った。獅子王のアーチャーは馬鹿であると。
ロビンフッドもそれに頷いた。
そう、彼女らの認識は実に正しい。
戦乱都市を統べるこの女傑は優れた軍師であり、恐るべき戦士であり、そして常識の通じない直情型の馬鹿なのである。
部下として使っている男が小癪な策でやられた。
戦友を搦め手で嘲られ、おまけに己の軍勢に敗走の二文字を刻んだ事実は断じて見逃せるものではない。
これまでも、そうだった。
獅子王軍に織田が勝利した次の戦では、必ず彼女は前戦の遥か上を行く戦力を投げ付けて必ず勝利をもぎ取っていく。
「この敗北に悔いはない、そんな事を宣う輩がたまにいる」
高潔な獅子の魂を持つ彼女は、敗北の汚れを我慢出来ない。
其処が、彼女が馬鹿呼ばわりされる所以なのだ。
負けて腹が立ったから本気で叩き潰す。
それを大真面目に戦場で実行し続けた結果が、今日までの織田との戦争である。
「私にはそれが理解出来ない。
負けを負けと認めた上で、其処に誉れだ価値だと小難しい理屈を定義して正当化出来る神経が解らないんだ。
体が汚れたなら濯ぐ、汚名を被ったなら挽回する。
――敗北したなら、その事実をねじ伏せる"勝利"を。
勝者が神で敗者は塵。戦場の理屈はそういうものだろうに、何故そんな当たり前の事も理解出来ないのか」
また始まったよ、という顔をしたのはクー・フーリンだ。
獅子王軍のサーヴァントではアーチャーに継ぐ古参である彼は、織田に不覚を取る度にこの話を聞かされてきた。
もう何度も聞いたなどと言おうものなら、ではもう一度聞けと返ってくるに決まっている。
敗れたなら怒りに滾れよ、何を満足したような顔をしている――貴様それでも戦士なのか?
アーチャーは敗北に価値を見出さない。負けた戦は塵であり、意味ある負けなどこの世に存在しない。
「故に反撃だ。魔王の心胆に獅子の恐怖を刻んでやる」
風もないのに、アーチャーの髪が鬣のように一瞬荒立つ。
その背後の空間に恐ろしい獅子の貌が浮かんだのは、果たして幻覚か。
それが夢であれ現であれ、この火砲乙女が赫怒に燃えている事に変わりはない。
強敵には反撃を。
屈辱には報復を。
因果には応報を。
敗北には――赫灼と煌めく勝利の二文字を。
嘗て北方戦線を焦がした時のように。
戦乱の申し子たる火砲乙女は只管勝利のみを希求する。
この女に、小難しい事情や枷の類は存在しない。
ただ勝ちたいだけ。輝く戦場で、輝く勝利を収めたい。
徹頭徹尾、焔の獅子王にあるのはただそれだけなのだ。
最終更新:2017年08月15日 20:26