其の参:漢中にて(2)

 間道にけたたましい蹄の音が響く。
 土煙をあげながら疾駆する騎兵の一団。
 甲冑に身を包んだ死霊の兵達を引き連れて駆ける2騎のサーヴァントの姿があった。

「カルデアのマスターとはぐれサーヴァントの合流。あまり、いい展開ではないな」

 バサリ、と羽音を立てて飛び立っていく無数の影を見上げながら、五虎将のキャスターがポツリと言葉を漏らした。
 放っていた使い魔の鷹を介して得た情報は、敵である藤丸立香が漢中の町に現れ、"漢中王"が仕掛けた立て札によって危機に陥ったこと、そして乱入した2騎のサーヴァントによって彼がその危機を脱したことの二つ。
 藤丸立香と蜀漢に弓引くはぐれサーヴァントを出会わせない目論みは早くも崩れ去ってしまった形になる。

「そのカルデアのマスター君を助けたサーヴァントって」
「ああ、見た目の特徴からいって我々が追っているアーチャーとライダーだろう」
「そっか」

 横を走るフードの少女、五虎将のアーチャーの問いにキャスターが答えると、彼女からは幾分か沈んだ調子の声が返ってくる。
 自身との合流前にアーチャーがガンマンのサーヴァントをあと一歩の所まで追いつめながら、乱入した所属不明のライダーによって逃がす羽目になったという報告をキャスターは受けていた。

 『自分達にとっては悪い流れだな』とキャスターは内心で思いこそすれ口に出すほど無神経ではない。
 敵を取りのがしてしまったことにアーチャーが責任を感じているのは端から見て明らかだ。
 ミスを引きずられるのは好ましくないという思いから、どうアーチャーに声をかけるべきか思考を巡らす。

「だが、幸いにも我々は彼らを捕捉することに成功した。カルデアのマスターとはぐれサーヴァントを別個に始末する手間が省けたと考えればそう悪いことでもないだろう」

 気落ちしているアーチャーを気遣うように呟いて見せる。
 その言葉にアーチャーは驚いた表情を浮かべてキャスターへと顔を向けた。

「……もしかして、慰めてくれた?」
「さてな」
「顔に似合わず優しいんだ」
「人の気性に顔の造りは関係ないだろう」

 自身に視線を合わせずに仏頂面で返事をするキャスターを見て、アーチャーが可笑しそうに笑い声をあげた。
 後続の兵士やキャスターは彼女がひとしきり笑い終えるまで無言で馬を走らせ続ける。

「気持ちは切り替えられたかね、アーチャー」
「うん、ありがとキャスター。大丈夫、今度こそボクがあのガンマンをやっつけてやる」

 アーチャーの言葉尻に気力が戻ったのを確認し、キャスターが微かに微笑む。
 厳めしい顔に隠された笑みは、ごく近しいものしか気付かないであろう小さな小さなもの。

 先行する敵対者に対しての足止めの手は既に打った。あとはそれまでに捕捉できるかどうかの勝負だ。
 二騎の将は狩るべき相手へ向けて一直線にひた走り続ける。




「ふむ、とりあえず町からの追っ手は振り切ったようだね」

 穏やかな声が漢中の山々と町を繋ぐ間道に響く。
 二頭の馬の背には3つの人影。
 一頭の背に藤丸立香、ビリー・ザ・キッド、そしてもう一頭の背には正体不明のライダーの姿があった。

 町を抜けて馬を駆けさせていたが、後方から怒声や蹄の音が聞こえないこと、土煙が上がっていない事からライダーが馬の駆ける速度を落とし始める。
 そんなライダーの挙動に合わせる様に、同じく馬を走らせていたビリーも彼と立香の乗る馬の速度を落とす。
 二頭の馬はサーヴァントとしての彼の所有物ではなく、町から失敬してきたどこにでもいる馬だ。強行軍を敢行して使い潰す訳にもいかない。
 次第に馬の歩みはゆっくりとしたものに変わり、そのまま前進を続けていく。

「えっと、僕は藤丸立香。ビリーから聞いてるかもしれないけれどカルデアという組織のマスターをやってます。さっきは助けてくれてありがとうございました」

 周囲を見回し場が落ち着き会話が出来そうな状況になったことを確認し、開口一番に立香が窮地を救ってくれたライダーとビリーに感謝の意を伝えた。
 その言葉に続くように虚空に2つの人影が映る。その正体は勿論ダ・ヴィンチとマシュだ。

