3節 鴨川おるよー3

夜、遊撃衆の拠点では藤丸達を歓迎する宴が開かれていた。
遊撃衆の面々だけでなく世話係の女中なども招かれ目の前には豪華な食事が並ぶ。
藤丸は酒を飲まないが信長やアーチャーはどんどん井の中に酒を流し込む。

「お主どうじゃ! 楽しんでおるかのう!」
「あぁうん。楽しいよ、ノッブ」
「それは良かったのう!」

信長はご機嫌そうだ。
宴が嫌いなイメージはない。
遊撃衆の指導などという仕事は彼女にとってやりたいことではなかったかもしれない。
しかし今こうして宴を楽しんでいるという事はそれだけの余裕などがあるのだろう。

「よし、ここで一つ舞いでも舞おうかのう! 皆の者、目にも見よ!」

ずかずかと部屋の中心に進んでいく信長。
それを笑いながら見ていた藤丸だったが舞を見ている途中でもよおしてきた。
近くにいた遊撃衆の者にトイレの場所を聞き用を足しに行く。
後は戻るだけだが夜の暗さと屋敷の広さに迷ってしまった。

「行った道を戻るだけなのになんで迷っちゃうかなぁ」

不満を漏らすも聞く相手はおらず、ぺたぺたと長い廊下を進んでいく。
廊下の角を曲がれば石を敷かれた庭が現れる。
綺麗な月明かりが庭に差し込んでいる。
はぁとため息が出る。
美しさに見惚れたのではない、この月明かりは自分の行く道を示してくれるものではないからだ。

「あら。ずいぶん辛気臭いなぁ。なんぞあったんかえ?」
「え?」

聞きなれた声だ。
廊下にちょこんと酒吞童子が座っている。

「酒呑、酒呑、酒呑!」
「ふふ。旦那はんどないしたん? 今日は情熱的やないの」
「?」

歩み寄って彼女に声をかければ酒呑はにぃっと笑って返す。
藤丸は自身がいつもよりよく笑っていることに気付かなかった。
彼の心には彼女がちゃんと戻ってきてくれた安心があったし、再び会えた喜びがあった。

「どこ行ってたの?」
「んー? ちょっと街ん中ぶらついとっただけやで。で、今日はなんぞ働きはった?」
「アサシンとアーチャーが妖怪退治したのを見たぐらいかな」
「ほうかほうか」
「……またどこかに行く?」

酒呑がへらりと笑う。
酒を注いだ杯は彼女好みの赤漆。
透明な濁りのない酒を酒呑は飲み干した。

「旦那はんはうちにおって欲しいん?」
「いや、酒呑の好きなようにしたらいいんだけど。でも清姫がいなくなったり、遊撃衆に入ったり不安な所はあるかなぁ」

「おおい」

トントンと廊下を歩く音がする。
声の主はアサシンだ。どうやら藤丸を探してきたらしい。
藤丸の姿を確認してほっとしたような顔をしたが、酒呑が視界に入って一瞬顔が強張った。
鬼というものにまだ慣れていないのだろう。
その様子を愉快そうにけらけらと笑ったのは酒呑だ。

「酒の匂いがすると思って来てみればこれはこれは」
「おこしやす」
「それは私の言葉だよ」
「それもそうやねぇ。まぁまぁ座りや。取って食ったりはせんよ」

酒呑の言葉に頷いてアサシンも廊下に座り込んだ。
予備を用意していたらしく黒い杯に酒を注いでアサシンに手渡す。
かしこまったように杯を受け取り酒をあおる。

「……なかなかにいい酒だな」
「せやろ。この時代にも美味い酒があってよかったわ」

あれよあれよという間に二杯目三杯目。
酒呑の持った酒は尽きることなく杯に注がれ続け、アサシンもそれを飲んでいく。
酒のせいか酒呑のスキルのせいかアサシンの顔に赤みがさして、声も大きくなってきた。

「酒呑?」
「なんやろか?」
「やり過ぎ」

赤ら顔のアサシンは機嫌良さそうに笑っている。
無骨な顔をしたアサシンだが笑っている時は目が細くなり雰囲気も若干だが和らぐ。

「ええ飲みっぷりやからついな」
「サーヴァントだからあんまり酔わないと思ってたけど」
「酔う時は酔うわ」

けらけらと笑う。
酒呑が杯に酒を注いで藤丸に赤漆の杯をよこした。
藤丸は手を伸ばし、杯を手に取ろうとしたら手が空中で止まったが
しばらく迷ったように指を動かしてから、ふぅと息を吐いて杯を受け取った。
受け取った酒は飲まなければならない。
杯に口を付け一気に酒を飲み干す。
喉に熱く辛い感覚が押し寄せて、少しむせる。

「おーええ飲みっぷりや。普段は全く飲まんのに、今日はいつも以上に付き合いええなぁ」
「たまにはいいよ。これくらい」
「まぁ旦那はんにはすまんけど、うちはもうしばらく自由にさせてもらうわ」
「そう」
「もうそんな目ぇで見んといて。ふふふ……ほなね。その杯、次会う時まで大事にしとってや?」

