3節 鴨川おるよー2

かくして遊撃衆の一員となった藤丸達。
目が覚めた時に寝ていた部屋を自室として割り振られた。
足りぬ物は申請する様にとのことだ。
とりあえずは今後の事を考えアーチャーが男物の着物を貸し出してくれた。
とは言っても藤丸は自分で自分の着付けなど出来ない。
現に着替えようと袖に腕を通してみたもののどうしたらいいのかいまいち分からない。
試しに帯を柔道着のように結んでみようと考えたあたりである。

「よう、藤丸君。ご機嫌いかがかね」
「アサシン。どうしたの」
「どうしたもなにも、私も遊撃衆の仲間入りだぞ」

部屋に入ってきたアサシン。
あの後しばらく話した後アサシンだけ残るように言われたのだ。
戻ってきたアサシンは浮かない顔をしている。

「ごめんねアサシン。僕らに巻き込まれた感じだけど」
「いや、どのみち遊撃衆が借金の肩代わりをしている以上は私はここで働かされる運命だったさ」
「……大変だね」
「まぁ別に大丈夫さ……ところで君、見た所和服を着付けるのは初めてかい?」
「手伝ってくれる?」
「もちろんいいとも」

流石に和服を着ているアサシンからすれば着付けなど簡単だ。
あっという間に着れてしまった。

「君、案外しっかりとした体をしていたのだな」
「そう?」
「あぁ。まぁ人類を救った男の体だ。細すぎる体では折れてしまったかもな」
「はは。実はいろんな英霊に鍛えられてるからさ」
「頼もしいよ。うむ、いい体だ……さてできた。歩く時は気を付け給えよ。ズレると直さないといかんからな」
「はーい」
「ところでこの後は暇かい? 何か遊撃衆の使いとか来なかったか?」
「ううん。暇と言えば暇だよ」

契約締結後業務内容の確認が行われた。
信長は遊撃衆たちの教育係や本人の希望で街の人々との交流などが中心。
酒呑と藤丸、アサシンは他の遊撃衆と同様に働くことになった。
信長が人の教育が出来る性格かは謎だが、歴戦の武将である。
戦上手ではあると藤丸は考えていた。
……もっとも信長がそれに納得しているかは知らない。

「よしよし。観光の続きといこう。今度は遊撃衆を気にする必要はない。いい店を紹介してやろう」
「でも僕もアサシンもお金ないよ」
「ふふふ。安心したまえ、我々は今や遊撃衆の一員。この遊撃衆という看板は非常に重要なのさ」

藤丸とアサシンは今日の街をしばらく散策した。
銀閣寺や哲学の道は藤丸のいた時代とはまた違う味わいを感じさせる。
少し疲れてきたあたりでアサシンのおすすめらしいカフェを訪れた。
落ち着いた雰囲気の内装といかにも大正浪漫という感じの女給がまぶしい。

「この辺りのカフェーではこの店が一番だ」

席に着いて注文を済ませた後にアサシンは懐をごそごそやりながら話し始めた。
彼の懐から出てきたのはパイプと手のひらに収まる袋だ。
袋の中から粉を出してはパイプの中に詰めていく。
それがタバコの粉であることはアサシンがテーブルに置かれたマッチでパイプの中に火を落とした時であった。

「蓄音機で音楽を流す趣向は嫌いじゃない。知っているかい。これはバッハの曲だ」

ふぅと大きく息をつく。
藤丸は耳に神経を集中させるがそれが本当にバッハのものかは分からなかった。
それと同時にカルデアのモーツァルトが思い出された。
あの冗談っぽい男は歴史に名を遺す立派な偉人の一人だ。
アサシンにその男の話をすると面白がるかもしれない。
内心くすくすと藤丸はほくそ笑んだ。

「とはいえ、これからどうなるか……」
「まぁ決まったことだからやるしかないよ」
「ふむ。そうなんだが、どうにも君の連れてきたあの二人が大丈夫かと思って」
「二人が心配?」
「あぁ。ここと彼女達が生きた時代は違うからなぁ……そういえばあの鬼のお嬢さんとはあの後会ったかい?」

アサシンが言っているのは交渉締結後の話し合いの事だ。

『そう言えばうちに聞きたいことってなんやったんやろか』
『我々が捕縛対象としている英霊に鬼の者がいるの。あなたも鬼みたいだし、何か知ってると思って』
『鬼のうちに鬼退治の手伝いをせっちゅうことやろか?』
『端的に言えばそうね』
『趣味の悪いお人やこと。興が乗らへんどころか、さめてまうわ』

そういって出ていこうとする酒呑の後を追ってなんとか一緒にいてくれないかと交渉したが
酒呑は意地悪そうに笑って『旦那はんの元には戻ってくるさかい、しばらく大人しゅう待っとき』と告げられた。
そのまま酒呑は屋敷を去った。
彼女のことだ。その辺をきまぐれにあるいて戻ってくるとは思う。
鬼であり多くを奪った彼女だが意外なことにマスターである藤丸には比較的従順であった。
それでも彼女が鬼であることは変わらず、またいつか藤丸の身が食われるかもしれないことは確かなのだが。

「……会ってない」
「そうか。それはそれで心配だな。悪さをしなければ問題はないが、あの外見は人の目を引く」
「でも戻ってくるって約束してくれたから」
「おっと。信頼があるな。なら大丈夫……と思おうか」