『先ほど立香君が言ったカルデアの統括をしているレオナルド・ダ・ヴィンチだ。気楽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれて構わないよ』
『私はカルデアでオペレーターを務めていますマシュ・キリエライトと言います。よろしくお願いします』

 何もない空間に現れたヴィジョンにライダーが「ほう」と感嘆の声を漏らす。
 最先端の技術に対してか、それとも端から見てもとびきりの美人二人に対してのものなのかは立香には判断はつかない。

「僕はまあ、ここの皆は知ってるだろうし自己紹介は必要ないかな。あとは君だけだけど、どうするんだい? ライダー」

 自身の自己紹介をスキップし、ビリーがライダーへとどこか含んだような視線を向けながら会話のパスを出す。
 自然と全員の視線がライダーへと向く。
 旧知の間柄であるビリーとは異なり、初めて出会うサーヴァントである。
 助けてくれた感謝はあれど、それが警戒しなくていいという理由にならない事はかつての特異点で嫌というほど学んできたことだ。

「あー、そうだね。本来ならば我が真名を名乗るべきなのだろうが、訳あって名乗ることは出来ない。宝具についても同様だ。すまない」

 困った様な表情を浮かべながら、ライダーが自身の真名を明かすことを拒否する意を告げる。
 場の空気に緊張の色が混ざったのを立香は感じとった。
 彼の視界の片隅に呆れた調子で肩を竦めるビリーが映る。この返答を予想していたからこその反応だ。
 恐らく、立香と出会う前に行動を共にしていたビリーにもライダーは真名を明かしていない。そう、立香は直感した。

『……それは私達が君にどういう感情を抱くか理解しての発言と見ていいんだよね? ライダー』

 ダ・ヴィンチが自己紹介の時に比べて硬質になった声で尋ねる。
 既に敵の策に一杯食わされ後手になっている状況だ。
 その状態で真名を明かさないサーヴァントが立香の側にいるとなれば警戒心を強める理由としては充分だろう。
 傍らにいるマシュの表情も硬い。

「無論だともダ・ヴィンチ殿。理解しているし、このような事を告げるのは私とて大変心苦しい。それでも今、私の真名を明かすことはできないんだ」

 刺すような視線に晒されているというのに、ライダーの表情は変わらない。
 穏やかで、どこか頼りなささえ感じる声色。
 それでもその言葉の裏には己の言ったことを覆すつもりはないというしっかりとした芯があった。

 かといってライダーの発言を容れてダ・ヴィンチが引き下がるかと言われれば、それは否だろう。
 少しでも綻びがあれば、それは彼女らが送り出した立香の命の危機に直結する代物だ。
 で、ある以上は彼女の独断でそれを許容するという判断を下す事はあり得ない。
 正体の開示を求める者と拒む者。居心地の悪い緊迫感が彼らのいる空間を侵食する。

「今、名前を明かせないって事は、いつかは明かしてくれるって事だよね?」

 そんな一触即発の状態を破ったのは立香だった。
 ライダーへの質問は"今後正体を明かすのであれば、今は明かさなくてもいい"という意思が明確に読み取れるものだ。
 譲歩の言葉を聞いたダ・ヴィンチとマシュの目が驚愕から丸く見開かれる。

『先輩、いくら何でもここでその様におっしゃるのは……』
『マシュの言うとおりだ立香君。現場の人間である君が許可をするのなら、私たちは何も言えないとはいえ、みすみす無謀な真似をさせる訳にもいかないよ』
「マシュやダ・ヴィンチちゃんの言ってることや心配してくれてる事は分かるし、とってもありがたいよ。でも仮にライダーが何か企んでたっていうなら、僕やビリーを敵から助ける理由なんてあるのかな?」

 二人のからの批難の眼差しと言葉を受け、わしわしと自身の頭を掻きながら困った表情を浮かべる立香が疑問を投げ掛けた。
 その問いかけに、マシュとダ・ヴィンチの言葉が詰まる。

 ここまで立香を殺害する為だけの手を打った敵であるならば、わざわざ立香を、そして彼に力を貸す可能性のある不確定要素にもなりうる存在を助けるような真似をするだろうか。
 無論、こちらを信用させる為の手という事も考えられるが、そこまでいけば根拠のない邪推になってしまう。
 それは用心ではなく疑心暗鬼の域に足を踏み入れる事になると彼女達も理解しているのだ。