跳躍。月明かりに向かって大きく酒呑が跳ね、壁を蹴ってまた飛び上がる。
兎の姿が見えそうなほど綺麗な月に酒呑の影が重なり見えなくなった。

「藤丸君、行ったのか?」
「うん。酒呑、また行っちゃったよ」
「悲しいか」
「別に。永遠のさよならじゃないから」
「……そうか」

アサシンは庭に足を投げ出し廊下にごろりと寝ころんだ。
ふぅと吐いた息が酒臭い。

「綺麗な鬼だな。鬼とは恐ろしいだけのものかと思った」
「昔は怖いって思うこともあったかな」
「今はどうだ」
「時々やっぱり僕とは違うんだなって思うぐらいだよ」

はっはとアサシンが笑い飛ばしてそれにつられて藤丸もくすくす笑ってしまう。
今日出会った仲だがお互いに相手に対して友情を感じていた。
優しい時間である。

「ところで藤丸君よ」
「何?」
「君は童貞か?」
「ぶふっ!」

アサシンは真顔であった。
突然のことで思わず吹き出してしまった。

「何をいきなり……」
「いや、思うたんだ。人理修復という大義をなす精神力と行動力、優しい心」
「やることをやっただけだよ」
「絆を結んだ英霊やそちらの施設の職員の中に君に好意を抱く人間はいると思うけどね」
「別にそんな……」

藤丸は色恋に興味こそあれどそういった機会が多かったわけではない。
カルデアに来てから人理と向き合い、それに慣れるまでそんな余裕はなかったし
余裕がある程度出来た今でもそんなことに時間を使ってはいない。

「君が望むなら遊郭に連れて行くのもやぶさかではないぞ」
「えぇ……いや、いいよ別に。大丈夫だよ」
「む。そうか。まぁ、遊郭は私も勧めん。本当に好いたものと共に歩むのが良かろう……」
「あ、あぁ。アサシンって恋人とかお嫁さんとかいたの?」

さすがに照れくさく話題を変えようとする藤丸である。

「いや、ついぞいぬまま終わった。恋焦がれたことはあるにはるのだがなぁ……」
「そうなんだ……」
「私は怪異な顔だし……この体だったからなぁ」

自嘲するアサシン。
目を細め遠くの月を見ているようだ。

「まぁ私の事はいい。君にとって大事なのは君の事さ。人生の先輩からの助言と思ってくれたまえよ」
「……」
「独り身は辛い。放蕩は一人の方がいいが死に際には一人が悲しく感じる」
「……そう」
「あぁ。だが君はなかなかいい感じだ。姫君のような女性に惚れられるやもしれん。その時は上手くやり給えよ」
「姫君かぁ」

思い出されるのは清姫だ。
藤丸を自らが愛した安珍の生まれ変わりと信じて疑わない。
最近は安珍の名を出すことも少ないが彼女は今でも藤丸を安珍と考えているのだろうか。

(清姫。無事でいてくれるといいけど)

レイシフトには成功しているのだがまだ会えていない。

「藤丸君。それと言い忘れていたことだ……」
「なに?」
「私の前職さ。あの時頭領殿に邪魔をされて言えずじまいだった……私の前職はなぁ」

がばっと起き上がる。
二人の面と面が向き合った。

「私は元遊撃衆なのだ」

そういうとまたばったりと廊下に倒れてしまった。
詳細を聞こうとアサシンを揺らすがどうやら完璧に眠ってしまったらしい。
寝息をたてているアサシンを無理に起こす気にもなれなかった。
しかし一つ問題がある。

「僕どうやって帰ればいいんだろう」

どうやら人を呼ぶ必要があるらしいことだけは理解できた。

◆◆◆◆◆

一組の男女がいた。
一人は遊撃衆の頭領であるアーチャー。
もう一人は刀を腰に差した剣士である。

「して、状況はどうだ」
「カルデアのマスターと英霊は私達遊撃衆に入りました」
「ほう。それは何故かな。殺してしまっても良かったのだぞ?」
「あなたが契約を増やして化け物退治までしなきゃいけなくなって手が足りないこともあるのよ」
「ふっははは。そうかそうか。それは苦労をかける。ところでカルデアからはどのような英霊が来ている」

笑う剣士にアーチャーは指を立てて見せる。

「二名よ」
「二名? クラスと真名は分かっているのか?」
「一人はアサシン、名前は酒呑童子。もう一人はバーサーカー、名前は清姫。以上よ」
「ほう。その言葉」
「すべて真実よ。あなたと同じようにね」

ぶ然としたアーチャーの言葉に剣士は笑う。
そうかそうかと納得した剣士はそれではとアーチャーに背を向ける。
彼の姿が見えなくなってからアーチャーは一度だけ舌打ちをした。

始まり
3節 鴨川おるよー2 永久統治首都 京都 4節 燃えよ我が身1

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最終更新:2019年03月29日 18:44