そう話した辺りで女給が彼らの元に頼んだ品物を持ってきた。
レモンティーや洋菓子や和菓子だ。
結構な量がテーブルの上に並べられる。

「とりあえずは腹を膨らませておくといい。この街は君からすれば特異かもしれないが案外住みやすいのさ」

甘味に舌鼓を打ちそろそろ会計というところ。
藤丸は金を持っていない。
アサシンは自信ありげにパイプをパクパクやっている。

「藤丸君。これが何か分かるかね」
「きんちゃく袋」
「そう。そしてここに鳥の模様があるだろう。これは遊撃衆を表す印なのだ」
「……それで?」
「天下を担う両翼の一つ。遊撃衆の世話になった者は多い。それは店も同じこと。遊撃衆であればある程度料金の勉強をしてくれるし
 それに私たちは遊撃衆の本部に支払いを押し付けることが出来る」
「……押し付けるんだ」
「なに、どうせ私たちの給料から天引きされるのだ。未来にある自分の金を使っているだけだ」

鼻息荒く話しているアサシンを見ていると藤丸はなぜ彼が借金をせねばならなかったか理解できる気がした。
金銭面に疎いというよりそういう手段があるからブレーキが利いていないのだ。
それに借金を遊撃衆に支払う必要があるのだからここの支払いもまた借金の一部になるだろう。
彼の借金が膨れ上がらないことを祈るしかない。

「な? 出来たろ」

アサシンの言う通り彼がきんちゃく袋を見せると支払いは必要ないとのことだった。
後から遊撃衆の本部に請求するらしい。
腹を膨らませた二人は再び街を歩き始めた。

「アサシン随分手慣れてる感じだったけど」
「ん? そうか? いや、そうか。そうだな……なぁ藤丸君、話が」

そう言いかけて言葉を止められる。
藤丸がそうしたのではない。そうせざる負えない理由が出来たのだ。

「随分ご機嫌なようで良かったわ。アサシン?」
「……はは。頭領殿……これはこれは」
「さっきあなた達がそこの喫茶店から出てくるところを見た気がしたのだけど、あなたお金持ってたかしら?」
「……藤丸君」
「?」
「走れ!」

手を引くアサシンにつられて藤丸も走り出した。
ただ相手が悪い。
相手は愉快なお姉様ではない。

「動くと撃つ」

パンと後方で空砲の音が鳴るとアサシンも藤丸もそれ以上動けなかった。
ゆっくりと一歩ずつアーチャーが近づいてくるのが分かる。
片手に手を置かれただけでアサシンはこの世の終わりの顔だ。

「なぜ逃げたの?」
「用事を思い出しまして……ははは」
「そう。それはそうと仕事の時間よ。近くで暴れている妖怪がいるから、駆除しにいくわよ」
「……一ついいかい」
「聞きましょう」
「それは今私達の目の前に飛び出してきたあれかな?」

「グオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!!」

建物を飛び越え彼らの前に黒い影が落ちてきた。
猛々しい咆哮が辺りに響けば蜘蛛の子を散らすように人々が逃げ惑う。

「キメラだ……」
「うん? あれはキメラというらしいぞ頭領殿」
「何を言っているのかしら、あれは鵺よ」

下がる藤丸。
アーチャーとアサシンは反対に前進した。
手を上げたアーチャー。
どこからともなく遊撃衆が現れキメラ……鵺に攻撃を開始する。
しかしそれだけでは仕留めきれずキメラは反撃し次々と遊撃衆を薙ぎ払う。

「このままだと決め手にかけるわ。アサシン、足を崩しましょう。あなたがやりなさい」
「はい……」

しゃがみこんだアサシンは懐から先ほどの煙草の葉が入った袋を取り出した。
袋の中に指を突っ込みかき混ぜながら状況を見守る。

「鵺が近づいたら散開。死角から狙い撃ち続けてここに張り付けなさい。これ以上被害を広げることは許さないわ」

遊撃衆はなかなかの連携である。
敵がどれほどの力を持っているのか藤丸は知っている。
恐ろしい剛力、恐ろしい速度、それらを併せ持つ敵だ。
その敵を翻弄し弱らせていっている。

「頭領殿! 準備が出来た!」
「ご苦労様。誘導陣形。アサシンの方に鵺を動かしなさい」

遊撃衆は鵺を包囲し攻撃している。
それは敵を逃がさぬ檻であり結界である。
しかしその結界に穴が開いていく。徐々に気付かれないレベルで人のまばらな場所が出来ていく。
鵺が飛び出た。
向かう先はアサシンのいる場所だ。

「アサシン!」
「仕込み出来てますって!」

アサシンは飛び込んできた鵺をするりとかわす。
藤丸の目はアサシンのいた位置に小さな山が出来ているのを捉えた。
煙草の葉が積まれている。
鵺の前足がその山を踏みつぶした。

「着火」

山が爆ぜる。同時に鵺の足も弾ける。
ぐらりと巨体が倒れると追い打ちとばかりにいくつもの弾丸が浴びせられる。
鵺は完全に沈黙した。
アーチャーは鵺の近くに歩み寄り、念のために頭部を撃ち抜くと銃を置き両手を合わせた。
それからなにやらぶつぶつと呟いてから鵺の後処理を指示し始める。

「お疲れ様」
「いや、私は特になにもしていないよ」
「別に。私達は私達の仕事をしたまで。当然の事よ」

むずがゆそうに頭を掻くアサシンとさらりと答えるアーチャー。
遊撃衆の仕事は終了した。
たった一体の鵺を倒すのにそう時間はかからなかった。
果たして本当に自分達が遊撃衆に必要なのか藤丸は疑問に思えたが、英霊となれば話は違うのだろう。
そう結論付けて藤丸達は遊撃衆の拠点に戻ることとなった。

始まり
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最終更新:2017年07月16日 23:28