 二人の反応を見た立香が、続けてこのやり取りで蚊帳の外におかれた男、ビリー・ザ・キッドへと視線を向けた。

「何か僕に聞きたいことでもあるのかい?」
「うん、ビリーはライダーの事を信用できると思う?」
「んー、そうだね……」

 立香の言葉を受けて、ビリーが曲げた人差し指を唇にあてながら考える素振りを見せる。
 チラ、と渦中の男であるライダーへと彼は視線を移す。
 立香はあどけない少年を思わせる顔立ちの悪漢王に、見た目の年相応な悪戯っぽい笑みが浮かんだのを見逃さなかった。

「信用は、できないかな。真名を明かさないってのはもちろんだけど、アウトローとしての勘から言えば大なり小なり同業の臭いがするし」

 ビリーのこの発言に、ライダーの顔に苦笑が浮かぶ。
 自身が信用できないと言われたというのに、彼の反応はその程度だった。

「でもまあ、僕は彼に力を貸すよ。助けてもらった恩はあるし、悪い奴じゃないってことぐらいなら保証はできるかな」

 人好きのする笑顔を浮かべ、ビリーは断言する。
 その表情、その意思、その言葉に一点の曇りもない。
 それを確認して立香は満足げに頷き、ホログラムの二人へと向き直った。

「ビリーも保証してくれてるし、ひとまずはライダーの真名についてはいつか話してもらうってことじゃ駄目かな?」
『……ビリーの保証も君の考えも、私たちの懸念を完全に払拭できる訳じゃない。それは理解しているね?』

 ダ・ヴィンチの確認に立香は無言で頷く。

『ならいいさ。立香君の言うとおり敵であったのなら君はともかくビリー・ザ・キッドまで助ける必要はなかったというのはある。話も進まないだろうし、ここは私たちが引くべきだろうね』

 溜め息を一つ吐くと眉根を寄せた難しい表情を浮かべて、ダ・ヴィンチはライダーの真名秘匿を容認する意を見せた。

『でもライダー、私達は君を信用した訳じゃないし、君からの言葉の中に疑わしいものがあれば真贋を吟味するつもりだ。それだけは理解しておいてくれよ』
「ああ、構わないよ。寧ろこれで無条件に信用してくれるとでもなったら私の方が警戒してしまうからね」

 今だ警戒の残るダ・ヴィンチからの刺すような視線を受けながら、ライダーはこともなげに答える。ひとまず場は収まった形だ。
 事態の行く末を見守っていたマシュと立香がほっと胸を撫で下ろし、その様をビリーが楽しそうに眺めている。
 パン、とダ・ヴィンチが手を叩く。気持ちを切り替え、改めて現状の確認をするためだ。

『さて、それじゃあ本題に移ろうか。この時代にどんな異変が起きているのかを教えて欲しい。先程の街は魏の領土ではなくなっていたのかい?』
「その通り、今や漢中は復活を遂げた蜀に奪還されたよ」

 ライダーの返事を受けて、ダ・ヴィンチの「やはりか」という呟きが通信機越しに聞こえる。
  蜀の復活、この時代にレイシフトする前に立てていた立香達の予想が的中する形となった。

「私も召喚される前の詳しい経緯までは分からないがね。曰く蜀の二代目皇帝である劉禅が降伏し蜀が滅んでからそう遠くない時期に、"漢中王"なる人物が現れて劉禅を処断。そのまま蜀の皇帝を名乗り、召喚したサーヴァントと彼の率いる死霊の兵士・幽鬼兵とを伴ってみるみる内に魏に奪われた領土を奪還し、そのまま侵攻を行っているのが現在の状況だ」
「その漢中王っていうのは?」
『漢中王というのは蜀の初代皇帝である劉備将軍、または漢を興した高祖劉邦が名乗った呼び名です、先輩』
「じゃあ、劉備か劉邦が蘇って魏に攻めこんでるってこと?」
「いや、それはどうだろうね」

 立香の問いに、ライダーが曖昧な表情で答える。

「漢中王と呼称するだけならば誰にでもできる。また、先の劉備や劉邦にあやかり自らの正当性を主張する為に名乗った可能性もある、と私は考えている」
『とはいえ、わざわざ滅んだ蜀を復活させてまで異変を起こした点を鑑みれば、蜀の縁者である可能性は高いと私は考えるけどね』

 ライダーの考察を受けて、ダ・ヴィンチが持論を述べる。
 彼女の指摘した点に関してはライダーも似たような見解を持っていたのだろう、特に反論もせずに無言で頷いた。

「分かってるのは、死霊の兵士を操っている事と、蜀に関係がある人物の可能性が高いってことだけか……。ダレイオスの不死隊みたいな軍隊を率いていたサーヴァントってことかな?」
『その可能性はありますが、三国志を紐解いても蜀にそのような逸話をもった将軍はいませんね』
「そっかー……」

 現状の情報だけで"漢中王"の正体を割り出す事が困難であることが分かり、立香ががっくしと肩を落として広がる空を仰ぎ見る。

「そういえばライダーがゴコショーのサーヴァント達って言ってたけど、それが漢中王の部下ってこと?」
「ああ、その通りだ」
『五虎将とは関羽、張飛、趙雲、馬超、黄忠の五人の将軍の総称ですね』

 マシュの補足に何人か聞き覚えのある人名があり、立香の口から「ああ」と声が漏れた。
 髭の長い赤ら顔の人物などがいた気がする、と朧気な自分の記憶を漁っていく。

『つまり漢中王に召喚されたのはその五人と言うことなのでしょうか?』
「いや、そういう訳ではないらしい。私が直に見たのはビリー殿を追いたてていたアーチャーだけだが、アーチャーとして呼ばれるであろう黄忠翁の似姿とはかけ離れていたよ。おそらくは五虎将に見立てて召喚されたサーヴァントだと私は考えている」
「まあ女の子だったしね、少なくとも将軍って感じの見た目ではなかったかなぁ」
「実在した本人と伝承が一致しない例を何度か視ているので性別の違いが根拠になるかは分かりませんが、老いて益々盛んな人物を表す"老黄忠"の語源にもなった黄忠将軍が若い姿で呼ばれるというのも、確かにおかしな話ですね」
「そもそもの話、服装がこの国の人のそれとは違ってたよ。あれは中世のヨーロッパって感じの見た目だったからね、ライダーの説が正しいと思うよ」
『ふむ、さしずめ新生五虎将軍ってところだね。立香君が夢であったというインディアンのキャスターもその五虎将の可能性は高そうだ』

 ダ・ヴィンチの発言を受けて、脳裏にここの特異点に至る切欠となったサーヴァントの姿を思い出す。
 あの時の宣戦布告を思い出せば、ダ・ヴィンチの予想は真実となる可能性は高いだろう。
 あのキャスターは立香と対話する理性も分別も持っていた。
 そんな人物がどうして特異点という異変に加担しているのか、どのような理由の上で自身と敵対したのか。
 疑問から思考の海に沈みかけた意識は、突如として発せられたマシュの警告によって強制的に中断させられた。 

『先輩!何かがこちらに近づいてきています!』

 緊張したマシュの声、身構える立香らを照らす陽光が無数の影に遮られ、彼らは空を見上げる。
 視界に捉えたのは太陽を背に飛翔する複数の鳥らしき影。
 空より飛来する襲撃者の異様な姿に立香は目を見開いた。
 宙を舞うは一本足に人の顔をした鳥の群れ。これまでの特異点で遭遇したラミアなどを上回る異形さだ。
 殺意と敵意に染まった眼差しと狂獣の様に食いしばり剥き出しにした歯が見えるその表情からは、理性というものは伺えない。

 人面鳥の内の一羽が不気味な鳴き声を発しながら、眼下の立香へ目がけ食らいつこうと口を開け急降下を開始した。
 だが、その牙が立香へと届くことはない。立香のすぐ前から火薬が弾ける音が響くのとほぼ同時に人面鳥の頭部が仰け反った。
 ビリーがいつの間にか左手に構えていたリボルバーから薄っすらと煙が漂い風に乗って消えていく。攻撃を仕掛けようとした人面鳥をビリーが撃ち抜いたのだ。
 急降下の勢いを下方からの銃撃の衝撃で相殺された人面鳥の体はそのまま重力に従って地面に落ちる。無論、即死していた。

「ライダー、この化け物は知ってる?」
「タクヒと言われる妖だ。冬場になるとよく現れるがここまで群れて出没することは殆どないね」

 腰に佩いた二振りの剣を抜きながら、立香の問いにライダーが応える。
 タクヒ、中国の奇書である山海経にその名を記された妖鳥だ。

 妖鳥の群は先ほど仲間が殺されたというのに、一羽一羽と次々に降下を開始する。
 ライダーが馬から降りるのに続いてビリーも立香を伴って乗っていた馬から飛び降りた。
 騎乗での戦闘は歩兵が相手であれば有利ではあるが、馬上よりも更に高い位置から自由に攻撃してくる鳥たちを相手に、馬の手綱を操るため片手が塞がった状態で迎え撃つのは不利なのである。
 騎手が飛び降り、止めるものがいなくなった事でパニックを起こした馬二頭が遠ざかる中、ビリーのリボルバーが火を噴き新たに一羽の妖鳥を撃ち落とす。

「こいつら、どう思う立香?」
「野良の妖怪って考えるにはちょっと動きがおかしいか、な!」

 タクヒ達とビリー達の戦力差は圧倒的だ。
 位置的なアドバンテージは中距離を攻撃できるビリーの存在によってほぼ無力化された。
 近接攻撃しかできないのであろう妖鳥達は、銃声が響く度に一羽、二羽と一方的にその羽根を散らして墜ちていく。
 だというのに彼らは逃げもせず攻め手を緩める事はない。
 まるで一羽残らず玉砕するつもりなのかという程に我武者羅に襲い掛かる妖鳥達の行動は野生の生き物の行動から考えれば些か以上に奇妙なものだ。

 ビリーの問いに自分なりの見解を述べながら、立香が指先に魔力を集中させる。
 リボルバーの銃撃を潜り抜けてきたタクヒが立香の指から放たれたガンドの直撃を受けて地面に激突した。
 相手の動きを止めるだけの魔術とはいえ、上空を舞う敵の動きを強制的に停止させ相応の高さから地面に激突させる事ができれば十分に致命傷を与えられる。

「私も立香殿と同意見だ。何者かの意志が介在している、と見てもいいかもしれないな」

 急降下するタクヒの牙を僅かに上体を逸らす事で避けながら、すれ違いざまにライダーが腕を振るう。
 その動きに沿って光る銀色の煌めきがまるで人と鳥のパーツを分けるかのように妖鳥の体を両断した。
 一閃、二閃、三閃。まるで剣舞のような流麗な動きでライダーはタクヒ達の攻撃をいなし、かわし、そして切り裂いていく。

 ライダーも、ビリーも、立香のこの突然の襲撃者に対しての見解は一致していた。
 即ち、これは妖怪との突発的かつ不運な遭遇では断じてなく、何者かの命令によって行われた襲撃という事である。

「明らかに足止めでしょこいつら、本命は他にいると思うけど」
『ビリーさんの言う通りです、こちらに向かってくるサーヴァントの反応が二つあります!』

 ぼやくようなビリーの言葉にマシュが答える。
 彼らの予想は当たっていたが、サーヴァントが2騎というのは想定よりも悪い結果であると言わざるをえなかっただろう。
 3人の顔に苦さと焦りの混ざった表情を浮かんだ。

「参ったね。馬はさっきの襲撃で逃げてしまったし、そのうえで逃げるにしてもこいつらを全滅させないことには……」
「弱いのに数だけは多いんだもん、参っちゃうよ……っと、立香!右上!」
「うわっ!?」

 サーヴァントの接近報告というバッドニュースを聞いた事により僅かに生じた動揺。
 その隙を目ざとく見つけた1羽の急襲に慌てて立香が回避行動を取る。

 この鳥達は死兵だ。獲物を逃がす事はなく、また、彼らが逃げ出す事もない。
 立香達にできる最善の行動は1分1秒でも速くこの空を舞う急襲者達を殲滅する事だった。
 街道に羽根と鮮血が舞い、咆哮と銃声が響く。

「これで、ラストっと」

 銃声と共に最後の1羽が地面に転がる。
 数十羽の鳥の亡骸で一帯の地面が紅く化粧された空間に立つ3人に目立った負傷はない。
 だが、彼らに次のアクションに移る為の余裕は与えられる事はなかった。

 地響きと蹄の音、彼方から昇る土煙。
 絶望的な戦力差に挑んだ妖鳥達は、見事に己らに課せられた指令を全うしたのだ。
 軽い溜息と同時に目を細め、ビリー・ザ・キッドが土煙の集団に向けて銃口を向ける。

 敵であることは明らかな以上、近づかれるまでに数を減らさねばならない、それが出来るのはこの場ではビリーのみである。
 狙いをつけ、引き金を引く。発砲音と共に銃口から飛び出す鉛弾。
 過たず突き進む弾丸は集団の先頭を走る馬目がけて迷わずに突き進み――

 迎撃する様に放たれた矢と衝突し、その勢いを殺されて地面に転がった。

「……まあ、やっぱりいるよね」

 この結果を予想していたのだろう、ビリーの口調に特に驚きはない。
 2騎のサーヴァントの内、片方は五虎将のアーチャーだ。
 銃弾を迎撃した矢と、ビリーの態度から立香は察する。
 で、あるならばもう片方も同様に五虎将のサーヴァントであることは推察できた。

 敵と味方、ともにサーヴァントは互角。だが、それ以外の戦力で言えば相手が十数騎の騎兵であるのに対しこちらは立香ただ一人。戦力差は歴然だ。
 アーチャーとライダーが抑え込まれてしまえば、どのような結果が待っているかはあまりにも明白。立香の頬を冷たい汗が流れる。

 切り込み役だろうか、3騎の騎兵が速度を上げ一団から突出し始めた。
 それに呼応する様にライダーが前に進み出る。
 ビリーと立香は接近戦が不得手だ。例えどれだけ負担がかかろうとライダーが突撃を仕掛けてくる騎兵の相手をせざるをえない。

「立香!」

 ビリーの合図に応える様に立香がガンドを放ち、ビリーがそれに合わせる様にリボルバーの引き金を引く。
 弾丸は矢により相殺されるが、立香のガンドは相殺されることなく3騎の内の一つに命中した。
 動きが硬直し急停止した騎馬は慣性の法則に従って騎手ごと派手に転倒する。
 どれだけ弓の名手であったとしても同時に放たれた二つの攻撃に対してはどちらか片方しか対応できなかったのだ。

 これで残りは2騎。だが、立香のガンドは魔力のリチャージが必要で連射の効くものではない。
 ビリーの射撃だけでは相殺される以上、残った2騎を止める手立ては存在しない。
 疾走する騎馬の勢いを乗せた騎兵達の同時攻撃をライダーは恐らく凌げるだろう。だがその一回を凌げるだけだ。
 そこから後続の騎兵の波状攻撃、加えて2騎のサーヴァントの追撃も加われば彼らが満足な状態で切り抜けられる確率は幾ばくか。
 緊張から立香の頬を冷たい汗が流れ落ちる。そんな刹那。

『先輩! 別の方角からサーヴァントが接近中です! これは、こちらで記録している霊基に同一のパターンが……』

 マシュの声が響き立香らの横を灰色の疾風が駆け抜けた。
 その風が向かう先は立香らに凶刃を奮うべく猛進する騎兵の一つ。
 異常を察知したのか後続の騎兵の一団から矢が放たれたが、先ほどの意趣返しのようにビリーが迎撃する。弾丸と衝突し粉砕した矢の破片が宙を舞った。
 灰色の風が騎馬の上にいた幽鬼兵を浚い、地面へと打ち付ける。

 その正体はコヨーテだ。
 灰色のコヨーテが幽鬼兵の喉笛に食らいつき、顎に力を込める。その一撃だけで幽鬼兵はその活動を停止した。
 獲物をしとめた事を誇る様に、本来この国に存在する筈のない異質な獣が遠吠えをあげる。
 その雄々しい獣を立香は知っている。正確には覚えているといった方が正確だろう。
 ビリー・ザ・キッドと同様にアメリカを巡る特異点で彼に力を貸してくれたサーヴァントの使役する守護の獣。

 「ふむ、こちらから逃げてきた馬を見てもしやと思ったが、よもや五虎将の襲撃を受けていたとはな。一つ助勢させてもらうとしよう」

 蹄の音と共に穏やかな声が立香らの後ろから聞こえる。
 振り向けばそこにいたのは、夢であったキャスターとは異なる衣装を着たインディアンのサーヴァント。

『照合完了! ジェロニモさんです』

 キャスター・ジェロニモ。
 勇敢なるアパッチの戦士は、かつての特異点を繰り返すように再び立香の窮地に駆けつけたのだった。



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最終更新:2017年11月14日 00:03